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老撾高幹龍珠2019年・秋天 その5.

製造 : 2019年10月20日から27日(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)天門山寄り
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人
工程 : 生茶
形状 : 龍珠 約8.5g
保存 : 密封
茶水 : 京都の井戸水
茶器 : 宜興の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火
鉄瓶
龍珠

お茶の感想:
黄昏どきのお茶。
このお茶。
+【老撾高幹晒青茶2019年 その1.】
美味しさと気持ちよさでクラクラくる。
液体の身体へのなじみがよくて、いくらでも杯がすすんで煎がすすんで、お腹に吸収されたお茶はどこへ行くのだろう?と不思議に思うくらい、もっともっと飲みたい。
鉄瓶の湯を足して、沸かして、淹れて、また足して、沸かして、淹れて。
窓の外がだんだん暗くなってゆくのに、部屋の中だけ時間がすすまない。
そんな感覚。
水かけ
茶葉
ライト
杯
このごろあんまり面白い話をしようと思わない。
人と会っていても、会話のはずまない感じが、ちょっといい感じ。
誰かの話を聴きながら、頭の中にはあんなことこんなことが浮かんできても、あえて黙ってみる。
会話が途切れてシーンとする瞬間。
たいして面白くない人に見えているであろう自分。
この味わい、いい。
クラクラくる。

ひとりごと:
鉄瓶
虹
内側の虹色がけっこう早く復活してきた。
全体的に艶が出てきた。
よかった。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その4.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 茶箱
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・杯 鉄瓶・炭火

お茶の感想:
雨の日。
ひとりで山に行ってきた。
雨の山がどんな感じか気になったのだ。
とつぜん思い立って家を出たから、お茶の準備はなし。
帰ってからゆっくり飲むことにする。
はじめはパラパラで、やがてシトシト降り続いた。
防水服や傘はなしで濡れたまま歩いた。
靴は底が薄くてペタンとしたやつを試した。
ベアフット
足の裏に地面がじかに感じられる。
一歩一歩の衝撃が大きい。
衝撃をやわらげるために、足裏・足首・膝・腿・腰・背中をつかってふんわり着地しようとするので、あんがいよいかもしれない。
厚底の靴は安心して着地するので、足首や膝など局所にかかる衝撃が大きくて、かえって危ないときがある。
トレッキング
山道は木々が覆っていて、それほど濡れていなかった。
冷えるから、ペースを保ってハアハア息の荒いまま進んだ。
頬を伝うのが汗なのか雨なのかわからない。
シャツがしっとり重くなってくる。
靴のつま先が濡れて冷たくなってくる。
濡れるのも気持ちいい。
ちょっと不安な感じが背中を押して、いいリズムの足どりになる。
流れる景色の先の一点に視線を寄せる。
頭は冴えて歩くことだけに集中している。
ひとりもいい感じ。
雨の日のサインがそこらじゅうにあった。
匂い。肌触り。鳥たちの声。緑の色。石の色。
春はひと雨ごとに暖かくなるから、風は冷たいながらもぬるい感じ。
前回は2時間半のところ、今回は遠回りのコースで2時間ちょっと。
いいペースだ。
休憩は1回だけ。お茶がなかったから休憩も短かった。
山を降りて平地になってから寒くなってきた。お腹がへった。
自転車で急いで帰って、お風呂に入って、ごはんを食べて、昼寝した。
鉄瓶
炭を熾す。
鉄瓶で湯を沸かす。
そうしているうちに日が暮れた。
このお茶。
+【丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.】
雨の日は紅茶か熟茶。
でも今日は生茶にした。
山歩きの余韻を味わいたいから。
雨の日の山の空気。
生茶には空気の味わいがある。姿のない味。息するごとに山が薫る。
茶葉
泡茶
茶湯
誰もが昔から知っているようなお茶らしいお茶。
しかし、4煎めくらいから苦底や渋味が出てキビシくなる。舌や唇にシワシワくる。ヒリヒリが残る。
この刺激。
いつもならマイナス評価をするけれど、どうなのだろ。
雨に濡れるのを嫌がるか、そういうものとして味わうか。
どっちに転んでもよい。
自分次第。

ひとりごと:
他人と共有しなくてもよい味わい。
ひとりでなければ味わえない味。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その3.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興の茶壺(秋水)・チェコ土の杯 鉄瓶・炭火
湯気
茶器
湯そそぎ

お茶の感想:
このお茶
+【丁家老寨青餅2019年・秋天】
一煎めの湯を注いだ熱でブワッーと香りが立つ。その香りがなんとも良い感じ。
複雑な中に、松の葉のようなジントニックのようなキリッとした感じが混じっている。焼き芋のデンプンのやさしい甘味の香りも混じっている。殺青(鉄鍋炒り)の焚き火の煙の香りも混じっている。
秋から冬になる山の香りがぜんぶある感じ。
注ぎ
冷たい空気の香り。
自分の体温がありがたい感じ。
春は空気の暖かくなってゆくのを感じて嬉しくて、秋は空気の冷たくなるを感じて寂しい。あの感じ。
秋の茶葉なので水質が荒くて、煮えるとすぐに渋味が出るから、ちょっと多めの茶葉に熱々の湯をかけたら、待つことなくさっと湯を切って香りだけを移すように淹れるのがいい。
茶湯
香りを飲む。
身体に香りが染みてゆく。
心が秋の終わりの山に連れてゆかれる。
丁家老寨の山を知っていても知らなくても、そこに居る感覚は同じ。
音楽を聴いて、みんなが同じ振動に震えるのと同じ。
個人の好みとか、捉え方とか、そういうつくりごとの世界感が介在する余地はないと思う。
生き物も有機物も無機物も、すべてが秋から冬に向かう振動に支配されているときの、あの感じ。
秋の茶葉には秋の茶葉の楽しみ方がある。
香り松茸、味しめじ。
香り秋茶、味春茶。
香りの振動を聞く。
といったところかな。
炭火

