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老象古樹紅餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨古樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・グラスの茶杯 銅瓶・電熱
栗

お茶の感想:
天気がよくない。
週に2日ほど晴れてはまた雨が降る。
空気がしっとりしたままで、秋らしくカラッとしない。
農家と連絡を取り合っているが、晴れる日に若葉の育つタイミングの合う茶樹が少なすぎる。
だからちょっと冷静になれたと思う。
これまでの自分は待ちきれなくて、とりあえず山に行っている。
農家は鮮葉を売るのが仕事なので、客が来たら天気なんておかまいなしに采茶したい。
「もう数日したら新芽は出なくなる」とまくってくる。
チャンスを逃してなるものかと采茶する。
鮮葉は集まるが、やはり天気はいまひとつ。
しかし、待ったなし。鮮葉を捨てるなんてことできない。
仕方なく製茶する。
そしていまいちなお茶ができる。
天気が回復してやっとコンディションが整ったときには、残り少ない新芽・若葉はすでに摘み終わっている。
実は、こういう失敗を何度かしてきた。
なので、天気を待って、待ったがゆえに空振りして、収穫ゼロに終わってもいい・・・と、今回はこの展開を受け入れる。
ま、秋だから、春ほど前のめりにならない。
前回の巴達山でつくったお茶の中で、古樹の紅茶がいい感じ。
毛茶
圧延したら180gサイズ2枚になった。
巴達山は曼邁寨と章朗寨の古樹が有名だが、その他の村々にもほんの少しだけ古樹がある。
巴達山だけでなく、西双版納の茶山にはそういうのがあちこちにある。
少くなすぎて農家にしたら生産効率が悪いし、メーカーからしたら製品化するに足るマーケットはないし。なので、ふだんは近場の有名どころの農家に鮮葉が転売されて、産地偽装のお茶になる。味は似ているし、古樹は古樹だし、あまり罪のないウソだな。
このお茶の村の怖司寨は章朗寨に近いから、たぶん章朗寨のお茶になるのだろう。
あとで地図を見たら”老象山”という別の名前があった。
なぜ知ったかというと、北京の茶友が一芽の紅茶づくりのための収茶をこの村でしたから。
一芽のところが一芽二葉で摘まれたトラブルで北京人がモメている脇で、農家と雑談していたら、「ひとりだけ間違って古樹のを一芽二葉で摘んでしまった」という話が出てきた。村からそんなに遠くないというので、すぐにそこを見たいとお願いした。
人造湖
そんなに遠くないといっても30分は山歩きする。それでも古樹の茶地にしたら近いほう。
山の下のほうに人造湖が見える。
このあたりでは有名な釣り場で、コイ科の巨大魚”青魚”がいる。農家がスマホで見せてくれたが、人より太い魚の腹だけが写っていた。大きすぎて頭と尻尾が画面に入っていない。
西双版納の村にゆけば、”生きもの伝説”が必ずひとつやふたつはあって楽しい。
自生する茶樹は、山の形状が複雑になって霊気を漂わせるところに潜んでいる。そういうお茶は美味しい。
この古樹もまたそんな雰囲気漂うところにあった。
茶地
山の上のほうで全体的には明るいが、険しい斜面の入り組んだ谷筋の影になって、そこだけ近づくのがちょっと怖いようなうっそうとした緑。茶樹は一本一本バラバラに、数十本ほど群生している。
過去10年くらいに台刈りされて樹高が低くなったのが多いが、6メートルを超えるようなのも数本見える。
古樹
それでも、美味しいかどうかはお茶にしてみないとわからない。
間違って摘まれた一芽二葉の鮮葉を買い取って、これを紅茶にした。
萎凋
写真は、翌日の朝日で萎凋しているところ。
2キロちょっとの鮮葉だから、乾くと500g弱。
少なすぎて軽発酵の温度が上がりにくいなど製茶の難しい面はあるが、一枚一枚の茶葉に気を配って手加減できる良い面もある。
これまでつくった紅茶は一芽三葉の鮮葉なので、一芽二葉ははじめて。
北京人の一芽の紅茶づくりを手伝って、軽発酵の温度が上がりにくいのを知ったが、これもやはり思うようにはゆかなかった。
晒干で茶葉が乾く前に33度くらいにまで温度が上がるように、ザルに広げる厚みを調整した。
餅面比べ
左: 一芽二葉
右: 一芽三葉
紅茶の紅茶たる赤黒い色が薄いのは、軽発酵の浅いこともあるけれど、この場合は一芽二葉の一芽の配分が多いのが主な原因。
飲んでみたら、なかなかいける。
二煎め
茶湯の色が浅い。黄色い。
このイメージと反して味は深い。骨がある。古樹味がしっかり出ている。
葉底
苦味がいい。
軽快で消えが早くて清々しい。
静かでおっとりした雰囲気は、近くの章朗寨のパワフルな印象とはちょっと違う。
海抜がやや低めの1450メートルくらいのところにあるせいだろうか。
ほんのちょっと余った散茶を3日続けて飲んでいるけれど、飽きない。もっと飲みたい。
2枚しかないけれど、これは商品にできるだろ。
1年ほど熟成させてから出品するつもり。

ひごりごと:
肩を傷めてしまった。
ヨガをしても治らない。
仰向けに眠る姿勢で痛くなるから、休めば休むほど辛い。
肩甲骨がゴリゴリなのだけれど、その原因が別のところにあるのを知らなかった。
盲人按摩の老師に頼っても治らないわけだ。
Youtubeを探してみたら改善のヒントが見つかった。
手首・足首・胸骨・肋骨が固まっているらしい。
何人かの整体の先生がこの点を指摘している。
さっそく手首・足首・胸骨をゆるめる運動をしてみたら、ちょっとましになってきた。
ヨガのポーズでも、手首・足首・胸骨をゆるめるポーズをしていたのに効いていない。
ポーズの意味をちゃんと理解していなかったのだな。
ヨガは奥が深いな。

蛮磚古樹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明山曼庄国有林古樹
茶廠 : 農家+景洪市の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶200gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗・グラス杯・鉄瓶・炭火
晒青毛茶

