プーアール茶.com

茶学・自分で味わう

茶学はお茶を味わうことを学ぶ。
お茶を味わうのはカンタンなようでそうでもない。味わことを他人にまかせて、自分で味わうことを忘れやすいからだ。
例えば、中国でお茶好きが集まると、茶葉の良し悪しの品評がはじまる。ところが、お茶の経験において先輩な人が評価すると、みんなはそれに頼ることが多い。
「小茶樹(樹齢の若い茶樹)だから渋いね。」
なんて話になると、茶葉の価値がそこで決まってしまう。
いや、ちょっと待って。
その見方は確かにあるけれど、違う見方もあるのじゃないの?という具合に、慎重に美の観点を探るようなことは少ない。まして淹れ方をちょっと変えてみて、別の角度から鑑賞するようなことにはめったにならない。
身体の感覚、心の動き、すべてに意識を集中して、それ固有の美を探るのは、面倒な作業なのだ。
誰にでもわかりやすくしよう。便利にしよう。そうやってお茶の評価基準みたいなのが設定される。ある種のお茶の正しい味・正しい道具・正しい淹れ方。客観的で公平で近代的な知識でお茶を理解するのには都合が良い。専門誌・インターネット・テレビ番組で拡散される他人によるお茶の味わい。
茶学
茶学ではまったく通用しない。
自分で淹れたお茶を自分で評価しなければ、つぎの一杯が淹れられないから。
お茶淹れ初心者には、1煎めのお茶を飲んでから必ず聞いてみる。
「自分で思ったように入りましたか?」
抽象的な感想で十分。
「もっとやわらかく淹れたかった。」
「もっとキリッとさせたかった。」
でも、具体的にどうしたらよいのかは自分で考えてもらう。
「では、もっとやわらかくなるようにイメージして淹れてください。水の流れる感じとか、茶葉が湯にほぐれてゆく感じとか、飲む人の口に触れる湯の温度とか、口に含まれる茶湯の量とか。」
キリッとさせたい場合には、キリッとしたイメージをつくってもらう。イメージが大事。イメージが微妙に呼吸を変える。姿勢を変える。動作を変える。水の振動を変える。そしてお茶の味を変える。
他人ではなく自分の味が基準。
茶学では客席についている人に「味はどうですか?」なんて聞くのは無駄。その人のお茶の味の見方は、その人の淹れたお茶で表現されるから。
自分が淹れた最初の一杯目をどう評価するか。
自分の順番の前に淹れた人のお茶を、自分がどう評価するか。
真剣にお茶を味わいたければ、淹れる側の席につくべし。

関連する記事

茶想

試飲の記録です。

・キーワード検索

・カレンダー

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

・表示されている記事

・お茶と年代のカテゴリー

・記録

お茶の歴史
お茶の歴史 (JUGEMレビュー »)
ヴィクター・H・メア,アーリン・ホー

・サイトリンク

・プロフィール

 

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM