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老象古樹紅餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨古樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・グラスの茶杯 銅瓶・電熱
栗

お茶の感想:
天気がよくない。
週に2日ほど晴れてはまた雨が降る。
空気がしっとりしたままで、秋らしくカラッとしない。
農家と連絡を取り合っているが、晴れる日に若葉の育つタイミングの合う茶樹が少なすぎる。
だからちょっと冷静になれたと思う。
これまでの自分は待ちきれなくて、とりあえず山に行っている。
農家は鮮葉を売るのが仕事なので、客が来たら天気なんておかまいなしに采茶したい。
「もう数日したら新芽は出なくなる」とまくってくる。
チャンスを逃してなるものかと采茶する。
鮮葉は集まるが、やはり天気はいまひとつ。
しかし、待ったなし。鮮葉を捨てるなんてことできない。
仕方なく製茶する。
そしていまいちなお茶ができる。
天気が回復してやっとコンディションが整ったときには、残り少ない新芽・若葉はすでに摘み終わっている。
実は、こういう失敗を何度かしてきた。
なので、天気を待って、待ったがゆえに空振りして、収穫ゼロに終わってもいい・・・と、今回はこの展開を受け入れる。
ま、秋だから、春ほど前のめりにならない。
前回の巴達山でつくったお茶の中で、古樹の紅茶がいい感じ。
毛茶
圧延したら180gサイズ2枚になった。
巴達山は曼邁寨と章朗寨の古樹が有名だが、その他の村々にもほんの少しだけ古樹がある。
巴達山だけでなく、西双版納の茶山にはそういうのがあちこちにある。
少くなすぎて農家にしたら生産効率が悪いし、メーカーからしたら製品化するに足るマーケットはないし。なので、ふだんは近場の有名どころの農家に鮮葉が転売されて、産地偽装のお茶になる。味は似ているし、古樹は古樹だし、あまり罪のないウソだな。
このお茶の村の怖司寨は章朗寨に近いから、たぶん章朗寨のお茶になるのだろう。
あとで地図を見たら”老象山”という別の名前があった。
なぜ知ったかというと、北京の茶友が一芽の紅茶づくりのための収茶をこの村でしたから。
一芽のところが一芽二葉で摘まれたトラブルで北京人がモメている脇で、農家と雑談していたら、「ひとりだけ間違って古樹のを一芽二葉で摘んでしまった」という話が出てきた。村からそんなに遠くないというので、すぐにそこを見たいとお願いした。
人造湖
そんなに遠くないといっても30分は山歩きする。それでも古樹の茶地にしたら近いほう。
山の下のほうに人造湖が見える。
このあたりでは有名な釣り場で、コイ科の巨大魚”青魚”がいる。農家がスマホで見せてくれたが、人より太い魚の腹だけが写っていた。大きすぎて頭と尻尾が画面に入っていない。
西双版納の村にゆけば、”生きもの伝説”が必ずひとつやふたつはあって楽しい。
自生する茶樹は、山の形状が複雑になって霊気を漂わせるところに潜んでいる。そういうお茶は美味しい。
この古樹もまたそんな雰囲気漂うところにあった。
茶地
山の上のほうで全体的には明るいが、険しい斜面の入り組んだ谷筋の影になって、そこだけ近づくのがちょっと怖いようなうっそうとした緑。茶樹は一本一本バラバラに、数十本ほど群生している。
過去10年くらいに台刈りされて樹高が低くなったのが多いが、6メートルを超えるようなのも数本見える。
古樹
それでも、美味しいかどうかはお茶にしてみないとわからない。
間違って摘まれた一芽二葉の鮮葉を買い取って、これを紅茶にした。
萎凋
写真は、翌日の朝日で萎凋しているところ。
2キロちょっとの鮮葉だから、乾くと500g弱。
少なすぎて軽発酵の温度が上がりにくいなど製茶の難しい面はあるが、一枚一枚の茶葉に気を配って手加減できる良い面もある。
これまでつくった紅茶は一芽三葉の鮮葉なので、一芽二葉ははじめて。
北京人の一芽の紅茶づくりを手伝って、軽発酵の温度が上がりにくいのを知ったが、これもやはり思うようにはゆかなかった。
晒干で茶葉が乾く前に33度くらいにまで温度が上がるように、ザルに広げる厚みを調整した。
餅面比べ
左: 一芽二葉
右: 一芽三葉
紅茶の紅茶たる赤黒い色が薄いのは、軽発酵の浅いこともあるけれど、この場合は一芽二葉の一芽の配分が多いのが主な原因。
飲んでみたら、なかなかいける。
二煎め
茶湯の色が浅い。黄色い。
このイメージと反して味は深い。骨がある。古樹味がしっかり出ている。
葉底
苦味がいい。
軽快で消えが早くて清々しい。
静かでおっとりした雰囲気は、近くの章朗寨のパワフルな印象とはちょっと違う。
海抜がやや低めの1450メートルくらいのところにあるせいだろうか。
ほんのちょっと余った散茶を3日続けて飲んでいるけれど、飽きない。もっと飲みたい。
2枚しかないけれど、これは商品にできるだろ。
1年ほど熟成させてから出品するつもり。