ひとりごと:
坐禅をする目的なんてない。
目的を手放すのが坐禅だから。
目的ばかりある生活。目的ばかりある人生。
それって、逆にリアルじゃないのだな。
自然界には目的がないから。
目的は、人間の脳が勝手につくったつくりもので、つくりものの世界に生きるしかない人間。
リアルに戻れる坐禅の時間。
お茶を飲むのも目的なしでお願いしたい。

老撾高幹龍珠2019年・秋天 その4.

製造 : 2019年10月20日から27日(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)天門山寄り
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人
工程 : 生茶
形状 : 龍珠 約8.5g
保存 : 密封
茶水 : 京都の井戸水
茶器 : 宜興の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
ラオスの高幹の”龍珠”版を飲む。
義烏人が加工したもの。
圧延加工が違うだけで、自分が餅茶に加工した”青餅”版と同じ原料の茶葉である。
味や体感も異なるなずなので、加工の違いが注目のしどころだけれど、関連記事としてひとつにしたいので、前回からつづく”その4."とした。
今後はタイトルの一部分の”青餅”と”龍珠”のところだけが変わる。
龍珠
龍珠
8gと聞いていたが、測ってみたら8.8gもあった。
たぶん8.1gのもあれば9.0gのもあるだろう。
微調整ができないので、とにかく8.0gより少なくならないようにと、義烏人は考えたわけだ。
中国では龍珠は重量で量る。
例えば200g分とか。基本たくさん買うから一粒いくらとは量らない。
重量いくらとすると価格は公平になるが、一粒いくらにしたら重さが違ってきて不公平になるな・・・。
一粒ごとにするなら、例えば二粒をあわせての重量でバランスを取るしかないか。
小さな龍珠への加工は、個人的には否定的で、餅茶のサイズがあったほうが味も体感も保存熟成にもよいと考えているが、このお茶は別格。
義烏人は龍珠にすることを想定して殺青の火入れ具合を浅めに仕上げている。
その効果もちゃんと現れていると思う。
いずれ餅茶と飲み比べしてみるが、少なくとも一年くらい熟成してからにしたい。
茶器
龍珠
話は変わるが、茶机の道具の配置をちょっと変えた。
冬の寒い室内(暖房はオイルヒーターのかすかな暖かさのみ)で足が冷たいので、瓶掛を机の下の足元に置くことにした。足はポカポカ。
炭の火はやさしいので、50センチほど上にかぶさる机の板を焼いたりはしない。
寒い季節のお茶を美味しくするには、室温が18度もあればよいと思う。
部屋の中で厚着をして、熱いお茶をフーフーして飲むのだ。
宜興の急須
龍珠は、煎じる器が思案のしどころ。
8.8gも茶葉があって、煎をかさねると大葉種の極みのような葉がひらいてくるのだから、茶壺を選ぶ。
蓋碗は口の大きくて便利だけれど保温力がないから、何煎もしてからグーッと茶葉の内側の成分を引き出すにはチカラ不足。
とりあえず万能の古い宜興にした。
龍珠の性質上、おのずと長く蒸らす”闷泡”になる。
8gもある茶葉がギュッと飴玉くらいに圧し固められているのだから一煎・二煎では開かない。
ギュッと圧し固めるために、茶葉が柔らかくなるまで長時間蒸しているので、一般的にはそういう味に仕上がるが、この龍珠は全行程の火加減を調整されていて、そこまで深蒸しになっていない。
もしかしたら、自分が加工した餅茶に比べたら、龍珠のほうが浅蒸しじゃないかな?と思う。
2煎め
新しい生茶の多くは、高温の湯で長く蒸らすと渋味や辛味が嫌味になりやすい。近年の摘みすぎ傾向で茶樹が弱って、茶葉の性質がそうなっているから。というのが一番の原因と推測している。
その点で、高い幹には高温で長時間蒸らしに耐久性がある。
熱々の湯でじっくり蒸らすと、トロンと甘い水質になる。
5煎めくらいで茶壺の口からあふれんばかりに茶葉が開いた。
こうなったら湯を足せる量が減ってくる。
葉底
ひとりかふたりで一日かけてずーっと飲むのならこれでよし。多くの人数で分けるには茶湯が少なすぎるから、もっと大きめの茶壺がよくなる。
餅茶を崩して淹れたら、だいたい5煎めくらいに出てくる苦底の味が、龍珠では8煎めくらいにやっと出てきた。
でも、これもいいかも。
さらに煎をすすめると、舌にピリピリする辛味がでてきた。
餅茶にしたのはピリピリがもうちょっと落ち着いている気がする。
でも、これもいいかも。
「辛味がダメ」とは言っていない。
心地いい辛味と嫌な辛味があるということ。
その違いは飲めば誰でもすぐにわかる。けれど、言葉で詳細に語るのはバカらしい。言葉はそこまで信用に足るものじゃないからな・・・。
感じるだけで十分。
お茶を飲むことそのものの良さを、高い幹のお茶は滔々と語ってくれる。言葉を使わずに。
舌先に意識を向けたり、身体の変化に気付いたり、試飲のための技術などまったく要らない。
美人と眼が合ったときみたいに、一瞬で伝わるものだから。
途中で外出したり、仕事したり、しばらく放置しておいて、夕方になってからつづきを淹れた。
読書
もう15煎を超えているだろう。
まだ出る。これから長い夜をともにする。
さすがに生茶をこれだけガブガブ飲んだら眠れないだろうから、今夜は読書でもする。

