プーアール茶.com

刮風寨単樹小餅2016年 その1.

製造 : 2016年4月20日頃(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶100gサイズ
保存 : 西双版納 密封
茶水 : チェコの水道水・ブリタ濾過
茶器 : グラスポット
刮風寨単樹小餅2016年

お茶の感想:
人の手や人の意図にあまり触れていないもの。
それが自然。自然が上等。
現代プーアール茶の高級には、こんな価値観があると思う。
いつの時代に誰が言い出したのか知らないが、近年になってこの見方が見直されている。
中国や華僑のお茶ファンで、西双版納の森の古茶樹にホンモノを求める人達は、このことを特別やかましく言う。
人の手に触れないということは、茶樹の育つ環境がもともとの自然であって、人工の自然ではないということ。産量を求めて森林を伐採したり、茶摘みを頻繁にしたり、農業化されていないということ。また、製茶の工程においては職人が技術を誇るようなことをしないのも、人の手垢がつかないという意味になるだろう。
人の意図に触れないというのは、人と自然がうまくやれるなんて思っていないこと。農家や業者が価値をつり上げるために流通過程でストーリーをつくったりしないこと。お茶ファンが知識の正しさにこだわらないというのも、人の意図に触れないことになるだろう。
とにかく、人は汚れている。
人が触れないほどお茶は清潔である。
そんな潔癖症な考え方。
誇張して話しているとは思うが、ま、そんな感じだ。
こうした価値観の定着する素地が、他人を信用できない中国や華僑の人たちの社会にはあると思う。なにしろトリックが多いから、人を疑ったほうがとりあえず安全。
自分の意見をいうと、これで良いと思っている。
人の触れていないお茶は清らかな味がする。これは事実。
清らかな味のお茶はめったに出会えない。これも事実。
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
なぜこんな話をするかというと、チェコで交流した茶商のひとりが、この状態を否定的に見ていたから。
過去に、台湾から輸入した有機栽培の茶葉を農薬検査にかけたら、とんでもない数値が出てきてトラブルになったらしい。お金は戻らない。付き合いの長い取引相手だったからショックだった。
「なぜ、こんなことになるの?みんながお互いに得しないじゃないか。」
ヨーロッパの人たちが全体的にそうなのかどうかは知らないが、東洋とは考え方がちょっと違う。
自然は人間が管理することで、よりよい環境がつくれる。つまり、自然よりも人間がカシコイという考え方がうっすら見える。
オーガニックの基準と監視を組織的に管理できる。つまり、人間もまた教育によって変えられるという考え方がうっすら見える。
良いお茶の評価基準をみんなで共有できる。つまり、情報や知識に信仰があるという考え方がうっすら見える。
極端に言えばそんな感じ。
前向きだよな。アルファベット思考というか。
しかし、自分の意見をいうと、この考え方には違和感がある。
人の思うようにならない自然のほうがリアル。人もその自然の一部。
騙されるのは、自分の都合の良い考え方にも原因があるということ。
上質なお茶を求めるほどに合理的にはならないから、時間もお金も労力もロスが大きい。
世界中でいったい何人のお茶ファンが上質な茶葉を手に入れたいと願っているだろう。そのくせに、みんな忙しくてそれどころではないから、ポンとお金さえ出せば上質が手に入る便利な仕組みを求めていないだろうか。お金をケチって失敗を減らそうとしていないだろうか。
自分に都合の悪い自然は理解したくないのだ。
刮風寨単樹小餅2016年
『刮風寨単樹小餅2016年』
そんなことを思いながらチェコの勉強会でこのお茶を試飲してもらった。
2016年の春で一番の上質。
茶友から譲ってもらって100gしか手に入らなかったので、100gのミニ餅茶にした。もしも180gサイズの小餅茶にしたら1枚10万円をつける。高くて売れないし、売るつもりもないので、なにかの機会にみんなで飲むことにしている。
チェコのお茶ファンたちは、飲んでみて、たしかに美味しいけれど、どこをどう見て上質なのか?よく解らない様子だった。価格の理由はもっとよくわからない。合理的なところなどないから。
人の手や人の意図にあまり触れていない。そのことがお茶の味や体感に現れているのを読み取れるほどの経験はない。
チェコの勉強会
上海でもこのクラスはちょっと難しい。知っているつもりの知らない人が多すぎる。知らないことを認めると過去の多くの失敗がはっきりしてしまう。痛すぎて素直に味わえない。わかる人だけ集まればよいが、そういうわけにもゆかない。
日本でこのお茶だけを半日かけてじっくり味わう会をしたい。ひとり1万円をいただくとして、定員は6名にしたい。実はそんな会をちょっと検討したのだが、「ひとつのお茶で1万円は高い!」という意見があったのでやめた。
ま、その前に、人が集まらないだろう。「6種のお茶が飲めます!」みたいなお得感がないと日本ではやってゆけない。
結局、自分もこのお茶を飲む機会がなかなか見つからない。
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪のこの単樹のお茶。
刮風寨は景洪の町から車で6時間。茶坪は刮風寨からオフロード車で45分。そこから国有林の森を歩いて2時間半で、この茶樹に会える。
瑶族の木登り名人の2人が1日かかって摘んで、製茶後の晒干茶は3キロ弱ほど。これが年に1度の収穫。

ひとりごと:
宝物は流れる水の力によって姿を現わし、
また同じ流れによって姿を隠すのだよ。
パウロ・コエーリョの小説『アルケミスト』(錬金術師)より。

中茶牌3917沱茶93年 その12.

製造 : 1993年
茶葉 : 雲南大葉種晒青茶(西双版納孟海地区)
茶廠 : 昆明茶廠
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 沱茶
保存 : 西双版納 紙包+竹皮密封
茶水 : チェコの水道水・浄水器
茶器 : チェコ土の宝瓶
マルちゃんとお茶
マルちゃんとお茶

