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丁家老寨青餅2019年・秋天 その3.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興の茶壺(秋水)・チェコ土の杯 鉄瓶・炭火
湯気
茶器
湯そそぎ

お茶の感想:
このお茶
+【丁家老寨青餅2019年・秋天】
一煎めの湯を注いだ熱でブワッーと香りが立つ。その香りがなんとも良い感じ。
複雑な中に、松の葉のようなジントニックのようなキリッとした感じが混じっている。焼き芋のデンプンのやさしい甘味の香りも混じっている。殺青(鉄鍋炒り)の焚き火の煙の香りも混じっている。
秋から冬になる山の香りがぜんぶある感じ。
注ぎ
冷たい空気の香り。
自分の体温がありがたい感じ。
春は空気の暖かくなってゆくのを感じて嬉しくて、秋は空気の冷たくなるを感じて寂しい。あの感じ。
秋の茶葉なので水質が荒くて、煮えるとすぐに渋味が出るから、ちょっと多めの茶葉に熱々の湯をかけたら、待つことなくさっと湯を切って香りだけを移すように淹れるのがいい。
茶湯
香りを飲む。
身体に香りが染みてゆく。
心が秋の終わりの山に連れてゆかれる。
丁家老寨の山を知っていても知らなくても、そこに居る感覚は同じ。
音楽を聴いて、みんなが同じ振動に震えるのと同じ。
個人の好みとか、捉え方とか、そういうつくりごとの世界感が介在する余地はないと思う。
生き物も有機物も無機物も、すべてが秋から冬に向かう振動に支配されているときの、あの感じ。
秋の茶葉には秋の茶葉の楽しみ方がある。
香り松茸、味しめじ。
香り秋茶、味春茶。
香りの振動を聞く。
といったところかな。
炭火

ひとりごと:
坐禅をする目的なんてない。
目的を手放すのが坐禅だから。
目的ばかりある生活。目的ばかりある人生。
それって、逆にリアルじゃないのだな。
自然界には目的がないから。
目的は、人間の脳が勝手につくったつくりもので、つくりものの世界に生きるしかない人間。
リアルに戻れる坐禅の時間。
お茶を飲むのも目的なしでお願いしたい。

老撾高幹龍珠2019年・秋天 その4.

製造 : 2019年10月20日から27日(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)天門山寄り
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人
工程 : 生茶
形状 : 龍珠 約8.5g
保存 : 密封
茶水 : 京都の井戸水
茶器 : 宜興の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
ラオスの高幹の”龍珠”版を飲む。
義烏人が加工したもの。
圧延加工が違うだけで、自分が餅茶に加工した”青餅”版と同じ原料の茶葉である。
味や体感も異なるなずなので、加工の違いが注目のしどころだけれど、関連記事としてひとつにしたいので、前回からつづく”その4."とした。
今後はタイトルの一部分の”青餅”と”龍珠”のところだけが変わる。
龍珠
龍珠
8gと聞いていたが、測ってみたら8.8gもあった。
たぶん8.1gのもあれば9.0gのもあるだろう。
微調整ができないので、とにかく8.0gより少なくならないようにと、義烏人は考えたわけだ。
中国では龍珠は重量で量る。
例えば200g分とか。基本たくさん買うから一粒いくらとは量らない。
重量いくらとすると価格は公平になるが、一粒いくらにしたら重さが違ってきて不公平になるな・・・。
一粒ごとにするなら、例えば二粒をあわせての重量でバランスを取るしかないか。
小さな龍珠への加工は、個人的には否定的で、餅茶のサイズがあったほうが味も体感も保存熟成にもよいと考えているが、このお茶は別格。
義烏人は龍珠にすることを想定して殺青の火入れ具合を浅めに仕上げている。
その効果もちゃんと現れていると思う。
いずれ餅茶と飲み比べしてみるが、少なくとも一年くらい熟成してからにしたい。
茶器
龍珠
話は変わるが、茶机の道具の配置をちょっと変えた。
冬の寒い室内(暖房はオイルヒーターのかすかな暖かさのみ)で足が冷たいので、瓶掛を机の下の足元に置くことにした。足はポカポカ。
炭の火はやさしいので、50センチほど上にかぶさる机の板を焼いたりはしない。
寒い季節のお茶を美味しくするには、室温が18度もあればよいと思う。
部屋の中で厚着をして、熱いお茶をフーフーして飲むのだ。
宜興の急須
龍珠は、煎じる器が思案のしどころ。
8.8gも茶葉があって、煎をかさねると大葉種の極みのような葉がひらいてくるのだから、茶壺を選ぶ。
蓋碗は口の大きくて便利だけれど保温力がないから、何煎もしてからグーッと茶葉の内側の成分を引き出すにはチカラ不足。
とりあえず万能の古い宜興にした。
龍珠の性質上、おのずと長く蒸らす”闷泡”になる。
8gもある茶葉がギュッと飴玉くらいに圧し固められているのだから一煎・二煎では開かない。
ギュッと圧し固めるために、茶葉が柔らかくなるまで長時間蒸しているので、一般的にはそういう味に仕上がるが、この龍珠は全行程の火加減を調整されていて、そこまで深蒸しになっていない。
もしかしたら、自分が加工した餅茶に比べたら、龍珠のほうが浅蒸しじゃないかな?と思う。
2煎め
新しい生茶の多くは、高温の湯で長く蒸らすと渋味や辛味が嫌味になりやすい。近年の摘みすぎ傾向で茶樹が弱って、茶葉の性質がそうなっているから。というのが一番の原因と推測している。
その点で、高い幹には高温で長時間蒸らしに耐久性がある。
熱々の湯でじっくり蒸らすと、トロンと甘い水質になる。
5煎めくらいで茶壺の口からあふれんばかりに茶葉が開いた。
こうなったら湯を足せる量が減ってくる。
葉底
ひとりかふたりで一日かけてずーっと飲むのならこれでよし。多くの人数で分けるには茶湯が少なすぎるから、もっと大きめの茶壺がよくなる。
餅茶を崩して淹れたら、だいたい5煎めくらいに出てくる苦底の味が、龍珠では8煎めくらいにやっと出てきた。
でも、これもいいかも。
さらに煎をすすめると、舌にピリピリする辛味がでてきた。
餅茶にしたのはピリピリがもうちょっと落ち着いている気がする。
でも、これもいいかも。
「辛味がダメ」とは言っていない。
心地いい辛味と嫌な辛味があるということ。
その違いは飲めば誰でもすぐにわかる。けれど、言葉で詳細に語るのはバカらしい。言葉はそこまで信用に足るものじゃないからな・・・。
感じるだけで十分。
お茶を飲むことそのものの良さを、高い幹のお茶は滔々と語ってくれる。言葉を使わずに。
舌先に意識を向けたり、身体の変化に気付いたり、試飲のための技術などまったく要らない。
美人と眼が合ったときみたいに、一瞬で伝わるものだから。
途中で外出したり、仕事したり、しばらく放置しておいて、夕方になってからつづきを淹れた。
読書
もう15煎を超えているだろう。
まだ出る。これから長い夜をともにする。
さすがに生茶をこれだけガブガブ飲んだら眠れないだろうから、今夜は読書でもする。