お茶の感想:
自分でお茶をつくると少ない量しかできなくて、店が成り立たない。
他人のつくったのを探してみるか・・・・。
ということで、茶友らに声をかけてみた。
すでにいくつものサンプルを試したけれど、どれもいまひとつ。
ところどころ欠点が目立つ。
自分のお茶なら「欠点もまたよし」なんて理屈をこねるけれど、他人のはそうはゆかない。
原因がはっきりしないから。
この地域のお茶は分業でつくられるのが基本。
例えば、農家の主人が家族やアルバイトにまかせてつくったとか、農家が商人の真似をして他の茶山の農家にオーダーしてつくったとか、茶商が農家にオーダーしてつくったとか。
例えば、采茶はアルバイトがして、製茶の殺青だけ自分がして、揉捻や晒干は家族がしたとか。
分業だから、ひとりがすべてを見ていた・・・というお茶はまずない。
なので、お茶づくりの現場でなにが起こったのか知るよしがない。
人づてに聞く話なんてまったく信用ならないのがこの地域の習慣。
茶葉を転売する人たちは、お茶の欠点の原因がわからないまま、実は不安なままでいる。
不安があるから、目の前で試飲すると空気がピリピリする。
なので必ず自分の家に持ち帰ってひとりで試飲する。
そうさせてくれない場合はあきらめる。
泡茶の前
泡茶
『蛮磚古樹晒青茶2019年』は景洪市の地元の茶商のもの。経験もそこそこある。それでも采茶や製茶の現場を見ることはない。みんながやるようにやっている。
これと似たのを、似たやり方で、北京人の茶友がつくっていた。
+【蛮磚古樹青餅2018年 その1.】
この記事を読み返して、味がよく似ていることに気がついた。
今回は、自分のお茶づくりの失敗経験が活きた。
このお茶の味から殺青の温度に問題があるのがわかった。
殺青の鉄鍋に投入する茶葉が多すぎるのが原因。
農家はたいがい薪火の火力はしっかりしている。
火力と茶葉の量とのバランスの問題。例えば、チャーハンを炒めるのに一人前ずつ炒めるのと三人前をいっぺんに炒めるのと、結果はぜんぜん違ってくるよな。
茶葉は40度から70度のあいだで成分変化が盛んになる。火力が足りないときにこの時間が長くなって変化しすぎる。
煮えすぎて酸化がすすんだようなアク味が出て、香りが弱くなる。
自分もこの失敗を何度かしていて、そのサンプルを残しているからすぐにわかった。
それ以外に、とくに文句はない。
惜しいお茶である。
素材の良さは味の透明感や水質の密度に現れている。
縦方向にスッと伸びる感じ。沈んでゆく茶酔い。ゆったりとした波。体感もよい。
2煎め
4煎め
茶湯の色
蛮磚(曼庄)国有林の古樹。しかも大きく育ったのだけ十数本を選んだホンモノである。
国有林に自生する茶樹は個人が権利を持たない。そのテリトリーの少数民族の村で話し合って村人に分けている。ちなみに象明の曼庄は彝族のテリトリー。
山奥にバイクや徒歩で入り込んで采茶するので、まずは采茶のタイミングを見るのに何度も足を運ぶことになるし、采茶はたいへんな労働になるし、人件費がかかるし、もしも途中で天気が崩れたらダメになるし、リスクが大きい。農家はリスクを取らない。村から近い私有地の茶地のお茶をつくったほうが安全に確実に儲かるから。
なので、国有林のお茶づくりは茶商がリスクを取る。オーダーしたら出来が良くても悪くてもすべて買い取ることになる。
この構造においては、農家は製茶をがんばるメリットは無い。いつものように適当にやっても市場価格(だいたい決まった値段)で売れるから。
そこでどうするか。茶商は農家にボーナスを出して高い技術を要求するか、自前で職人を雇って派遣するか、それとも自分でするか。
いずれにしてもコスト分は高額になる。
高額になるのを理解した顧客がいないとできない。
地元の茶商は、この次どうするかな。
葉底
葉底は、一見キレイな色に見えるが、本来はもっと青黒いはず。全体的に黄色っぽく変色しているのが殺青の温度の低い結果の色。軽発酵をうながすなど意図した製茶の場合は別だが、意図しないのにこうなるのはおかしい。
お茶づくりの裏舞台を書いている。
興味ない人がこのお茶を飲むのはもったいない。
お茶の美味しさを知って深くはまってゆくということは、審美眼が形成されるということ。
この地域のお茶はどういうところを高く評価していて、それと引き換えにどういうところを犠牲にしているか。長所と短所は一対になるので、点数配分を間違えると評価を誤る。
上質の上には上がある。どの方向を目指しているお茶なのかを知らないと、間違ったモノサシで測って、出会うことすらできない。
こういう見方というか価値観はやや東洋的だよな。
見える人にしか見えない。それでいいのだ。いや、それがいいのだ。
西洋にこれを評価する審美眼の育つ気がしない。
お茶づくりは産地が半分。消費地が半分。
この地域でお茶をつくる人たち。遠くへ運ばれて、このお茶を飲む習慣のある人たち。
お茶の味を形成しているモノゴトの因果関係が面白い。

ひとりごと:
お茶づくりになにか無理な圧力がかかると、必ずそのお茶を飲む人にも影響がある。因果関係が見えないところに潜んでいる・・・と、最近つくづく思う。
例えば、自然破壊を犠牲にしてつくられた農作物は、それを食べる人になんらかの悪影響を与える。
ふだん食べているものを疑う。他人を疑う。それをしないのは怠惰である。
消費者は信用とか良心とか都合よく言って楽なほうに逃げる。商人はそこをうまいこと利用する。どっちも根性の悪い奴らなのだ。
にんげんだもの。

巴達一芽紅茶2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月25日・26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨小茶樹
茶廠 : 農家+北京人
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
台地茶
台地茶
新芽・わかば

