プーアール茶.com

漫撒陰涼紅餅2015年 その5.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : ゆるい密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・鉄瓶・炭火
漫撒陰涼紅餅2015年

お茶の感想:
陰の味のお茶。
+【漫撒陰涼紅餅2015年】
最後の2回分になった。
漫撒陰涼紅餅2015年
出品枚数9枚。上海と日本の勉強会にも出したから、飲んだことのある人は40人くらいだろう。
40人全員が陰の味に出会えるはずがない。たぶん10人くらいだろう。
10人はこのお茶に選ばれたとも言える。
陰の味の声は小さい。
茶摘みから製茶までの話を聞いて飲むからこそ、ささやきに気付くかもしれないけれど、まったくの予備知識無しにお茶の味だけから陰の味を見つけられる人はまずいないと思う。
心を開く準備がなければその美しさに出会えない。
品評会の審査員のように”評価”の心で点数をつけると、陰の美の扉はまず開かない。平等ではないのだ。
茶壺注ぎ
茶壺蒸らし
茶杯注ぎ
上海人のお客様が、友達らとこのお茶を飲んで後悔したという話を聞いた。
おなじく陰の味のお茶。
+【一扇磨単樹A春の散茶2015年 その4.】
中国でお茶好きが集まっていっしょに飲むと、お茶の良し悪しをズケズケ言う。
陰の味の美しさを感じ取れた人はよいけれど、感じ取れなかった人は腹いせに茶葉の悪口を言う。
それ以降、このお茶についてはみんなで飲むのを避けられるようになる。
ひとりで密かに飲むか、陰の美のわかる人とだけいっしょに飲むか。
上海人のお客様はひとりで飲むことにしたらしい。
交友関係の広い人ではあるけれど、ひとりで飲むお茶の味を知るキッカケになったお茶。
葉底
『漫撒陰涼紅餅2015年』に選ばれた10人もまた、他人にそのことを言わないだろう。言っても仕方がないから。
みんなでいっしょに飲んで美味しいお茶もあるし、そうじゃないお茶もある。有名になるお茶だけがすごいというわけじゃない。

ひとりごと:
陰の味の美しさはお茶やお酒に宿るけれど、料理には少ないよな。
ま、空腹に陰の味は響かないけれど。

紫・むらさき秋天紅茶2011年 その11.

製造 : 2011年10月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨
茶廠 : 農家+孟海の茶廠
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : コーヒーサーバー
巴達山2011年10月
巴達山2011年10月
巴達山2011年10月
茶葉
山の道端で収茶
鮮葉に紫色のが混じっている
巴達山賀松寨
(2011年10月のこのお茶をつくったときの巴達山)