お茶の感想:
マルちゃんのお気に入り。
クリコフの工房で、移動の汽車で、プラハの民泊のアパートで。
どこでもこのお茶。
【中茶牌3917沱茶93年 その11.】
濃く淹れると、強いのにまろやか。
お茶の苦い刺激にやや中毒症状の人にはたまらない。ドブリー!
製茶の下手な焦げ味も、23年間熟成した今となってはスモーキーなスパイスで、プーアール茶ならでは野趣となる。
しかし、自分が美味しいと思うお茶が、みんなにも美味しいとは限らない。
現に、マルちゃんのお茶仲間の多くは、このお茶をそれほど良いと思っていないらしい。
そのほうが都合がよいのじゃないの?
欲しがる人が少ないと、すぐには売り切れないし、価格も上がりにくい。
マルちゃんとお茶
美味しさをシェアしたい。
自分の美味しいが他人の美味しいであってほしい。
それゆえに、美味しさを自分で判断せずに他人に判断してもらいたくなる。
ま、お店としては、そういうお茶を売りたいけれど・・・。
結果、みんなに美味しいというファンタジーがつくられ、そこにワラワラ人が集まる。
プラハでプーアール茶勉強会
プラハの勉強会で2つのお茶を飲み比べた。
答えを言わずにブラインド試飲。
『章朗古樹紅餅2016年』と『巴達生態紅餅2016年』。
同じ巴達山の同じ春の「古茶樹」と「小茶樹」の紅茶。
価格は3倍以上の差がある。
「どっちが美味しい?」
と聞いたら、ほぼみんなが小茶樹の紅茶を選んだ。
実は、自分もこの日は小茶樹の紅茶のほうが美味しいと感じた。チェコの冬、チェコの空気、チェコの水、チェコの食べ物を1ヶ月間食べている身体。価格は安くても美味しい。こんなことはよくある。
飲み比べで2種のお茶を飲むと、体感がどちらのお茶由来のものかわからなくなるので、その点で古茶樹のお茶は不利であるが・・・。
このとき受講者に不安の色が見えた。
業者の人もいる。間違ったら恥ずかしい。安い方を選んだら舌に経験が無いと思われるかもしれない。他人の顔を見て、他人の意見を求めて、どちらにしようか考える。
チェコのプーアール茶勉強会
業者の人は他人の好むお茶を選ぶのが仕事だから仕方がない。
(だから、業者の選ぶお茶は美味しくても平凡でつまらないのが多いのかもしれない。)
自問自答してみる。
『中茶牌3917沱茶93年』のような強い個性のを、自分がオリジナルのお茶でつくれるのか?
つくれないな・・・。
製茶で焦がしたとか意図しないところが、そこが魅力であるなんて、主張できない。
多数の人の批判にガマンできない。少数の人の絶賛のことは考えもしない。
お茶は、安全第一なので表現の幅は狭いかもしれないが、安全を機能に置き換えたら茶器も同じ。
マルちゃんの茶壺
今まで、日本に渡ってきた作品しか見たことがなかったので、クリコフの工房に残された”選ばれなかった”品々を見ると、なんとなくわかる。焼き上がって思いもしなかった形や色に変化したものの中から、出品する品を選ぶのに、マルちゃんがいかに慎重に自問自答してきたか。
チェコには現在15人ほどの陶芸作家がいて、そのうち中国茶の茶器をつくるのは5人か6人といったところだろうか。プラハのお茶の店の棚に、チェコの作家さんたちの作品が並ぶ。その中にあると、マルちゃんの作品の異様がわかる。歪んだカタチに鈍い色。また同時に、他の作品に「オレオレ」的な主張が現れているのが見える。ただ、カタチが整っていたり、色が美しいだけなのに。
この中から欲しい作品を10秒で選べ!と言われたら、たぶんオレオレのアピールに負ける。多くの人が「オレオレ」のほうを選ぶだろう。
「よい器ですね」と他人から褒められることのほうが、自分が好きかどうかよりも大事だから、歪んでいるのは避けたい。機能面で優れているほうが他人にわかりやすい価値だから、好きなカタチや色は後回しで考えたい。
でも、その選択方法で買った器は、それから先はどうなるのだろ?
毎日付き合ってゆけるかな?
しばらくしたら使わなくなって、お客が来たときだけの出番にならないだろうか。
他人に媚びてしまう。みんなと同じ美意識というファンタジーの仲間に入れてほしい。
マルちゃんの茶杯
マルちゃんの茶則
モノをつくる側の人が「オレオレ」の意識を削ぐには、ちょっと修行が要ると思う。
売れにくいモノをつくるという経済的な抵抗の他に、ひとりになる不安への忍耐が要る。
そういえば、チェコのクリコフの工房に着いた初日に、マルちゃんからこんな質問を受けた。
「美味しさに影響はないみたいだし、不良品というわけではないと思うけれど、この前買った『中茶牌3917沱茶93年』の表面にカビのような白い粉がちょっとだけあるのだけれど、これ大丈夫?」
言いにくいことで、タイミングを選んだのだろう。
プーアール茶の白露
「あ、それ、良い方の麹カビのつくった酵素成分だと思うから大丈夫。昔の香港倉庫の老茶にはよくあったよ。」
そう答えたらマルちゃんは安心して嬉しそうだった。
やはり不安になるのだ。
たとえ、自分の味覚と体感を信じていても、プラハのお茶仲間たちはこのお茶を評価していない。
みんなが正しくて、自分は間違っているのではないか?と心配になる。
自分の好きなものを選ぶには勇気がいる。忍耐がいる。
そんなにしんどい思いをするくらいなら、他人に選んでもらった「自分の好きなモノ」のほうが楽だよな。

ひとりごと:
マルちゃんの工房にずっと売れ残っていた白いお椀。
高台が三角の白い茶碗
高台の三角がカッコよくて気に入ったのだった。
その他の魅力はあまりない。むしろ平凡な感じがする。
でも、買うことにした。
誰かに「変なの選ぶな。見る目がないな。」と言われても平気。
友達いないから。

勉強会を考える

プラハの教会
プラハの教会
プラハの屋根
チェコのプラハで4回もプーアール茶の勉強会をした。
マルちゃんの友達のTEA SHOPやTEA ROOMが会場となった。
参加者はお茶ファンだけでなく、業者の人も多数いた。
プーアール茶は業者にとってもミステリアス。少なならず痛い目に会っている業者の顔は怖いので、すぐにわかる。
勉強会最後の2回は、朝の9時半にはじまって終わりは夜の8時頃。お昼休憩の2時間を差し引いても8時間半。2日続けた合計は18時間になる。
1日目は、プーアール茶の歴史をテーマにした。
西双版納にはなぜ大きな古茶樹が群生しているのか。なぜ陸羽の茶経に紹介されないのか。少数民族と茶樹の出会い。医食同源のお茶。生活のお茶と文化のお茶の2つの歴史。皇帝とお茶と税金。西洋と東洋の交易。産業になったお茶。雲南のお茶に関わった人々の物語。
手元には、いろんな時代のいろんなタイプの、飲めるサンプルがある。当店は老茶専門店としてはじまったから。
2日目は、茶葉のクオリティーをテーマにした。
西双版納の地理的特性。茶樹の育つ山。周囲の森。品種。采茶のコンディション。季節や天気。星のめぐり。製茶と人の手と。熟成のこと。
茶摘みから保存熟成まで、すべての工程に付き合った茶葉が手元にある。2009年秋から2016年秋まで、季節ごとに実験的なことをしてはサンプルを貯めてきたので、1日では飲みきれない。
今振り返ってみても豪華な内容だった。
準備のために6日間ほど、チェコに滞在しながら部屋にこもって時間を費やした。
でも、一度はやりたかった長時間の勉強会。
経験してわかったのだけれど、もっと充実させたら10日間の合宿ができるだろう。
それで、さらにわかったのだけれど、これは自分の仕事じゃない。
もしも勉強会を頻繁にするようになったら、当店のオリジナルのお茶の質は下がる。勉強して賢くなったら良いお茶が逃げる。良いお茶をつくっても売れないから勉強会で稼ぐ・・・みたいな、負の方向へ向かって専門性を失う。
プラハの町
プラハの茶室
チェコのプラハの茶店
チェコで勉強会
ブログは、自分の考えをまとめたり、記録を振り返って新しい発見をしたり、モヤモヤを発散したり、だから続けられる。しかし、勉強会は短絡的で長期的な利益が見込めない。
カンタンに勉強をすると、結局は価値を失うのだよな。自分もお客様も。
知識は、無いほうがかえってお茶を楽しめることもある。知らないほうがもっと深く入ることもある。
知識を得ると、つい嬉しくなって誰かに伝えてしまう。モノ知りの優越感を伴うこともある。自分の知らないうちに媒体になっている。空気みたいにタダでそこらじゅうに漂う知識。「最近のテレビは面白くないなー」と言う、そんなあなたも媒体としては差不多かもしれない。
静かな味と体感だけがお茶の表現。
意味のある言葉を発しない。映像や音楽みたいに強く心を揺さぶらない。
この表現はぼんやりしているようで正直。
自分がお茶づくりの現場で身体が動かなくなったら、心が嘘をついたら、必ずお茶の味になって現れる。
茶樹の住む生態環境が破壊されたり、農家が産量を求めて乱獲したら、必ずお茶の体感になって現れる。
茶葉にはいろんなメッセージが物理的に記録されている。命にかかわるメッセージだった時代に解読を試みた人は、それ相当に価値のあるなにかを見つけていた。
茶葉をお客様に届けるまでが自分の仕事。メッセージの解読や解釈は、勉強したい人がお金をかけて、手間をかけて、時間をかけて行えばよいのだ。質問があれば茶葉にする。自分の身体に聞いてみる。延々とその繰り返し。
本当の勉強はこういう感じに、実践の試行錯誤あるのみ。
勉強したような気持ちになることが大事で、孤独と退屈しのぎに頭を興奮させたいときに、勉強会に参加したらよいと思う。
自分はそういうこともあんがい楽しめるから、講師が務まる。
シアター
シアター
プラハの夜