お茶の感想:
前回の記事で「たった11キロの製茶で疲れ果てた・・・」と書いたけれど、そうじゃなかった。北京人のお茶づくりを手伝って、そっちのほうがもっと重労働だったのだ。
それは、一芽だけの紅茶。
新芽
新芽
全国的には珍しくないけれど、西双版納の大きさやカタチが揃わない混合品種の一芽でそれをつくるのはちょっとヘンなアイデアである。
製品化できるかどうかはさておき、この試みはワクワクする。
北京人は、まだ雨の季節の9月に布朗山の農家に頼んで15gほどのサンプルをつくっていた。
それを飲んでみると、びっくりするくらい上等な味がした。
透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
本来なら安モノな小樹のお茶で、しかも9月の雨の季節で、苦い・渋い・粗いはず。
ところが、一芽だけになったら違う。
さらに、これは雲南の茶葉の持ち味なのだろうか、そこそこ煎がつづく。5煎くらいまで余裕でいける。他の地域の一芽だけのお茶にこれほど煎のつづくのがあるだろうか。たぶんないよな。
小樹
一芽をたくさん収穫するとなると古樹では難しい。
西双版納の古樹はなるべく選定をしないのが上等。剪定しないと枝分かれが少なくて芽数が少ない。労働効率が悪い。
若い茶樹で背の高さを低く保つように剪定している台地茶なら、枝分かれが多くて芽数が多い。収穫量に数倍の差があるだろう。
台地茶の栽培規模の大きな茶山となると、西双版納では勐海県の布朗山か巴達山になる。
なので巴達山のいつもの農家が都合よかった。
ただ、自分は何度も来ていて知っていたが、北京人は知らなかった。
巴達山の農家のふだんつくる安いお茶は、犬や猫がうろうろする地面に茶葉をひろげて萎凋や晒干をするし、殺青も揉捻も機械でする。衛生観念がズレているし、手工(手づくり)のための製茶道具がほとんどない。
製茶場
すべての掃除からはじめなければならないし、手工でつかう道具のほとんどは自分で持ち込まなければならない。
北京人はいきなり出鼻をくじかれた。
しかし、彼が到着したときにはもうすでに朝から十数人の農家が茶畑に入って茶摘みをはじめているし、鮮葉の鮮度を保つのは一刻を争う。
なんとか工夫するしかなかった。
こんなふうに、理想から遠くはなれてゆくことがお茶づくりのあらゆる場面で発生するから、リカバリーをいかにうまくできるかゲームだと思って楽しむしかない。
萎凋
一芽を採取するには2つの方法がある。
1.一芽二葉くらいで摘んでおいて、後から新芽だけを摘出する。
2.一芽だけ摘む。
初日に”1”を試した。
一芽二葉くらいで摘んだ茶葉から、指でつまんで一芽を取り出す。
鮮度のことがあるのでその日のうちにしなければならない。村の人に声をかけてアルバイトを10人集めたけれど、やはり深夜までかかった。
一芽二葉が一芽だけになると、25キロあったのがたったの2.8キロになった。
およそ10分の1。
カンタンに言って10倍の価格にしないと割が合わない。バイト料を含めたら15倍というところだろうか。
ま、それでも有名茶山の古樹の一芽三葉よりはずっと安い。
ただ、”1”の方法にはひとつ問題があった。
深夜12時くらいになると茶葉の水分が抜けて(萎凋がすすむ)柔らかくなってポキっと折って一芽と若葉を切り離すことができなくなる。爪の先を立てて切り離すという面倒な作業になる。
やはり”2”のほうがカシコイのかな?
ということで、二日目に”2”のほうを試した。
収茶
収茶
ところがここでまたトラブル発生。
25人ほどの茶摘みのアルバイトが夕方に収穫を終えて帰ってきてみると、ぜんぜん一芽になっていない。一芽一葉くらいで摘んでいる。一芽だけは割に合わないと勝手にルールを変えたらしい。
本来は、北京人が午前中に茶畑に入ってひとりひとりの指導するべきだが、それを他人に任せてしまったのだ。太陽が照って暑いし、山歩きはしんどいし、茶畑には痛い痒い虫がたくさんいるし、嫌な仕事だから。
一芽二葉
北京人はスネて、「茶摘みのお金は払うから茶葉はどうにでもしろ!帰る!」と言い出したが、なんとかなだめて続行した。捨てるのはもったいないから。
結局、初日とおなじくアルバイトを集めて深夜まで一芽を摘出した。
選別
こんなふうに想定外の費用が発生することがある。よくある。コストがこのくらいで販売価格がこのくらいで生産量がこれだけあればいくら儲かる・・・なんて計算していると、途中から何度も計算しなおすことになって疲れる。
農家の中にひとりだけ真面目な人がいて、一芽だけの純粋なのを采茶していた。半日で800g弱の収穫だった。一芽だけを要求するなら、1キロ摘めば一日のバイト料として見合う金額を約束しておくべきだが、北京人の条件はそれを下回っていたのだ。アルバイトが納得しないわけだ。
新芽
新芽
さて、一芽。
一芽だけになった鮮葉は、これまで見たことも触ったこともなかった。
例えば、萎凋のときに乾くのが早いとか、殺青のときの火が強すぎると焦げやすいとか、経験から知っていることもあるけれど、あくまで一芽三葉がひとつになっているのを観察してのことだから、純粋に新芽だけを観察したものではない。知らないことがある。
まず、意外に”重い”と感じた。鮮葉の時点では思っていたよりも水をたくさん含んでいるのだな。乾燥したら羽毛のように軽いからギャップが大きい。
そして、その水分はカンタンに抜けない。
もしかしたら、若葉や茎がくっついている場合はそっちに水を吸い取られて、一芽の乾きが早いのかもしれない。一芽だけになると水分が抜けにくい。