お茶の感想:
今年2015年の秋は天気が悪い。
2年連続で、昨年よりも今年のほうが悪い。
10月から待って山の農家と連絡を取り合ってタイミングを計っているが、秋の旬が熟した茶葉と、晴天のつづく数日間のピッタリ合う日は、本日11月2日までなかった。
天日干しのお茶づくりなので仕方がない。
天気予報を見ると、11月4日から3日間ほどチャンスがある。その後は11月14日から3日間ほど。例年であれば茶樹は冬の眠りにつく頃だが今年はちょっと遅い。農暦ではまだ10月のはずだ(後に調べたらまだ9月だった)。この先、摘めるような茶葉がまだ残っているかどうかギリギリの勝負になる。
そう言えば、こんな秋もあったなあと2011年のことを思い出した。その秋も雨の多い年だった。
【紫・むらさき秋天紅茶2011年】
記憶がだんだん蘇ってくる。
澄んだ冷たい空気。深い青空。ミャンマーから流れてくる白い雲。いかにも紫外線が強そうな太陽光線。山に咲く野の花の紫。
布朗族の村では赤米の収穫にみんな忙しそうだった。
山は身体も心も冬の準備をはじめていた。
10月18日の茶摘みだった。
そう。このお茶は「一天采茶」。
一日だけの茶摘みのお茶。
太陽や月や地球の暦のめぐりがもたらした山の天気、茶葉の育ち。製茶を微妙に調整した空気や太陽光線。すべてを記憶して仕上がった茶葉。
夜の萎凋
軽発酵後の雲南紅茶
天日干しで仕上げる雲南紅茶
出来上がってからすぐに飲んで、涼(ミントのようなクール)を強く感じたことを思い出した。それは巴達山の秋の空気そのもの。4年経った今日もある。お茶を淹れると蘇る。
このお茶のつくり方においては一日一日の仕上がりが異なる。同じ山、同じ農地、同じ茶樹から摘んでいても、昨日と今日では飲んですぐにわかるほどの違いが現れる。
これからもっと一天一采のお茶を増やそうと思う。
昨日と今日とをブレンドしてひとつにはしない。
(熟茶みたいに大量につくらなければならないのは別として。)
紫・むらさき秋天紅茶2011年
紫・むらさき秋天紅茶2011年
紫・むらさき秋天紅茶2011年
紫・むらさき秋天紅茶2011年
例えば、ある日一日は予想通りの天気にならないかもしれない。製茶にマイナスな作用をもたらすかもしれない。それでも、いったん摘んでしまった茶葉を見捨てることはない。良い方向へもってゆこうと全力を尽くすだろう。そんな仕事にこそ人間の知恵や心の部分がしっかり茶葉に記録されるだろう。
美味しくなければ安く売ればよいのだから、失敗はたいした問題ではない。

ひとりごと:
一天采茶のお茶、いいアイデアだと思う。
自然現象をそのまま表現するお茶。
風のお茶、森のお茶、陰涼のお茶、ある日一日のお茶。
生まれた日の一日。
いつか死ぬ日の一日。
ほんとうは昨日も今日も明日も単独の一日なのに、ブレンドして同じような毎日にしてしまうのだな。そのほうが楽だから。

帕沙古樹紅茶2015年・秋天 その1.

製造 : 2015年 10月
茶葉 : 雲南省西双版納各朗和帕沙山古茶樹
茶廠 : 愛尼族の農家
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター 
茶器 : 白磁の蓋碗
西双版納の山
帕沙山
帕沙山
(道端に古茶樹の大木がある。)