ひとりごと:
中国人が観光で日本に来て、行儀の悪いところがあったら、すぐにその場で注意すればよいのだ。
それで気分を悪くする中国人はほとんどいないはず。
「あ、そうですか知りませんでしたすみません。」くらいのこと。
あんがい謙虚で、むしろ知らないことを教えてもらって感謝しているはず。
知らない人に注意をするのは親切というもので、なにも言わないのは不親切だと思う。
注意したりされたりは、中国の日常ではふつうのことで、ムカつく余地はどこにもない。
ところが日本人の多くは、注意された相手の気分を悪くさせるのではないかと心配するのだよな。
その心の負担で勝手にムカムカしている。不親切な上にムカついているわけだ。
たとえ親切のつもりで注意をしても、「オレの気持ちを煩わせやがって・・・」と内心で怒っている。
「いいことをした」と、幸せな気持ちにはなりにくい。
そんな感じがするけれど、どうだろ。
なんでこうなる?

老撾高幹青餅2019年・秋天 その3.

製造 : 2019年10月20日から27日(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)天門山寄り
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人
工程 : 生茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 農夫山泉
茶器 : チェコ土の茶壺・景徳鎮の茶杯・鉄瓶+炭火
泡茶
炭

お茶の感想:
肩が痛い。
もう4ヶ月つづくが、途中から痛みのタイプが違っていて、症状をネット検索したら"亜脱臼"というやつだとわかった。
ヨガとか按摩が逆効果なわけだ。むしろ傷めていたわけだ。
昨年の11月の圧餅で重い石型を上げ下げしたときに靭帯を損傷したのだと思う。
幸い、激しい痛みがきたら自分で治せる。
めまいしそうな痛みに耐えながら、脇の下の肋骨あたりに指をあてて強く圧すと、なぜか痛みが収まる。おかげで肋骨あたりが青あざだらけになっている。
しばらく安静にするしかないな。
シーズンオフでよかった。
ラオスの高幹の茶樹のある森に入るのは4月に延期した。2月は間に合わない。
4月はちょうど采茶の季節だから、いきなり現場でお茶づくりを手伝うことになるけれど、そんなのは慣れている。条件が整わない中でいい仕事をする。みんな同じように条件が整わない中でやっているのだし、現場で瞬時の工夫と判断が大きな差をつける。そこには自信がある。そのときだけ天才になるから。
この地域のお茶づくりは体力勝負なので、農家もメーカーの職員もみんな若い。
いつのまにか現場では一番年上になっている。体力の限界は過ぎているから今年が最後と思って現場に向かっても、また新しい興味が湧いて、つぎにつながってしまう。
ただ、ちょっと変化の兆しが見えてきた。
2020年1月2日・3日・4日の上海の試飲会で、ひとつはっきり見えたことがある。
高幹のお茶を飲みだしたら、みんなもう他のお茶はいらなくなる。
例えば、ふたつめに出そうものなら、用意していた他の何種類ものサンプルを試さないで終わる。もしくは、たとえ試しても、ひとくちかふたくちで「また戻りたい」とリクエストが出る。
子供
子供にもわかる。
味の問題じゃない。体感の問題。
高幹のお茶を飲んで気持ちよくなったら、もうそこから降りられないのだ。
あんな味もこんな味も試したいという興味は理性的すぎて、快楽には勝てない。
味にはあれこれ個人の嗜好があるかもしれないが、体感はひとつ。みんなが良いかそれほどでもないか。心地よい音色に反応するようなもの。
自己評価的には、この秋の『丁家老寨紅餅2019年・秋天』などは手応えがあったのだ。もしかしたら高幹ともいい勝負するのじゃないかと思ったりしていた。
でも、比べたらもうぜんぜん。遠い遠すぎる。製茶の技術を過信していた。
チカラを注いでつくったお茶なのに、こんなにも天地の差がひらくなら、今後は高幹と同じレベルの素質の茶葉が手に入らないかぎり、製品化するのはやめておこうかな・・・
時間と労力がむなしい。
製品にしたら誰かに売らないといけないし。
熟成のために器と場所を用意しないといけないし。
販促のための活動もしないといけないし。
誰かの手元に渡ってからも、ちゃんと美味しく飲めているのか心配だし。
いや、そうしたことぜんぶがお茶なのであって、自分はその要所要所でできることをしたらよいのだけれど、その仕事は自分じゃない。そこは天才じゃないし。
「値ごろなお茶ありませんか?」
義理チョコみたいな義理お茶を欲しがる友人たちには悪いけれど、昨年の秋の『巴達生態紅餅2019年・秋天』が最後だ。
義理お茶のために肩を傷めていたのでは割に合わんからな。
上海試飲会