香椿林青餅2016年 その2.

製造 : 2016年4月1日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納 密封
茶水 : チェコの水道水・ブリタ濾過
茶器 : チェコ土の茶壺と宝瓶
クリコフの道

お茶の感想:
お茶づくりで西双版納の山の人の家に泊まり込んで寝食をともにするように、今回はチェコのマルちゃんの工房に泊まり込んでいる。
西双版納の山の人の生活は、生きている世界が違う。時代が違う。なじめないこともある。
それを考えたらチェコの工房の生活は楽。自分と同じ世界、同じ時代に生きている。
自然にやさしく質素で素朴なところは似ていても、向かう方向が違う。
西双版納の山の人は、半自給自足の農業から脱して、経済社会の仲間入りをはじめたところで、もっと消費を増やそうとしている。
マルちゃんは自ら選んで消費を減らそうとしている。
チェコはヨーロッパの中では田舎かもしれないが、町に住めば世界の大都市とほぼ同じ生活ができる。田舎の村へ行っても不便はない。プラハの都会っ子として育ったマルちゃんは、できるのにしない、という選択で今の生活をしている。スローライフというのかな。
マルちゃんは菜食主義だが、これも都会の人だからこその思想で、山の人にその発想はないと思う。布朗族の古い仏教のお寺は菜食主義だが、お坊さん以外の普通の人にその選択はありえないだろう。
この違い。
どうなのだろ。

スローライフの思想は作品に反映している。
例えば、土の成形。
土の成形が失敗した例
茶壺の注ぎ口を胴体にくっつける作業のときに、マルちゃんの手元がくるって胴体がちょっとだけ凹んだ。叩いたり揉んだりして直したはずなのに、焼きあがってみると少し元に戻っている。
形状記憶というやつか。
このケースは自覚できているが、自覚できていない形状記憶もある。
食べものによって体質が変わり、思考も変わり、言動に影響するように、例えば、粘土の成形の微妙なカーブは草食と肉食では違ってくるだろう。
作陶は自然がいっぱい。粘土の成形だけでなく、釉薬のかかり具合、薪の火加減、その時の天気などが仕上がりに大きく影響する。作品の持つ雰囲気には、作家の生活がなんらかのカタチとなって反映している。もしかしたら淹れるお茶の味や体感にまで物理的な影響が及ぶかもしれない。
マルちゃんはそこを気にしている。
台所
そうなると、作品を使う側にもスローライフを求められる。
マルちゃんの作品はだいたいちょっと不便にできていて、使った後の手入れにもちょっと手間がかかるので、丁寧な生活のできる人向きである。チェコは比較的スローライフがしやすい環境かもしれない。ガチガチの共産主義だった1989年までの生活はスローだったから。
自分の場合、仕事なので茶器は毎日使うが、食器は使わない可能性が高い。
丁寧な生活をすると収入が減る。
お金を使って便利を求めたり、時間を節約したり、将来もっと収入を得るために今するべきことを選んでいる。忙しくて急いでいる。
食器は生活になじめずに部屋のインテリアになるだろう。ふだんは使わないのに、来客のあるときだけうやうやしく使ってみたりする。
水漏れする茶壺
水漏れする茶壺
今回いくつか選んだ茶壺の中に、ひとつ水漏れするのがあった。
粗いシャモット(耐火レンガを砕いた粉)の混じる土で焼かれたこの茶壺は、小さな空気の泡が内部にいっぱいできすぎていて、湯がじわじわ表面に漏れ出てくる。
水滴が落ちるほどではないが、蒸気になって出てゆく。
香椿林青餅2016年
『香椿林青餅2016年』(未発売)。
しっかり時間を取って抽出しようとしたら、杯にお茶を注ぐ前に部屋いっぱいに爽やかな緑の香りが広がった。蓋を閉めたまま、茶壺の胴体から茶の香りを伴った蒸気が出ているのだ。
昨年の春のお茶で、まだあまり熟成していないから、山の緑がそのまま薫る。
香椿林青餅2016年泡茶
面白いけれど、手入れはちょっと面倒で、使った後はすぐに洗って乾かさないと、細菌が発生して臭うようになる。
お茶淹れを丁寧に時間をかけて楽しめる人には、かわいい道具になる。毎日使いたいくらい。
忙しい人は、あまり使わなくなって、インテリアになる。
食事

ひとりごと:
できるのにしない、という選択をマルちゃんがしたから、作品は意志を持っている。方向がはっきりしている。
意思のある作品に対して、そこをうやむやにするのは難しいことかもしれない。「使う人が自由にしたらいい」と言ったって、どこかわざとらしい気がする。
ま、そういう世界と時代にわれわれは生きている。

厚紙黄印七子餅茶 その3.

製造 : 1995年
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県大葉種喬木晒青茶
茶廠 : 孟海茶廠(国営時代)
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 餅茶崩し
保存 : 香港ー広州ー上海−日本ーチェコ密封
茶水 : チェコの水道水・ブリタ濾過
茶器 : チェコ土の茶壺と茶杯
窯入れ
氷柱
火入れ開始
薪をくべる
窯の炎
焼けるレンガ
窯に吸い込まれる炎
煙突から吹き上がる炎
燃え上がる炎
1270度
窯の隙間から見える赤い火
窯出し

