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巴達生態紅餅2019年・秋天 その2.

製造 : 2019年10月23日・24日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山賀松寨小茶樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
巴達生態紅餅2019年・秋天

お茶の感想:
このお茶、出品することにした。
半年以上寝かしてから。
+【巴達生態紅餅2019年・秋天 その1.】
前回の記事では”渋い”と書いていたが、今飲んでみるとそれほどでもない。
味がまとまって美味しくなった。甘味ものってきた。
10月24日の采茶分だけにしようと考えていたが、前日の23日のも圧餅してみると美味しくなったので、合わせることにした。合計で56枚だったかな。
圧餅のときに2枚失敗している。
蒸すときに蒸し器の蓋についていた水滴が落ちて、布ごしに浸透した。
変色しているところがそう。
濡れた餅面
拡大
崩し
ほんのちょっとの水滴を吸ってもこうなる。デリケートなのだ。
意外に、蒸すときの蒸気の水は多くない。例えば、蒸しパンは外も内もフワフワで、濡れるというほど水分を含んではいない。茶葉も同じ。
圧餅
圧餅
茶葉が濡れると酸っぱくなる。
製茶時に水がかかるとダメージになる。なので、晒干で仕上げるお茶は天候のリスクが大きい。雨に打たれたらおしまい。農家が半透明のボード越しに晒干するのが標準になったのはこのためである。
どのくらい酸っぱくなるのか比べてみた。
蓋碗
茶海
茶湯
左: 水滴のかかった茶葉
右: 水滴のかかっていない茶葉
水滴のかかったのは明らかに酸味が際立って、香りや甘味などが弱くて、バランスが悪い。
茶湯の色は少し濁っている。舌にざらつく渋味もある。
しかし、酸味だけに注目してみたら、水滴のかかっていないほうもけっこう酸っぱいわけだ。
味はバランスで、全体的にまとまって美味しいから気づかないだけ。
ここに注目してみる。
気にならないだけで、軽発酵のお茶はどれもあんがい酸っぱい。
なので、軽発酵を意図的にすすめている当店の生茶も、実は酸っぱいはずなのだ。
祁門紅茶と比べてみた。紅茶の優等生。
もらいものだが上等のやつだと思う。
祁門紅茶
泡茶
美味しい。
でも、やはり酸っぱい。
同じくらい酸っぱい。
酸味に注目したらのことで、ふつうに飲んでいたら気が付かない。
祁門紅茶の場合、乾燥のための火入れによる焙煎っぽい香ばしさと、新芽の旨味からくる甘味と、うまく調和して酸味が目立たない。
むしろ酸味がなければ味が引き締まらないだろう。
このお茶『巴達生態紅餅2019年・秋天』は、複雑味で調和している。
鮮味のスパイス、メントールの涼しい刺激、渋味、苦味、大柄な葉っぱと茎からくるおっとりした甘味。祁門に比べたらにぎやかだ。
2019年の春に農家の若者がつくった『孟海旧家紅餅2019年』と比べる。
孟海旧家紅餅2019年
孟海旧家紅餅
これがいまひとつで、仕入れることはなかった。
昨年の2018年の春のは散茶の段階で仕入れて、自分で圧餅して、なかなか良かった。
+【孟海旧家紅餅2018年 その1.】
なのに、なぜ2019年のはダメなのか?
今、酸味に注目してみると、明らかに酸っぱい。
水滴のかかったのと似ていてバランスが悪い。
苦いハーブのような高山の薬味がすばらしいけれど、それだけではバランスがとれない。
原料の良し悪しじゃない。ハズレ年・アタリ年の問題じゃなかったのだ。
製茶の軽発酵になにか問題がある。
水滴のかかったような状況が製茶のときにあったはず。
左巴達右孟宗
左巴達右孟宗
左: 巴達生態紅餅2019年・秋天
右: 孟海旧家紅餅2018年
こうして比べると、意外と軽発酵は『巴達生態紅餅2019年・秋天』のほうがすすんでいる感じ。茶湯は赤いし、葉底の緑の残った部分も少ないし。
水が掛かったから、軽発酵がよりすすんで、酸っぱい・・・という単純なものでもなさそう。

ひとりごと:
すっかり冬になった。
西双版納なのに昼間の気温17度。寒い。
空

丁家老寨青餅2019年・秋天 その2.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+チェコ土の茶杯+銅瓶+電熱
泡茶
茶湯

お茶の感想:
このお茶美味しい。
誰にでもわかる美味しさ。
甘いし、香ばしいし、柔らかいし、清々しいし。
秋から冬になる冷たい空気。晴れて高く青い空。そのもののお茶の味。
前回の記事では、渋いとか酸っぱいとか書いていた。
+【丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.】
なので、ホントかな?・・・と思って、昨日から続けて3度淹れて飲んだ。
でも、やはり美味しい。
評価ミスだった。
圧餅後にちゃんと乾燥しきっていなかったのだろう。
自分でこう書いている。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
味がはっきり変わるくらい火(熱)を入れたり圧して揉んだりしているのだから、ということは、茶葉の変化のショックもそれなりに大きい。例えば、一般の餅茶が圧餅後の風味が落ち着くのに5日かかるとしたら、ウチのは10日かかって当然だろ。
茶葉の本質がだんだんとわかってくる。
時間がかかる。
前回の記事で「殺青には問題ない・・」と書いていたが、やや焦がしている。ややしっかり火が入っている。
葉底
葉底に比較的緑色がキレイに残っている。
焦げは気にならない程度。火入れしすぎて豆を炒ったような緑茶風味は出ていない。ど真ん中の生茶風味を保っている。
しっかり火が入っているけれど、ちゃんと軽発酵している風味。
丁家老寨やその隣の張家湾の農家の習慣で、けっこう粗い茶葉や長い茎を新芽・若葉といっしょに摘んでおいて、製茶してから後で選別する。
これが良いのかもしれない。
もしも新芽・若葉だけで炒ったら、乾燥するのが早すぎて緑茶っぽくなる。
烏龍茶づくりでは、茶葉がかなり成長したときに采茶のタイミングがくるが、これは軽発酵をすすめるのに十分な水分を確保するためだろう。
そうすると、自分の考えていたことは逆になる。
春のお茶はとくに、新芽・若葉のなるべく柔らかく小さいのを採取しようとしていたけれど、これにこだわると軽発酵がうまくすすまずに、緑茶っぽくなりやすい。
餅面
生茶を”青餅”と呼ぶ”青”の意味は、烏龍茶(青茶)のような軽発酵度を示していると解釈している。そうすると、采茶は一芽三葉くらいに大雑把にして、製茶が終わって乾いてから新芽・若葉だけを摘出するほうがよい。
その新芽・若葉はちゃんと軽発酵がすすんでいる。
これ、けっこう大事なところ。
近年のプーアール茶っぽくないプーアール茶は、これについて考えが足りないのじゃないかな。
泡茶
この美味しさは、2012年の秋を思い出す。
ブログにもサイトにも登場しないが、2012年の秋に丁家老寨で生茶をつくって、たしか180gサイズの餅茶にして20枚あった。上海ですぐに売り切れた。
餅茶の写真があった。
たぶんこれに違いない。
表
裏
色調がちょっと違うのはカメラが違うせいだが、それにしても”青餅”らしい色をしている。
2012年の秋の写真に、このお茶をつくった一部が残っている。
+【易武山丁家老寨 秋天】
さらに探してみたら、圧餅の写真にこのお茶を見つけた。
渥堆軽発酵
晒干
圧餅
晒干
晒干している真ん中あたりにある小さめの餅茶がそう。
両脇の大きめの餅茶はなんだったのだろう?思い出せない。
このときは、数年に一度しか当たり年が巡って来ないことをまだ知らなかった。
なので、つづけて2013年の秋にも丁家老寨に行ってお茶をつくったけれど、2012年の美味しさには及ばなかった。
これだな。
+【漫撒山秋の散茶2013年 その1.】
今年、2019年の秋は全体的にはそれほどでもないので、”当たり年”ではないかもしれないけれど、晩秋の最後のギリギリを狙った効果はあったのじゃないかな。
秋の味わいが表現できたと思う。
めでたしめでたし。