ひとりごと:
写真を一枚も撮らなかったけれど、久々に香港に行ったのだよな。
香港島のど真ん中の高層ホテルにした。
高いところは高いところなりのアホらしさにつきあってみた。
パリッとしたスーツ姿の西洋人が多かった。もしかして10年前よりも外人が増えている?
お昼の時間の公園におしゃれなオフィスワーカーたちがどっと出てきて華々しかった。公園だけじゃない。ハイブランドの広告でピカピカの大通りにも、高層ビルを渡る長い長い通路にも、地下鉄駅にも、おしゃれなお金持ちがあふれている。
この狭い土地にチカラとか気とか運とかが集中している感じ。空気が濃い感じ。林立する高層ビルの間を大きな龍が舞っていてもおかしくない。
この人達、基本的になにも生産せずに、たいしたサービスもせずに、なんらかの理屈をこねて金利という数字を増やすだけでめしを喰っているのだよな・・・。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その2.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+チェコ土の茶杯+銅瓶+電熱
泡茶
茶湯

お茶の感想:
このお茶美味しい。
誰にでもわかる美味しさ。
甘いし、香ばしいし、柔らかいし、清々しいし。
秋から冬になる冷たい空気。晴れて高く青い空。そのもののお茶の味。
前回の記事では、渋いとか酸っぱいとか書いていた。
+【丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.】
なので、ホントかな?・・・と思って、昨日から続けて3度淹れて飲んだ。
でも、やはり美味しい。
評価ミスだった。
圧餅後にちゃんと乾燥しきっていなかったのだろう。
自分でこう書いている。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
味がはっきり変わるくらい火(熱)を入れたり圧して揉んだりしているのだから、ということは、茶葉の変化のショックもそれなりに大きい。例えば、一般の餅茶が圧餅後の風味が落ち着くのに5日かかるとしたら、ウチのは10日かかって当然だろ。
茶葉の本質がだんだんとわかってくる。
時間がかかる。
前回の記事で「殺青には問題ない・・」と書いていたが、やや焦がしている。ややしっかり火が入っている。
葉底
葉底に比較的緑色がキレイに残っている。
焦げは気にならない程度。火入れしすぎて豆を炒ったような緑茶風味は出ていない。ど真ん中の生茶風味を保っている。
しっかり火が入っているけれど、ちゃんと軽発酵している風味。
丁家老寨やその隣の張家湾の農家の習慣で、けっこう粗い茶葉や長い茎を新芽・若葉といっしょに摘んでおいて、製茶してから後で選別する。
これが良いのかもしれない。
もしも新芽・若葉だけで炒ったら、乾燥するのが早すぎて緑茶っぽくなる。
烏龍茶づくりでは、茶葉がかなり成長したときに采茶のタイミングがくるが、これは軽発酵をすすめるのに十分な水分を確保するためだろう。
そうすると、自分の考えていたことは逆になる。
春のお茶はとくに、新芽・若葉のなるべく柔らかく小さいのを採取しようとしていたけれど、これにこだわると軽発酵がうまくすすまずに、緑茶っぽくなりやすい。
餅面
生茶を”青餅”と呼ぶ”青”の意味は、烏龍茶(青茶)のような軽発酵度を示していると解釈している。そうすると、采茶は一芽三葉くらいに大雑把にして、製茶が終わって乾いてから新芽・若葉だけを摘出するほうがよい。
その新芽・若葉はちゃんと軽発酵がすすんでいる。
これ、けっこう大事なところ。
近年のプーアール茶っぽくないプーアール茶は、これについて考えが足りないのじゃないかな。
泡茶
この美味しさは、2012年の秋を思い出す。
ブログにもサイトにも登場しないが、2012年の秋に丁家老寨で生茶をつくって、たしか180gサイズの餅茶にして20枚あった。上海ですぐに売り切れた。
餅茶の写真があった。
たぶんこれに違いない。
表
裏
色調がちょっと違うのはカメラが違うせいだが、それにしても”青餅”らしい色をしている。
2012年の秋の写真に、このお茶をつくった一部が残っている。
+【易武山丁家老寨 秋天】
さらに探してみたら、圧餅の写真にこのお茶を見つけた。
渥堆軽発酵
晒干
圧餅
晒干
晒干している真ん中あたりにある小さめの餅茶がそう。
両脇の大きめの餅茶はなんだったのだろう?思い出せない。
このときは、数年に一度しか当たり年が巡って来ないことをまだ知らなかった。
なので、つづけて2013年の秋にも丁家老寨に行ってお茶をつくったけれど、2012年の美味しさには及ばなかった。
これだな。
+【漫撒山秋の散茶2013年 その1.】
今年、2019年の秋は全体的にはそれほどでもないので、”当たり年”ではないかもしれないけれど、晩秋の最後のギリギリを狙った効果はあったのじゃないかな。
秋の味わいが表現できたと思う。
めでたしめでたし。

ひとりごと:
正月に上海に行くことになった。
また天山茶城の友人の店を借りてお茶を飲めるようにするつもり。
無料ではないけれど・・・。
詳細は後日。
よろしく。

老撾高幹青餅茶2019年・秋天 その2.