お茶の感想:
帕沙山へ行ってきた。
以前に写真ページで紹介している。
+【帕沙山 古茶樹 写真】
今回もまた温州の愛茶人に誘われて古茶樹で紅茶をつくってみた。
先日の刮風寨とは違って、製茶の半分は持ち帰ってから仕上げた。鮮葉を現地で日光萎凋させて、それを竹籠で持ち帰って、温州人のアパートで揉捻・軽発酵・翌朝から天日干し乾燥という流れになる。
帕沙山も道の悪いところで、日帰りすると行って帰るだけの道中にほとんどの時間を費やす。現場に滞在できる時間が短い。なので愛尼族(アイニ族)農家に電話して、朝から茶摘みをしてほしいと頼んであった。しかし、行ってみると収穫はほんの少し。5人ほど茶摘みに出たが、摘むのに適した大きさに育った葉が少ないらしい。
今年の秋はどうも天候と茶葉の育ちとのタイミングがうまく噛み合わない。
紅茶づくりは現在ほとんどの業者が機械乾燥している。電動の扇風機の付いた萎凋台も備えている。これなら雨の日でもかまわず収穫して製茶できるので産量は稼げる。しかし、やはり天日干しのスカッとした爽やかさには敵わない。一度その味を知ると、機械乾燥モノは飲みたくなくなる。
気持ちの問題かもしれないが、気持ちの問題を重視するのがお茶なのだ。わけのわからない価値にお金を払うのが嫌と思える人には向いていない。
帕沙山
(向かいが南糯山)
帕沙山
愛尼族
愛尼族
愛尼族
愛尼族
現在は愛尼族の山になっているが、もともとは布朗族の山。布朗族は孟海県のこの辺りでお茶との付き合いが一番古い民族とされている。数百年前に布朗族がどこかへ引っ越して、愛尼族が住み着いて、帕沙山のお茶どころを受け継いでいる。布朗族と愛尼族はよく似ているが、移住から定住へと生き方を変化させたのは愛尼族のほうがやや早かったのではないかと、この地域の人たちを見て思う。定住生活をしたほうが豊か(今ふうの見方による豊かさ)になり、また外部との交易にも精通できる。早い話が、愛尼族ならわれわれの話が通じるが、布朗族には通じない。感覚が違う。生き方が違う。もっともこれは一般的なことであって、アメリカの有名大学に留学する布朗族もいるのだから、例外はある。
布朗族の古茶樹
布朗族のつくってきたお茶どころは特徴があるので、ぱっと見てすぐにわかる。
1.盆栽のごとく歪曲した茶樹の枝ぶり
2.村のすぐ側に古茶樹の大木がある
3.瑶族のお茶どころに比べると茶樹が密集している
布朗族のお茶
布朗族のお茶
布朗族のお茶
布朗族の山の古茶樹は、西南シルクロードを伝って運ばれ(茶馬古道とも呼ばれる)四川・青海・西藏・インド北部・ネパールの高原の遊牧民族の生活を支えてきた。そのお茶は摘むのじゃなくて折るのだ。たくさんの葉をつけた枝ごと折って収穫する。それを長い年月繰り返されると、枝は歪曲して盆栽のようになる。自説であるがたぶん正しい。(1980年代以前はプーアール茶などつくったことがないという事実を、孟海県としては知られたくないらしいのであまり大きい声では言わない。茶文化の息の掛かったプーアール茶は、孟臘県易武山一帯の茶葉だけが原料となったもの。)
このようなので、村からなるべく離れた森の中の茶葉を求めた。
人里に近い茶葉はダメ。これもまた気持ちの問題かもしれないが、それを裏付ける経験をいくつもすると、そう信じたくなる。わざわざ人里離れたところの茶葉を求めるために時間や労力や費用をかけて、お茶の価格を上げていると疑いたくなる消費者には向いていない。
果子
古茶樹
古茶樹
布朗族の古茶樹
古茶樹
古茶樹
西双版納の雲
(この季節の空気は澄んでいて昼の青空に白い月が見える。)
そして次の日。
雲南古樹紅茶
雲南古樹紅茶
雲南古樹紅茶
あまりに少量だったから、揉捻もひとりでできるでしょ!ということで、温州人がひとりでほぼ徹夜で製茶して完成した。
収穫量が少なかったこと以外は、けっこう理想的にトントンとうまくいったように思えた。その割に今ひとつ冴えない味になった。ま、そんなものだ。
試飲に数人参加したが、誰ひとりその事実に異論を唱えなかった。
厳しいな。
ただこういう場合、われわれは天気のせいにする。例えば、茶摘み前にちょっと雨が降ったのが悪かったのだとか、なんとでも言える・・・。

ひとりごと:
銘茶は美人。

刮風寨古樹紅茶2015年・秋天 その1.

製造 : 2015年10月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨
茶廠 : 瑶族の製茶場
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター 
茶器 : 白磁の蓋碗
刮風寨
刮風寨
刮風寨
刮風寨
刮風寨
刮風寨