ひとりごと:
中国人が観光で日本に来て、行儀の悪いところがあったら、すぐにその場で注意すればよいのだ。
それで気分を悪くする中国人はほとんどいないはず。
「あ、そうですか知りませんでしたすみません。」くらいのこと。
あんがい謙虚で、むしろ知らないことを教えてもらって感謝しているはず。
知らない人に注意をするのは親切というもので、なにも言わないのは不親切だと思う。
注意したりされたりは、中国の日常ではふつうのことで、ムカつく余地はどこにもない。
ところが日本人の多くは、注意された相手の気分を悪くさせるのではないかと心配するのだよな。
その心の負担で勝手にムカムカしている。不親切な上にムカついているわけだ。
たとえ親切のつもりで注意をしても、「オレの気持ちを煩わせやがって・・・」と内心で怒っている。
「いいことをした」と、幸せな気持ちにはなりにくい。
そんな感じがするけれど、どうだろ。
なんでこうなる?

老撾高幹青餅2019年・秋天 その3.

製造 : 2019年10月20日から27日(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・孟臘県漫撒山(旧易武山)天門山寄り
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人
工程 : 生茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 農夫山泉
茶器 : チェコ土の茶壺・景徳鎮の茶杯・鉄瓶+炭火
泡茶
炭

お茶の感想:
肩が痛い。
もう4ヶ月つづくが、途中から痛みのタイプが違っていて、症状をネット検索したら"亜脱臼"というやつだとわかった。
ヨガとか按摩が逆効果なわけだ。むしろ傷めていたわけだ。
昨年の11月の圧餅で重い石型を上げ下げしたときに靭帯を損傷したのだと思う。
幸い、激しい痛みがきたら自分で治せる。
めまいしそうな痛みに耐えながら、脇の下の肋骨あたりに指をあてて強く圧すと、なぜか痛みが収まる。おかげで肋骨あたりが青あざだらけになっている。
しばらく安静にするしかないな。
シーズンオフでよかった。
ラオスの高幹の茶樹のある森に入るのは4月に延期した。2月は間に合わない。
4月はちょうど采茶の季節だから、いきなり現場でお茶づくりを手伝うことになるけれど、そんなのは慣れている。条件が整わない中でいい仕事をする。みんな同じように条件が整わない中でやっているのだし、現場で瞬時の工夫と判断が大きな差をつける。そこには自信がある。そのときだけ天才になるから。
この地域のお茶づくりは体力勝負なので、農家もメーカーの職員もみんな若い。
いつのまにか現場では一番年上になっている。体力の限界は過ぎているから今年が最後と思って現場に向かっても、また新しい興味が湧いて、つぎにつながってしまう。
ただ、ちょっと変化の兆しが見えてきた。
2020年1月2日・3日・4日の上海の試飲会で、ひとつはっきり見えたことがある。
高幹のお茶を飲みだしたら、みんなもう他のお茶はいらなくなる。
例えば、ふたつめに出そうものなら、用意していた他の何種類ものサンプルを試さないで終わる。もしくは、たとえ試しても、ひとくちかふたくちで「また戻りたい」とリクエストが出る。
子供
子供にもわかる。
味の問題じゃない。体感の問題。
高幹のお茶を飲んで気持ちよくなったら、もうそこから降りられないのだ。
あんな味もこんな味も試したいという興味は理性的すぎて、快楽には勝てない。
味にはあれこれ個人の嗜好があるかもしれないが、体感はひとつ。みんなが良いかそれほどでもないか。心地よい音色に反応するようなもの。
自己評価的には、この秋の『丁家老寨紅餅2019年・秋天』などは手応えがあったのだ。もしかしたら高幹ともいい勝負するのじゃないかと思ったりしていた。
でも、比べたらもうぜんぜん。遠い遠すぎる。製茶の技術を過信していた。
チカラを注いでつくったお茶なのに、こんなにも天地の差がひらくなら、今後は高幹と同じレベルの素質の茶葉が手に入らないかぎり、製品化するのはやめておこうかな・・・
時間と労力がむなしい。
製品にしたら誰かに売らないといけないし。
熟成のために器と場所を用意しないといけないし。
販促のための活動もしないといけないし。
誰かの手元に渡ってからも、ちゃんと美味しく飲めているのか心配だし。
いや、そうしたことぜんぶがお茶なのであって、自分はその要所要所でできることをしたらよいのだけれど、その仕事は自分じゃない。そこは天才じゃないし。
「値ごろなお茶ありませんか?」
義理チョコみたいな義理お茶を欲しがる友人たちには悪いけれど、昨年の秋の『巴達生態紅餅2019年・秋天』が最後だ。
義理お茶のために肩を傷めていたのでは割に合わんからな。
上海試飲会