製造 : 2019年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶のつづき。
+【老撾高幹晒青茶2019年 その1.】
圧餅した。
180gサイズ5枚
余った110gほどの1枚。
この小さめの1枚を試飲用にした。
高幹表
高幹裏
圧餅は、ちょっと長いめの10分間蒸した。
製茶のときの殺青の火(熱)が控えめにしてある分、圧餅の蒸しで調整したつもり。
餅形がわるい。
まるくならない。
繊維が違うのだな。たぶん。
5枚ではコツがつかめないので、餅形の整わないのは仕方がない。
高幹上
高幹下
この茶樹を見に行くことにした。
といっても、すぐには無理。
体力がない。
トレーニングするところからはじまる。最短でも2ヶ月はかかるかな・・・。
片道5時間と聞いていたが、これは走ってのこと。ベトナム戦争の映画に出てくる密林を走るゲリラのスピードで。
そんなことできるのは義烏人の茶友と地元の瑶族だけ。
慣れない自分なら8時間はかかるだろう。
しかも、8時間では目的地に着かないことを考慮して泊まるらしい。
1日目:村から茶地に向かう途中でキャンプ。
2日目:キャンプ地から茶地に入る。茶地から帰路の途中でまたキャンプ。
3日目:キャンプ地から村へ戻る。
という計算。
そうなのだ。
采茶も日帰りではなかったのだ。
どおりで、20日間かかって7キロしかつくれないわけだ。
こんなスケジュールになる。
采茶を午後2時には終わって、足の早い人が鮮葉を担いで走って、村に着く頃は日が暮れている。一晩萎凋させて、翌日の早朝から殺青と揉捻。正午までには晒干をはじめる。昼食後に、つぎの鮮葉を採りに出発する。行けるところまで行って一晩キャンプして、翌日の早朝に茶地に入って采茶する。采茶を午後2時には終わって・・・・。その繰り返しの20日間。
自分にはこの仕事は無理だ。体力がもたない。年齢的にも限界。
森の上
森の下
過去にもっとも山歩きしたのは一扇磨だったかな。
+【一扇磨 古茶樹 写真】
このとき一日8時間は歩いたと思うが、次の日は筋肉痛で山歩きなんて無理だった。
一扇磨への道は草刈りくらいはしてあったが、ラオスの山は道がない。
道なき道の経験は巴達山の茶王樹の裏山に入ったときだった。
+【巴達山 茶樹王の森】
熱帯雨林。びっしり緑で埋まった密林へは一歩も入れない。道のかわりに沢の流れをつたって入った。
たぶんラオスもこんな感じなのだろう。
義烏人は現在またラオスに入っていて、ときどきスマホから写真などを送ってくる。
また新しく未開の茶地を発見したようで、10メートル超えの高幹の茶樹が100本は群生しているらしい。
そこも村から1日では行けない遠いところ。
「せめて村から4時間くらいで見物できる高幹はないの?」
すぐに、これがアホな質問だと気が付いた。
一本すらっと上に伸びる高幹は、茶樹が生まれてからほとんど采茶されなかったことを示している。例えば樹齢が300年なら、もしかしたら300年間誰も采茶していないことになる。人間と出会ったことがない茶樹。
そんな場所、村の近くにあるわけない。
お茶として飲めない野生種の茶樹なら、村の近くにあってもおかしくない。
しかし、これはどう見てもどう飲んでも、美味しく飲めるお茶の品種。
鮮葉
歴史では、西双版納からラオス・ミャンマーにかけての山岳地帯が、人間とお茶がはじめて出会った場所と推測されている。
人間がはじめて出会った、そのときの森。そのときの茶樹。そのときのお茶の味。そのときの体感。
近づいている。
西双版納側の弯弓や刮風寨の国有林の中にも高幹は少し残っている。このブログでも出会ったやつを紹介してきた。しかし、これらはもう何年も前から采茶されていて、性質を変えていて、味も年々変わってきている。
いずれ、ラオスのも何年か続けて采茶されて、性質を変えてゆくだろう。
なので、今すぐ行かないと・・・。
泡茶
葉底
茶湯
で、来年3月には必ず行くつもりだが、その後どうする?
もしかしたら製茶を手伝うことになるかもしれないし、ラオスに製茶設備の投資をするかもしれないし、いっそうのこと西双版納から引っ越すことにするかもしれないし。
ま、そんな先のことはどうでもいいこと。
あと3ヶ月ほど。
この間はラオスの茶樹に出会うことを最優先して、まっすぐ生きることにする。

ひとりごと:
肩がまだ痛いのだよな。
こういう不安要素をできるだけ消しておきたい。
山に入って歩き疲れると、足の踏ん張りがきかなくなって、あちこちに体をぶつけて、打ち身や擦り傷が増える。
そして、ふとこんな考えがよぎる。
もしもここで倒れても、村まで自分を運ぶには人手が足りない。誰かが村人を呼びに戻って、何人か連れてきて担いで帰るにしても、夜道は動けない。ということは少なくとも2日はかかる。虎や象のいる森で、動けないまま夜を過ごすのか・・・。
おそらく、案内する現地の瑶族も同じ心配をするはず。
なので、「この人なら行ける!」と心配させない体造りをしておかないとな。
がんばる。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+景徳鎮白磁の茶杯+銅瓶+電熱
晒青毛茶

お茶の感想:
秋の最後のお茶づくりで丁家老寨に行ったら、できたての晒青毛茶があった。
といっても4キロちょっと。
一日に采茶した分量。
6日前だったらしい。
その日、11月12日の天気予報は雨だった。
なので自分は来なかったのだ。
実際、景洪市は一日中雨が降った。
ところが、丁家老寨では雨が降らかなったらしい。
農家にはまだアルバイトがいたので、山に上がって采茶して、生茶の原料となる晒青毛茶に仕上げていた。
製茶になにの注文もしなければ、農家は半透明のボードごしの部屋で茶葉を乾燥させる。
このお茶もそう。
自分は直射日光でなければダメと考えているので、ダメはもともとで、とりあえずこのまま太陽にあててみた。
晒干
試飲
それで試飲してみた。
まだよくわからない。
良いのか悪いのか判断できない。
大きく育った粗い葉と茎があまりに多いので、とにかく選別してみた。
粗い葉
茶葉
選別
これにまる1日かかって、もう一度試飲してみたが、それでも判断つかず。
農家で試飲してもわからない。
いや、この時点でわかるくらい上等なもの・・・ではないということはわかった。
試飲
晩秋の古茶樹にはちがいないから、原料はいいと思うけれど・・・。
滞在の最終日になっても判断できず。
とりあえず買って帰ることにした。少量なので、もしもダメなら誰かに転売してもよいし。
さて、家でじっくり試飲してみると、いまいちな感じ。
ウチで試飲
香りはよいけれど、ちょっと渋い。ちょっと酸っぱい。
味はどこか軽薄な感じがする。
透明感というのではなくて、単に薄い感じ。
おかしいよな。
ほぼ同じ原料(采茶のタイミング7日間の差しかない)でつくった紅茶はすばらしい出来なのに、生茶はいまいちなのはなぜか。
製茶に問題があったのか?
現場を見ていないからわからないが、でも、殺青(鉄鍋炒り)は問題なさそう。
ということは揉捻か?
もしも揉捻不足なら、自分が圧餅したら補えるかも・・・。
そう考えて、圧餅までしてみた。
蒸し時間は9分。これはウチの生茶の標準。ちなみに紅茶は10分。
蒸している間に香りが変化する。
7分めくらいでやっと火(熱)がとおったとわかる香りになる。
石型の上に乗ってユサユサして揉むように、1枚につき5分以上じっくりと圧し揉みした。
これが揉捻に似た効果を得る。
圧餅
24枚なので半日かかった。体力的にはこれが限界。
圧餅後はゆっくり乾燥させた。
天日干しもしっかりして、表面を太陽で焦がした。
この記事を書いている11月末はもう完全に冬。毎日カラッと晴れている。
23枚
餅面
茶葉がいい色になった。
艶もある。
揉捻は軽発酵をうながす。生茶がちょっとだけ紅茶に近づくような変化がある。
圧餅の圧し揉みも、ちょっとこれに似た変化が得られる。
殺青の鉄鍋炒りや圧餅の蒸しによって火(熱)が入っているから、変化の幅は狭いかもしれないけれど、それでも茶葉の色や香りの変化がはっきりわかる。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
もう一度試飲。
崩し
泡茶
うーん。やっぱりいまいちか。
渋味も酸味も落ち着いて、甘味が増して、ひとつにまとまった感じではあるが。
農家がボードの下で乾燥させたときに蒸れたのだろうか、そんな感じの味がまだ後を引いている。
それとも乱獲のために、茶葉の栄養成分が少ないせいなのか。
しかし、透明感というか、スキッとした感じが冬の晴れた空のようで、これまでの丁家老寨にはなかった風味。
もしかしてこれが晩秋の持ち味なのか。
鑑賞の仕方によっては見どころがあるのかもしれない。
とりあえず、しばらく熟成させてみる。