ひとりごと:
正月に上海に行くことになった。
また天山茶城の友人の店を借りてお茶を飲めるようにするつもり。
無料ではないけれど・・・。
詳細は後日。
よろしく。

老撾高幹青餅茶2019年・秋天 その1.

製造 : 2018年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶のつづき。
+【老撾高幹晒青茶2019年 その1.】
圧餅した。
180gサイズ5枚
余った110gほどの1枚。
この小さめの1枚を試飲用にした。
高幹表
高幹裏
圧餅は、ちょっと長いめの10分間蒸した。
製茶のときの殺青の火(熱)が控えめにしてある分、圧餅の蒸しで調整したつもり。
餅形がわるい。
まるくならない。
繊維が違うのだな。たぶん。
5枚ではコツがつかめないので、餅形の整わないのは仕方がない。
高幹上
高幹下
この茶樹を見に行くことにした。
といっても、すぐには無理。
体力がない。
トレーニングするところからはじまる。最短でも2ヶ月はかかるかな・・・。
片道5時間と聞いていたが、これは走ってのこと。ベトナム戦争の映画に出てくる密林を走るゲリラのスピードで。
そんなことできるのは義烏人の茶友と地元の瑶族だけ。
慣れない自分なら8時間はかかるだろう。
しかも、8時間では目的地に着かないことを考慮して泊まるらしい。
1日目:村から茶地に向かう途中でキャンプ。
2日目:キャンプ地から茶地に入る。茶地から帰路の途中でまたキャンプ。
3日目:キャンプ地から村へ戻る。
という計算。
そうなのだ。
采茶も日帰りではなかったのだ。
どおりで、20日間かかって7キロしかつくれないわけだ。
こんなスケジュールになる。
采茶を午後2時には終わって、足の早い人が鮮葉を担いで走って、村に着く頃は日が暮れている。一晩萎凋させて、翌日の早朝から殺青と揉捻。正午までには晒干をはじめる。昼食後に、つぎの鮮葉を採りに出発する。行けるところまで行って一晩キャンプして、翌日の早朝に茶地に入って采茶する。采茶を午後2時には終わって・・・・。その繰り返しの20日間。
自分にはこの仕事は無理だ。体力がもたない。年齢的にも限界。
森の上
森の下
過去にもっとも山歩きしたのは一扇磨だったかな。
+【一扇磨 古茶樹 写真】
このとき一日8時間は歩いたと思うが、次の日は筋肉痛で山歩きなんて無理だった。
一扇磨への道は草刈りくらいはしてあったが、ラオスの山は道がない。
道なき道の経験は巴達山の茶王樹の裏山に入ったときだった。
+【巴達山 茶樹王の森】
熱帯雨林。びっしり緑で埋まった密林へは一歩も入れない。道のかわりに沢の流れをつたって入った。
たぶんラオスもこんな感じなのだろう。
義烏人は現在またラオスに入っていて、ときどきスマホから写真などを送ってくる。
また新しく未開の茶地を発見したようで、10メートル超えの高幹の茶樹が100本は群生しているらしい。
そこも村から1日では行けない遠いところ。
「せめて村から4時間くらいで見物できる高幹はないの?」
すぐに、これがアホな質問だと気が付いた。
一本すらっと上に伸びる高幹は、茶樹が生まれてからほとんど采茶されなかったことを示している。例えば樹齢が300年なら、もしかしたら300年間誰も采茶していないことになる。人間と出会ったことがない茶樹。
そんな場所、村の近くにあるわけない。
お茶として飲めない野生種の茶樹なら、村の近くにあってもおかしくない。
しかし、これはどう見てもどう飲んでも、美味しく飲めるお茶の品種。
鮮葉
歴史では、西双版納からラオス・ミャンマーにかけての山岳地帯が、人間とお茶がはじめて出会った場所と推測されている。
人間がはじめて出会った、そのときの森。そのときの茶樹。そのときのお茶の味。そのときの体感。
近づいている。
西双版納側の弯弓や刮風寨の国有林の中にも高幹は少し残っている。このブログでも出会ったやつを紹介してきた。しかし、これらはもう何年も前から采茶されていて、性質を変えていて、味も年々変わってきている。
いずれ、ラオスのも何年か続けて采茶されて、性質を変えてゆくだろう。
なので、今すぐ行かないと・・・。
泡茶
葉底
茶湯
で、来年3月には必ず行くつもりだが、その後どうする?
もしかしたら製茶を手伝うことになるかもしれないし、ラオスに製茶設備の投資をするかもしれないし、いっそうのこと西双版納から引っ越すことにするかもしれないし。
ま、そんな先のことはどうでもいいこと。
あと3ヶ月ほど。
この間はラオスの茶樹に出会うことを最優先して、まっすぐ生きることにする。

ひとりごと:
肩がまだ痛いのだよな。
こういう不安要素をできるだけ消しておきたい。
山に入って歩き疲れると、足の踏ん張りがきかなくなって、あちこちに体をぶつけて、打ち身や擦り傷が増える。
そして、ふとこんな考えがよぎる。
もしもここで倒れても、村まで自分を運ぶには人手が足りない。誰かが村人を呼びに戻って、何人か連れてきて担いで帰るにしても、夜道は動けない。ということは少なくとも2日はかかる。虎や象のいる森で、動けないまま夜を過ごすのか・・・。
おそらく、案内する現地の瑶族も同じ心配をするはず。
なので、「この人なら行ける!」と心配させない体造りをしておかないとな。
がんばる。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+景徳鎮白磁の茶杯+銅瓶+電熱
晒青毛茶