ひとりごと:
写真を一枚も撮らなかったけれど、久々に香港に行ったのだよな。
香港島のど真ん中の高層ホテルにした。
高いところは高いところなりのアホらしさにつきあってみた。
パリッとしたスーツ姿の西洋人が多かった。もしかして10年前よりも外人が増えている?
お昼の時間の公園におしゃれなオフィスワーカーたちがどっと出てきて華々しかった。公園だけじゃない。ハイブランドの広告でピカピカの大通りにも、高層ビルを渡る長い長い通路にも、地下鉄駅にも、おしゃれなお金持ちがあふれている。
この狭い土地にチカラとか気とか運とかが集中している感じ。空気が濃い感じ。林立する高層ビルの間を大きな龍が舞っていてもおかしくない。
この人達、基本的になにも生産せずに、たいしたサービスもせずに、なんらかの理屈をこねて金利という数字を増やすだけでめしを喰っているのだよな・・・。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その2.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+チェコ土の茶杯+銅瓶+電熱
泡茶
茶湯

お茶の感想:
このお茶美味しい。
誰にでもわかる美味しさ。
甘いし、香ばしいし、柔らかいし、清々しいし。
秋から冬になる冷たい空気。晴れて高く青い空。そのもののお茶の味。
前回の記事では、渋いとか酸っぱいとか書いていた。
+【丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.】
なので、ホントかな?・・・と思って、昨日から続けて3度淹れて飲んだ。
でも、やはり美味しい。
評価ミスだった。
圧餅後にちゃんと乾燥しきっていなかったのだろう。
自分でこう書いている。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
味がはっきり変わるくらい火(熱)を入れたり圧して揉んだりしているのだから、ということは、茶葉の変化のショックもそれなりに大きい。例えば、一般の餅茶が圧餅後の風味が落ち着くのに5日かかるとしたら、ウチのは10日かかって当然だろ。
茶葉の本質がだんだんとわかってくる。
時間がかかる。
前回の記事で「殺青には問題ない・・」と書いていたが、やや焦がしている。ややしっかり火が入っている。
葉底
葉底に比較的緑色がキレイに残っている。
焦げは気にならない程度。火入れしすぎて豆を炒ったような緑茶風味は出ていない。ど真ん中の生茶風味を保っている。
しっかり火が入っているけれど、ちゃんと軽発酵している風味。
丁家老寨やその隣の張家湾の農家の習慣で、けっこう粗い茶葉や長い茎を新芽・若葉といっしょに摘んでおいて、製茶してから後で選別する。
これが良いのかもしれない。
もしも新芽・若葉だけで炒ったら、乾燥するのが早すぎて緑茶っぽくなる。
烏龍茶づくりでは、茶葉がかなり成長したときに采茶のタイミングがくるが、これは軽発酵をすすめるのに十分な水分を確保するためだろう。
そうすると、自分の考えていたことは逆になる。
春のお茶はとくに、新芽・若葉のなるべく柔らかく小さいのを採取しようとしていたけれど、これにこだわると軽発酵がうまくすすまずに、緑茶っぽくなりやすい。
餅面
生茶を”青餅”と呼ぶ”青”の意味は、烏龍茶(青茶)のような軽発酵度を示していると解釈している。そうすると、采茶は一芽三葉くらいに大雑把にして、製茶が終わって乾いてから新芽・若葉だけを摘出するほうがよい。
その新芽・若葉はちゃんと軽発酵がすすんでいる。
これ、けっこう大事なところ。
近年のプーアール茶っぽくないプーアール茶は、これについて考えが足りないのじゃないかな。
泡茶
この美味しさは、2012年の秋を思い出す。
ブログにもサイトにも登場しないが、2012年の秋に丁家老寨で生茶をつくって、たしか180gサイズの餅茶にして20枚あった。上海ですぐに売り切れた。
餅茶の写真があった。
たぶんこれに違いない。
表
裏
色調がちょっと違うのはカメラが違うせいだが、それにしても”青餅”らしい色をしている。
2012年の秋の写真に、このお茶をつくった一部が残っている。
+【易武山丁家老寨 秋天】
さらに探してみたら、圧餅の写真にこのお茶を見つけた。
渥堆軽発酵
晒干
圧餅
晒干
晒干している真ん中あたりにある小さめの餅茶がそう。
両脇の大きめの餅茶はなんだったのだろう?思い出せない。
このときは、数年に一度しか当たり年が巡って来ないことをまだ知らなかった。
なので、つづけて2013年の秋にも丁家老寨に行ってお茶をつくったけれど、2012年の美味しさには及ばなかった。
これだな。
+【漫撒山秋の散茶2013年 その1.】
今年、2019年の秋は全体的にはそれほどでもないので、”当たり年”ではないかもしれないけれど、晩秋の最後のギリギリを狙った効果はあったのじゃないかな。
秋の味わいが表現できたと思う。
めでたしめでたし。

ひとりごと:
正月に上海に行くことになった。
また天山茶城の友人の店を借りてお茶を飲めるようにするつもり。
無料ではないけれど・・・。
詳細は後日。
よろしく。

老撾高幹青餅茶2019年・秋天 その2.