お茶の感想:
プーアール茶に向いている茶壺をオーダーするつもりでチェコに来たが、結局はプーアール茶に向いてそうなのを、すでにつくられた茶壺の中から選ぶしかないとわかった。
西双版納の自然栽培のお茶と同じで、自分が思ったようなのを作家がつくれるわけがない。もしもそのようにしたら、どこかウソをつくことになる。一日一日の天気が茶葉の育ちや製茶の仕上がりを左右するように、一点一点つくられる茶壺はその違いに面白さがある。
窯出し
どうやってプーアール茶に向いていそうな茶壺を選ぶか?
持参した茶葉でお茶を淹れてみて判断するしかない。
窯出しの後、古い茶葉を煮て土の匂いを消してからお茶を淹れてみる。
水の注ぎ、重量バランスの良さ、持ちやすさ、など、すぐにわかることもあるが、いちばん肝心なお茶の美味しさをみるには時間が足りない。
持ち帰ってから、ひとつひとつをじっくり使ってみるしかない。
3回使うより4回、4回使うより5回、と徐々にわかってくると思うが、半年以上かかるだろう。これを販売する頃には、茶渋がどこかに染み付いているだろう。
グラスの杯
お茶の美味しさをどうみるか。
この問題を考えさせられることがあった。
チェスケー・ブジェヨヴィツェのアンティークショップでマルちゃんが見つけたグラスの杯。
グラスの杯とチェコ土の杯に同じお茶を注いで飲み比べたときに、自分はグラスの杯が美味しくて、マルちゃんはチェコ土の杯が美味しいと評価した。
グラスは白磁の杯に似て、すべての味がまっすぐ現れる。
チェコ土の杯は味が隠れて、ぼやけたりくすぶったりする。
プラハの茶葉のバイヤーのトーマスもグラスの杯を選ぶだろうとマルちゃんは言う。
仕事柄、自分はトーマスと同じモノサシでお茶の味を見ているかもしれない。
手元に試飲の順番待ち茶葉がたくさんあって、ひとつのお茶を一日かけて味わう暇はない。味が隠れたりしたら困る。
そういえば、最近ひとりでお茶を飲むことが多くなった。
試飲が目的なので、他人といっしょに飲んでいたら時間がかかって効率が悪い。1煎めと2煎めの間に時間が空くと味の変化がわかりにくいので、1・2・3・4煎をサッサとこなして次のお茶に移りたい。
1日に飲めるお茶の量は個人によるが、体調を壊さないギリギリの範囲でサンプルをこなしたい。他人のお茶を飲んでいる場合ではないから、茶友たちと交流したくない。たくさん汗を流すとお茶の許容量が増えるから、西双版納ではジョギングやサイクリングが日課となっている。
茶壺を味わう
茶壺
お茶の味わいは、味や香りだけにあるのではない。
お茶の先生の茶会では、もっと総合的な美とか作法とかを紹介している。
茶縁という言葉があるように、出会いのきっかけになることもある。
そんなことはわかっている。
でも、自分の仕事はお茶の味に集中すること。
味わい方にせっかちになるのは仕事の性分である。
試飲のための味わい方を、お客様が真似するのはちょっとおかしい。
ワインも日本酒もそうだけれど、なぜ仕事人のモノサシで鑑賞しなければならない?と、お客の側として思うことがある。
石の表
石の裏
試飲のための茶器が、日常の楽しみの茶器と共通するわけがない。
チェコ土のマルちゃんの作品の味わいを味わうのだ。そのためにお茶を飲む。
そういう心構えがあれば、それなりに美味しくなる。
多少は技術でコントロールできるところもある。例えば、湯の温度を高めにするとか、茶器をあらかじめ温めるとか、ヤカンから茶壺へ、茶壺から茶杯へと注ぐ水を高いところから落とすとか。ひとことで言うと、キビキビした感じの水の振動をつくるとバランスがよくなる。
そういうことが分ってくると、道具をつかいこなす味わいを味わえる。
自分の立場からは、お茶の味がもったいない気がするが、お客様からしたら贅沢というか、豊かな遊びになるだろう。

ひとりごと:
池のほとりの森
赤松の葉と雪
池の上を歩く
池の上でお茶の用意
凍った池の上で温かいお茶。
+【厚紙黄印七子餅茶】
夏は砂浜のビーチのある池で、キャンプを楽しむ人でひしめくらしい。
後ろに小さく見える人は、アイスホッケーの練習をしている叔父さん。
遠い昔にレンガづくりのために掘られた大きな穴に水が溜まって池になっている。小川が流れ込んでいるので水は綺麗。
氷の上で飲んだお茶には特別な味わいがあったとも言えるし、寒いだけでバカをしたとも言える。
自分でもどっちなのかよくわからない。
家に戻ってから、かじかんだ手を薪ストーブにかざしてもみもみしながら飲んだお茶のほうが美味しかった。
氷の上でお茶
厚紙黄印七子餅茶マルちゃんの作品は、ある人からしたらぜんぜんダメだと言える。そういう隙を与えているから、他人の評価にフン!という態度でいられるような、使う人に強い意志が要るかもしれない。
当店のお茶は本当はマルちゃんの作品よりもワイルドだが、店長の性格で、あまり隙を与えないようシリアスな情報で武装している。意志の弱い人でも他人の評価が怖くないように。下手な評価をしたら痛い目に会うように。
それが日本人マーケットだから。
どちらが良いとか悪いとか、自分でもよくわからない。

巴達古樹紅餅2010年 その19.

製造 : 2010年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨古茶樹
茶廠 : 農家+孟海の茶廠
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : チェコ土の茶缶・室内
茶水 : チェコの水道水・ブリタ濾過
茶器 : チェコ土の茶壺と宝瓶
チェコチェスケー・ブディェヨヴィツェ
チェコチェスケー・ブディェヨヴィツェ
チェスケー・ブディェヨヴィツェ
チェコのお菓子
ヤンの店