ひとりごと:
だから他人のつくったお茶は気に入らんのだ。
なんで自分が農家のいいかげんな仕事の後始末をしなきゃならない。

老撾高幹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火
北京人の茶室

お茶の感想:
理想の終点にあるお茶。
漫撒山からラオスにかけての、深い山の原生林の残る森の中の、瑶族のテリトリーにある、高幹のお茶。
お茶ドリームの極みだ。
世界中のどこの国のお茶マニアでも、奥の細道に入っていくと中国茶になる。中国茶の奥の細道に入ってゆくと上の方に霧のかかったエリアがあることに気付く。情報も現物の茶葉もほとんど共有されないのだから、そのエリアに入ると趣味を分かちあえる友達がいなくなる。
ひとりぼっちになる。
知らない人がそのお茶を飲んでもその良さがわからないから、友達もなく家族にも相手にされず、ひとり孤独にお茶を飲む。
自分だけが知っている。
それでいいのさ。
ということなので、ほんとうの最高峰は知られていない。
みんなが知るのは、化粧や演技やストーリーやらでにぎやかで、「ホンモノじゃない」とは言わないけれど、どこか汚れている。人間の汚れた手垢でベタベタになっている。
(こういうふうに言うから大人になれない中二病なのかな。)
高幹のお茶をつくりたい。売りたい。
純粋無垢のものを商品にするなんてイヤな大人のすることだけれど、数が少ないので入手できる人も少ないし、入手してもわからない人がほとんどだろうし、結局なにも変わらないし、ま、いいか。手垢がついたりしないだろ。
茶葉
高幹のお茶をつくるのは今はまだ難しい。
その夢を叶えるにはいろいろ問題がある。
近づくほどに問題が出てきて難しくなっているが、この傾向はいいヤツだ。確実に近づいている証拠だから。
自分では無理でも、その夢を先に叶えた他人のお茶を買うことはできる。
そういえば、高幹のお茶を狙っている茶商がいて、易武山に住み込んで毎日10キロの山道を走ってトレーニングしているという話を人づてに聞いていた。
あの人に会えないかな・・・。
北京人の茶友にそんなことを話したら、あっさり連絡が取れた。
近づいている・・・よな。
その人はラオスの山にこもってお茶づくりをしている最中だったので、山を降りてくるのを待った。
まだ、その茶葉を見てもいないし、価格も聞いていないけれど、「とりあえず1キロ買いたい」と言ってみたら、あっさり売ってくれた。
2019年の10月20日から10日間でつくられたのはぜんぶで7キロ。
この7キロのためだけに3ヶ月ほど山で過ごしている。
散茶のまま1キロを分けてくれて、あとの6キロは”龍珠”と呼ぶ8gの飴玉状に圧延加工したらしい。
龍珠
散茶は自分で圧餅する。
(後に、龍珠も1キロ買うことにした。)
その人は浙江省義烏市の人で、数年前に小さなお茶の店をはじめた。
これからは”義烏人”と呼ぶことにする。
茶湯の色
喫茶の歴史ある浙江省だけあって、わかるお客がいる。
ホンモノを求める数人の要望に応えるだけで、この仕事が成り立っているらしい。
お茶の味になんとなく記憶がある。
たぶんこれに似た系統。
+【老撾高幹古樹2018年・秋天 その1.】
記事に出てくる高幹のお茶は「美味しくない」と書いているが、このお茶は美味しい。
聞いてみると、同じラオスの山でも場所がちょっと違うらしい。中国側の漫撒山から見たら北寄り、刮風寨よりは丁家老寨に近いらしい。
距離にしたら数キロしか離れていないが、お茶の味は違う。
高幹の茶葉
圧餅前に、散茶のままの味を記憶しておくことにする。
葉柄がとにかく粗い。長い。茎が太い。
高幹の茶葉
泡茶
泡茶
泡茶
義烏人の言うには、殺青を意図して浅いめに仕上げているらしい。
それが昔ながらの易武山の味というのもあるけれど、飴玉状の龍珠に加工するときに、どうしても蒸すときの熱が過剰になりやすい。そのバランスを考えているらしい。
歩いて5時間ほどかかる山奥。
村から5人の采茶のアルバイトを連れて入っても、采茶の時間がない。
帰りの5時間の道すがら袋に詰めた茶葉が蒸れて軽発酵のような変化が始まる。
山に製茶小屋をつくることも考えたらしいが、山道があまりに険しくて、大きく重い鉄鍋を持ち込めないらしい。
製茶のクオリティーを求めるお茶ではない。
茶湯
葉底
サッと抽出して薄めにしても、しっかり抽出して濃いめにしても、いずれにしても淡くあっさりしているのが高幹の特徴。
辛味・渋味がほとんどなくておっとりしているのも高幹の特徴。
半日かけて15煎くらいは飲んだけれど、煎ごとの変化があまり大きく感じられないのも高幹の特徴。
ゆったりした茶酔いで興奮しない。静かに沈んでゆくのも高幹の特徴。
殺青のときの薪の火の煙を吸ったかな?という煙味があるけれど、3煎もしたら消えるので問題ない。
煙味はラオスの農家の殺青の窯の造りがひと昔前のままで、排煙がうまくできていないからだ。むしろリアルでいいと思う。
10月20日からの采茶は秋の旬の真ん中だけれど、雨季から乾季になる途中で、まだちょっと雨の降る日もあったはずだけれど、高幹の茶樹は根が深いせいだろうか、お茶の味はあまり天候に左右されない。それも特徴。
葉底
葉底は茎の部分が3分の1ほど占める。
茎は長くて太くて柔らかい。柔らかいから製茶できる。製茶できるから摘むのであって、故意に長い茎を摘んで重量を稼いでいるのではない。
1950年までの易武山の私人茶庄の”號級”の餅面の茶葉とそっくり。