製造 : 2019年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶のつづき。
+【老撾高幹晒青茶2019年 その1.】
圧餅した。
180gサイズ5枚
余った110gほどの1枚。
この小さめの1枚を試飲用にした。
高幹表
高幹裏
圧餅は、ちょっと長いめの10分間蒸した。
製茶のときの殺青の火(熱)が控えめにしてある分、圧餅の蒸しで調整したつもり。
餅形がわるい。
まるくならない。
繊維が違うのだな。たぶん。
5枚ではコツがつかめないので、餅形の整わないのは仕方がない。
高幹上
高幹下
この茶樹を見に行くことにした。
といっても、すぐには無理。
体力がない。
トレーニングするところからはじまる。最短でも2ヶ月はかかるかな・・・。
片道5時間と聞いていたが、これは走ってのこと。ベトナム戦争の映画に出てくる密林を走るゲリラのスピードで。
そんなことできるのは義烏人の茶友と地元の瑶族だけ。
慣れない自分なら8時間はかかるだろう。
しかも、8時間では目的地に着かないことを考慮して泊まるらしい。
1日目:村から茶地に向かう途中でキャンプ。
2日目:キャンプ地から茶地に入る。茶地から帰路の途中でまたキャンプ。
3日目:キャンプ地から村へ戻る。
という計算。
そうなのだ。
采茶も日帰りではなかったのだ。
どおりで、20日間かかって7キロしかつくれないわけだ。
こんなスケジュールになる。
采茶を午後2時には終わって、足の早い人が鮮葉を担いで走って、村に着く頃は日が暮れている。一晩萎凋させて、翌日の早朝から殺青と揉捻。正午までには晒干をはじめる。昼食後に、つぎの鮮葉を採りに出発する。行けるところまで行って一晩キャンプして、翌日の早朝に茶地に入って采茶する。采茶を午後2時には終わって・・・・。その繰り返しの20日間。
自分にはこの仕事は無理だ。体力がもたない。年齢的にも限界。
森の上
森の下
過去にもっとも山歩きしたのは一扇磨だったかな。
+【一扇磨 古茶樹 写真】
このとき一日8時間は歩いたと思うが、次の日は筋肉痛で山歩きなんて無理だった。
一扇磨への道は草刈りくらいはしてあったが、ラオスの山は道がない。
道なき道の経験は巴達山の茶王樹の裏山に入ったときだった。
+【巴達山 茶樹王の森】
熱帯雨林。びっしり緑で埋まった密林へは一歩も入れない。道のかわりに沢の流れをつたって入った。
たぶんラオスもこんな感じなのだろう。
義烏人は現在またラオスに入っていて、ときどきスマホから写真などを送ってくる。
また新しく未開の茶地を発見したようで、10メートル超えの高幹の茶樹が100本は群生しているらしい。
そこも村から1日では行けない遠いところ。
「せめて村から4時間くらいで見物できる高幹はないの?」
すぐに、これがアホな質問だと気が付いた。
一本すらっと上に伸びる高幹は、茶樹が生まれてからほとんど采茶されなかったことを示している。例えば樹齢が300年なら、もしかしたら300年間誰も采茶していないことになる。人間と出会ったことがない茶樹。
そんな場所、村の近くにあるわけない。
お茶として飲めない野生種の茶樹なら、村の近くにあってもおかしくない。
しかし、これはどう見てもどう飲んでも、美味しく飲めるお茶の品種。
鮮葉
歴史では、西双版納からラオス・ミャンマーにかけての山岳地帯が、人間とお茶がはじめて出会った場所と推測されている。
人間がはじめて出会った、そのときの森。そのときの茶樹。そのときのお茶の味。そのときの体感。
近づいている。
西双版納側の弯弓や刮風寨の国有林の中にも高幹は少し残っている。このブログでも出会ったやつを紹介してきた。しかし、これらはもう何年も前から采茶されていて、性質を変えていて、味も年々変わってきている。
いずれ、ラオスのも何年か続けて采茶されて、性質を変えてゆくだろう。
なので、今すぐ行かないと・・・。
泡茶
葉底
茶湯
で、来年3月には必ず行くつもりだが、その後どうする?
もしかしたら製茶を手伝うことになるかもしれないし、ラオスに製茶設備の投資をするかもしれないし、いっそうのこと西双版納から引っ越すことにするかもしれないし。
ま、そんな先のことはどうでもいいこと。
あと3ヶ月ほど。
この間はラオスの茶樹に出会うことを最優先して、まっすぐ生きることにする。