お茶の感想:
チェコの人は素朴で、可愛いモノが好き。
そんなイメージがあるが、実際にはわからない。
どこからかの情報やわずかな経験から、勝手にそう思っているだけ。
中国のマーケットがわざとらしいモノを求めるので、中国の作家に茶壺をオーダーするのは難しいという話を前回にしたが、実際にはどうかわからない。わずかな経験から、勝手にそう思っているだけ。
西双版納の山岳少数民族には素朴な人が多いと勝手に思っていたけれど、お茶づくりでさんざんな目に遭ってからは見方が変わった。どこも同じで良い人も悪い人もいる。
勝手に思いやすい。自分の都合の良いように思いたい。
みんなそうだろ。
このことを利用して、都合の良い話をつくり、みんなに色眼鏡をかけておいて、商売につなげる。
マルちゃんはそうなることを心配している。
茶壺をつかう人ひとりひとりが、自分の眼で見て、自分なりに解釈して、自分なりの評価をしてほしい。
理想だけれど、でも、それはできないな。
誰かのつくった色眼鏡を掛けたほうが楽である。願わくば、良質の色眼鏡であって欲しいので、他人の評価を多数集めるサイトやSNSの意見に頼る。これが良いとか悪いとか教えてくれる先生を見つける。
ますます自分の眼で直に作品を見つめることから遠ざかる。
チェコ土の茶壺釉薬をかけているところ
お茶もそうだけれど、はじめから真実を捉えることなんてできない。なんらかの色眼鏡がなければ、飲んでみようとか、買ってみようとか、アクションを起こすこともないだろう。
当店のサイトやブログを読んでお茶を買ってみたけれど、思っていたようなのではなくて、店長はインチキだと結論づける人もいるかもしれない。
ま、仕方ないと思う。
1年くらい前には、チェコの土がお茶との相性が良いと言っていた。それなりの根拠があった。
現在は、あまり相性が良いとは言えないと言っている。それなりの根拠がある。
この根拠は、宜興の紫砂の茶壺や景徳鎮の白磁の茶壺と飲み比べをした結果だが、飲み比べというシチュエーションに無理があるとマルちゃんは主張する。
飲み比べをすることによって、口や鼻のほうに意識が集中する。お茶の味わいはすでに変わっている。普段お茶を味わうときに口や鼻にそこまで意識を集中させたりしないから。
では、どんな方法で茶壺の性質を知ればよいのか?美味しいお茶を淹れられる機能を見つけられるのか?
何度も議論しては結論に至らず、午前2時頃になって疲れて眠る。そんな毎日の繰り返し。
寝ている間に頭の中でなにかが熟成して、朝起きてふとひらめく。
巴達古樹紅餅2010年紅茶
巴達古樹紅餅2010年紅茶
今回はマルちゃんがなにかひらめいて、胴体が直線な宝瓶とマルい胴体の茶壺と比べることになった。胴体に湯の熱が伝わり跳ね返る、熱の反射が違う。湯を注いで蓋をしたときの上部の空間のカタチや大きさや違う。
+【巴達古樹紅餅2010年紅茶】
このお茶3gずつを計量。チェコ土の茶缶で1年ほど保存されている。チェコは空気が乾燥しているので、紅茶の熟成具合はなかなかよい。
巴達古樹紅餅2010年紅茶
シュッとした宝瓶とマルイ茶壺
お茶の味はまったくこのカタチのまま現れた。
マルイ茶壺のほうが美味しい。コロコロ転がるような舌触りの水。ふくよかな味の広がり。宝瓶はツンツンして辛い。茶気や香りが上に抜ける勢いはあるが、そっけない味。
飲み比べに無理があるのではなかったのか?
理屈は言っても実践は別。
葉底
マルイ茶壺のほうが葉底が開いている。熱量がたくさん伝わったことを示している。
マルちゃんがなにかひらめいたようでスケッチしていた。
スケッチ
上にマルく広がる茶壺はどうなのだろ?
白磁の茶壺にはこういうのがよくある。手に取るバランスが軽く感じられるからだろう。
お茶の味はどうなのだろ?
新しい疑問が生まれた。

ひとりごと:
クリコフの農家
クリコフの茶室
(池の畔につくられた茶室。夏はここでお茶を楽める。)
ブログの過去の記事に間違ったことを書いていても消さない。
そのままにしている。学びの過程を見せられるのがブログの機能のよいところ。
これを見て同じ間違いをしないで済む人がひとりでもいたらいいと思っていたけれど、今は違う。
みんな同じ間違いをしたらいいと思う。

チェコ共和国 冬 2017年

プラハの橋
プラハの川
プラハの町並
プラハの旧市街
1月6日からチェコ共和国にいる。
1ヶ月間ほど滞在する。
陶芸家のマルティン・ハヌシュさんに茶壺の改良をお願いするのと、チェコの壺で長期熟成をスタートさせるのと、お茶好きたちと交流するのが目的。
冬のチェコは寒い。初日からいきなりマイナス16度。
窯元のあるクリコフは過疎の村で、夏の観光シーズン以外は人口60人くらいのひっそりとしたところ。みんな家の中で寒さをしのいでいるので、村の通りを歩く人をめったに見ない。薪ストーブの火を絶やすと凍え死ねるだろう。
生活のために割く時間が長い。美味しいものをゆっくり食べて、温かくしてぐっすり眠むらないと身体の動きが悪くなる。
マルちゃんの作陶は一日一歩。歩みはのろいけれど、生活の味わいを味わっている態度が、土や火になんらかの影響を与えていると思う。
駅
マルちゃん
クリコフのレストラン
煙突
クリコフの窯元
ガラスの窓
ワークショップ
クリコフの窯
クリコフの窯
個人的に、昨年の夏頃からお茶を淹れる物理に関心を持っている。
このブログでもお茶淹れの技術や茶器の性質について書いているが、実は、チェコ土の茶壺でお茶を美味しく淹れるのは難しい。味や香りが土に吸い取られたかのように輪郭がボヤけたり、粗い土の鈍い熱伝導率が新芽・若葉を煮やしたりして、宜興の紫砂の茶壺や景徳鎮の白磁の蓋碗のような爽やで軽やかでキビキビした風味が得られない。
しかし、なぜかマルちゃんの茶壺を毎日使っている。
たぶん、造形の美しさ、手触りの心地良さ、重量バランスの良さ、水の流れの美しさ、などが、機能の弱みを補うのだろう。
お茶の味がちょっと劣るくらいはたいした問題じゃない。
チェコ土がどうしてもダメなら、他の地域から土を持ってくる手もある。その前に、土の粗さを変えてみたり、茶壺の胴体のカタチや厚みを変えてみたり、焼き方を変えてみたり、釉薬のあるなしを試してみたり、すぐにできる試みはある。
自分ならお茶のつくり方を変えてチェコ土に合わせることもできる。微生物発酵のお茶はチェコ土と相性が良いと思う。
マルちゃんと茶壺
チェコ土の茶壺口をつける
蓋の整形
チェコ土の茶壺
「日本や中国の作家に頼めないのか?」
何人かにそう聞かれたが、出会いがなかった。
茶壺づくりは、注ぎ口や蓋や取っ手のつくりが繊細で面倒な作業なので、普通はやりたがらないが、その点、マルちゃんは自称「お茶オタク」だけあって楽しんでくれる。お茶談義をしながらあれこれ飲みだすと徹夜になる。
中国の作家にはお茶好きが多いが、なかなか難しい。例えば、人のわからないところに嘘をついて利益を得たり、ホンモノを超えるコピーを安くつくろうとしたり、個性の強調しやすい絵付けや飾りにこだわって手っ取り早く高価にしたり、すばらしい技術があっても威張った感じに表現したり、自分に都合のよい品質基準をつくって優劣を主張したり、大量生産でコスト削減のために分業して個性を失くしたり。
すごく良いのは高かったり。
茶壺120万円
(中国の作家モノ茶壺120万円 上海のお店で撮影)
しかし、これは作家の望んだことではなくマーケットの望んことだと思う。
お茶もそうだが、人々が望むものしか結果的には残らない。マーケットの望んだようなモノが生産される。これに逆らう仕事は経営面で難しくなるので、それでもつくりたいモノをつくって食べてゆくには、相性の良いマーケットを探すしかない。
モノには、つくる人がなんらかのカタチで映り込む。
選んで使う人の、なんらかを投影することにもなる。
このへんのところをマルちゃんはよく考えている。
それゆえに、美味しいお茶を淹れる機能を追求することにマルちゃんは頑張らないのだが、まあそれでもいい。
薪割り
薪ストーブ
薪ストーブ
マルちゃんの焼いたお菓子
ワイン
白い枝
ところで、チェコはヨーロッパの中ではなぜかお茶に熱い人が多い。
例えば、首都のプラハは人口120万人で京都と同じくらいだが、プラハで勉強会をしたら参加者が10人も集まった。京都で勉強会をしても他府県からの参加者除くと、京都の人は1人いるかどうかだから、この状況からみてもチェコにはお茶好きが多い。
チェコには茶山がない。中国茶も日本茶もインドのイギリス茶も、みんな同じポジションであるから、どれかひとつこだわることなく全般的に楽しんでいる。マニアックなプーアール茶勉強会でも、初心者が足を運びやすいのだろうと思う。
お茶オタクから聞いた話では、チェコは1989年以前のガチガチの共産主義だった時代に、中国と物々交換のようなカタチで中国茶を入手していたらしい。
中国でも茶葉は専売公社が取り引きしていた時代で、良質のものが安かった。1990年代から徐々に茶業が民営化されるとともに、中国茶全般に質が落ちた。
そんな背景があって、チェコのお茶好きには経歴がある。良い時代の良い味を知っている人もいる。町にはTEA SHOPやTEA ROOMがそこそこあり、しっかり商売になっている。
しかし、当店のお茶はチェコの人たちには手が届かない。物価や人件費が安いので、高いお茶を売るのは難しいが、物々交換のようなカタチで、小さな工房のクラフトビール、モラビア地方の昔ながらのワイン、農家のつくった羊肉のサラミ、プラムを発酵させてつくった焼酎、オーストリアのホームメードのチーズ、そしてマルちゃんのチェコ土の作品とトレードする。
昔ながらのお茶の交易。
茶学4人分の茶葉
茶学
巴達生態紅餅2016年
葉底
写真は、『巴達生態紅餅2016年茶』(卸売部)で茶学しているところ。
チェスケー・ブジェヨヴィツェ
チェスケー・ブジェヨヴィツェ
チェスケー・ブジェヨヴィツェ
小さな町”チェスケー・ブジェヨヴィツェ”にあるマルちゃんの友達の店。
店主のヤンが抹茶を点ててくれた。
抹茶
抹茶
チェコには竹がないから、柄杓が陶器でつくってあった。
陶器の柄杓