ひとりごと:
自分でお茶をつくるのはたいへんだけれど、他人のつくったお茶を買うのはカンタンだな。楽だ。楽したい。
お金があれば楽できる。
お金が欲しい。

曼派古樹青餅2019年 その1.

采茶 : 2019年04月
茶葉 : ミャンマー曼派
茶廠 : 曼派布朗族の農家+孟宗の農家
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 農家
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+鉄瓶+炭火
農家

お茶の感想:
農家の若者がお茶を売りに来た。
彼の土地には名物の古茶樹がない。
広い土地もないから、小茶樹のお茶を大量につくることもできない。
稼ぎが足りない。
こういう農家はお茶づくり代行をして稼ぐ。
別の農家から鮮葉を仕入れてきて製茶や圧餅を請け負う。
数キロの少量からできるので、規模の小さな小売店がオリジナルのお茶をつくることができる。
農家の若者はそういう仕事をしている。
このお茶は、ミャンマーの農家がつくった晒青毛茶を仕入れてきて、農家の若者が自分で圧餅や包装をしたもの。
包み紙を白紙にしてあるから小売店のオリジナルにすることもできる。
一般的には誰かのオーダーによってつくられる。農家が自分のリスクでつくって在庫するなんてことはしない。
もしかしたら途中でなにかトラブルがあったのかもしれない。
そんなことは聞いても本当のことを言うわけがないから、茶葉を見て判断するしかない。
とはいえ、いろいろ聞いてみた。
餅面
まず、産地はミャンマーの”曼派”のお茶である。
布朗山から南へ国境を超えた地域。
地元の人であれば通行証だけでカンタンに行き来できる。
山続きだから、曼派にもたくさんの古茶樹があって、老班章とか老曼峨とかブランド古茶樹の原料を提供している。つまり産地偽装のお茶どころ・・・と、聞いている。
3年くらい前から景洪市のあちこちの店で曼派のお茶が売り出された。
中国から大きな資本が入って、製茶の設備が整えられたらしい。
ミャンマーだから秘境というわけではない。
目の届かないところだから、余計に気をつけないといけない。
崩し
崩した
このお茶は手づくり。
曼派の農家が鉄鍋炒りの殺青をして、揉捻をして、直に太陽の光の当たる晒干をしている・・・らしい。
古茶樹の中でも大きなのを選んで、今年の春に30キロ、昨年の秋に7キロ、合計37キロつくられている。
一軒の農家の手づくりならだいたいこのくらいがリアル。
もしも100キロもあれば、何軒かの農家の鮮葉や晒青毛茶が足して混ぜられるから、古茶樹ではなくなる、手づくりではなくなる、春の旬ではなくなる、など、純粋ではなくなる。
茶湯
初回飲んだときに美味しいと感じた。
サンプルを多めに置いてもらって、3日間で決めると約束した。
もしもウチの店が仕入れるなら、200gサイズの餅茶になった180枚分。36キロ。ぜんぶもらう。
けっこうな金額になるので慎重に試飲した。
それで、3日目に「いらない」と返事した。
古樹味に欠ける。渋味が強く出る。
布朗山方面の古樹の味をあまり勉強していないから、老班章の高級茶を専門に扱う地元の茶商を訪ねてホンモノを飲ませてもらった。
老班章の古樹のそこそこのは晒青毛茶の仕入れ価格が日本円にしてキロ20万円を軽く超えるから、小売価格はその2倍・3倍になるわけで、土豪(田舎成金)かほんとうに好きなファンしか買わないお茶になっている。
安いニセモノなら大量に流通しているが、ホンモノは飲む機会がめったにない。
で、飲んでみたところ、やはりホンモノは良かった。
過去に飲んだ老班章はあれもこれもニセモノだったのかな・・・という感じ。
煮茶
山続きの曼派は、お茶づくりがまだこなれていない感じなのだ。
茶樹の選び方にしても采茶のタイミングにしても製茶にしても、研究が不十分で、その素質がしっかり引き出されていない。
人気が集中してバカ高い有名茶山の古樹のお茶は敬遠したくなるけれど、より多くの人が茶の評価に参加して、お茶づくりの研究がされて、上には上がつくられて、修練されてゆく・・・というところは勉強できる。
美味しいお茶ならいくらでもある。曼派のお茶も美味しいお茶である。
でも、叩かれて強くなる過程がまだ足りないよな。
葉底
写真ではわかりにくいが、茶葉の色がくっきり2色に分かれる。何度淹れても2色になる。農家の若者は「春と秋が混ざっているから」と説明するが、どうかな。ミャンマーの農家がなにかしたのじゃないかな・・・。
転売のお茶は真実がわからないから、こういうのがあると引いてしまう。

ひとりごと:
叩かれるのを避けたら強くなれないな。

蛮磚古樹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明山曼庄国有林古樹
茶廠 : 農家+景洪市の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶200gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗・グラス杯・鉄瓶・炭火
晒青毛茶