ひとりごと:
肩がまだ痛いのだよな。
こういう不安要素をできるだけ消しておきたい。
山に入って歩き疲れると、足の踏ん張りがきかなくなって、あちこちに体をぶつけて、打ち身や擦り傷が増える。
そして、ふとこんな考えがよぎる。
もしもここで倒れても、村まで自分を運ぶには人手が足りない。誰かが村人を呼びに戻って、何人か連れてきて担いで帰るにしても、夜道は動けない。ということは少なくとも2日はかかる。虎や象のいる森で、動けないまま夜を過ごすのか・・・。
おそらく、案内する現地の瑶族も同じ心配をするはず。
なので、「この人なら行ける!」と心配させない体造りをしておかないとな。
がんばる。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+景徳鎮白磁の茶杯+銅瓶+電熱
晒青毛茶

お茶の感想:
秋の最後のお茶づくりで丁家老寨に行ったら、できたての晒青毛茶があった。
といっても4キロちょっと。
一日に采茶した分量。
6日前だったらしい。
その日、11月12日の天気予報は雨だった。
なので自分は来なかったのだ。
実際、景洪市は一日中雨が降った。
ところが、丁家老寨では雨が降らかなったらしい。
農家にはまだアルバイトがいたので、山に上がって采茶して、生茶の原料となる晒青毛茶に仕上げていた。
製茶になにの注文もしなければ、農家は半透明のボードごしの部屋で茶葉を乾燥させる。
このお茶もそう。
自分は直射日光でなければダメと考えているので、ダメはもともとで、とりあえずこのまま太陽にあててみた。
晒干
試飲
それで試飲してみた。
まだよくわからない。
良いのか悪いのか判断できない。
大きく育った粗い葉と茎があまりに多いので、とにかく選別してみた。
粗い葉
茶葉
選別
これにまる1日かかって、もう一度試飲してみたが、それでも判断つかず。
農家で試飲してもわからない。
いや、この時点でわかるくらい上等なもの・・・ではないということはわかった。
試飲
晩秋の古茶樹にはちがいないから、原料はいいと思うけれど・・・。
滞在の最終日になっても判断できず。
とりあえず買って帰ることにした。少量なので、もしもダメなら誰かに転売してもよいし。
さて、家でじっくり試飲してみると、いまいちな感じ。
ウチで試飲
香りはよいけれど、ちょっと渋い。ちょっと酸っぱい。
味はどこか軽薄な感じがする。
透明感というのではなくて、単に薄い感じ。
おかしいよな。
ほぼ同じ原料(采茶のタイミング7日間の差しかない)でつくった紅茶はすばらしい出来なのに、生茶はいまいちなのはなぜか。
製茶に問題があったのか?
現場を見ていないからわからないが、でも、殺青(鉄鍋炒り)は問題なさそう。
ということは揉捻か?
もしも揉捻不足なら、自分が圧餅したら補えるかも・・・。
そう考えて、圧餅までしてみた。
蒸し時間は9分。これはウチの生茶の標準。ちなみに紅茶は10分。
蒸している間に香りが変化する。
7分めくらいでやっと火(熱)がとおったとわかる香りになる。
石型の上に乗ってユサユサして揉むように、1枚につき5分以上じっくりと圧し揉みした。
これが揉捻に似た効果を得る。
圧餅
24枚なので半日かかった。体力的にはこれが限界。
圧餅後はゆっくり乾燥させた。
天日干しもしっかりして、表面を太陽で焦がした。
この記事を書いている11月末はもう完全に冬。毎日カラッと晴れている。
23枚
餅面
茶葉がいい色になった。
艶もある。
揉捻は軽発酵をうながす。生茶がちょっとだけ紅茶に近づくような変化がある。
圧餅の圧し揉みも、ちょっとこれに似た変化が得られる。
殺青の鉄鍋炒りや圧餅の蒸しによって火(熱)が入っているから、変化の幅は狭いかもしれないけれど、それでも茶葉の色や香りの変化がはっきりわかる。
圧餅はお茶づくりの一工程で、ここで明確に変化させたほうがよいと考える。
散茶の美味しさが消えて、餅茶の美味しさが出てくる。
どうも近年は散茶の美味しさをそのまま餅茶にしたいようなところがあって、メーカーの技術をみても成形だけが目的になっているような感じがするが、これは間違っている・・・と仮定する。
もう一度試飲。
崩し
泡茶
うーん。やっぱりいまいちか。
渋味も酸味も落ち着いて、甘味が増して、ひとつにまとまった感じではあるが。
農家がボードの下で乾燥させたときに蒸れたのだろうか、そんな感じの味がまだ後を引いている。
それとも乱獲のために、茶葉の栄養成分が少ないせいなのか。
しかし、透明感というか、スキッとした感じが冬の晴れた空のようで、これまでの丁家老寨にはなかった風味。
もしかしてこれが晩秋の持ち味なのか。
鑑賞の仕方によっては見どころがあるのかもしれない。
とりあえず、しばらく熟成させてみる。