お茶の感想:
刮風寨(gua feng zhai)へ行ってきた。
雲南省西双版納孟臘県の旧六大茶山のひとつ漫撒山にある。
一扇磨・弯弓・刮風寨、この3つの地域はひとつの広大な国有林でつながっている。原生林の残る山と谷の複雑な地形が特殊な生態系と気候を形成している。
かつて100年前まではお茶どころとして栄えた時代があったが、現在は人里離れた深い山である。
明末期1600年代後半から清代末期1800年代後半までのプーアール茶が貢茶(国が転売して稼いだ)だった時代に、刮風寨の山にも農地があったはずだが、その茶葉を利用して餅茶に加工した製品をつくっていた易武老街の民間の茶庄の廃止(1950年頃、国民党排除の意図もあったらしい。)により、易武山全体の産地の衰退がはじまってからは、生産がストップした農地が多い。
刮風寨
瑶族
刮風寨も弯弓と同じくこの土地のお茶づくりに古い瑶族のテリトリーにある。裏山はすぐにラオスが迫っていて、ラオス側には清代から徐々に移り住んだ瑶族が多くいる。茶摘みの季節になるとその人達が山を超えて中国側へアルバイトに来る。もちろんパスポートなどない。現在も山から山への移住生活を続けているから、山は「国」という歴史的にはまだ新しい概念に属してはいない。地球に属している。
外地からの投資による新しいお茶づくりの体制が入りにくい。たとえ瑶族と土地を借りる契約をしても、国の法律はこれを保証できない。そもそも国有林は個人が所有できないからだ。瑶族は自然の一部である。所有の概念で農地を所有しているわけではない。ビジネスが通用しないのだ。
この環境もまた自分にとっては好都合だ。
刮風寨
刮風寨の山は険しい。
青空に槍に突き上げたような急角度の峰々と、下を見ると地獄まで続いていそうな深い谷底に足元がすくむ。原生林の森は太陽光線のとどかない黒い影をつくり、子供の頃に味わったような怖さを覚える。
刮風寨へ車が入れるようになったのは3年前。バイクが入れたのは10年前。お茶どころとしては寂れていたこの100年くらいの間も、刮風寨の瑶族は季節になると森に入って細々とお茶をつくっていた。
刮風寨の山に向かう道中に位置する易武山麻黒村にその毛料(毛茶とも呼ぶ天日干し緑茶のこと。)が売られていた。馬やロバや人の背中に茶葉を乗せて運んだのだろう。
麻黒村の農家がそれを転売した。麻黒村のお茶が有名になったのは実は刮風寨の美味しいのが混じっていたからではないのか?という説もある。
現在の価格は逆転している。
刮風寨の茶葉は西双版納孟臘県ではもっとも高価になる。相場などない青天井のため、麻黒の古茶樹の10倍以上するものもあるが、その価格にはちゃんとした理由がある。森の深さによる入手の困難さや、旬の時期の産量の少なさや、それに費やす人件費が織り込まれて、中間業者を介さずに瑶族の農家と直接取引をしたら無駄のない値付けであると納得できる。希少価値なんて不確かなものが介入する余地はない。
ただ、その見極めは難しい。
刮風寨の早春の毛茶の産量は、近年新しく苗が植えられた新茶園のを合わせると全体で何十トンにもなり、さらにその倍以上が外地から夜道を運ばれてくる。ほんの数百キロと推測するホンモノの森の古茶樹の毛茶に出会うのは、宝くじを当てるくらいの運がいる。どうしてもホンモノが欲しいのなら、森へいっしょに入って茶摘みの現場に参加するしかない。望むところだ。
まず、ホンモノの茶葉を見る前に、まずホンモノの森を見るのが難しい。
今回も刮風寨の村に入る悪路で車のタイヤが同時に2つパンクした。
刮風寨
悪路にピョンピョン跳ねる車の中ではお喋り厳禁で、舌を噛まないよう奥歯にチカラを入れないといけない。1時間ほどそれが続くと顎の筋肉が疲れる。
昨年は広東の愛茶人がこの悪路にアタックしたが、道半ばにして車が動かなくなり、易武山の修理工場に助けを呼んだ。刮風寨の道中ではいつも坂に負けて動かなくなった車やバイクを見かける。
古茶樹の群生地帯は村から車で半時間。そこからさらに徒歩で2時間半かかる。往復するだけで1日がかり。旬の短い期間にこの森へ入るには覚悟がいる。