お茶の感想:
自分でお茶をつくると少ない量しかできなくて、店が成り立たない。
他人のつくったのを探してみるか・・・・。
ということで、茶友らに声をかけてみた。
すでにいくつものサンプルを試したけれど、どれもいまひとつ。
ところどころ欠点が目立つ。
自分のお茶なら「欠点もまたよし」なんて理屈をこねるけれど、他人のはそうはゆかない。
原因がはっきりしないから。
この地域のお茶は分業でつくられるのが基本。
例えば、農家の主人が家族やアルバイトにまかせてつくったとか、農家が商人の真似をして他の茶山の農家にオーダーしてつくったとか、茶商が農家にオーダーしてつくったとか。
例えば、采茶はアルバイトがして、製茶の殺青だけ自分がして、揉捻や晒干は家族がしたとか。
分業だから、ひとりがすべてを見ていた・・・というお茶はまずない。
なので、お茶づくりの現場でなにが起こったのか知るよしがない。
人づてに聞く話なんてまったく信用ならないのがこの地域の習慣。
茶葉を転売する人たちは、お茶の欠点の原因がわからないまま、実は不安なままでいる。
不安があるから、目の前で試飲すると空気がピリピリする。
なので必ず自分の家に持ち帰ってひとりで試飲する。
そうさせてくれない場合はあきらめる。
泡茶の前
泡茶
『蛮磚古樹晒青茶2019年』は景洪市の地元の茶商のもの。経験もそこそこある。それでも采茶や製茶の現場を見ることはない。みんながやるようにやっている。
これと似たのを、似たやり方で、北京人の茶友がつくっていた。
+【蛮磚古樹青餅2018年 その1.】
この記事を読み返して、味がよく似ていることに気がついた。
今回は、自分のお茶づくりの失敗経験が活きた。
このお茶の味から殺青の温度に問題があるのがわかった。
殺青の鉄鍋に投入する茶葉が多すぎるのが原因。
農家はたいがい薪火の火力はしっかりしている。
火力と茶葉の量とのバランスの問題。例えば、チャーハンを炒めるのに一人前ずつ炒めるのと三人前をいっぺんに炒めるのと、結果はぜんぜん違ってくるよな。
茶葉は40度から70度のあいだで成分変化が盛んになる。火力が足りないときにこの時間が長くなって変化しすぎる。
煮えすぎて酸化がすすんだようなアク味が出て、香りが弱くなる。
自分もこの失敗を何度かしていて、そのサンプルを残しているからすぐにわかった。
それ以外に、とくに文句はない。
惜しいお茶である。
素材の良さは味の透明感や水質の密度に現れている。
縦方向にスッと伸びる感じ。沈んでゆく茶酔い。ゆったりとした波。体感もよい。
2煎め
4煎め
茶湯の色
蛮磚(曼庄)国有林の古樹。しかも大きく育ったのだけ十数本を選んだホンモノである。
国有林に自生する茶樹は個人が権利を持たない。そのテリトリーの少数民族の村で話し合って村人に分けている。ちなみに象明の曼庄は彝族のテリトリー。
山奥にバイクや徒歩で入り込んで采茶するので、まずは采茶のタイミングを見るのに何度も足を運ぶことになるし、采茶はたいへんな労働になるし、人件費がかかるし、もしも途中で天気が崩れたらダメになるし、リスクが大きい。農家はリスクを取らない。村から近い私有地の茶地のお茶をつくったほうが安全に確実に儲かるから。
なので、国有林のお茶づくりは茶商がリスクを取る。オーダーしたら出来が良くても悪くてもすべて買い取ることになる。
この構造においては、農家は製茶をがんばるメリットは無い。いつものように適当にやっても市場価格(だいたい決まった値段)で売れるから。
そこでどうするか。茶商は農家にボーナスを出して高い技術を要求するか、自前で職人を雇って派遣するか、それとも自分でするか。
いずれにしてもコスト分は高額になる。
高額になるのを理解した顧客がいないとできない。
地元の茶商は、この次どうするかな。
葉底
葉底は、一見キレイな色に見えるが、本来はもっと青黒いはず。全体的に黄色っぽく変色しているのが殺青の温度の低い結果の色。軽発酵をうながすなど意図した製茶の場合は別だが、意図しないのにこうなるのはおかしい。
お茶づくりの裏舞台を書いている。
興味ない人がこのお茶を飲むのはもったいない。
お茶の美味しさを知って深くはまってゆくということは、審美眼が形成されるということ。
この地域のお茶はどういうところを高く評価していて、それと引き換えにどういうところを犠牲にしているか。長所と短所は一対になるので、点数配分を間違えると評価を誤る。
上質の上には上がある。どの方向を目指しているお茶なのかを知らないと、間違ったモノサシで測って、出会うことすらできない。
こういう見方というか価値観はやや東洋的だよな。
見える人にしか見えない。それでいいのだ。いや、それがいいのだ。
西洋にこれを評価する審美眼の育つ気がしない。
お茶づくりは産地が半分。消費地が半分。
この地域でお茶をつくる人たち。遠くへ運ばれて、このお茶を飲む習慣のある人たち。
お茶の味を形成しているモノゴトの因果関係が面白い。

ひとりごと:
お茶づくりになにか無理な圧力がかかると、必ずそのお茶を飲む人にも影響がある。因果関係が見えないところに潜んでいる・・・と、最近つくづく思う。
例えば、自然破壊を犠牲にしてつくられた農作物は、それを食べる人になんらかの悪影響を与える。
ふだん食べているものを疑う。他人を疑う。それをしないのは怠惰である。
消費者は信用とか良心とか都合よく言って楽なほうに逃げる。商人はそこをうまいこと利用する。どっちも根性の悪い奴らなのだ。
にんげんだもの。

天門山古樹青餅2019年 その1.