ひとりごと:
だから他人のつくったお茶は気に入らんのだ。
なんで自分が農家のいいかげんな仕事の後始末をしなきゃならない。

老撾高幹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火
北京人の茶室

お茶の感想:
理想の終点にあるお茶。
漫撒山からラオスにかけての、深い山の原生林の残る森の中の、瑶族のテリトリーにある、高幹のお茶。
お茶ドリームの極みだ。
世界中のどこの国のお茶マニアでも、奥の細道に入っていくと中国茶になる。中国茶の奥の細道に入ってゆくと上の方に霧のかかったエリアがあることに気付く。情報も現物の茶葉もほとんど共有されないのだから、そのエリアに入ると趣味を分かちあえる友達がいなくなる。
ひとりぼっちになる。
知らない人がそのお茶を飲んでもその良さがわからないから、友達もなく家族にも相手にされず、ひとり孤独にお茶を飲む。
自分だけが知っている。
それでいいのさ。
ということなので、ほんとうの最高峰は知られていない。
みんなが知るのは、化粧や演技やストーリーやらでにぎやかで、「ホンモノじゃない」とは言わないけれど、どこか汚れている。人間の汚れた手垢でベタベタになっている。
(こういうふうに言うから大人になれない中二病なのかな。)
高幹のお茶をつくりたい。売りたい。
純粋無垢のものを商品にするなんてイヤな大人のすることだけれど、数が少ないので入手できる人も少ないし、入手してもわからない人がほとんどだろうし、結局なにも変わらないし、ま、いいか。手垢がついたりしないだろ。
茶葉
高幹のお茶をつくるのは今はまだ難しい。
その夢を叶えるにはいろいろ問題がある。
近づくほどに問題が出てきて難しくなっているが、この傾向はいいヤツだ。確実に近づいている証拠だから。
自分では無理でも、その夢を先に叶えた他人のお茶を買うことはできる。
そういえば、高幹のお茶を狙っている茶商がいて、易武山に住み込んで毎日10キロの山道を走ってトレーニングしているという話を人づてに聞いていた。
あの人に会えないかな・・・。
北京人の茶友にそんなことを話したら、あっさり連絡が取れた。
近づいている・・・よな。
その人はラオスの山にこもってお茶づくりをしている最中だったので、山を降りてくるのを待った。
まだ、その茶葉を見てもいないし、価格も聞いていないけれど、「とりあえず1キロ買いたい」と言ってみたら、あっさり売ってくれた。
2019年の10月20日から10日間でつくられたのはぜんぶで7キロ。
この7キロのためだけに3ヶ月ほど山で過ごしている。
散茶のまま1キロを分けてくれて、あとの6キロは”龍珠”と呼ぶ8gの飴玉状に圧延加工したらしい。
龍珠
散茶は自分で圧餅する。
(後に、龍珠も1キロ買うことにした。)
その人は浙江省義烏市の人で、数年前に小さなお茶の店をはじめた。
これからは”義烏人”と呼ぶことにする。
茶湯の色
喫茶の歴史ある浙江省だけあって、わかるお客がいる。
ホンモノを求める数人の要望に応えるだけで、この仕事が成り立っているらしい。
お茶の味になんとなく記憶がある。
たぶんこれに似た系統。
+【老撾高幹古樹2018年・秋天 その1.】
記事に出てくる高幹のお茶は「美味しくない」と書いているが、このお茶は美味しい。
聞いてみると、同じラオスの山でも場所がちょっと違うらしい。中国側の漫撒山から見たら北寄り、刮風寨よりは丁家老寨に近いらしい。
距離にしたら数キロしか離れていないが、お茶の味は違う。
高幹の茶葉
圧餅前に、散茶のままの味を記憶しておくことにする。
葉柄がとにかく粗い。長い。茎が太い。
高幹の茶葉
泡茶
泡茶
泡茶
義烏人の言うには、殺青を意図して浅いめに仕上げているらしい。
それが昔ながらの易武山の味というのもあるけれど、飴玉状の龍珠に加工するときに、どうしても蒸すときの熱が過剰になりやすい。そのバランスを考えているらしい。
歩いて5時間ほどかかる山奥。
村から5人の采茶のアルバイトを連れて入っても、采茶の時間がない。
帰りの5時間の道すがら袋に詰めた茶葉が蒸れて軽発酵のような変化が始まる。
山に製茶小屋をつくることも考えたらしいが、山道があまりに険しくて、大きく重い鉄鍋を持ち込めないらしい。
製茶のクオリティーを求めるお茶ではない。
茶湯
葉底
サッと抽出して薄めにしても、しっかり抽出して濃いめにしても、いずれにしても淡くあっさりしているのが高幹の特徴。
辛味・渋味がほとんどなくておっとりしているのも高幹の特徴。
半日かけて15煎くらいは飲んだけれど、煎ごとの変化があまり大きく感じられないのも高幹の特徴。
ゆったりした茶酔いで興奮しない。静かに沈んでゆくのも高幹の特徴。
殺青のときの薪の火の煙を吸ったかな?という煙味があるけれど、3煎もしたら消えるので問題ない。
煙味はラオスの農家の殺青の窯の造りがひと昔前のままで、排煙がうまくできていないからだ。むしろリアルでいいと思う。
10月20日からの采茶は秋の旬の真ん中だけれど、雨季から乾季になる途中で、まだちょっと雨の降る日もあったはずだけれど、高幹の茶樹は根が深いせいだろうか、お茶の味はあまり天候に左右されない。それも特徴。
葉底
葉底は茎の部分が3分の1ほど占める。
茎は長くて太くて柔らかい。柔らかいから製茶できる。製茶できるから摘むのであって、故意に長い茎を摘んで重量を稼いでいるのではない。
1950年までの易武山の私人茶庄の”號級”の餅面の茶葉とそっくり。

ひとりごと:
自分でお茶をつくるのはたいへんだけれど、他人のつくったお茶を買うのはカンタンだな。楽だ。楽したい。
お金があれば楽できる。
お金が欲しい。

曼派古樹青餅2019年 その1.