今回は、雨の日が多くて秋の旬とは言えないコンディションで、あくまで下見ということになるが、温州の熱心な愛茶人に誘われて、森のお茶を摘んで自ら紅茶つくって試すことになった。
ちょっと話がそれるが、温州といえば「温州みかん」が思い浮かぶが、中国国内では投資家の産地でもある。繊維産業で稼いだ資金をもとに国内・国外でハイリスクな投資に挑んで世間を騒がせた時期があった。サブプライム問題の時は自殺者が多く出て世間を騒がせた。ちょっとヤンチャな投資家のイメージがあるが、温州の愛茶人もその血を引いているのか、本業はミャンマーの金鉱開発というカタギには縁のない仕事をしている。今回の足となった4駆のピックアップトラックは他人から借りた新車だったが、たとえ刮風寨の悪路で壊れても「金で解決してやる」というサッパリした覚悟に、参加者みんなは安心できたのだった。自分よりも7歳も若いのに、礼儀正しく穏やかな人柄で、周囲への気配りもできる。どこでどんな苦労をしたらそんなふうになれるのか、それとも生まれつきなのか、道中で考えさせられた。こういう人との出会いは自分を磨く機会になる。
刮風寨茶坪
刮風寨茶坪
刮風寨
茶坪
刮風寨茶平
刮風寨茶平
話を戻そう。
刮風寨周辺の山は広いが古茶樹の群生地帯は2箇所。
「茶王樹」と「茶坪」と呼ばれる森にある。今回は「茶坪」に入った。「茶王樹」へも行きたかったが体力的に限界だった。次回にチャレンジする。
「茶坪」へは歩いて3つの峠と3つの谷を超える。行きは上り坂が長く帰りは下りが長いので、比較的楽ではあったが、傾斜のつづく小道には石が多くて、それが夜露で濡れて滑るので、登山ステッキなしでは何度も転けて怪我をしただろう。
小道の藪から赤と黒の斑の蛇が飛び出してきてみんなをビックリさせたが、あっと言うまもなく瑶族の老板が木の杖で撃退した。1メートルちょっとある毒蛇だった。次回は血清を持って来ようと広東人は言うが、この地域の毒蛇には1リットル分の血清が必要と聞いたことがある。病院にもそんなの常備していないので死ぬしかない。望むところだ。
刮風寨の谷
クワズイモ
クワズイモ
毒蛇だけじゃない。原生林は緑の悪魔。棘や毒のある植物、蟻や蜂、みんなが協力して、あらゆる生きものが足元で土になるのを望んでいる。都会の人から見る弱くて守るべき緑とは立場が逆なのだ。ここへ来たら人間がエライなんて考えはなくなる。
茶坪の古茶樹の群生地は2008年に見つけられた。
狩猟のために山に入っていた瑶族の老板が、川伝いに歩いていたときに偶然出会った。この辺りに茶樹の群生地があるらしいことをお爺ちゃんから聞いていたので、すぐにそれだと分かったらしい。4軒の農家と土地を分けて、道をつくり、密林を間引いて茶樹に光を与え、小屋をつくり、まともに茶摘みができる農地となったのは2010年から。折しも古茶樹の価格が高騰しはじめたタイミングだった。
こうして100年以上も眠っていた茶樹からふたたび茶葉が摘まれて、森のお茶が世間に姿を現すことになる。
刮風寨茶平
刮風寨茶平
刮風寨
刮風寨茶平
刮風寨茶平
刮風寨
刮風寨
刮風寨
刮風寨茶樹
刮風寨茶樹
この農地は海抜1400メートルにあるが、野生の芭蕉の林が茶樹のすぐ下の斜面にまで迫っている。一般的にはここまで水気の多いところは茶樹の育成に向かないのだが、西双版納の森は違う。もちろん水はけのよい土質ではあるが、それ以外に、温暖な気候とその特殊な生態系との複雑な因果関係により、茶樹をとりまく排水力に想像を超えた能力があるのではないかと推測する。
この特殊な環境で特殊に進化した品種。葉が大きく長く育つ原生種の葉の表面はまるで油を塗ったように輝き、暗い森の中で銀色に輝く。この光を見ると、茶樹はなにか特別な存在であると思えるのだ。
刮風寨古樹紅茶2015年
刮風寨古樹紅茶2015年
刮風寨古樹紅茶2015年
ちょっと長くなったので、製茶のことはつづきに書こうと思う。
お茶の味については書くまでもないが、これまで飲んだ中でいちばん美味しい紅茶ではないかと思う。森に入って見てきたからそう思えるのかもしれないから、冷静に当店でいちばん美味しい紅茶とも比べた。
このお茶。
+【漫撒陰涼紅餅2015年】