お茶の感想:
秋の最後のお茶づくりで丁家老寨に行ったら、できたての晒青毛茶があった。
といっても4キロちょっと。
一日に采茶した分量。
6日前だったらしい。
その日、11月12日の天気予報は雨だった。
なので自分は来なかったのだ。
実際、景洪市は一日中雨が降った。
ところが、丁家老寨では雨が降らかなったらしい。
農家にはまだアルバイトがいたので、山に上がって采茶して、生茶の原料となる晒青毛茶に仕上げていた。
製茶になにの注文もしなければ、農家は半透明のボードごしの部屋で茶葉を乾燥させる。
このお茶もそう。
自分は直射日光でなければダメと考えているので、ダメはもともとで、とりあえずこのまま太陽にあててみた。
晒干
試飲
それで試飲してみた。
まだよくわからない。
良いのか悪いのか判断できない。
大きく育った粗い葉と茎があまりに多いので、とにかく選別してみた。
粗い葉
茶葉
選別
これにまる1日かかって、もう一度試飲してみたが、それでも判断つかず。
農家で試飲してもわからない。
いや、この時点でわかるくらい上等なもの・・・ではないということはわかった。
試飲
晩秋の古茶樹にはちがいないから、原料はいいと思うけれど・・・。
滞在の最終日になっても判断できず。
とりあえず買って帰ることにした。少量なので、もしもダメなら誰かに転売してもよいし。
さて、家でじっくり試飲してみると、いまいちな感じ。
ウチで試飲
香りはよいけれど、ちょっと渋い。ちょっと酸っぱい。
味はどこか軽薄な感じがする。
透明感というのではなくて、単に薄い感じ。
おかしいよな。
ほぼ同じ原料(采茶のタイミング7日間の差しかない)でつくった紅茶はすばらしい出来なのに、生茶はいまいちなのはなぜか。
製茶に問題があったのか?
現場を見ていないからわからないが、でも、殺青(鉄鍋炒り)は問題なさそう。
ということは揉捻か?
もしも揉捻不足なら、自分が圧餅したら補えるかも・・・。
そう考えて、圧餅までしてみた。
蒸し時間は9分。これはウチの生茶の標準。ちなみに紅茶は10分。
蒸している間に香りが変化する。
7分めくらいでやっと火(熱)がとおったとわかる香りになる。
石型の上に乗ってユサユサして揉むように、1枚につき5分以上じっくりと圧し揉みした。
これが揉捻に似た効果を得る。
圧餅
24枚なので半日かかった。体力的にはこれが限界。
圧餅後はゆっくり乾燥させた。
天日干しもしっかりして、表面を太陽で焦がした。
この記事を書いている11月末はもう完全に冬。毎日カラッと晴れている。
23枚
餅面
茶葉がいい色になった。
艶もある。
揉捻は軽発酵をうながす。生茶がちょっとだけ紅茶に近づくような変化がある。
圧餅の圧し揉みも、ちょっとこれに似た変化が得られる。
殺青の鉄鍋炒りや圧餅の蒸しによって火(熱)が入っているから、変化の幅は狭いかもしれないけれど、それでも茶葉の色や香りの変化がはっきりわかる。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
もう一度試飲。
崩し
泡茶
うーん。やっぱりいまいちか。
渋味も酸味も落ち着いて、甘味が増して、ひとつにまとまった感じではあるが。
農家がボードの下で乾燥させたときに蒸れたのだろうか、そんな感じの味がまだ後を引いている。
それとも乱獲のために、茶葉の栄養成分が少ないせいなのか。
しかし、透明感というか、スキッとした感じが冬の晴れた空のようで、これまでの丁家老寨にはなかった風味。
もしかしてこれが晩秋の持ち味なのか。
鑑賞の仕方によっては見どころがあるのかもしれない。
とりあえず、しばらく熟成させてみる。

ひとりごと:
だから他人のつくったお茶は気に入らんのだ。
なんで自分が農家のいいかげんな仕事の後始末をしなきゃならない。

丁家老寨紅餅2019年・秋天 その1.

采茶 : 2019年11月19日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 雲南紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+景徳鎮白磁の茶杯+銅瓶+電熱
丁家老寨

お茶の感想:
丁家老寨に行ってきた。
狙いどおり。
秋の終わりのお茶をつくった。
夏の雨季が終わって、乾季の冬になるタイミング。
晩秋の最後の一日。
2019年最後の一日。
11月19日がその日だった。
ちょっと狙いすぎて、新芽・若葉が残りわずかすぎて、アルバイトを雇うまでもなく農家の家族と自分あわせて4人で一日で摘みきってしまった。
製茶したら2.6キロくらい。
180gサイズの餅茶にしたら14枚にしかならない。
けれど満足。
一度はやっておきたかったのだ。
過去にもこのタイミングを狙ってきたが、確信できる感じじゃなかった。
今回はまちがいない。どう見てもこの日が最後だったし。
丁家老寨にはもう何度も通っているから、この茶地のことをよく知っている。
茶地
采茶
茶地
采茶
新芽
若葉
ここに遅くまで新芽・若葉が残っているのは、ものすごくカンタンに言えば乱獲の副作用である。
近年、栽培化がすすんでいるせいだ。
手つかずの自然に育つのが理想だから、その逆。
理想ではないけれど、栽培化がすすむことで生じる性質がある。
3月の早春や11月の晩秋のタイミングで収穫できるのも、栽培化がすすんだ茶樹だから。
その逆で、原生林の森の中に育つ茶樹で、誰にも采茶された様子のない手つかずのものは、4月の中旬から下旬にかけて年に一度だけ新芽を出す。秋は出るときもあれば出ないときもある。それだけ。
足の支え
先端の新芽・若葉が人に摘まれて、脇芽が出て、枝が増えて、茶葉が増える。
摘めば摘むほど茶葉が増える。そういう性質がある。
年々人が摘んでいる茶樹は新陳代謝が上がっている。
一般的に秋のお茶の収穫は9月からはじまって10月末には終わる。しかし、実際のところは11月にもわずかに残っている。少なすぎて、一日摘んでもふだんの3分の1も採れないので労働効率が悪い。
農家はやりたがらない。
ただ、自分の場合は2.6キロできれば上等。農家もそれを知っているから負担にはならなかった。
帰り道
萎凋
萎凋
揉捻
紅茶
紅茶にした。
2日かけて天日で乾燥させた。
持ち帰って圧餅した。
蒸し
圧し
餅茶
紅茶
むちゃくちゃ美味しい紅茶になった。
予想をはるかに超える美味しさ。
バンザーイ。

ひとりごと:
業務連絡。
12月のイベントのことで、10月にメールをもらってすぐに返信したけれど、その後音沙汰なし・・・。迷惑メールボックスに入っているのじゃないかな。

老撾高幹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2018年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火
北京人の茶室

お茶の感想:
理想の終点にあるお茶。
漫撒山からラオスにかけての、深い山の原生林の残る森の中の、瑶族のテリトリーにある、高幹のお茶。
お茶ドリームの極みだ。
世界中のどこの国のお茶マニアでも、奥の細道に入っていくと中国茶になる。中国茶の奥の細道に入ってゆくと上の方に霧のかかったエリアがあることに気付く。情報も現物の茶葉もほとんど共有されないのだから、そのエリアに入ると趣味を分かちあえる友達がいなくなる。
ひとりぼっちになる。
知らない人がそのお茶を飲んでもその良さがわからないから、友達もなく家族にも相手にされず、ひとり孤独にお茶を飲む。
自分だけが知っている。
それでいいのさ。
ということなので、ほんとうの最高峰は知られていない。
みんなが知るのは、化粧や演技やストーリーやらでにぎやかで、「ホンモノじゃない」とは言わないけれど、どこか汚れている。人間の汚れた手垢でベタベタになっている。
(こういうふうに言うから大人になれない中二病なのかな。)
高幹のお茶をつくりたい。売りたい。
純粋無垢のものを商品にするなんてイヤな大人のすることだけれど、数が少ないので入手できる人も少ないし、入手してもわからない人がほとんどだろうし、結局なにも変わらないし、ま、いいか。手垢がついたりしないだろ。
茶葉
高幹のお茶をつくるのは今はまだ難しい。
その夢を叶えるにはいろいろ問題がある。
近づくほどに問題が出てきて難しくなっているが、この傾向はいいヤツだ。確実に近づいている証拠だから。
自分では無理でも、その夢を先に叶えた他人のお茶を買うことはできる。
そういえば、高幹のお茶を狙っている茶商がいて、易武山に住み込んで毎日10キロの山道を走ってトレーニングしているという話を人づてに聞いていた。
あの人に会えないかな・・・。
北京人の茶友にそんなことを話したら、あっさり連絡が取れた。
近づいている・・・よな。
その人はラオスの山にこもってお茶づくりをしている最中だったので、山を降りてくるのを待った。
まだ、その茶葉を見てもいないし、価格も聞いていないけれど、「とりあえず1キロ買いたい」と言ってみたら、あっさり売ってくれた。
2019年の10月20日から10日間でつくられたのはぜんぶで7キロ。
この7キロのためだけに3ヶ月ほど山で過ごしている。
散茶のまま1キロを分けてくれて、あとの6キロは”龍珠”と呼ぶ8gの飴玉状に圧延加工したらしい。
龍珠
散茶は自分で圧餅する。
(後に、龍珠も1キロ買うことにした。)
その人は浙江省義烏市の人で、数年前に小さなお茶の店をはじめた。
これからは”義烏人”と呼ぶことにする。
茶湯の色
喫茶の歴史ある浙江省だけあって、わかるお客がいる。
ホンモノを求める数人の要望に応えるだけで、この仕事が成り立っているらしい。
お茶の味になんとなく記憶がある。
たぶんこれに似た系統。
+【老撾高幹古樹2018年・秋天 その1.】
記事に出てくる高幹のお茶は「美味しくない」と書いているが、このお茶は美味しい。
聞いてみると、同じラオスの山でも場所がちょっと違うらしい。中国側の漫撒山から見たら北寄り、刮風寨よりは丁家老寨に近いらしい。
距離にしたら数キロしか離れていないが、お茶の味は違う。
高幹の茶葉
圧餅前に、散茶のままの味を記憶しておくことにする。
葉柄がとにかく粗い。長い。茎が太い。
高幹の茶葉
泡茶
泡茶
泡茶
義烏人の言うには、殺青を意図して浅いめに仕上げているらしい。
それが昔ながらの易武山の味というのもあるけれど、飴玉状の龍珠に加工するときに、どうしても蒸すときの熱が過剰になりやすい。そのバランスを考えているらしい。
歩いて5時間ほどかかる山奥。
村から5人の采茶のアルバイトを連れて入っても、采茶の時間がない。
帰りの5時間の道すがら袋に詰めた茶葉が蒸れて軽発酵のような変化が始まる。
山に製茶小屋をつくることも考えたらしいが、山道があまりに険しくて、大きく重い鉄鍋を持ち込めないらしい。
製茶のクオリティーを求めるお茶ではない。
茶湯
葉底
サッと抽出して薄めにしても、しっかり抽出して濃いめにしても、いずれにしても淡くあっさりしているのが高幹の特徴。
辛味・渋味がほとんどなくておっとりしているのも高幹の特徴。
半日かけて15煎くらいは飲んだけれど、煎ごとの変化があまり大きく感じられないのも高幹の特徴。
ゆったりした茶酔いで興奮しない。静かに沈んでゆくのも高幹の特徴。
殺青のときの薪の火の煙を吸ったかな?という煙味があるけれど、3煎もしたら消えるので問題ない。
煙味はラオスの農家の殺青の窯の造りがひと昔前のままで、排煙がうまくできていないからだ。むしろリアルでいいと思う。
10月20日からの采茶は秋の旬の真ん中だけれど、雨季から乾季になる途中で、まだちょっと雨の降る日もあったはずだけれど、高幹の茶樹は根が深いせいだろうか、お茶の味はあまり天候に左右されない。それも特徴。
葉底
葉底は茎の部分が3分の1ほど占める。
茎は長くて太くて柔らかい。柔らかいから製茶できる。製茶できるから摘むのであって、故意に長い茎を摘んで重量を稼いでいるのではない。
1950年までの易武山の私人茶庄の”號級”の餅面の茶葉とそっくり。

ひとりごと:
自分でお茶をつくるのはたいへんだけれど、他人のつくったお茶を買うのはカンタンだな。楽だ。楽したい。
お金があれば楽できる。
お金が欲しい。

曼派古樹青餅2019年 その1.

采茶 : 2019年04月
茶葉 : ミャンマー曼派
茶廠 : 曼派布朗族の農家+孟宗の農家
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 農家
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+鉄瓶+炭火
農家

お茶の感想:
農家の若者がお茶を売りに来た。
彼の土地には名物の古茶樹がない。
広い土地もないから、小茶樹のお茶を大量につくることもできない。
稼ぎが足りない。
こういう農家はお茶づくり代行をして稼ぐ。
別の農家から鮮葉を仕入れてきて製茶や圧餅を請け負う。
数キロの少量からできるので、規模の小さな小売店がオリジナルのお茶をつくることができる。
農家の若者はそういう仕事をしている。
このお茶は、ミャンマーの農家がつくった晒青毛茶を仕入れてきて、農家の若者が自分で圧餅や包装をしたもの。
包み紙を白紙にしてあるから小売店のオリジナルにすることもできる。
一般的には誰かのオーダーによってつくられる。農家が自分のリスクでつくって在庫するなんてことはしない。
もしかしたら途中でなにかトラブルがあったのかもしれない。
そんなことは聞いても本当のことを言うわけがないから、茶葉を見て判断するしかない。
とはいえ、いろいろ聞いてみた。
餅面
まず、産地はミャンマーの”曼派”のお茶である。
布朗山から南へ国境を超えた地域。
地元の人であれば通行証だけでカンタンに行き来できる。
山続きだから、曼派にもたくさんの古茶樹があって、老班章とか老曼峨とかブランド古茶樹の原料を提供している。つまり産地偽装のお茶どころ・・・と、聞いている。
3年くらい前から景洪市のあちこちの店で曼派のお茶が売り出された。
中国から大きな資本が入って、製茶の設備が整えられたらしい。
ミャンマーだから秘境というわけではない。
目の届かないところだから、余計に気をつけないといけない。
崩し
崩した
このお茶は手づくり。
曼派の農家が鉄鍋炒りの殺青をして、揉捻をして、直に太陽の光の当たる晒干をしている・・・らしい。
古茶樹の中でも大きなのを選んで、今年の春に30キロ、昨年の秋に7キロ、合計37キロつくられている。
一軒の農家の手づくりならだいたいこのくらいがリアル。
もしも100キロもあれば、何軒かの農家の鮮葉や晒青毛茶が足して混ぜられるから、古茶樹ではなくなる、手づくりではなくなる、春の旬ではなくなる、など、純粋ではなくなる。
茶湯
初回飲んだときに美味しいと感じた。
サンプルを多めに置いてもらって、3日間で決めると約束した。
もしもウチの店が仕入れるなら、200gサイズの餅茶になった180枚分。36キロ。ぜんぶもらう。
けっこうな金額になるので慎重に試飲した。
それで、3日目に「いらない」と返事した。
古樹味に欠ける。渋味が強く出る。
布朗山方面の古樹の味をあまり勉強していないから、老班章の高級茶を専門に扱う地元の茶商を訪ねてホンモノを飲ませてもらった。
老班章の古樹のそこそこのは晒青毛茶の仕入れ価格が日本円にしてキロ20万円を軽く超えるから、小売価格はその2倍・3倍になるわけで、土豪(田舎成金)かほんとうに好きなファンしか買わないお茶になっている。
安いニセモノなら大量に流通しているが、ホンモノは飲む機会がめったにない。
で、飲んでみたところ、やはりホンモノは良かった。
過去に飲んだ老班章はあれもこれもニセモノだったのかな・・・という感じ。
煮茶
山続きの曼派は、お茶づくりがまだこなれていない感じなのだ。
茶樹の選び方にしても采茶のタイミングにしても製茶にしても、研究が不十分で、その素質がしっかり引き出されていない。
人気が集中してバカ高い有名茶山の古樹のお茶は敬遠したくなるけれど、より多くの人が茶の評価に参加して、お茶づくりの研究がされて、上には上がつくられて、修練されてゆく・・・というところは勉強できる。
美味しいお茶ならいくらでもある。曼派のお茶も美味しいお茶である。
でも、叩かれて強くなる過程がまだ足りないよな。
葉底
写真ではわかりにくいが、茶葉の色がくっきり2色に分かれる。何度淹れても2色になる。農家の若者は「春と秋が混ざっているから」と説明するが、どうかな。ミャンマーの農家がなにかしたのじゃないかな・・・。
転売のお茶は真実がわからないから、こういうのがあると引いてしまう。

ひとりごと:
叩かれるのを避けたら強くなれないな。

老象古樹紅餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨古樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・グラスの茶杯 銅瓶・電熱
栗

お茶の感想:
天気がよくない。
週に2日ほど晴れてはまた雨が降る。
空気がしっとりしたままで、秋らしくカラッとしない。
農家と連絡を取り合っているが、晴れる日に若葉の育つタイミングの合う茶樹が少なすぎる。
だからちょっと冷静になれたと思う。
これまでの自分は待ちきれなくて、とりあえず山に行っている。
農家は鮮葉を売るのが仕事なので、客が来たら天気なんておかまいなしに采茶したい。
「もう数日したら新芽は出なくなる」とまくってくる。
チャンスを逃してなるものかと采茶する。
鮮葉は集まるが、やはり天気はいまひとつ。
しかし、待ったなし。鮮葉を捨てるなんてことできない。
仕方なく製茶する。
そしていまいちなお茶ができる。
天気が回復してやっとコンディションが整ったときには、残り少ない新芽・若葉はすでに摘み終わっている。
実は、こういう失敗を何度かしてきた。
なので、天気を待って、待ったがゆえに空振りして、収穫ゼロに終わってもいい・・・と、今回はこの展開を受け入れる。
ま、秋だから、春ほど前のめりにならない。
前回の巴達山でつくったお茶の中で、古樹の紅茶がいい感じ。
毛茶
圧延したら180gサイズ2枚になった。
巴達山は曼邁寨と章朗寨の古樹が有名だが、その他の村々にもほんの少しだけ古樹がある。
巴達山だけでなく、西双版納の茶山にはそういうのがあちこちにある。
少くなすぎて農家にしたら生産効率が悪いし、メーカーからしたら製品化するに足るマーケットはないし。なので、ふだんは近場の有名どころの農家に鮮葉が転売されて、産地偽装のお茶になる。味は似ているし、古樹は古樹だし、あまり罪のないウソだな。
このお茶の村の怖司寨は章朗寨に近いから、たぶん章朗寨のお茶になるのだろう。
あとで地図を見たら”老象山”という別の名前があった。
なぜ知ったかというと、北京の茶友が一芽の紅茶づくりのための収茶をこの村でしたから。
一芽のところが一芽二葉で摘まれたトラブルで北京人がモメている脇で、農家と雑談していたら、「ひとりだけ間違って古樹のを一芽二葉で摘んでしまった」という話が出てきた。村からそんなに遠くないというので、すぐにそこを見たいとお願いした。
人造湖
そんなに遠くないといっても30分は山歩きする。それでも古樹の茶地にしたら近いほう。
山の下のほうに人造湖が見える。
このあたりでは有名な釣り場で、コイ科の巨大魚”青魚”がいる。農家がスマホで見せてくれたが、人より太い魚の腹だけが写っていた。大きすぎて頭と尻尾が画面に入っていない。
西双版納の村にゆけば、”生きもの伝説”が必ずひとつやふたつはあって楽しい。
自生する茶樹は、山の形状が複雑になって霊気を漂わせるところに潜んでいる。そういうお茶は美味しい。
この古樹もまたそんな雰囲気漂うところにあった。
茶地
山の上のほうで全体的には明るいが、険しい斜面の入り組んだ谷筋の影になって、そこだけ近づくのがちょっと怖いようなうっそうとした緑。茶樹は一本一本バラバラに、数十本ほど群生している。
過去10年くらいに台刈りされて樹高が低くなったのが多いが、6メートルを超えるようなのも数本見える。
古樹
それでも、美味しいかどうかはお茶にしてみないとわからない。
間違って摘まれた一芽二葉の鮮葉を買い取って、これを紅茶にした。
萎凋
写真は、翌日の朝日で萎凋しているところ。
2キロちょっとの鮮葉だから、乾くと500g弱。
少なすぎて軽発酵の温度が上がりにくいなど製茶の難しい面はあるが、一枚一枚の茶葉に気を配って手加減できる良い面もある。
これまでつくった紅茶は一芽三葉の鮮葉なので、一芽二葉ははじめて。
北京人の一芽の紅茶づくりを手伝って、軽発酵の温度が上がりにくいのを知ったが、これもやはり思うようにはゆかなかった。
晒干で茶葉が乾く前に33度くらいにまで温度が上がるように、ザルに広げる厚みを調整した。
餅面比べ
左: 一芽二葉
右: 一芽三葉
紅茶の紅茶たる赤黒い色が薄いのは、軽発酵の浅いこともあるけれど、この場合は一芽二葉の一芽の配分が多いのが主な原因。
飲んでみたら、なかなかいける。
二煎め
茶湯の色が浅い。黄色い。
このイメージと反して味は深い。骨がある。古樹味がしっかり出ている。
葉底
苦味がいい。
軽快で消えが早くて清々しい。
静かでおっとりした雰囲気は、近くの章朗寨のパワフルな印象とはちょっと違う。
海抜がやや低めの1450メートルくらいのところにあるせいだろうか。
ほんのちょっと余った散茶を3日続けて飲んでいるけれど、飽きない。もっと飲みたい。
2枚しかないけれど、これは商品にできるだろ。
1年ほど熟成させてから出品するつもり。

ひごりごと:
肩を傷めてしまった。
ヨガをしても治らない。
仰向けに眠る姿勢で痛くなるから、休めば休むほど辛い。
肩甲骨がゴリゴリなのだけれど、その原因が別のところにあるのを知らなかった。
盲人按摩の老師に頼っても治らないわけだ。
Youtubeを探してみたら改善のヒントが見つかった。
手首・足首・胸骨・肋骨が固まっているらしい。
何人かの整体の先生がこの点を指摘している。
さっそく手首・足首・胸骨をゆるめる運動をしてみたら、ちょっとましになってきた。
ヨガのポーズでも、手首・足首・胸骨をゆるめるポーズをしていたのに効いていない。
ポーズの意味をちゃんと理解していなかったのだな。
ヨガは奥が深いな。

蛮磚古樹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明山曼庄国有林古樹
茶廠 : 農家+景洪市の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶200gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗・グラス杯・鉄瓶・炭火
晒青毛茶

お茶の感想:
自分でお茶をつくると少ない量しかできなくて、店が成り立たない。
他人のつくったのを探してみるか・・・・。
ということで、茶友らに声をかけてみた。
すでにいくつものサンプルを試したけれど、どれもいまひとつ。
ところどころ欠点が目立つ。
自分のお茶なら「欠点もまたよし」なんて理屈をこねるけれど、他人のはそうはゆかない。
原因がはっきりしないから。
この地域のお茶は分業でつくられるのが基本。
例えば、農家の主人が家族やアルバイトにまかせてつくったとか、農家が商人の真似をして他の茶山の農家にオーダーしてつくったとか、茶商が農家にオーダーしてつくったとか。
例えば、采茶はアルバイトがして、製茶の殺青だけ自分がして、揉捻や晒干は家族がしたとか。
分業だから、ひとりがすべてを見ていた・・・というお茶はまずない。
なので、お茶づくりの現場でなにが起こったのか知るよしがない。
人づてに聞く話なんてまったく信用ならないのがこの地域の習慣。
茶葉を転売する人たちは、お茶の欠点の原因がわからないまま、実は不安なままでいる。
不安があるから、目の前で試飲すると空気がピリピリする。
なので必ず自分の家に持ち帰ってひとりで試飲する。
そうさせてくれない場合はあきらめる。
泡茶の前
泡茶
『蛮磚古樹晒青茶2019年』は景洪市の地元の茶商のもの。経験もそこそこある。それでも采茶や製茶の現場を見ることはない。みんながやるようにやっている。
これと似たのを、似たやり方で、北京人の茶友がつくっていた。
+【蛮磚古樹青餅2018年 その1.】
この記事を読み返して、味がよく似ていることに気がついた。
今回は、自分のお茶づくりの失敗経験が活きた。
このお茶の味から殺青の温度に問題があるのがわかった。
殺青の鉄鍋に投入する茶葉が多すぎるのが原因。
農家はたいがい薪火の火力はしっかりしている。
火力と茶葉の量とのバランスの問題。例えば、チャーハンを炒めるのに一人前ずつ炒めるのと三人前をいっぺんに炒めるのと、結果はぜんぜん違ってくるよな。
茶葉は40度から70度のあいだで成分変化が盛んになる。火力が足りないときにこの時間が長くなって変化しすぎる。
煮えすぎて酸化がすすんだようなアク味が出て、香りが弱くなる。
自分もこの失敗を何度かしていて、そのサンプルを残しているからすぐにわかった。
それ以外に、とくに文句はない。
惜しいお茶である。
素材の良さは味の透明感や水質の密度に現れている。
縦方向にスッと伸びる感じ。沈んでゆく茶酔い。ゆったりとした波。体感もよい。
2煎め
4煎め
茶湯の色
蛮磚(曼庄)国有林の古樹。しかも大きく育ったのだけ十数本を選んだホンモノである。
国有林に自生する茶樹は個人が権利を持たない。そのテリトリーの少数民族の村で話し合って村人に分けている。ちなみに象明の曼庄は彝族のテリトリー。
山奥にバイクや徒歩で入り込んで采茶するので、まずは采茶のタイミングを見るのに何度も足を運ぶことになるし、采茶はたいへんな労働になるし、人件費がかかるし、もしも途中で天気が崩れたらダメになるし、リスクが大きい。農家はリスクを取らない。村から近い私有地の茶地のお茶をつくったほうが安全に確実に儲かるから。
なので、国有林のお茶づくりは茶商がリスクを取る。オーダーしたら出来が良くても悪くてもすべて買い取ることになる。
この構造においては、農家は製茶をがんばるメリットは無い。いつものように適当にやっても市場価格(だいたい決まった値段)で売れるから。
そこでどうするか。茶商は農家にボーナスを出して高い技術を要求するか、自前で職人を雇って派遣するか、それとも自分でするか。
いずれにしてもコスト分は高額になる。
高額になるのを理解した顧客がいないとできない。
地元の茶商は、この次どうするかな。
葉底
葉底は、一見キレイな色に見えるが、本来はもっと青黒いはず。全体的に黄色っぽく変色しているのが殺青の温度の低い結果の色。軽発酵をうながすなど意図した製茶の場合は別だが、意図しないのにこうなるのはおかしい。
お茶づくりの裏舞台を書いている。
興味ない人がこのお茶を飲むのはもったいない。
お茶の美味しさを知って深くはまってゆくということは、審美眼が形成されるということ。
この地域のお茶はどういうところを高く評価していて、それと引き換えにどういうところを犠牲にしているか。長所と短所は一対になるので、点数配分を間違えると評価を誤る。
上質の上には上がある。どの方向を目指しているお茶なのかを知らないと、間違ったモノサシで測って、出会うことすらできない。
こういう見方というか価値観はやや東洋的だよな。
見える人にしか見えない。それでいいのだ。いや、それがいいのだ。
西洋にこれを評価する審美眼の育つ気がしない。
お茶づくりは産地が半分。消費地が半分。
この地域でお茶をつくる人たち。遠くへ運ばれて、このお茶を飲む習慣のある人たち。
お茶の味を形成しているモノゴトの因果関係が面白い。

ひとりごと:
お茶づくりになにか無理な圧力がかかると、必ずそのお茶を飲む人にも影響がある。因果関係が見えないところに潜んでいる・・・と、最近つくづく思う。
例えば、自然破壊を犠牲にしてつくられた農作物は、それを食べる人になんらかの悪影響を与える。
ふだん食べているものを疑う。他人を疑う。それをしないのは怠惰である。
消費者は信用とか良心とか都合よく言って楽なほうに逃げる。商人はそこをうまいこと利用する。どっちも根性の悪い奴らなのだ。
にんげんだもの。

巴達一芽紅茶2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月25日・26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨小茶樹
茶廠 : 農家+北京人
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
台地茶
台地茶
新芽・わかば

お茶の感想:
前回の記事で「たった11キロの製茶で疲れ果てた・・・」と書いたけれど、そうじゃなかった。北京人のお茶づくりを手伝って、そっちのほうがもっと重労働だったのだ。
それは、一芽だけの紅茶。
新芽
新芽
全国的には珍しくないけれど、西双版納の大きさやカタチが揃わない混合品種の一芽でそれをつくるのはちょっとヘンなアイデアである。
製品化できるかどうかはさておき、この試みはワクワクする。
北京人は、まだ雨の季節の9月に布朗山の農家に頼んで15gほどのサンプルをつくっていた。
それを飲んでみると、びっくりするくらい上等な味がした。
透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
本来なら安モノな小樹のお茶で、しかも9月の雨の季節で、苦い・渋い・粗いはず。
ところが、一芽だけになったら違う。
さらに、これは雲南の茶葉の持ち味なのだろうか、そこそこ煎がつづく。5煎くらいまで余裕でいける。他の地域の一芽だけのお茶にこれほど煎のつづくのがあるだろうか。たぶんないよな。
小樹
一芽をたくさん収穫するとなると古樹では難しい。
西双版納の古樹はなるべく選定をしないのが上等。剪定しないと枝分かれが少なくて芽数が少ない。労働効率が悪い。
若い茶樹で背の高さを低く保つように剪定している台地茶なら、枝分かれが多くて芽数が多い。収穫量に数倍の差があるだろう。
台地茶の栽培規模の大きな茶山となると、西双版納では勐海県の布朗山か巴達山になる。
なので巴達山のいつもの農家が都合よかった。
ただ、自分は何度も来ていて知っていたが、北京人は知らなかった。
巴達山の農家のふだんつくる安いお茶は、犬や猫がうろうろする地面に茶葉をひろげて萎凋や晒干をするし、殺青も揉捻も機械でする。衛生観念がズレているし、手工(手づくり)のための製茶道具がほとんどない。
製茶場
すべての掃除からはじめなければならないし、手工でつかう道具のほとんどは自分で持ち込まなければならない。
北京人はいきなり出鼻をくじかれた。
しかし、彼が到着したときにはもうすでに朝から十数人の農家が茶畑に入って茶摘みをはじめているし、鮮葉の鮮度を保つのは一刻を争う。
なんとか工夫するしかなかった。
こんなふうに、理想から遠くはなれてゆくことがお茶づくりのあらゆる場面で発生するから、リカバリーをいかにうまくできるかゲームだと思って楽しむしかない。
萎凋
一芽を採取するには2つの方法がある。
1.一芽二葉くらいで摘んでおいて、後から新芽だけを摘出する。
2.一芽だけ摘む。
初日に”1”を試した。
一芽二葉くらいで摘んだ茶葉から、指でつまんで一芽を取り出す。
鮮度のことがあるのでその日のうちにしなければならない。村の人に声をかけてアルバイトを10人集めたけれど、やはり深夜までかかった。
一芽二葉が一芽だけになると、25キロあったのがたったの2.8キロになった。
およそ10分の1。
カンタンに言って10倍の価格にしないと割が合わない。バイト料を含めたら15倍というところだろうか。
ま、それでも有名茶山の古樹の一芽三葉よりはずっと安い。
ただ、”1”の方法にはひとつ問題があった。
深夜12時くらいになると茶葉の水分が抜けて(萎凋がすすむ)柔らかくなってポキっと折って一芽と若葉を切り離すことができなくなる。爪の先を立てて切り離すという面倒な作業になる。
やはり”2”のほうがカシコイのかな?
ということで、二日目に”2”のほうを試した。
収茶
収茶
ところがここでまたトラブル発生。
25人ほどの茶摘みのアルバイトが夕方に収穫を終えて帰ってきてみると、ぜんぜん一芽になっていない。一芽一葉くらいで摘んでいる。一芽だけは割に合わないと勝手にルールを変えたらしい。
本来は、北京人が午前中に茶畑に入ってひとりひとりの指導するべきだが、それを他人に任せてしまったのだ。太陽が照って暑いし、山歩きはしんどいし、茶畑には痛い痒い虫がたくさんいるし、嫌な仕事だから。
一芽二葉
北京人はスネて、「茶摘みのお金は払うから茶葉はどうにでもしろ!帰る!」と言い出したが、なんとかなだめて続行した。捨てるのはもったいないから。
結局、初日とおなじくアルバイトを集めて深夜まで一芽を摘出した。
選別
こんなふうに想定外の費用が発生することがある。よくある。コストがこのくらいで販売価格がこのくらいで生産量がこれだけあればいくら儲かる・・・なんて計算していると、途中から何度も計算しなおすことになって疲れる。
農家の中にひとりだけ真面目な人がいて、一芽だけの純粋なのを采茶していた。半日で800g弱の収穫だった。一芽だけを要求するなら、1キロ摘めば一日のバイト料として見合う金額を約束しておくべきだが、北京人の条件はそれを下回っていたのだ。アルバイトが納得しないわけだ。
新芽
新芽
さて、一芽。
一芽だけになった鮮葉は、これまで見たことも触ったこともなかった。
例えば、萎凋のときに乾くのが早いとか、殺青のときの火が強すぎると焦げやすいとか、経験から知っていることもあるけれど、あくまで一芽三葉がひとつになっているのを観察してのことだから、純粋に新芽だけを観察したものではない。知らないことがある。