采茶 : 2019年04月
茶葉 : ミャンマー曼派
茶廠 : 曼派布朗族の農家+孟宗の農家
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 農家
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+鉄瓶+炭火
農家

お茶の感想:
農家の若者がお茶を売りに来た。
彼の土地には名物の古茶樹がない。
広い土地もないから、小茶樹のお茶を大量につくることもできない。
稼ぎが足りない。
こういう農家はお茶づくり代行をして稼ぐ。
別の農家から鮮葉を仕入れてきて製茶や圧餅を請け負う。
数キロの少量からできるので、規模の小さな小売店がオリジナルのお茶をつくることができる。
農家の若者はそういう仕事をしている。
このお茶は、ミャンマーの農家がつくった晒青毛茶を仕入れてきて、農家の若者が自分で圧餅や包装をしたもの。
包み紙を白紙にしてあるから小売店のオリジナルにすることもできる。
一般的には誰かのオーダーによってつくられる。農家が自分のリスクでつくって在庫するなんてことはしない。
もしかしたら途中でなにかトラブルがあったのかもしれない。
そんなことは聞いても本当のことを言うわけがないから、茶葉を見て判断するしかない。
とはいえ、いろいろ聞いてみた。
餅面
まず、産地はミャンマーの”曼派”のお茶である。
布朗山から南へ国境を超えた地域。
地元の人であれば通行証だけでカンタンに行き来できる。
山続きだから、曼派にもたくさんの古茶樹があって、老班章とか老曼峨とかブランド古茶樹の原料を提供している。つまり産地偽装のお茶どころ・・・と、聞いている。
3年くらい前から景洪市のあちこちの店で曼派のお茶が売り出された。
中国から大きな資本が入って、製茶の設備が整えられたらしい。
ミャンマーだから秘境というわけではない。
目の届かないところだから、余計に気をつけないといけない。
崩し
崩した
このお茶は手づくり。
曼派の農家が鉄鍋炒りの殺青をして、揉捻をして、直に太陽の光の当たる晒干をしている・・・らしい。
古茶樹の中でも大きなのを選んで、今年の春に30キロ、昨年の秋に7キロ、合計37キロつくられている。
一軒の農家の手づくりならだいたいこのくらいがリアル。
もしも100キロもあれば、何軒かの農家の鮮葉や晒青毛茶が足して混ぜられるから、古茶樹ではなくなる、手づくりではなくなる、春の旬ではなくなる、など、純粋ではなくなる。
茶湯
初回飲んだときに美味しいと感じた。
サンプルを多めに置いてもらって、3日間で決めると約束した。
もしもウチの店が仕入れるなら、200gサイズの餅茶になった180枚分。36キロ。ぜんぶもらう。
けっこうな金額になるので慎重に試飲した。
それで、3日目に「いらない」と返事した。
古樹味に欠ける。渋味が強く出る。
布朗山方面の古樹の味をあまり勉強していないから、老班章の高級茶を専門に扱う地元の茶商を訪ねてホンモノを飲ませてもらった。
老班章の古樹のそこそこのは晒青毛茶の仕入れ価格が日本円にしてキロ20万円を軽く超えるから、小売価格はその2倍・3倍になるわけで、土豪(田舎成金)かほんとうに好きなファンしか買わないお茶になっている。
安いニセモノなら大量に流通しているが、ホンモノは飲む機会がめったにない。
で、飲んでみたところ、やはりホンモノは良かった。
過去に飲んだ老班章はあれもこれもニセモノだったのかな・・・という感じ。
煮茶
山続きの曼派は、お茶づくりがまだこなれていない感じなのだ。
茶樹の選び方にしても采茶のタイミングにしても製茶にしても、研究が不十分で、その素質がしっかり引き出されていない。
人気が集中してバカ高い有名茶山の古樹のお茶は敬遠したくなるけれど、より多くの人が茶の評価に参加して、お茶づくりの研究がされて、上には上がつくられて、修練されてゆく・・・というところは勉強できる。
美味しいお茶ならいくらでもある。曼派のお茶も美味しいお茶である。
でも、叩かれて強くなる過程がまだ足りないよな。
葉底
写真ではわかりにくいが、茶葉の色がくっきり2色に分かれる。何度淹れても2色になる。農家の若者は「春と秋が混ざっているから」と説明するが、どうかな。ミャンマーの農家がなにかしたのじゃないかな・・・。
転売のお茶は真実がわからないから、こういうのがあると引いてしまう。

ひとりごと:
叩かれるのを避けたら強くなれないな。


茶想

試飲の記録です。

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