ひごりごと:
肩を傷めてしまった。
ヨガをしても治らない。
仰向けに眠る姿勢で痛くなるから、休めば休むほど辛い。
肩甲骨がゴリゴリなのだけれど、その原因が別のところにあるのを知らなかった。
盲人按摩の老師に頼っても治らないわけだ。
Youtubeを探してみたら改善のヒントが見つかった。
手首・足首・胸骨・肋骨が固まっているらしい。
何人かの整体の先生がこの点を指摘している。
さっそく手首・足首・胸骨をゆるめる運動をしてみたら、ちょっとましになってきた。
ヨガのポーズでも、手首・足首・胸骨をゆるめるポーズをしていたのに効いていない。
ポーズの意味をちゃんと理解していなかったのだな。
ヨガは奥が深いな。

巴達一芽紅茶2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月25日・26日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山怖司寨小茶樹
茶廠 : 農家+北京人
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
台地茶
台地茶
新芽・わかば

お茶の感想:
前回の記事で「たった11キロの製茶で疲れ果てた・・・」と書いたけれど、そうじゃなかった。北京人のお茶づくりを手伝って、そっちのほうがもっと重労働だったのだ。
それは、一芽だけの紅茶。
新芽
新芽
全国的には珍しくないけれど、西双版納の大きさやカタチが揃わない混合品種の一芽でそれをつくるのはちょっとヘンなアイデアである。
製品化できるかどうかはさておき、この試みはワクワクする。
北京人は、まだ雨の季節の9月に布朗山の農家に頼んで15gほどのサンプルをつくっていた。
それを飲んでみると、びっくりするくらい上等な味がした。
透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
本来なら安モノな小樹のお茶で、しかも9月の雨の季節で、苦い・渋い・粗いはず。
ところが、一芽だけになったら違う。
さらに、これは雲南の茶葉の持ち味なのだろうか、そこそこ煎がつづく。5煎くらいまで余裕でいける。他の地域の一芽だけのお茶にこれほど煎のつづくのがあるだろうか。たぶんないよな。
小樹
一芽をたくさん収穫するとなると古樹では難しい。
西双版納の古樹はなるべく選定をしないのが上等。剪定しないと枝分かれが少なくて芽数が少ない。労働効率が悪い。
若い茶樹で背の高さを低く保つように剪定している台地茶なら、枝分かれが多くて芽数が多い。収穫量に数倍の差があるだろう。
台地茶の栽培規模の大きな茶山となると、西双版納では勐海県の布朗山か巴達山になる。
なので巴達山のいつもの農家が都合よかった。
ただ、自分は何度も来ていて知っていたが、北京人は知らなかった。
巴達山の農家のふだんつくる安いお茶は、犬や猫がうろうろする地面に茶葉をひろげて萎凋や晒干をするし、殺青も揉捻も機械でする。衛生観念がズレているし、手工(手づくり)のための製茶道具がほとんどない。
製茶場
すべての掃除からはじめなければならないし、手工でつかう道具のほとんどは自分で持ち込まなければならない。
北京人はいきなり出鼻をくじかれた。
しかし、彼が到着したときにはもうすでに朝から十数人の農家が茶畑に入って茶摘みをはじめているし、鮮葉の鮮度を保つのは一刻を争う。
なんとか工夫するしかなかった。
こんなふうに、理想から遠くはなれてゆくことがお茶づくりのあらゆる場面で発生するから、リカバリーをいかにうまくできるかゲームだと思って楽しむしかない。
萎凋
一芽を採取するには2つの方法がある。
1.一芽二葉くらいで摘んでおいて、後から新芽だけを摘出する。
2.一芽だけ摘む。
初日に”1”を試した。
一芽二葉くらいで摘んだ茶葉から、指でつまんで一芽を取り出す。
鮮度のことがあるのでその日のうちにしなければならない。村の人に声をかけてアルバイトを10人集めたけれど、やはり深夜までかかった。
一芽二葉が一芽だけになると、25キロあったのがたったの2.8キロになった。
およそ10分の1。
カンタンに言って10倍の価格にしないと割が合わない。バイト料を含めたら15倍というところだろうか。
ま、それでも有名茶山の古樹の一芽三葉よりはずっと安い。
ただ、”1”の方法にはひとつ問題があった。
深夜12時くらいになると茶葉の水分が抜けて(萎凋がすすむ)柔らかくなってポキっと折って一芽と若葉を切り離すことができなくなる。爪の先を立てて切り離すという面倒な作業になる。
やはり”2”のほうがカシコイのかな?
ということで、二日目に”2”のほうを試した。
収茶
収茶
ところがここでまたトラブル発生。
25人ほどの茶摘みのアルバイトが夕方に収穫を終えて帰ってきてみると、ぜんぜん一芽になっていない。一芽一葉くらいで摘んでいる。一芽だけは割に合わないと勝手にルールを変えたらしい。
本来は、北京人が午前中に茶畑に入ってひとりひとりの指導するべきだが、それを他人に任せてしまったのだ。太陽が照って暑いし、山歩きはしんどいし、茶畑には痛い痒い虫がたくさんいるし、嫌な仕事だから。
一芽二葉
北京人はスネて、「茶摘みのお金は払うから茶葉はどうにでもしろ!帰る!」と言い出したが、なんとかなだめて続行した。捨てるのはもったいないから。
結局、初日とおなじくアルバイトを集めて深夜まで一芽を摘出した。
選別
こんなふうに想定外の費用が発生することがある。よくある。コストがこのくらいで販売価格がこのくらいで生産量がこれだけあればいくら儲かる・・・なんて計算していると、途中から何度も計算しなおすことになって疲れる。
農家の中にひとりだけ真面目な人がいて、一芽だけの純粋なのを采茶していた。半日で800g弱の収穫だった。一芽だけを要求するなら、1キロ摘めば一日のバイト料として見合う金額を約束しておくべきだが、北京人の条件はそれを下回っていたのだ。アルバイトが納得しないわけだ。
新芽
新芽
さて、一芽。
一芽だけになった鮮葉は、これまで見たことも触ったこともなかった。
例えば、萎凋のときに乾くのが早いとか、殺青のときの火が強すぎると焦げやすいとか、経験から知っていることもあるけれど、あくまで一芽三葉がひとつになっているのを観察してのことだから、純粋に新芽だけを観察したものではない。知らないことがある。
まず、意外に”重い”と感じた。鮮葉の時点では思っていたよりも水をたくさん含んでいるのだな。乾燥したら羽毛のように軽いからギャップが大きい。
そして、その水分はカンタンに抜けない。
もしかしたら、若葉や茎がくっついている場合はそっちに水を吸い取られて、一芽の乾きが早いのかもしれない。一芽だけになると水分が抜けにくい。
金針紅茶
左: 完成した状態
右: 鮮葉を萎凋している状態
紅茶をつくるのだから、揉捻・渥堆の製茶工程で軽発酵がすすんでくれないと困るが、なかなかすすまない。軽発酵がすすむときに発熱するが、その温度が低い。
色の変化が少ない。
若葉なら赤黒く変色するので、若葉のほうが軽発酵しやすい成分構成であることがわかる。
一芽の軽発酵度を見るのは、色の変化よりも香りの変化に注目するしかない。
香りの変化は、揉捻のときに現れる。
初日の”1”の一芽は、鮮葉の水分のあるときは2.8キロ。乾燥したら700g弱。少量なので手揉みで揉捻した。揉捻のときはすでに2キロ弱くらいになっていた。
いつもは手でそのまま茶葉を球状にして揉捻するが、一芽だけだとバラけやすくて球をつくりにくい。布袋ならカンタンにまとめて球にできる。
布袋
揉捻
ふだんの一芽三葉くらいで揉捻するときは、けっこう繊維の弾力があるから手応えがある。一芽だけになるとはじめから柔らかくて手応えの変化が少ない。
揉捻の終盤になると、茶葉の球がバスケットボールくらいからソフトボールくらいに小さくなる。そのときジワッと水分がでてくる瞬間がある。その水分が出てきたら鮮味の香りが強く出てくる。この香りの変化がいちばんわかりやすかった。
機械揉捻
二日目のは機械揉捻した。
二日目のは収穫が多くて、一芽だけになった状態で25キロほど。初日の10倍もある。乾燥して仕上がると6キロ弱になる。量が多いので手揉みすると時間がかかりすぎる。手揉みと機械揉みの差がどこにあるのかはっきりわからないので、機械を試すことになった。
結果はあまりうまくゆかなかった。一芽の先っぽの針のように尖ったところが千切れたり、ヘンに曲がりすぎたり。一芽だけの揉捻を想定した機械じゃないのだ。たぶん、他の地域の一芽のお茶づくりを専門にしているところでは機械の性能が違うはずだ。
揉捻を終えたら晒干。
初日のはうまくいった。
最後まで天気が良かった。
晒干
晒干完了
巴達金針紅茶
揉捻を終えたのが正午くらいで、そこから日光に晒すと、半日で7割がた乾燥する。そこまで乾いたら陰干しでひと晩置いても風味への影響は少ない。次の日の朝にもういちど日光に晒して乾燥を終える。
ところが、二日目のは途中から天気が崩れだした。
揉捻を終えて、いざこれから晒干というところで、すでに雲が多い。
天気予報は「ますます悪くなる」と言っている。
巴達山の農家はふだん大量生産で紅茶をつくっているので、石炭を熱源にする大きな乾燥機がある。それを使うことを北京人に提案したが、どうしても晒干をあきらめきれない様子。
「機械乾燥するくらいなら陰干がいい」と言い出して、町のアパートに持ち帰って除湿機のある部屋で乾燥させることになった。
空
このとき自分のお茶づくりは実験で少量の紅茶と白茶を試していたが、晒干がほぼ完了していたので、あとは陰干しするだけ。巴達山の農家に任せることにした。(このお茶は仕上げて後日記事にする。)
北京人の茶葉とともに山を降りることになった。
余談だが、一芽を取り除いた二葉だけの若葉がたくさんあって、北京人は同時進行で紅茶にしようとしていた。ところが、夜中に猫がウンコをして、気づかないまま揉捻して、ぜんぶダメになった。揉捻後の異臭でやっと気がついた。
北京人は怒って「農家にくれてやる!」と言って、そのまま置いて帰った。
たぶん、捨てられないで知らない人に販売されるだろう。
北京人になにかとトラブルの多いのは運が悪いからではない。予知しようとしていないだけだ。集中力不足。
さて、山を降りる途中、北京人は知り合いの茶廠(メーカー)の師匠に電話でアドバイスを求めた。
「とりあえず茶葉を見てから」と師匠はいうので、途中の勐海鎮の町まで戻って見てもらった。
師匠の下した判断は、渥堆発酵を明日まで続けて、それから機械乾燥する。
さらに、揉捻が不十分なのでこれから手で揉むべし。
メーカーだから職人たちがいる。5人でいっせいに揉捻したらほんの1時間で終わった。
木箱に詰めてひと晩軽発酵をすすめた。
降り出した雨は、夜になって雷を伴う大雨になった。
次の日の機械乾燥の現場は見ていない。疲れ果てて寝込んだから。
北京人に聞いた話では、10分間だけ100度まで温度を上げたらしい。
その数日後の試飲。
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
一芽紅茶
左:初日の晒干の一芽
右:二日目の機械乾燥の一芽
美味しい。
やはり、透明感があり、渋味や苦味がなくて、きめ細かな水質を舌に感じて、のどごしは柔らかい。
秋の旬の一芽。ひと口めにポッ!っと火がつくようなインパクトがある。アルコールランプに火をつけたときの小さな爆発のよう。
写真では伝わらないが、一芽の紅茶の茶湯の色はとても明るくて、この見た目にもインパクトがある。
ふたつを比べると、晒干で仕上げたほうが明らかに美味しい。口感の香りも涼しい。機械乾燥のは味も香りもモヤッとして暑苦しい。
ただ、その差は2煎くらいまではっきりしていて、3・4煎とすすめると差が少なくなってゆく。おそらく機械乾燥の技術を上げるとその問題は消える。
メーカーの師匠のつくった紅茶を飲んでみたが、それは機械乾燥だがすばらしい出来だった。晒干にはできない熱の通り方による香りが良い印象をつくっていた。
一芽の紅茶はいいお茶になる。
他の地域の上等のやつに負ける気がしない。素材がいいから。
北京人はこれからが勝負だな。
本人もちょっとやる気が出てきたみたいなのでよかった。