ひとりごと:
紅茶はプーアール茶のカテゴリーではないのでは?
という疑問があるかもしれないが、西双版納の森を表現するには、生茶よりも天日干しで仕上げる紅茶のほうがよりシンプルでストレートになる。お茶の味に織り込まれている茶摘み時の茶葉のコンディションや製茶時の天候などがよりダイレクトに現れる。
生茶は火入れの工程、つまり人の手の仕事が間に入って霞むのだな。

漫撒陰涼紅茶2015年 その3.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗・清代末期の茶杯
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
清代の茶杯

お茶の感想:
過去100年くらい、
お茶は価値を下げてきたと思う。
人が一生のうちに、茶葉にかけるお金、道具にかけるお金、お茶を飲む時間にかけるお金。お茶にかけるお金が減って、クルマ・ガソリン・電子機器・通話料・電気代・学費・海外旅行・・100年前にはなかった消費がいろいろ増えている。
趣味にハマったごく少数の人以外は、給料の一部をお茶に回すなんて考えもしないだろう。
お茶の価値が絶頂期にあった時代はそうじゃなかったはずだ。良い茶葉やよい道具は「女房を質に入れてでも手に入れろ!」くらいの意気込みがあったのではないかと、古典落語を聞いたり、古い道具を眺めてたりして想像してみる。趣味にハマらなくても、茶葉や道具の良いのは見栄の貼りどころだったに違いない。
今日はこのお茶。
+【漫撒陰涼紅餅2015年】
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
(清代末期くらいの景徳鎮の茶杯。江戸末期から明治にかけての日本の茶商が5組のセットにして煎茶用に商品化していたらしい。手に取るとハッとするほど軽い。薄い作りと土質と焼しめ具合のせいか、杯の真ん中に雫を落とすとキン!と金属音が響く。シビれる。一見ヘタウマ的な図柄だが流れがあり、つい目が止まるようになっている。日本の骨董屋さんにあったがそんなに高価ではない。現代作家の景徳鎮のほうがずっと高い。)
茶商の立場からするとお金は血液で、血の巡りが悪いと具合が悪くなる。茶商の仕事が悪いと上質な茶葉や道具が流通しなくなる。
小さめの蓋碗
お茶は本来の価値を無くしてゆくだろう。
業者は新しいマーケットを求めて、現在の人々の生活や嗜好に合わせて、安くて手軽な茶葉とか、わかりやすくて便利な道具とか、どんどん生産を増やしてゆく。世界の人口が増えている分、生産量は増え続けて、マーケットの規模はお金で換算したら大きくなって、業界は健在に成長しているように見える。
しかし、そこで増えた生産は、果たしてお茶の実力を発揮するだろうか。
道具のことは詳しくないから茶葉について言うと、昔のプーアール茶の大衆茶(例えば1950年代の)は、味の美と健康の深い知恵とを両立して、さらに価格も、がんばって茶葉を買っていた当時の大衆からしたらお得なものだっただろう。肥料で茶葉の生産量を増やすなんて悪い知恵の入る余地はなかったはずだ。
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
お茶の道具は日常使うにしては上等すぎたかもしれないが、だからこそ美の世界が大衆に入り込めた。週末の博物館や美術館にわざわざ行かなくても、お茶の間に毎日それらが存在していた。
「クルマを買うお金で茶葉や道具を買ってください。」
これから事あるごとに言ってゆこうと思う。

ひとりごと:
この先100年、
お茶の価値が上がり続けますように。
今がどん底だったと言えるようになりますように。

漫撒陰涼紅茶2015年 その2.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 上海 密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの紫砂壺
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年