金針紅茶
左: 完成した状態
右: 鮮葉を萎凋している状態
紅茶をつくるのだから、揉捻・渥堆の製茶工程で軽発酵がすすんでくれないと困るが、なかなかすすまない。軽発酵がすすむときに発熱するが、その温度が低い。
色の変化が少ない。
若葉なら赤黒く変色するので、若葉のほうが軽発酵しやすい成分構成であることがわかる。
一芽の軽発酵度を見るのは、色の変化よりも香りの変化に注目するしかない。
香りの変化は、揉捻のときに現れる。
初日の”1”の一芽は、鮮葉の水分のあるときは2.8キロ。乾燥したら700g弱。少量なので手揉みで揉捻した。揉捻のときはすでに2キロ弱くらいになっていた。
いつもは手でそのまま茶葉を球状にして揉捻するが、一芽だけだとバラけやすくて球をつくりにくい。布袋ならカンタンにまとめて球にできる。
布袋
揉捻
ふだんの一芽三葉くらいで揉捻するときは、けっこう繊維の弾力があるから手応えがある。一芽だけになるとはじめから柔らかくて手応えの変化が少ない。
揉捻の終盤になると、茶葉の球がバスケットボールくらいからソフトボールくらいに小さくなる。そのときジワッと水分がでてくる瞬間がある。その水分が出てきたら鮮味の香りが強く出てくる。この香りの変化がいちばんわかりやすかった。
機械揉捻
二日目のは機械揉捻した。
二日目のは収穫が多くて、一芽だけになった状態で25キロほど。初日の10倍もある。乾燥して仕上がると6キロ弱になる。量が多いので手揉みすると時間がかかりすぎる。手揉みと機械揉みの差がどこにあるのかはっきりわからないので、機械を試すことになった。
結果はあまりうまくゆかなかった。一芽の先っぽの針のように尖ったところが千切れたり、ヘンに曲がりすぎたり。一芽だけの揉捻を想定した機械じゃないのだ。たぶん、他の地域の一芽のお茶づくりを専門にしているところでは機械の性能が違うはずだ。
揉捻を終えたら晒干。
初日のはうまくいった。
最後まで天気が良かった。
晒干
晒干完了
巴達金針紅茶
揉捻を終えたのが正午くらいで、そこから日光に晒すと、半日で7割がた乾燥する。そこまで乾いたら陰干しでひと晩置いても風味への影響は少ない。次の日の朝にもういちど日光に晒して乾燥を終える。
ところが、二日目のは途中から天気が崩れだした。
揉捻を終えて、いざこれから晒干というところで、すでに雲が多い。
天気予報は「ますます悪くなる」と言っている。
巴達山の農家はふだん大量生産で紅茶をつくっているので、石炭を熱源にする大きな乾燥機がある。それを使うことを北京人に提案したが、どうしても晒干をあきらめきれない様子。
「機械乾燥するくらいなら陰干がいい」と言い出して、町のアパートに持ち帰って除湿機のある部屋で乾燥させることになった。
空
このとき自分のお茶づくりは実験で少量の紅茶と白茶を試していたが、晒干がほぼ完了していたので、あとは陰干しするだけ。巴達山の農家に任せることにした。(このお茶は仕上げて後日記事にする。)
北京人の茶葉とともに山を降りることになった。
余談だが、一芽を取り除いた二葉だけの若葉がたくさんあって、北京人は同時進行で紅茶にしようとしていた。ところが、夜中に猫がウンコをして、気づかないまま揉捻して、ぜんぶダメになった。揉捻後の異臭でやっと気がついた。
北京人は怒って「農家にくれてやる!」と言って、そのまま置いて帰った。
たぶん、捨てられないで知らない人に販売されるだろう。
北京人になにかとトラブルの多いのは運が悪いからではない。予知しようとしていないだけだ。集中力不足。
さて、山を降りる途中、北京人は知り合いの茶廠(メーカー)の師匠に電話でアドバイスを求めた。
「とりあえず茶葉を見てから」と師匠はいうので、途中の勐海鎮の町まで戻って見てもらった。
師匠の下した判断は、渥堆発酵を明日まで続けて、それから機械乾燥する。
さらに、揉捻が不十分なのでこれから手で揉むべし。
メーカーだから職人たちがいる。5人でいっせいに揉捻したらほんの1時間で終わった。
木箱に詰めてひと晩軽発酵をすすめた。
降り出した雨は、夜になって雷を伴う大雨になった。
次の日の機械乾燥の現場は見ていない。疲れ果てて寝込んだから。
北京人に聞いた話では、10分間だけ100度まで温度を上げたらしい。
その数日後の試飲。
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
左:初日の晒干の一芽
右:二日目の機械乾燥の一芽
美味しい。
やはり、透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
秋の旬の一芽。ひと口めにポッ!っと火がつくようなインパクトがある。アルコールランプに火をつけたときの小さな爆発のよう。
写真では伝わらないが、一芽の紅茶の茶湯の色はとても明るくて、この見た目にもインパクトがある。
ふたつを比べると、晒干で仕上げたほうが明らかに美味しい。口感の香りも涼しい。機械乾燥のは味も香りもモヤッとして暑苦しい。
ただ、その差は2煎くらいまではっきりしていて、3・4煎とすすめると差が少なくなってゆく。おそらく機械乾燥の技術を上げるとその問題は消える。
メーカーの師匠のつくった紅茶を飲んでみたが、それは機械乾燥だがすばらしい出来だった。晒干にはできない熱の通り方による香りが良い印象をつくっていた。
一芽の紅茶はいいお茶になる。
他の地域の上等のやつに負ける気がしない。素材がいいから。
北京人はこれからが勝負だな。
本人もちょっとやる気が出てきたみたいなのでよかった。