ひとりごと;
それでも自分はこの一芽のお茶はつくらないな。
他人のつくったのを転売するのはアリかもしれないけれど。
なにか違うな・・・という感じなのだ。

巴達生態紅餅2019年・秋天 その1.

製造 : 2019年10月24日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山賀松寨小茶樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗 グラスの茶杯 銅瓶 電熱
巴達山
巴達山村
巴達山
茶地
采茶
茶樹
茶葉
持ち帰り
萎凋

お茶の感想:
タイのチェンラーイから西双版納に入ってしばらく天気が悪くて、回復を待ちつつ茶友らから情報をあつめたところ、昨年よりはましじゃないか・・・ということで、秋のお茶をつくってみる気になった。
ただ、他の産地にくらべると西双版納の秋の調子はいまいち。
気候のせいと、気候の育んだ茶樹の品種特性のせいと、つまり天然のものなので仕方がない。
ま、できたらラッキーくらいの気持ちでいる。
今年2019年の春は茶摘みからするお茶づくりをぜんぜんしなかったから、昨年の秋から1年ぶりに手を動かすことになる。
身体も感覚も鈍っている。
なのでウォーミングアップのつもりで、比較的安い鮮葉の手に入る巴達山に行った。
この季節の山はいい。
青い空、白い雲、澄みきった冷たい空気。
痛い痒い虫も少なくて快適。
今回はいつもの古茶樹ではなくて、低く剪定してある樹齢の若い茶樹。小茶樹とも台地茶とも呼ぶ。収穫がカンタンで生産量が多いから安くて、気楽である。
2016年の春にこの茶葉でつくった紅茶がなかなかよくて価格も手頃だった。それがちょうど売り切れて、他に気軽な価格の紅茶がなくなったので、ちょうどいいかもしれない。
茶摘みの人
鮮葉
帰り道
午後にあちこちの茶畑をめぐって茶摘みをしている人を探す。
探さなければならないくらい少ない。
海抜1800メートルほどの山頂付近にある賀松寨の茶畑は、西双版納ではかなり高地になり、気候が涼しくて、秋の終わりがやや早い。新芽・若葉が柔らかく摘み時になっているのが残り少なくて、村の人は采茶よりも他の作物の世話で忙しくなっている。
初日の10月23日に25キロほど。
翌日の10月24日に30キロほど。
鮮葉から水分が抜けると5分の1くらいになるから、5+6=11キロくらい。
たった11キロの製茶なのに、チカラを使い果たして、ウォーミングアップのつもりがオーバーワークになって、山から帰ってから2日間寝込んだ。
回復してすぐに圧餅を6キロ分したら、また疲れてダウン。
盲人按摩の老師に、背中や肩のあちこちのコリをほぐしてもらって、今やっとブログを書けるようになった。
山から降りてちょうど天気が悪くなったタイミングと重なったからよかっかたけれど、これが春の旬だったら大きなチャンスを逃すことになる。
こんなはずじゃなかったが、年齢による身体の変化のスピードに、トレーニングが追いつかずに現状維持すらできていないのだな。
あきらめも大事。あきらめのタイミングはもっと大事。現実をちゃんと見て、そろそろ作戦の立て直しのときだろうか。仕事とか人生とか。
揉捻機械
揉捻後
揉捻
揉捻は、機械で7割、残り3割を手で仕上げた。
だんだん圧力をかけていって茶葉の水分と栄養分を絞り出す。
機械揉捻は25分ほど。手揉みは農家の若者が半分手伝ってくれたけれど、それでも2時間ほどかかった。揉んでいる手の中で軽発酵がはじまるのがわかる。
機械で最後まですると、茶葉から水や栄養分が滲み出てくる感覚がつかめなくて、変化の過程を見失う。なのでどうしても手で仕上げる必要がある。
軽発酵
温度
晒干
晒干
パンニャ8歳
巴達山は夜が冷えるので渥堆の温度が上がらない。
渥堆時の温度を調整するにはなんらかの熱源を使うことになる。