お茶の感想:
自分の仕事をどう評価している?
そこを評価する。
例えば、ある人は茶葉を売る仕事なんてしょーもないと思っている。態度には出さなくても心の隅でそう思っている。こんなのは自分の人生ではないと思っている。
そんな人が当店の茶葉を売ったら、お客様の信頼がなく、疑いのある手で淹れられて、そんな味のお茶になって、たいしたことないと評価されるだろう。たとえ良くても、価格なりにしかならないだろう。
逆もある。
茶葉を売る仕事は素晴らしい仕事だと思っている。これをするために自分は生まれてきたと思っている。そんな気持ちで仕事をする人が売った茶葉は、お客様の信頼を得て、向上心や学ぶ意欲を引き出して、丁寧に淹れられて、そんな味のお茶になって、素晴らしいと評価されるだろう。価値を超えて人生を豊かにする。
同じ茶葉なのに、同じ価格なのに、結果は違う。
だから、上海での販売を一から見直したい。
いったん全員クビにしたい。
(別に彼らは雇われてはいないけれど・・・。)
自分の見ていないところでも、素晴らしいお茶になるようにしたい。
中国大陸は広くて、人間が多すぎて、嫌なことがありすぎて、他人への猜疑心に満ち満ちて、みんなで足を引っ張って、すべてをしょーもないものにしてしまう引力が強い。
これに負けないよう、しっかり足をふんばろう。
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年
今日はこのお茶。
+【漫撒陰涼紅茶2015年】
漫撒陰涼紅茶2015年
漫撒陰涼紅茶2015年

ひとりごと:
今朝、空港へ行ったら、オーバーブッキングで飛行機の席がひとつもなくて、乗れなくなった。軍事訓練が影響しているらしい。
航空会社の係員は親切で、いくつかの代替案を提案してくれて、明日の席をファーストクラスにして、空港までの交通費を負担してもらうことで合意した。
スケジュールが合わなくて、今回の滞在中に会えなかったお客様に会える。
上海最後の晩餐を、もう一度楽しめる。
めでたしめでたし。

漫撒生態紅餅2015年 その1.

製造 : 2015年04月20日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨小茶樹および古茶樹
茶廠 : 漫撒山工房
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 手すき紙+竹皮包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
漫撒生態紅餅2015年
漫撒生態紅餅2015年

お茶の感想:
早春の新芽・若葉の紅茶。
ミントのような爽快な香りが特徴。
晒干(天日干し)だけで仕上げて糖質の焦げ味がまったくないので、爽やかさはこのお茶のウリ。
餅茶にした紅茶は3ヶ月ほど置いてからの風味が良いが、圧餅したてのこの時点で試飲してみる。
漫撒生態紅餅2015年
左: 漫撒一水紅餅2015年
右: 漫撒生態紅餅2015年(このお茶)
早春を意識しすぎて軽発酵が足りないか・・・。そのせいでちょっと渋い。
ただ、軽発酵がすすむと香りのミントが逃げて、弾けるような印象は薄れる。
『漫撒一水紅餅2015年』は雨が降った後のお茶。よく育った若葉。しっかり軽発酵。木陰にある数本の茶樹からつくってある。やさしくて涼しい甘さ。
漫撒生態紅餅2015年
漫撒生態紅餅2015年
左: 漫撒生態紅餅2014年
中: 漫撒一水紅餅2015年
右: 漫撒生態紅餅2015年(このお茶)
漫撒生態紅餅は去年のが美味しいか・・・・。
去年のほうが茶葉はよく育ったのを使っている。
天日干しで仕上げるこの紅茶の製法では、しっかりした味わいが注目されやすいので、新芽・若葉よりもちょっと育った茶葉のほうが向いているかもしれない。
同じ淹れ方で比べたらダメだな。
ちょっと湯の温度を下げたほうが、新芽・若葉の香りが引き立つだろう。
今年は手作業で揉捻したが、あまりに時間がかかりすぎて、はじめに揉捻したのと最後に揉捻したのとで軽発酵の差が大きくなる。来年はやはり機械揉捻しようと思う。

ひとりごと:
とりあえず上海で出してみる。
お茶屋さんは、お客様が「美味しい」と言うのなら、それでよしとして黙って売るのだけれど、自分はぜんぶ言うのだな。ぜんぶ知っているのだから。
それでもやっぱり欲しいと思う人は、一点のくもりもない状態でこのお茶が好きなのだから、きっとうまく付き合える。