製造 : 2019年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山天門山
茶廠 : 易武山の茶商
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶200gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗・白磁の杯・ステンレス電熱ポット
西双版納の茶店

お茶の感想:
今年の春のお茶はつくらなかったし、晒青毛茶を仕入れることもなかったし、浅い評価しかできないけれど、メモを残しておこうと思う。
50日間ほどかかりきりになった熟茶づくりの実験を終えてから、ほんの3日間だけ地元のお茶屋さんを巡ったり茶友を訪ねたりして、今年の春のお茶をいくつか飲んでみた。
あまり期待していなかった。
昨年の春が数年ぶりに良かったので、星の巡りからしてハズレるような気がしていたのと、3月のはじめに西双版納に到着して飛行場に迎えに来た茶友がひと言めに「冬に雨降りが続いた」と異常気象を嘆いていたから。
本来は、この地域の冬は乾季なので、雨は1ヶ月に1度か2度かほんのちょっと降るくらいが正常。毎日降るのはおかしい。
植物は地面を境に上と下とで交互に成長する。
地面の上の葉の成長が止まる期間に根が育つ。冬に雨が降って葉が育って、根が水を上げるのに忙しく働いたら根の育つ期間がない。
はたして、このことが影響したのかどうか、関連性があるのかないのか証明はできないが、結果から見たら今年の春のお茶は香りが弱い。
味は充実している。水質はきめ細かくて飲みごたえがある。
なのに香りが弱い。
このパターンははじめて出会う。
春の茶摘みがはじまってからの天気のコンディションは良かった。
毎日晴れて空気が乾燥していて製茶の天日干しがうまくいった。この数年はむしろ雨の日が多くて製茶に苦労したから、カラッと晴れた日がつづいたのはうらやましい。
製茶はスッキリ仕上がっているはずなのに香りは弱い。
旬に入った3月中頃から4月末頃まで、一滴も雨の降らない日が続いた。自分が数えただけでも33日間雨が降らなかった。空気は異常なほど乾燥した。34日目にほんのちょっと雨が降ったけれど地面はすぐにもとのカラカラに戻った。まとまった雨が降るようになったのは5月末から。春はもう終わっていた。
気温は異常に上がって連日40度を超えた。こんなこともはじめて。昨年まで35度を超えた日などなかったと思う。
農家が言うには、今年の春の茶葉の生産量は例年の半分だった。
雨が降らないので、そもそも新芽の数が少ないのと、若葉に育つまでに乾いて硬くなってお茶に加工できないのと。
乾いて硬くなる前に茶摘みをするから、新芽・若葉は小さく柔らかいうちに采茶される。茶商の立場からすると上質な茶葉が同じ価格で入手できて有利になった。農家の立場からすると小さい茶葉では重量が稼げないので不利になった。
茶摘みのタイミングも良いはずなのに香りが弱い。
お茶を売る人の立場からすると毎年「今年の春は良い」と言いたい。香りが弱いのはたいした問題ではないと言いたい。
けれど、何年か経ってから「あの年のお茶は良かった」という声が聞こえてくる。新茶の評価は甘くて、年月の経ったお茶の評価は辛い。当たり年は数年に一度しかないことが後になってからわかる。
長年熟成させた味をウリにしたい立場からは、数年に一度のお茶だけ扱うのも良いかと思っている。
さて、その観点からすると、香りの弱いのはお茶の個性の表現も弱い。
天門山古樹青餅2019年
このお茶『天門山古樹青餅2019年』は西双版納の易武山地区を専門にする茶商にサンプルとして分けてもらった。
自分は”天門山”という茶地の名前を知らなかった。
よく通っていた漫撒山の丁家老寨から山続きにある茶地なのに、無名だったから名前が聞こえてこなかった。
しかし、価格は3年ほど前から天門山のほうがずっと高いらしい。
それもそのはずで、古茶樹のお茶の生産量は20世帯くらいの村全部を合わせても200キロくらい。一本の茶樹から2キロできると計算して100本しかないわけで、それを茶商がひとりで買い占めるのだから、需要と供給のバランスで価格が上がる。商売商売。
近年の丁家老寨の古茶樹は収穫しすぎで、味が薄くなっているのに比べると天門山のほうはまだ味が濃い。2014年から摘み始めたそうなので、まだ摘み過ぎの悪影響が少ないのかもしれない。
飲んで気がついたのだが個性がない。
漫撒山は南北に18キロほどの峰の周辺に、張家湾・丁家老寨・一扇磨・香椿林・多依樹・薄荷塘・弯弓・・・・・白茶園・冷水河・白沙河・茶王樹・茶坪。と、大小さまざまな茶地があって、それぞれの味があって、だいたい飲んだら当てられる。漫撒山のお茶の味の中にそれぞれに個性がある。
その個性は香りがキーになっているらしい。
香りが弱いので、天門山のお茶の個性が現れていないのか、もともとこんなものなのか?
と疑問に思ったまま他の茶店で刮風寨の茶王樹と茶坪の今年の春のお茶を飲んだ。
茶王樹
茶王樹
瑶族の農家の知り合いのものなのでモノに間違いはない。刮風寨の中でも上質を競うお茶。価格もトップクラス。
ところが、これも昨年のに比べて香りが弱い。
味も口感も充実しているのに、香りだけが欠けている。
天門山のお茶の個性は来年以降に見つけることにする。

ひとりごと:
北京から西双版納に遊びに来ている中医学の先生と交流した。
内モンゴルに牧場を持って牛をある試みで育ててみたり、趣味の範囲が広すぎて、ふだんはどこで何をしているのかよくわからない人だった。
久しぶりにブッ飛んでいる中医学の不思議な話を聞いた。
山東省のある種の天然の樹木から切り出した棍棒で、関節痛の人の骨をゴリゴリして治す。その棍棒は一回きりで焼いて捨てなければならない。つまり、棍棒のほうに悪い”気”が乗り移るという仕組みらしい。そのある種の天然の樹木でないとダメとか、樹齢とか伐採のタイミングとか、細かなルールがあるらしい。
長年苦しんできた関節痛が一発で治る。
西双版納の茶友が半信半疑で北京に行って足を診てもらったら、ほんとうに一発で治って帰ってきた。
中医学の先生は高学歴の人で、スタンフォード大学で科学的なアプローチから解明を試みたらしいが、無理だったらしい。
積み重ねでたどり着けるところじゃない。雲の上を飛ぶような解決策で結果が出ている事実。こういうことに中国ではたまに出会うから面白い。
古代文明の優れた欠片が残っている。
人の文明は、すでに何度も滅びているのだろうな。
お茶づくりの文明も、実はもう滅びている。


茶想

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