そこまでしなくていいかな・・・軽発酵が浅くてもいいかな・・・と考えているので自然に任せる。
天日干しで仕上げる紅茶は太陽の熱で軽発酵がいくらかすすむので、布でくるむ渥堆の軽発酵はちょっと浅めに仕上がっても大丈夫。ちなみに紅茶の軽発酵は33度くらいがよいと聞いているが、天日干しの茶葉は水分をたくさん持つはじめの2時間ほど、ちょうどそのくらいの温度に上がっている。
軽発酵が浅いと鮮味が強い。
鮮味は、花屋さんのツンとしたあの香りに似ている。いい香りであるが、なのになぜ鮮味を嫌うかというと、体感にも刺激が強いからだろう。実際に舌にピリッと辛い。香りは性質を表すサインである。例えば、この場合の鮮味は胃を削るとか、長い経験に基づいた茶の性質の判断材料になっている。
軽発酵を深く仕上げると鮮味は消えてドライフラワーのような穏やかな香りになり、おそらく体感も穏やかになっている。
この紅茶は圧餅して完成する。
圧餅加工の高温の蒸気によっても軽発酵がいくらかすすみ、鮮味が抑えられる。
完成してからさらに何年か保存熟成して、さらにまろやかになればよいと考えているので、製茶の時点ではカンペキを求めない。
10月23日と24日と、萎凋や渥堆の時間が異なり、仕上がり具合も異なった。
これは2つに分けたいと思う。
今のところ出来の良いのは24日のほうなので、出品するなら24日のほうかなと思う。
毛茶
圧餅道具
石磨
足
圧餅布
餅面
餅面
結着が弱くて表面の茶葉がポロポロ落ちる。圧餅の蒸し時間が足りないせいだが、茶醤の少ない秋の茶葉であることと、軽発酵がすすんでいることと、もともと粘着力が弱いから仕方がない。
でも、やはり下手くそだな。餅形も悪い。
次回はもうちょっとうまくできるだろう。
圧餅にも技術があるので、よい練習になった。
高価な茶葉で練習したくないからな。20倍近い差があるし。
ポロポロ落ちて失う茶葉の分を予測して3g プラスの183gで圧餅してある。落ちた茶葉を差し引いてほぼ180gの当店規定のサイズで出品できるはず。
圧餅を完成して、圧餅前の散茶と比べてみた。
泡茶前
泡茶
茶湯の色
はそこ
左:圧餅
右:散茶
圧餅には揉捻と似た効果がある。それが見た目にもわかりやすいカタチで現れている。
圧餅のはローズのような香り。散茶はラベンダーのような香り。このラベンダーの香りが巴達山の紅茶の鮮味の特徴である。
飲み比べると、圧餅のは口当たりまろやかだが酸味が出ている。散茶はピリッと辛味があるが酸味が少ない。その分甘く感じる。
この味のバランスだと散茶のほうが美味しく感じる。
しかしその差は2煎めくらいまでで、3・4・5煎とすすめるほどに差がなくなる。
注ぐ湯の熱が茶葉を変えてゆき、味が接近してくる。
酸味を欠点とした上で、3煎めくらいから気にならなくなる原因が熱による変化だとしたら、常温保存の長い長い時間をかけた微熱によっても、酸味が消えてゆく変化があるのかもしれない。
実際に、保存熟成1年後くらいから圧餅の紅茶はいいバランスの味わいになる。
圧餅と散茶との小さな差に注目するとそういうことになるが、もっと大きなところから見たらこのお茶は渋い。ちょっとバランスが悪いくらい渋い。これまでの紅茶のなかでいちばん渋いかもしれない。
渋いのは原料の茶葉の質によるものだから、今回は仕方がない。
お金を出して買う人に評価されたくないから、これは物々交換で取引するかな。渋味もまた美味しいと思える人と。

ひとりごと:
巴達山に滞在中、北京の茶友が来て試験的に新しいアイデアのお茶づくりをした。
新芽だけでつくる紅茶。
選別
新芽
たいへんな作業量。
自分の価値観ではぜったいにやらない手法。
他人のだからいいか・・・と考えて手伝ってみた。
これが、ぜんぜん渋くならないのだな。新芽は渋味を持たないから。
別の記事で紹介しようと思う。

1

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