漫撒陰涼紅茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
丁家老寨
晒青

お茶の感想:
山の天気が崩れた。
初日からその兆しはあった。
風向きが変わって、少し湿った空気に暖かさを感じた。
南からの雲が朝の空を覆って太陽を霞ませた。
明日から小雨になる。
天日干しに頼るお茶づくりなので、予定を変更して山からいったん戻ってきた。
それでも初日に茶摘みしたのお茶が満足できる仕上がりとなった。
漫撒陰涼紅茶2015年
今年のオリジナルのお茶づくりは、茶摘みから製茶から圧延加工からお客様に飲んでいただくところまで、山から生まれた茶葉一枚が変化するすべての工程をたどる。
眼を離さない。手を離さない。
それでゆこうと思う。
お茶づくりについてもっと身体で知りたい。
一日一日、一回一回、微妙に異なる原因と結果の一つ一つを確かめたい。
この紅茶。
漫撒無聞紅茶2015年
『漫撒陰涼紅茶2015年』(後に圧餅して出品する予定)
2015年の春2番めのオリジナルのお茶。(1番目はまだ未発表)
丁家老寨
丁家老寨
丁家老寨の山の尾根の森林の斜面に10本ほどの古茶樹が群生している。品種特性が似ており、いつか分からない昔(少なくとも200年以上)に同じ母樹の種から生まれた兄弟のような茶樹だと思われる。1990年頃に一度台刈りされて、この25年くらいでまた枝を伸ばしている。
茶摘み
この朝摘みだけを、太陽萎凋して、手工揉捻して、布袋軽発酵して、晒干してきた。
無農薬・無肥料。自然栽培の古茶樹のお茶ブームで、丁家老寨の森林はものすごい勢いで伐採されており(新しく茶樹の苗が植えられる)、この山の独特のお茶の風味が損なわれるのではないかと心配している。いや、心の中ではすでに損なわれたのだ。
漫撒無聞紅茶2015年
お茶の味にはまだ現れていないかもしれないが、かつての深い森林のお茶のイメージはなくなった。
歩いて歩いて、森林の影に育つ数本の古茶樹を丹念に探して、農家と交渉して、ほんの少しをかき集めるしかない。
丁家老寨
このやり方では1日につくれるのはほんの数キロ。今回は2キロ。180gサイズの餅茶にしたら11枚にしかならない。
当然高価になり、店の経営的にも無理があるけれど、とにかくこれでやってみる。
上海でも日本でもこういうお茶を求めている人がいる。何かのご縁でこのお茶を飲むことになる11人のお客様といっしょに、山の声を聞く。茶樹の呼吸を感じる。茶葉の輪廻転生を見る。
「自然栽培だったらよいのでしょ」、「古樹だったらよいのでしょ」、「手作業だったらよいのでしょ」、そんな投げやりな態度でいっぺんに何十キロもつくられる荒っぽいお茶づくりにNO!と言うのだ。
残念なことに、この茶葉を採取した斜面にある森林も、新しい農地を確保するために伐採が始まる。
丁家老寨
森林の伐採
森林の伐採
(この写真は森林が伐採されて新しい農地となった跡。)
そしてまた別の森林を探して、山を歩いて歩いて・・・。
しばらくこの繰り返しになるのだろうか。
お茶を愛する人の声を農家にとどけるのはこの行動しかない。
農家はいつか森林の価値を知るだろう。昨年まではやかましく言ったけれど、まったく通じなかった。経済のチカラはすごい。
漫撒無聞紅茶2015年
漫撒無聞紅茶2015年
漫撒無聞紅茶2015年
漫撒無聞紅茶2015年

ひとりごと:
疲れた。
手作業の揉捻1時間半。
揉捻
手足の痺れる心地よい疲れ。
この3日間の雨を避けてまた山へ行く。
山へ行くこと。茶葉に触れること。
行動でしか表現できないことがある。

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茶想

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