ひとりごと;
それでも自分はこの一芽のお茶はつくらないな。
他人のつくったのを転売するのはアリかもしれないけれど。
なにか違うな・・・という感じなのだ。

巴達生態紅餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月24日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山賀松寨小茶樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
巴達山
巴達山村
巴達山
茶地
采茶
茶樹
茶葉
持ち帰り
萎凋

お茶の感想:
タイのチェンラーイから西双版納に入ってしばらく天気が悪くて、回復を待ちつつ茶友らから情報をあつめたところ、昨年よりはましじゃないか・・・ということで、秋のお茶をつくってみる気になった。
ただ、他の産地にくらべると西双版納の秋の調子はいまいち。
気候のせいと、気候の育んだ茶樹の品種特性のせいと、つまり天然のものなので仕方がない。
ま、できたらラッキーくらいの気持ちでいる。
今年2019年の春は茶摘みからするお茶づくりをぜんぜんしなかったから、昨年の秋から1年ぶりに手を動かすことになる。
身体も感覚も鈍っている。
なのでウォーミングアップのつもりで、比較的安い鮮葉の手に入る巴達山に行った。
この季節の山はいい。
青い空、白い雲、澄みきった冷たい空気。
痛い痒い虫も少なくて快適。
今回はいつもの古茶樹ではなくて、低く剪定してある樹齢の若い茶樹。小茶樹とも台地茶とも呼ぶ。収穫がカンタンで生産量が多いから安くて、気楽である。
2016年の春にこの茶葉でつくった紅茶がなかなかよくて価格も手頃だった。それがちょうど売り切れて、他に気軽な価格の紅茶がなくなったので、ちょうどいいかもしれない。
茶摘みの人
鮮葉
帰り道
午後にあちこちの茶畑をめぐって茶摘みをしている人を探す。
探さなければならないくらい少ない。
海抜1800メートルほどの山頂付近にある賀松寨の茶畑は、西双版納ではかなり高地になり、気候が涼しくて、秋の終わりがやや早い。新芽・若葉が柔らかく摘み時になっているのが残り少なくて、村の人は采茶よりも他の作物の世話で忙しくなっている。
初日の10月23日に25キロほど。
翌日の10月24日に30キロほど。
鮮葉から水分が抜けると5分の1くらいになるから、5+6=11キロくらい。
たった11キロの製茶なのに、チカラを使い果たして、ウォーミングアップのつもりがオーバーワークになって、山から帰ってから2日間寝込んだ。
回復してすぐに圧餅を6キロ分したら、また疲れてダウン。
盲人按摩の老師に、背中や肩のあちこちのコリをほぐしてもらって、今やっとブログを書けるようになった。
山から降りてちょうど天気が悪くなったタイミングと重なったからよかっかたけれど、これが春の旬だったら大きなチャンスを逃すことになる。
こんなはずじゃなかったが、年齢による身体の変化のスピードに、トレーニングが追いつかずに現状維持すらできていないのだな。
あきらめも大事。あきらめのタイミングはもっと大事。現実をちゃんと見て、そろそろ作戦の立て直しのときだろうか。仕事とか人生とか。
揉捻機械
揉捻後
揉捻
揉捻は、機械で7割、残り3割を手で仕上げた。
だんだん圧力をかけていって茶葉の水分と栄養分を絞り出す。
機械揉捻は25分ほど。手揉みは農家の若者が半分手伝ってくれたけれど、それでも2時間ほどかかった。揉んでいる手の中で軽発酵がはじまるのがわかる。
機械で最後まですると、茶葉から水や栄養分が滲み出てくる感覚がつかめなくて、変化の過程を見失う。なのでどうしても手で仕上げる必要がある。
軽発酵
温度
晒干
晒干
パンニャ8歳
巴達山は夜が冷えるので渥堆の温度が上がらない。
渥堆時の温度を調整するにはなんらかの熱源を使うことになる。
そこまでしなくていいかな・・・軽発酵が浅くてもいいかな・・・と考えているので自然に任せる。
天日干しで仕上げる紅茶は太陽の熱で軽発酵がいくらかすすむので、布でくるむ渥堆の軽発酵はちょっと浅めに仕上がっても大丈夫。ちなみに紅茶の軽発酵は33度くらいがよいと聞いているが、天日干しの茶葉は水分をたくさん持つはじめの2時間ほど、ちょうどそのくらいの温度に上がっている。
軽発酵が浅いと鮮味が強い。
鮮味は、花屋さんのツンとしたあの香りに似ている。いい香りであるが、なのになぜ鮮味を嫌うかというと、体感にも刺激が強いからだろう。実際に舌にピリッと辛い。香りは性質を表すサインである。例えば、この場合の鮮味は胃を削るとか、長い経験に基づいた茶の性質の判断材料になっている。
軽発酵を深く仕上げると鮮味は消えてドライフラワーのような穏やかな香りになり、おそらく体感も穏やかになっている。
この紅茶は圧餅して完成する。
圧餅加工の高温の蒸気によっても軽発酵がいくらかすすみ、鮮味が抑えられる。
完成してからさらに何年か保存熟成して、さらにまろやかになればよいと考えているので、製茶の時点ではカンペキを求めない。
10月23日と24日と、萎凋や渥堆の時間が異なり、仕上がり具合も異なった。
これは2つに分けたいと思う。
今のところ出来の良いのは24日のほうなので、出品するなら24日のほうかなと思う。
毛茶
圧餅道具
石磨
足
圧餅布
餅面
餅面
結着が弱くて表面の茶葉がポロポロ落ちる。圧餅の蒸し時間が足りないせいだが、茶醤の少ない秋の茶葉であることと、軽発酵がすすんでいることと、もともと粘着力が弱いから仕方がない。
でも、やはり下手くそだな。餅形も悪い。
次回はもうちょっとうまくできるだろう。
圧餅にも技術があるので、よい練習になった。
高価な茶葉で練習したくないからな。20倍近い差があるし。
ポロポロ落ちて失う茶葉の分を予測して3g プラスの183gで圧餅してある。落ちた茶葉を差し引いてほぼ180gの当店規定のサイズで出品できるはず。
圧餅を完成して、圧餅前の散茶と比べてみた。
泡茶前
泡茶
茶湯の色
はそこ
左:圧餅
右:散茶
圧餅には揉捻と似た効果がある。それが見た目にもわかりやすいカタチで現れている。
圧餅のはローズのような香り。散茶はラベンダーのような香り。このラベンダーの香りが巴達山の紅茶の鮮味の特徴である。
飲み比べると、圧餅のは口当たりまろやかだが酸味が出ている。散茶はピリッと辛味があるが酸味が少ない。その分甘く感じる。
この味のバランスだと散茶のほうが美味しく感じる。
しかしその差は2煎めくらいまでで、3・4・5煎とすすめるほどに差がなくなる。
注ぐ湯の熱が茶葉を変えてゆき、味が接近してくる。
酸味を欠点とした上で、3煎めくらいから気にならなくなる原因が熱による変化だとしたら、常温保存の長い長い時間をかけた微熱によっても、酸味が消えてゆく変化があるのかもしれない。
実際に、保存熟成1年後くらいから圧餅の紅茶はいいバランスの味わいになる。
圧餅と散茶との小さな差に注目するとそういうことになるが、もっと大きなところから見たらこのお茶は渋い。ちょっとバランスが悪いくらい渋い。これまでの紅茶のなかでいちばん渋いかもしれない。
渋いのは原料の茶葉の質によるものだから、今回は仕方がない。
お金を出して買う人に評価されたくないから、これは物々交換で取引するかな。渋味もまた美味しいと思える人と。

ひとりごと:
巴達山に滞在中、北京の茶友が来て試験的に新しいアイデアのお茶づくりをした。
新芽だけでつくる紅茶。
選別
新芽
たいへんな作業量。
自分の価値観ではぜったいにやらない手法。
他人のだからいいか・・・と考えて手伝ってみた。
これが、ぜんぜん渋くならないのだな。新芽は渋味を持たないから。
別の記事で紹介しようと思う。

ずっと川を見ているのつづき

朝日

+【ずっと川を見ている】
川を見るといっても、ほんとうに見れるのは10日めくらいから。
何度もここに来ているけれど、それでもはじめの数日はまっすぐ川を見れていないと思う。
川のいい感じのシーンを写真に撮ろうとか、この美しさを文章にしてブログに書こうとか、なにか目的があったり。あんなことこんなことを思い出して、心がおしゃべりしたり。
川に調和していない。
みんな同じだと思う。
大人は誰でもそうなると思う。
自分の子供の頃を思い返しても、なにも考えずに無心になって山とか海とか川とかを見て、心の揺れるに任せられたのは5歳くらいまでじゃないかな。10歳にもなったらもう、夏休みの宿題の絵とか、作文とか、なにか目的を持ってしまったような気がする。
10日間もいたらさすがに暇になる。
暇が大事。
朝の川
暇になって、もうこれ以上することもなく、あえて考えることもなく、ただ川を見るだけの時間ができる。
やっと、背負っていた見えない荷物がおりる。
心は黙ってただ川を見る。
チェンコーンのメコン川は太陽が強くて眩しいので、じっくり目を向けられる時間は長くない。
夜明け前からの2時間くらい。日没の2時間くらい。夜に宿のベッドに横になって窓ごしに見える暗い川面をたぶん2時間くらい。
川は24時間流れているけれど、6時間も見たらいいほう。これで十分。残りの18時間は食べたり寝たり洗濯したり人と交流したりお茶したり、いわゆるふつうの生活をしたらいいのだ。
ねこ
朝は朝の川の気持ち。
夜は夜の川の気持ち。
そこになんらかの意味を求めない。
例えば、朝の川は空と水の色が秒速で刻々と変わってゆく。秒速で心も揺れる。夜の川は暗くて心細いけれど、対岸のラオスの街灯の小さな光とか、月明かりに浮かんでくるほのかに白い水面をとか、小さな安心に浸る。
そのまま。見たままにする。
川の一部になってしまう感じ。自分がなくなっている。
暇になって川を見たら自分がなくなる。
ふだんは自分があるばかりになりやすくて、しんどいからな。
月と川

革登単樹秋天散茶2014年 その4.