巴達山熟紅茶2010年 その1.

采茶 : 2010年4月
加工 : 2016年12月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 紅茶の熟茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺
巴達山熟紅茶2010年渥堆1
巴達山熟紅茶2010年渥堆2

お茶の感想:
紅茶の渥堆発酵を試している。
6キロほどの小堆発酵。
この餅茶を崩して原料にした。
+【巴達古樹紅餅2010年紅茶】
小堆発酵の試みを始めてから2ヶ月。まだひとつも完成していないが、この紅茶は発酵開始から2週間めで、すでに美味しい。
生茶の『巴達曼邁熟茶2010年』(仮名)は何袋か(数十キロ分)失敗している。発酵開始から2週間めの新しい数袋分も、今すぐ飲んで美味しいバランスにはなっていない。渋味や苦味にまだ若い生茶の棘がある。
このお茶『巴達山熟紅茶2010年』(仮名)は、最初の1袋だけ失敗したが、2袋めからうまくいっている。
水分や温度を同じように管理していて、生茶に失敗が多くて、紅茶に失敗が少ないのは、茶葉の質が異なるからだ。
通気が悪かったのではないか?
小堆発酵が失敗する原因に気付いたのも、この紅茶の試みが裏付けとなっている。
紅茶に製茶した茶葉は粘着力が少ない。
粘着力が少ないと、餅茶の圧延加工が緊密に固まらない。生茶はカチカチで茶針で崩さなければならないが、紅茶はゆるくて手で崩せる。
茶葉の性質の違いは、小堆発酵の袋の中でも同じ。
緊密になりにくいので茶葉と茶葉の間に小さな隙間ができる。
通気が良いと、同じように加水しても蒸発が早い。
蒸発が早いと、発熱している時間が短くなって、平均的な茶葉の温度は低めに保たれる。
黒麹菌からはじまる発酵に違いはない。
渥堆発酵スタートから数日内はクエン酸によって酸っぱいお茶になっていたし、数日後からは酸っぱいのが消えて徐々に甘くなっていた。
水分が多いときの小堆の中心部は55度に達していたし、水が多過ぎて失敗した1袋めは酵母や乳酸の仕業と思われる発酵臭がプンプンしていた。これは後に熟茶っぽい味になった。
同じ微生物が活躍しても、水分や温度が違えば異なる結果が得られる。
水分を控えめにすると、紅茶は紅茶のままでいる。
巴達山熟紅茶2010年泡茶1
巴達山熟紅茶2010年泡茶2
これがちょっと不思議な感じなのだ。
熟茶っぽさはなくて、なにも説明なしに飲んだ人は微生物発酵していることに気付かないだろう。生茶と熟茶の違いは明らかなのに、紅茶と熟紅茶は似ている。
20年モノの老紅茶にこんなのがあったような気がする。
ということは、無加水で微生物発酵していたのかもしれない。
紅茶の熟茶の葉底
そこで仮説を立ててみる。
もしかしたら生茶も、水分をもっと減らしたら熟茶味を抑えられる。
生茶は生茶らしさを保って、老茶に似た味になる。
近年の生茶(1990年頃から現在)は緑茶のままで売られているが、昔は違った。
餅茶はちゃんと微生物発酵した黒茶だった。
加水して渥堆発酵したのではなく、無加水で渥堆発酵したのだ。
殺生して揉捻して晒干して、できた原料の散茶を、圧延加工するまでは工房の倉庫に無造作に山積みしていた。
茶葉の堆積
(写真は熟茶の渥堆発酵のものだが、堆積はこんな感じ。)
1950年以前の易武山の私人茶荘の工房にしても、1950年から1980年代の孟海茶廠の倉庫にしても、現在よりも湿気対策は甘かっただろう。さらに、茶山の農家から倉庫にゆくまでの道のりは遠かった。車やバイクは通れない悪路が多くて、馬やロバがゆっくり運んでいた。雨に濡れることもある。
4月中頃から雨季になる。
春の茶摘みが終わったらとたんに夏が来る西双版納の気候では、5月に圧延加工をはじめたとしても、黒麹菌が増殖して、堆積した茶葉の中心部から発熱する条件は十分にある。
ここでひとつ思い当たることがある。
7542青餅
1980年代の孟海茶廠の生茶の定番『7532青餅』・『7542青餅』の、餅茶の表側に配された新芽・若葉が、あまりに小さくて、現在ではこの仕事を再現できない。
早春の6日間の小さな新芽・若葉だけでつくってみた『易武春風青餅2011年』の餅面を見ても、こんなに小さな新芽・若葉にはならない。
易武春風青餅2011年
昔のことだから、人手を集めて特別に小さな新芽・若葉だけを選り分けたのではないかと考えていたのだが、そうじゃない。
微生物発酵によって茶葉がひとまわり小さくなっていたのだ。
版納古樹熟餅2010年
熟茶は、茶葉がふたまわりくらい小さくなっている。
香港の倉庫での後発酵も、もちろんあっただろう。
しかし、餅茶になった状態で微生物発酵をゼロからスタートさせるのは難しいと思う。現在の香港の倉庫に近い環境の広州でこの味が再現できないのは、近年の生茶(1990年頃から現在まで)の茶葉に、微生物発酵はなく、黒麹菌の種(胞子)が仕込まれていない。酸化による劣化を防ぎながら熟成を促す酵素がつくられていない。
この仮説を現物で証明する。味を再現する。
それがこの仕事のゴールになる。

ひとりごと:
あと、2年くらいかかると思う。

温州人の易武古樹熟茶 その1.

