1月6日からチェコ共和国にいる。
1ヶ月間ほど滞在する。
陶芸家のマルティン・ハヌシュさんに茶壺の改良をお願いするのと、チェコの壺で長期熟成をスタートさせるのと、お茶好きたちと交流するのが目的。
冬のチェコは寒い。初日からいきなりマイナス16度。
窯元のあるクリコフは過疎の村で、夏の観光シーズン以外は人口60人くらいのひっそりとしたところ。みんな家の中で寒さをしのいでいるので、村の通りを歩く人をめったに見ない。薪ストーブの火を絶やすと凍え死ねるだろう。
生活のために割く時間が長い。美味しいものをゆっくり食べて、温かくしてぐっすり眠むらないと身体の動きが悪くなる。
マルちゃんの作陶は一日一歩。歩みはのろいけれど、生活の味わいを味わっている態度が、土や火になんらかの影響を与えていると思う。
個人的に、昨年の夏頃からお茶を淹れる物理に関心を持っている。
このブログでもお茶淹れの技術や茶器の性質について書いているが、実は、チェコ土の茶壺でお茶を美味しく淹れるのは難しい。味や香りが土に吸い取られたかのように輪郭がボヤけたり、粗い土の鈍い熱伝導率が新芽・若葉を煮やしたりして、宜興の紫砂の茶壺や景徳鎮の白磁の蓋碗のような爽やで軽やかでキビキビした風味が得られない。
しかし、なぜかマルちゃんの茶壺を毎日使っている。
たぶん、造形の美しさ、手触りの心地良さ、重量バランスの良さ、水の流れの美しさ、などが、機能の弱みを補うのだろう。
お茶の味がちょっと劣るくらいはたいした問題じゃない。
チェコ土がどうしてもダメなら、他の地域から土を持ってくる手もある。その前に、土の粗さを変えてみたり、茶壺の胴体のカタチや厚みを変えてみたり、焼き方を変えてみたり、釉薬のあるなしを試してみたり、すぐにできる試みはある。
自分ならお茶のつくり方を変えてチェコ土に合わせることもできる。微生物発酵のお茶はチェコ土と相性が良いと思う。
「日本や中国の作家に頼めないのか?」
何人かにそう聞かれたが、出会いがなかった。
茶壺づくりは、注ぎ口や蓋や取っ手のつくりが繊細で面倒な作業なので、普通はやりたがらないが、その点、マルちゃんは自称「お茶オタク」だけあって楽しんでくれる。お茶談義をしながらあれこれ飲みだすと徹夜になる。
中国の作家にはお茶好きが多いが、なかなか難しい。例えば、人のわからないところに嘘をついて利益を得たり、ホンモノを超えるコピーを安くつくろうとしたり、個性の強調しやすい絵付けや飾りにこだわって手っ取り早く高価にしたり、すばらしい技術があっても威張った感じに表現したり、自分に都合のよい品質基準をつくって優劣を主張したり、大量生産でコスト削減のために分業して個性を失くしたり。
すごく良いのは高かったり。
(中国の作家モノ茶壺120万円 上海のお店で撮影)
しかし、これは作家の望んだことではなくマーケットの望んことだと思う。
お茶もそうだが、人々が望むものしか結果的には残らない。マーケットの望んだようなモノが生産される。これに逆らう仕事は経営面で難しくなるので、それでもつくりたいモノをつくって食べてゆくには、相性の良いマーケットを探すしかない。
モノには、つくる人がなんらかのカタチで映り込む。
選んで使う人の、なんらかを投影することにもなる。
このへんのところをマルちゃんはよく考えている。
それゆえに、美味しいお茶を淹れる機能を追求することにマルちゃんは頑張らないのだが、まあそれでもいい。
ところで、チェコはヨーロッパの中ではなぜかお茶に熱い人が多い。
例えば、首都のプラハは人口120万人で京都と同じくらいだが、プラハで勉強会をしたら参加者が10人も集まった。京都で勉強会をしても他府県からの参加者除くと、京都の人は1人いるかどうかだから、この状況からみてもチェコにはお茶好きが多い。
チェコには茶山がない。中国茶も日本茶もインドのイギリス茶も、みんな同じポジションであるから、どれかひとつこだわることなく全般的に楽しんでいる。マニアックなプーアール茶勉強会でも、初心者が足を運びやすいのだろうと思う。
お茶オタクから聞いた話では、チェコは1989年以前のガチガチの共産主義だった時代に、中国と物々交換のようなカタチで中国茶を入手していたらしい。
中国でも茶葉は専売公社が取り引きしていた時代で、良質のものが安かった。1990年代から徐々に茶業が民営化されるとともに、中国茶全般に質が落ちた。
そんな背景があって、チェコのお茶好きには経歴がある。良い時代の良い味を知っている人もいる。町にはTEA SHOPやTEA ROOMがそこそこあり、しっかり商売になっている。
しかし、当店のお茶はチェコの人たちには手が届かない。物価や人件費が安いので、高いお茶を売るのは難しいが、物々交換のようなカタチで、小さな工房のクラフトビール、モラビア地方の昔ながらのワイン、農家のつくった羊肉のサラミ、プラムを発酵させてつくった焼酎、オーストリアのホームメードのチーズ、そしてマルちゃんのチェコ土の作品とトレードする。
昔ながらのお茶の交易。
写真は、『巴達生態紅餅2016年茶』で茶学しているところ。
小さな町”チェスケー・ブジェヨヴィツェ”にあるマルちゃんの友達の店。
店主のヤンが抹茶を点ててくれた。
チェコには竹がないから、柄杓が陶器でつくってあった。