製造 : 2014年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明革登山大葉種古樹・単樹 
茶廠 : 革登山農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 茶缶密封
茶水 : タイのミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・白磁の杯・銅瓶・電熱
燕と椰子
詩話

お茶の感想:
タイのチェンコーンのメコン川のいつもの宿に来て12日めになる。
『中国喫茶詩話』1982年 竹内実著
この読書感想を書きたくて、もういちど読んでいるが、なかなかすすまない。
漢詩の味わいも深いけれど、著者の解説も深い。
お茶を飲みながら、川を眺めながら、ゆっくり味わうことにする。
市場
食材
河の食堂
定食
持ってきた茶葉は生茶・紅茶・熟茶の3種だけ。
ローテーションで飲んでいるけれど、やはり秋には秋のお茶がいい。
+【革登単樹秋天散茶2014年 その1.】
空の色や風の肌触り。
この感じと生茶の乾いた涼しい味とがピッタリ。
あらゆるところに、雨季の夏から乾季の冬になりかけの振動というか波長というか見えないチカラが満ちていて、植物も動物も自分の身体も響鳴するから、同じ振動を持つ秋の茶葉がしっくりくるのかもしれない。と、考える。
朝
川遠景
川面
川の砂
砂州ともやし
宿
茶器
空
単樹の大きな茶樹一本から採った茶葉なので、味にも体感にも落ち着きのあるお茶。
春のお茶のような情熱はなくてゆるい。長くゆったりした秋の波長は、飲む人の態度もゆったりしていないとその波に乗れないかもしれない。
波に乗れたらいい気持ち。
2時間くらいは茶酔いに揺れていられる。
雨
港
食堂
風と椰子
夕暮れ
港の夜
産地の西双版納では9月から秋の茶葉の収穫がはじまっていて、10月の初め頃はまさにピークを迎えている頃だが、この時期は産地に入らないでタイミングを待つ。
収穫量のピークと旬の味のピークは異なる。
茶農家の旬は収穫量のピークであって、味の旬なんてどうでもよいわけだから、彼らの都合でお茶をつくると旬をハズすことになる。
秋の味の旬は秋の終わりに来る。
かといって10月の末頃まで待つとまったく新芽が出なくなることもある。
茶農家は采茶の人件費に見合う収穫量が見込めないので、「もう新芽・若葉はほぼ無い」といって山に入るのも渋るから、そこはお金の交渉でなんとかするしかない。
こういう作戦であるが、うまくいくかどうかは運しだい。
ま、それでいいのだ。
運のいいお茶だけが欲しいのだ。
葉そこ

ひとりごと:
しかし、こんなにいいお茶が自分の手元にたくさん売れ残って(といっても200gほど)、結局自分で消費しているのは、秋のお茶の鑑賞力がみんなに無いからだろうか、そもそも秋を感じる身体ができていない(食べものや生活態度が季節に同期していない)からだろうか、それとも自分が、秋のお茶の鑑賞ポイントをみんなにちゃんと伝えることを怠ってきたからだろうか。
虚しさを感じるのも、秋が響いているせいかも。

易武古樹青餅2010年 その38.

製造 : 2010年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒村大漆樹古茶樹
茶廠 : 農家+易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・杯・鉄瓶+炭火
餅面
茶葉の色
茶壺

お茶の感想:
熟茶づくりの実験が失敗に終わったので、「これからどうします?」とよく聞かれる。
+【熟茶づくり実験2019年 その8.】
失敗したけれど、当初の目的は果たした。
黒麹菌でスタートする微生物発酵を体験すること。
どんなときにどんな臭いがするとか、どんな温度になるとか、茶葉の色とか手触りとか、お茶の味とか。
わかってきたので他人の仕事が評価できるようになった。
つぎのステップは、渥堆発酵(微生物発酵)を代行する工房を探すこと。
原料となる晒青毛茶を自分で手配して、その工房で渥堆発酵してもらう。
水よし・空気よし・腕よしの三拍子そろったところを探す。
渥堆発酵は常に途切れなく発酵させている設備と環境がよい。アパートの一室を改造して発酵蔵をつくったとしても、年に一度するかしないかでは菌類のコンディションがよくないと考える。
ただ、熟茶づくりは急がない。もうちょっと勉強したい。
すぐにでも応用できるのは、生茶づくり。
これからの生茶づくりには微生物発酵を仕込むことにする。
生茶は、近年の製法においては微生物発酵していないのがほとんどと考えられるが、ゆっくりつくる昔ながらの製法では、わずかながら微生物発酵することがある。
例えばこのお茶。
+【易武古樹青餅2010年】
殺青揉捻
製造工程をふりかえってみると、微生物発酵のチャンスは二度ある。
一度目は農家で。
殺青・揉捻してからひと晩かけて涼干(陰干)、それに続いて次の日の晒干(天日干し)、茶葉が湿っていて微生物発酵するのに十分な水分があるのは15時間くらい。
涼干
二度目は工房で。
お茶の紹介ページにこんなふうに書いている。
「工房に持ち込んだすべての毛茶は一日で圧延を終え、餅茶となって室内の棚に並べて涼干され、翌朝の太陽を待ちます。」
ここでも茶葉が少なくとも12時間は湿ったままである。
蒸すことの水分と予熱で微生物発酵がはじまるのは、この茶葉でも経験している。
+【章朗古樹春天散茶2012年 その2.】
このときは気温も湿度も高くてほんの数時間で発熱しはじめた。
圧餅
圧餅工房の部屋は暖かい。
薪火を焚く蒸し器(鉄製の大きな鍋)が、火を落としてからでも数時間は熱を放出して部屋をあたためる。鉄鍋に残る湯の蒸気が空気を湿らせる。
農家も工房の職人も微生物発酵の知識はない。
なので意図したものではない。だからムラがある。
試作品として1キロサイズの大きな餅茶をつくったが、これがいちばん微生物発酵のすすんだ状態で仕上がっている。茶葉が多くて乾くのに時間がかかるからだ。また、餅身が大きいほど微生物が増殖するときに出す熱がこもりやすい。このことも影響するだろう。
熟茶づくりで体験した、その味、その香り。黒麹菌が増殖するはじめの1日から2日めにかけて出てくるその風味が、今、このお茶に見つけることができる。
茶湯の色
もしも経験がなければ、ただちょっと甘めの生茶の味。微生物発酵の味が潜んでいることに気が付かないだろう。
葉底
葉底を指でつぶしたときの感じ。
茎の部分の繊維が柔らかくなっている感じ。この感じも、微生物発酵の初期に現れていた。
『易武古樹青餅2010年』はこの9年間でよい具合に変化してきた。熟成にも影響しているはず。
微生物のつくった酵素が茶葉に大量に残っている。
蓋
『章朗古樹春天散茶2012年』の茶箱を開けてみたら、蓋のトタン貼りの表面にうっすら白い粉がついている。
目で見えないくらい細かいけれど、指でスッとこする感触でわかる。
酵素?それとも胞子?いつかわかるときがくるだろ。

ひとりごと:
熟茶づくりの実験から得たものは、まだ言葉にならない情報がたくさんあって伝えるのが難しいけれど、口や鼻や目や耳や手がそれらを覚えている。文章に残さなくても大丈夫だし、他人に話ができなくても大丈夫。これから出品するお茶に何らかのカタチで現れる。飲む人に伝わる。

刮風八棵青餅2018年 その1.

製造 : 2018年4月11日・13日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶王樹
茶廠 : 北京の茶友と瑶族の農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶192gサイズ
保存 : 茶箱
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・茶杯・鉄瓶・炭火
8枚
餅面

お茶の感想:
もしかしたらこの数年のうちで最高評価をつけることになるかもしれないお茶。
2018年の春、刮風寨の茶王樹の8本の茶樹から採取した茶葉。
内飛
内飛(圧延茶に埋め込む小さな紙)に「八棵樹」と書いてある。8本の茶樹という意味。
まだ名前がないので『刮風八棵青餅2018年』としてみた。
北京の茶友が瑶族の農家にオーダーして、仕入れた晒青毛茶を孟海県の工房で圧延している。
2018年5月のできたてのときに飲んだことがあり、ブログの記事に登場している。
+【刮風古樹青餅2018年・黄印 その1.】
このときはまだ気がついていなかった。
それから1年経ったこの夏に、分けてもらっていたサンプルをなんどか飲む機会があって、やっとすごさに気がついた。
8月の前回の勉強会でも出してみた。
+【勉強会 朝のお茶・晩のお茶 8月17日】
晩のお茶として出したら、2種飲む予定のところ、このお茶ひとつだけを飲みつづけたいとお客様からリクエストいただいた。10煎以上飲んでもまだ飲み続けたくて、終わるのが惜しいと感じた。他のお茶を飲んで余韻を途切れさせたくない。このお茶だけで満足。
こんなのに出会うのは久しぶりのこと。
仕事で毎日いろんなお茶を飲んでいても、ホンモノの森のお茶にターゲットを絞って追いかけていても、めったに出会わない深い森の振動(響き)をもっている。
高評価をつけて間違いないだろ。
早速、北京の茶友に連絡して残っていた8枚をぜんぶ仕入れた。もともと15枚しかない。
北京の茶友もまだ気がついていなかった様子で、ほんとうは9枚あったが1枚だけ残したいと希望されて8枚になった。
1枚192gくらい(もとは200gサイズだがすでにちょっと軽くなっている)。
餅面裏
この茶樹の品種特性で茶葉が細長く茎も長く育っているので、餅面にもその繊細な曲線が現れている。
鮮葉の色がちょっとだけ紫色したやつで、加工後の餅面にはその混ざった色が鈍い黄色となって現れている。
茶葉
茶器
しかし、希少な品種特性に価値がついているのではない。
なにに価値があるかというと、心をスッと整える作用。
茶湯
飲んでみても、とくべつな味や香りがあるわけではない。
ちょっと濃く淹れてみても、淡々とした薄口のお茶にしかならない。
水質は抜群に良いが、味や香りで表現できる特徴はない。
むしろ味や香りに特徴がないのが特徴といえる。
そんなお茶に出会ったときに、「もしかして・・・」と、専門家なら勘が働くべきだけれど、あまりに久しぶりのことだったので何度かスルーしたのだった。
味や香りでお茶の良し悪しを決めるのならすぐにわかる。
口感やのどごしに現れる水質で決めるのもすぐわかる。
同時に飲み比べをしたらわかることだから。
しかし、身体や心への作用に気がつくにはちょっと時間がかかる。
せめて半日はそのお茶ひとつだけを飲んで、自分の身体や心におこる変化を観察しなければならない。
今回はたまたま勉強会やらでいっしょに飲む機会のあった人たちにも「もしかして・・・」と気づく人がいて、早いめに確信できたのだった。
こういうことは、いろんなところで同時多発的に起こる。
北京や西双版納のお茶好きたちも、このお茶のすごさに気づきはじめていたかもしれない。
今回は自分に運があった。縁があったというべきか。
茶湯
お茶を飲みだすと黙りたくなってしまう陰の快感。
しばらく目を閉じて、静かに深呼吸だけして、茶酔いを味わう。
心が静かになるから世界も静かになる。
1年か2年は出品しないで熟成させるので、勉強会だけで飲めるようにしたい。
ただし、ひとつかふたつのお茶をじっくり飲むような勉強会。
葉底

ひとりごと:
中国喫茶詩話
この本、すばらしい。
読書感想文を書きたくなる。

老撾高幹古樹2018年・秋天 その2.