采茶 : 2015年10月
加工 : 2016年10月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山落水洞+老曼娥古樹
茶廠 : 農家+温州人
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺
温州人の易武古樹熟茶

お茶の感想:
自分よりも一歩先に熟茶の小堆発酵に挑戦している温州人が、サンプルを持って西版版納に帰ってきた。
小堆発酵のミャンマーでの様子はこの記事で紹介した。
+【版納古樹熟餅2010年 その32.】
金の価格が高いので、ミヤンマーの金鉱は忙しいらしい。5日間ほど西双版納に滞在してからすぐにミャンマーに戻る。1月27日からの旧正月は、仕方がないので温州の家族全員をミャンマーに連れてゆくらしい。
古いタイプの仕事だけれど、生き方はベンチャーだよな。
金を掘るというと、チャップリンの映画『黄金狂時代』を思い浮かべる。
ツルハシひとつでアラスカの金鉱を掘り当てて大富豪になる話。でもそれは100年も昔のこと。現代の金掘りは、掘り出した土の中から金や希少金属をいかに分類して抽出するかに技術の要がある。
そこに微生物や酵素が活躍している。
ちょっと聞いただけでは理解できないけれど、土となって混在する様々な成分を分解したり結合したりして、目的の物質だけを取り出すのに有効な、ある種の微生物や酵素を特定できているということになる。
なので温州人は微生物に詳しい。
熟茶の渥堆発酵における仕組みをおおむね理解している。
はじめての小堆発酵で失敗しないのは、その知識が役立っている。
温州人の易武古樹熟茶茶葉アップ
黒く変色した茶葉の色からして、自分の小堆発酵とは異なる。
しかも、最後の加水を11日目に終了したというから、かなり短期間である。
黒くなりすぎたのは意図したものではない。
11日目の加水の量が多すぎて、茶葉が高温になりすぎて、このままでは腐らせてしまうので、茶葉を大きな板の上で薄く広げて温度を下げて、2週間ほどかけてゆっくり乾燥させたらしい。
この結果からいろいろ学ぶところがある。
温州人の易武古樹熟茶泡茶1
このお茶はとても美味しく仕上がっている。
黒い色は茶葉が酸化しすぎた色であるが、しかし、劣化につながる嫌な味を感じさせない。体感も穏やかで、お腹いっぱいになるまで飲んでも酔わない。
温州人の易武古樹熟茶泡茶2
専売公社時代の昆明第一茶廠のお茶に似たのがあった。
+【7581雷射磚茶プーアル茶88年】
このお茶の葉も黒い。
乾燥した茶葉に太陽に焦げた車のタイヤのような臭いがかすかにあるが、そこが似ている。
このタイプのはミルクティーにしたら悶絶するほど美味しい。
長期熟成すると7581のようなシナモンの香りのスパイスが出てくるかもしれないが、現在は淡々としてまっすぐな感じ。
泡茶3
自分の小堆発酵のを比べて飲むと、発酵がまだ足りないゆえに味が濃くて、土っぽい雑味にさえ感じるくらい、それほど温州人の熟茶には透明感がある。
種麹は同じ『版納古樹熟餅2010年』を培養したものだが、温州人の熟茶のほうがこのお茶に近い。
自分のはまだちょっと遠い感じだ。研究が足りないな。
なにが違うのか?
ミャンマーでの小堆発酵の様子を聞いてすぐにわかったのは、通気の違い。
通気が良いのだ。
いくつか原因がある。
まず、茶葉が違う。
秋の散茶を原料にしているので、茶葉の繊維がやや硬くて弾力があり、小堆塊の中に小さな空間をつくりやすい。
袋の素材が違う。
麻の荒く編んだ布で茶葉を囲っている。実はこの同じ麻の布袋を入手したが、石油臭くて、2度洗っても臭いが取れないので断念した。何度も洗わないといけないらしいが、その前にガーゼ生地の布袋を見つけて、そっちを使っている。ガーゼの通気はよいが、麻のようなゴワゴワした質感はない。ゴワゴワが小さな空間をつくっているのかもしれない。
囲い方が違う。
自分の小堆発酵は布袋にまとめて袋の口を封じている。温州人のは袋の口を閉じずに開けたまま。竹籠ごと木箱に囲っている。空気に触れやすい。
通気が良いと、水の許容量が多くなる。蒸発が早いので、結果的に水を多く掛けることになるが、茶葉の内部では新しい空気の入るチャンスも多くなる。
そして熱も逃げやすい。
加水後は65度の高温を記録したこともあったらしいが、平均的な温度はもしかしたら自分のよりも低いかもしれない。
自分のは加水の量は少なめだが、水が逃げにくいので発熱が持続しやすい。そのうえ電気カーペットで24時間加熱している。
温州人の小堆発酵は、温かい季節の10月に行われたので、室内は26度はあったらしいが、あくまで常温であるから、明け方の寒い時間帯や、太陽が出ない雨の日(10月はまだ雨季で雨の日が多い)などは、やはり肌寒いくらいに冷えていただろと思う。
この結果を参考にして、自分の小堆発酵ももっと通気を意識することにした。
そして低温ぎみに管理する。
低温といっても、水の多い中心部は50度に達することがあるだろうし、外側は26度よりも下がらないように調整する。
加水の量を減らすことになると思う。
餅茶を崩した茶葉は隙間が小さくて、弾力も弱いので、水が多いとその隙間を埋めてしまう。
この状態で酵母などが活発になると、二酸化炭素を吐き出して充満して窒息する。
好気性の良性の菌類が活動しないと、悪性の菌類がはびこる原因となる。
葉底
水を少なめにすると、変化に時間がかかるかもしれないが、1ヶ月かかるところが3ヶ月になろうが1年になろうが、美味しくなるならそのほうがよい。
もしも1年以上かかったら、生茶の老茶に近くなるかもしれない。

ひとりごと:
酸醤米綫。
西双版納のダイ族の名物。
米の麺、ビーフンが発酵させてある。普通の米綫よりも旨味がある。米にしては弾力があり、ツルッとした触感。
具沢山で9元。毎日食べたいくらい美味しい。
自転車で米綫
蒸した米を天日干し1
蒸した米を天日干しアップ1
蒸した米アップ2
酸醤米綫
路地裏の有名店
麹づくりのための蒸した米が外に干してあるが、これをどう使って米綫を発酵させるのかは知らない。
天日干ししているということは、太陽光線に強い種類の麹かもしれない。
(追記:酵母だったかな?)
微生物は太陽光線に弱いのがほとんどなので、天日干しによって特定の麹だけ選んで培養することに成功している。
蒸した米を外に干すだけでそれができるのだから、西双版納の空気中にはこの種の麹がいっぱい飛び散っていて、西双版納の気候はこの発酵に適しているということである。

巴達曼邁熟茶2010年 その6.