まず、意外に”重い”と感じた。鮮葉の時点では思っていたよりも水をたくさん含んでいるのだな。乾燥したら羽毛のように軽いからギャップが大きい。
そして、その水分はカンタンに抜けない。
もしかしたら、若葉や茎がくっついている場合はそっちに水を吸い取られて、一芽の乾きが早いのかもしれない。一芽だけになると水分が抜けにくい。
金針紅茶
左: 完成した状態
右: 鮮葉を萎凋している状態
紅茶をつくるのだから、揉捻・渥堆の製茶工程で軽発酵がすすんでくれないと困るが、なかなかすすまない。軽発酵がすすむときに発熱するが、その温度が低い。
色の変化が少ない。
若葉なら赤黒く変色するので、若葉のほうが軽発酵しやすい成分構成であることがわかる。
一芽の軽発酵度を見るのは、色の変化よりも香りの変化に注目するしかない。
香りの変化は、揉捻のときに現れる。
初日の”1”の一芽は、鮮葉の水分のあるときは2.8キロ。乾燥したら700g弱。少量なので手揉みで揉捻した。揉捻のときはすでに2キロ弱くらいになっていた。
いつもは手でそのまま茶葉を球状にして揉捻するが、一芽だけだとバラけやすくて球をつくりにくい。布袋ならカンタンにまとめて球にできる。
布袋
揉捻
ふだんの一芽三葉くらいで揉捻するときは、けっこう繊維の弾力があるから手応えがある。一芽だけになるとはじめから柔らかくて手応えの変化が少ない。
揉捻の終盤になると、茶葉の球がバスケットボールくらいからソフトボールくらいに小さくなる。そのときジワッと水分がでてくる瞬間がある。その水分が出てきたら鮮味の香りが強く出てくる。この香りの変化がいちばんわかりやすかった。
機械揉捻
二日目のは機械揉捻した。
二日目のは収穫が多くて、一芽だけになった状態で25キロほど。初日の10倍もある。乾燥して仕上がると6キロ弱になる。量が多いので手揉みすると時間がかかりすぎる。手揉みと機械揉みの差がどこにあるのかはっきりわからないので、機械を試すことになった。
結果はあまりうまくゆかなかった。一芽の先っぽの針のように尖ったところが千切れたり、ヘンに曲がりすぎたり。一芽だけの揉捻を想定した機械じゃないのだ。たぶん、他の地域の一芽のお茶づくりを専門にしているところでは機械の性能が違うはずだ。
揉捻を終えたら晒干。
初日のはうまくいった。
最後まで天気が良かった。
晒干
晒干完了
巴達金針紅茶
揉捻を終えたのが正午くらいで、そこから日光に晒すと、半日で7割がた乾燥する。そこまで乾いたら陰干しでひと晩置いても風味への影響は少ない。次の日の朝にもういちど日光に晒して乾燥を終える。
ところが、二日目のは途中から天気が崩れだした。
揉捻を終えて、いざこれから晒干というところで、すでに雲が多い。
天気予報は「ますます悪くなる」と言っている。
巴達山の農家はふだん大量生産で紅茶をつくっているので、石炭を熱源にする大きな乾燥機がある。それを使うことを北京人に提案したが、どうしても晒干をあきらめきれない様子。
「機械乾燥するくらいなら陰干がいい」と言い出して、町のアパートに持ち帰って除湿機のある部屋で乾燥させることになった。
空
このとき自分のお茶づくりは実験で少量の紅茶と白茶を試していたが、晒干がほぼ完了していたので、あとは陰干しするだけ。巴達山の農家に任せることにした。(このお茶は仕上げて後日記事にする。)
北京人の茶葉とともに山を降りることになった。
余談だが、一芽を取り除いた二葉だけの若葉がたくさんあって、北京人は同時進行で紅茶にしようとしていた。ところが、夜中に猫がウンコをして、気づかないまま揉捻して、ぜんぶダメになった。揉捻後の異臭でやっと気がついた。
北京人は怒って「農家にくれてやる!」と言って、そのまま置いて帰った。
たぶん、捨てられないで知らない人に販売されるだろう。
北京人になにかとトラブルの多いのは運が悪いからではない。予知しようとしていないだけだ。集中力不足。
さて、山を降りる途中、北京人は知り合いの茶廠(メーカー)の師匠に電話でアドバイスを求めた。
「とりあえず茶葉を見てから」と師匠はいうので、途中の勐海鎮の町まで戻って見てもらった。
師匠の下した判断は、渥堆発酵を明日まで続けて、それから機械乾燥する。
さらに、揉捻が不十分なのでこれから手で揉むべし。
メーカーだから職人たちがいる。5人でいっせいに揉捻したらほんの1時間で終わった。
木箱に詰めてひと晩軽発酵をすすめた。
降り出した雨は、夜になって雷を伴う大雨になった。
次の日の機械乾燥の現場は見ていない。疲れ果てて寝込んだから。
北京人に聞いた話では、10分間だけ100度まで温度を上げたらしい。
その数日後の試飲。
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
左:初日の晒干の一芽
右:二日目の機械乾燥の一芽
美味しい。
やはり、透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
秋の旬の一芽。ひと口めにポッ!っと火がつくようなインパクトがある。アルコールランプに火をつけたときの小さな爆発のよう。
写真では伝わらないが、一芽の紅茶の茶湯の色はとても明るくて、この見た目にもインパクトがある。
ふたつを比べると、晒干で仕上げたほうが明らかに美味しい。口感の香りも涼しい。機械乾燥のは味も香りもモヤッとして暑苦しい。
ただ、その差は2煎くらいまではっきりしていて、3・4煎とすすめると差が少なくなってゆく。おそらく機械乾燥の技術を上げるとその問題は消える。
メーカーの師匠のつくった紅茶を飲んでみたが、それは機械乾燥だがすばらしい出来だった。晒干にはできない熱の通り方による香りが良い印象をつくっていた。
一芽の紅茶はいいお茶になる。
他の地域の上等のやつに負ける気がしない。素材がいいから。
北京人はこれからが勝負だな。
本人もちょっとやる気が出てきたみたいなのでよかった。

ひとりごと;
それでも自分はこの一芽のお茶はつくらないな。
他人のつくったのを転売するのはアリかもしれないけれど。
なにか違うな・・・という感じなのだ。


茶想

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