製造 : 2018年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨付近
茶廠 : 瑶族の農家
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・杯・鉄瓶+炭火
茶器
茶壺

お茶の感想:
チェコから持ち帰るときに航空会社の乱暴な荷物の扱によって壊れていた茶壺の持ち手が陶器用のセメダインで修復できた。
継ぎ
接着剤がリング状に溢れ出ているところがカッコ悪いけれど、これがあったほうが気をつけて扱うし、指のひっっかかりが良いし、気に入っている。
胴体のフォルム、水の注ぎ、茶壺内での水の流れ、熱の反射、水と土質の相性、持つ手とのバランス、重さ、大きさ、かっこよさ。いい感じ。
釉薬なし
胴体のフォルムの性質で、熱がしっかり茶葉に伝わって煮えやすいので、そうなっても美味しいタイプの茶葉によい。
サンプル茶葉の整理で出てきた正体不明の茶葉。
茶葉
ほんのちょっと1.5回分くらいしかない。
生茶で、あまり熟成年数が経っていないのが見てすぐわかる。
こういうのは煮やさないようにサッと湯を切る淹れ方をしたほうが美味しい。
ただ、自分の手元のサンプルの中には高幹の古樹のお茶がいくつかある。高幹の茶葉は煮やしても嫌味が出ない。逆に、若い茶樹や、古樹であっても切り戻しされたり摘みすぎたりしているやつは煮やすと渋味が出やすい。
テストのためにわざと煮やしてみることにする。
注ぎ1
注ぎ2
このお茶だった。
+【老撾高幹古樹2018年・秋天 その1.】
2泡3泡と茶壺が冷めないまま湯を足して高温になっても煮えた味にならない。高幹の古樹の特徴。
ゆっくり蒸らし時間をとって濃くしようとしても、味も色もそれほど濃くならない。野生に近い特徴。
体感はゆったり穏やか。急に汗が出たり茶酔いでフラフラになったりしない。
このお茶にちがいないだろ。
前回の試飲では「美人ではないブスなお茶」と酷評していたが、それから半年ほどの熟成でかなりキレイになっていた。
調子よくガブガブ飲んでいたらちょっとお腹がゆるくなった。これも野生に近い特徴。腹痛を伴わない場合は悪い症状ではない。
茶湯
水質がなんとなく硬い。やや硬水のミネラルウォーターを飲んだ時のあの感じ。
おなじくラオスのお茶で、ベトナムと中国の国境付近のこれににている。
+【老瑶古樹青餅2013年】
茶葉が水質を変える。
茶壺も水質を変えるけれど、茶葉はもっと変える。
どんなときにどんな水質のお茶を飲むのが自分の身体に良いのか、まだ不明。
もっと飲む経験をたくさん積まないとわからない。
葉底

ひとりごと:
朝のお茶・晩のお茶。
夜のお茶
一日のうちの何時にお茶を飲むのかというのを意識することで、お茶の個性が引き立って、もっと美味しく飲めるようになる。
人気がないので集まりが悪いけれど、このテーマの勉強会はまたやりたい。
みんなその価値を知らないだけだから。

困鹿山単樹の散茶2016年 その2.

製造 : 2016年04月
茶葉 : 雲南省思茅市困鹿山
茶廠 : 困鹿山の農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 陶器の壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺+鉄瓶+炭火
鉄瓶

お茶の感想:
前回の『朝のお茶・晩のお茶8月10日』の、夜のお茶にはこの2つを選んだ。
+【92紅帯青餅】
+【困鹿山単樹の散茶2016年】 
暑い一日をすごした疲れと、弱った胃腸。
癒やしのお茶ならとにかく熟茶だけれど、8月10日は昼の熱気が盆地にこもったまま夜になった。エアコンのない室内の気温32度。氷の角柱を2つ置いてその温度。炭火があるしな・・・。熟茶の味を想像するだけで汗が出てくる。
余談だが、熟茶の量産がはじまったのは1973年。最大の消費地である広東や香港の飲茶レストランのエアコンの普及と熟茶の普及はシンクロしている。
あらかじめ暑い夜になることが予測できたので、紅茶にするか熟成感のある生茶にするかで迷っった。
迷ったときはサンプル茶箱の整理。
サンプル茶葉箱
茶葉の保存にプラスチックバッグを使わないようにして、クラフト紙の袋にすべて入れ替えが終わったところ。トタンの箱の中に石油製品はひとつもない。スッキリした。
整理がてら、あの茶葉この茶葉を回想してみる。
それで、この2つがピタッと決まった。
92紅帯と困鹿単樹
左: 92紅帯
右: 困鹿山単樹
この2つはいろんな意味で対局にある。
熟成感のある生茶という点では似ているけれど、性格がまるで違う。
「良いお茶は、広がる方向がはっきりしている。」
いつか上海の茶友がそんなことを言っていたが、今回の2種はタテとヨコ。
タテに広がる『92紅帯青餅』。
ヨコに広がる『困鹿山単樹の散茶2016年』。
チェコ土の茶壺
茶葉の水分
『92紅帯』は、切り戻しされて低く仕立てられた古樹の、早春の新芽・若葉。
『困鹿山単樹』は、単樹で幹が高く一本伸びている古樹の、晩春のよく育った老葉。
まず成分構成に違いがある。
新芽・若葉・老葉と育つほどに茶葉の役割が異なってくる。内容成分もそれぞれに異なる。例えば光合成による生産活動をはじめるとか。
茶湯
成分構成だけではない。
製茶は、鮮葉の形状や繊維の質や水分量など物理的要素が仕上がりを左右する。
『92紅帯』は、より緑茶的に仕上がった生茶。
『困鹿山単樹』は、より白茶の寿眉的に仕上がった生茶。
白茶的に仕上がった理由は殺青による火入れが浅いから。
昨年のお茶に似た状況のがあった。
+【刮風古樹青餅2018年・晩春 その1.】
火入れが浅いのは茶葉の水分が少ないので焦げやすいから。火入れをほとんどしない白茶に似て当然。
老葉
『困鹿山単樹』は2016年の熟成期間の短い、プーアール茶的には新しいお茶であるが、茶友が西双版納でダイ族の壺に1年間入れて湿気たせいで予期せぬ軽発酵がすすんでいる。リカバリーのために自分の手元で炭火の遠火で乾燥させたが、そのときすでに白茶の寿眉的なバニラっぽい甘い香りがしていた。
新芽・若葉よりも老葉のほうが湿気に強い。老葉のほうが茶葉のミクロの水道管がしっかりしていて排水しやすい構造になっている。もしも新芽・若葉の柔らかい茶葉だったら、湿気てカビてダメになっていただろう。
ホンモノの寿眉も老葉に育つのを待ってから采茶するので、茶葉の成長度も同じような感じ。
茶湯
ま、こうしたこと諸々がタテへの広がりとヨコへの広がりの違いをつくるのだろうな。
『困鹿山単樹』は”陽”な感じで心が解放されて、飲みだすと会話がはずんだ。
白茶は熱を除く作用があるとされるが、このお茶もそうだったかもしれない。暑くてもスッキリしていた。
ちょっと元気になって、夏の夜の夢見心地を味わえたと思う。
葉底

ひとりごと:
困鹿山単樹はこの記事を書くのに最後の茶葉を使った。
明日の分はないから。


茶想

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