采茶 : 2010年4月
加工 : 2016年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺

お茶の感想:
12月の通販の臨時営業を延期した。
熟茶づくりに集中する。
次回の営業は来年の2月になる・・・かな。ちょっと自信がない。
ま、誰も困らない。
さて、熟茶。
渥堆発酵の布袋
鏡餅のように円盤を重ねている。
試行錯誤の末に収まってきたカタチ。
大量の渥堆発酵に近づけるために、布でくるんだ茶葉を二段にしている。もっと圧力を加えるために3段にすることもある。圧力があるほど高温になりやすい。
糖化を促したい茶葉を3段の真ん中にサンドイッチする。
渥堆発酵の主役の黒麹菌は酸っぱいクエン酸をつくるが、でんぷんを糖化させる酵素もつくる。
でんぷんを糖化する酵素は、茶葉が水をたっぷり含んで、でんぷん質が糊状になるときに効果を発揮する。糊状になる温度は50度から60度とされるが、渥堆発酵においては堆積した茶葉の中心部でそうなっている。
50度を超える渥堆発酵
しかし、後で調べてみたら黒麹菌のつくる酵素はもうちょっと低温でも糖化できるらしい。ただ、実際にはやはり50度を超える温度のほうがあきらかに糖化が早い。
加水4回目の頃から酸っぱい味がどこかへ消えてなくなる。
よく味わってみると存在するのだけれど、隠れてしまう。
分解されたのか結合されたのか知らないが、舌に酸っぱさを感じさせなくなる。
渥堆発酵の黒く変色した茶葉
加水5回目になると甘さすらも減ってゆく。旨味も減って淡くなる。そしてかすかに苦味が出てくる。
これは酵母の仕業だと思われる。
せっかくつくった糖などの美味しさを構成する成分を酵母が食べてしまう。
このとき水分が多すぎるとアルコールがたくさんつくられる。アルコールは香りの成分をつくるので、少しだけつくられるのがよいが、加減が難しい。
酵母は乳酸菌とセットらしいので、乳酸菌による仕事もなにかあると思うが、そこはまだよく解らない。
ここでちょっと考えてみる。
黒茶にする目的はなんだったのだろう。
緑茶としてすでに完成している茶葉に、わざわざ手間をかけて、時間をかけて、お金もかけて、茶葉の一部を微生物に喰われて重量を減らして、それでも黒茶にするのは、味を良くするためだけではない。
別の目的はなにか?
カフェインなどの刺激を和らげる。
長期保存や長距離の運搬に強い茶葉にする。
栄養価を高める。
そう、味よりももっと具体的というか現実的な目的がある。
黒茶の目的を意識したら、渥堆発酵をどの時点で止めるのか?という答えが出るだろう。
ということで、数日ずっと考えていたが、よくわからないまま、茶葉はどんどん変化を続けている。
熟茶のようになった茶葉
見た目は、すでに一般的な熟茶のようになっている。
小堆発酵の熟茶泡茶1
小堆発酵の熟茶泡茶2
もういいかな。
味はもうじゅうぶん熟茶になっている。
熟茶の泡茶5煎め
5煎め。
煎を重ねるとまだ新鮮な感じの色が出てくる。茶葉の芯まで変化していない。
葉底
葉底もまだ緑っぽさを残している。
しかし、黒麹菌が生きているうちは抗酸化作用が効いて、赤黒く変色させるのは難しいと思う。このまま適度な加水と乾燥を繰り返しても、変色のすすみはゆっくりである。
ここから乾燥させてみる。
茶葉がカラカラになると麹菌や酵母などの微生物は死ぬが、微生物のつくった酵素がまだ生きている。酵素は生物ではないから、酵素の活性(効力)がまだ残っているというのが正しい。
酵素は70度くらいの高温でその活性を失うのが多いので、餅茶に圧延加工をすれば、高温の蒸気で活性を失う酵素もあるだろう。
なので、このまま常温で長期熟成させることにする。
ラオスの竹編みの米びつ
ラオスの竹編みの米びつ
適度な通気を与えたいので、ラオスでつくられている竹編みの米びつを買ってきた。西双版納では雑貨屋さんや路上で売っている。
二重になっている。
ひと籠に5キロ入る。
完成したお茶を日本向けに売るには、長距離輸送のために圧延加工してコンパクトにしたほうがよいだろうが、上海の友人の店なら米びつごと散茶で売ってもよいな。

その他、メモ的に記録しておく。

保温について。
電気カーペットを利用して高温で発酵させるようになって失敗がなくなったが、そのかわり30度くらいの比較的低温で茶葉を長時間湿らせておくのが難しくなった。高温になりすぎて乾きが早い。
低温の調整ができる高性能なのに買い替えた。
これまでは下に1枚敷いていたが、上にも1枚被せて2枚体制にする。
低温設定で上下からじわじわ温められるので、蒸気が一方方向に逃げにくく、茶葉の保湿時間が長くなった。

熟成について。
お茶の味を調整するという黒茶づくりの目的は、長期熟成によって達成される。
これまでの渥堆発酵の過程では、微生物が邪魔をして味を思ったように変化させてくれない部分がある。いったん死んでくれないとどうしようもない。
酵素もまた、効力を発揮しやすい水分や温度の条件があるが、時間をかければ緩慢に変化がつづくので、それを頼りにするしかない。
やはり長期熟成でなければ解決できない問題もある。10年かかることもある。

泡茶で味が完成する。
お酒は液体で、完成した状態で売られているが、茶葉は個体で、まだ完成していない。
湯を注いだ瞬間に、温度の高い水と茶葉にあるいろんな成分とが融合して化学反応を起こして、味として完成する。
そこが泡茶の面白いところである。お酒を注ぐよりも、お茶を淹れるほうがずっと複雑なことをしている。
お茶の味を完成させるのは、湯を注ぐ瞬間である。

カビ毒について。
麹菌類にはカビ毒と呼ぶ毒素をつくるものがあるから、完成したのを一度地元の検査局で調べてもらう。茶葉を1キロ提供して、費用は1800元かかる。
茶葉のカビ毒は気温25度以下の低温多湿において発生しやすい。西双版納では乾燥に気をつけてさえいれば、まず問題はない。冬は乾季なので、空気は乾燥している。
渥堆発酵の最後の乾燥の工程では、茶葉を26度以上に保ちながら乾燥させる。
26度以上であれば、茶葉にまだ水分のあるうちは黒麹菌が生きていて、茶葉を守るだろう。このときちょっとだけ酸っぱいのが戻るかもしれない。

竹皮についた乳酸菌
竹皮についた乳酸菌
このお茶の原料である『巴達古樹青餅2010年』の7枚組を包んでいた竹皮を外したら、内側に白い粉が吹いていた。乳酸菌だ。
竹は乳酸菌と仲良しなので抗菌作用があって、食品の保存に利用できる。
こういうの大事だ。
存在理由のわからない菌をすべて排除するという考え方は間違っている。というか、不可能なのだ。
誤解を恐れずに言えば、自然界に存在する毒素でさえ、少量であればなんらかのカタチで人の身体の健康に貢献している可能性がある。風が吹けば桶屋が儲かるみたいにまわりくどくて、解明の難しいのも多いだろう。
そのご利益を排除してゆくような現代的な食品づくりの考え方が気持ち悪い。

ひとりごと:
渥堆発酵の熟茶づくりも労力のいる仕事。
細かな作業がたくさんあり、ひとつひとつにコツがある。
料理をつくるのと似ていて、慣れるまでは順序がわからなくてモタモタするし、余計なチカラを使うし、失敗もする。
しかし、慣れてくるとスピードが上がる。身体の筋肉もそれに対応して成長してくる。
料理の上手な人がチャッチャと手早くつくれるように、渥堆発酵の作業も手早くできるようになる。
作業のスピードやリズムもまた、お茶の味に関係していると思う。


茶想

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