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茶学・言葉にしない

茶学 上海
(写真:上海での茶学)
手順をひとつ加えることにした。
案内役の自分は初回のお茶淹れを担当するが、お茶を淹れる前に湯を注いで飲んでもらう。
水の落ち方がちがうと口感がちがう。
自分の中のイメージでは1杯目に「トロンとした水」、2杯目に「キリッと爽やかな水」。
この口感の違いは誰にも分かる。
ただ、言葉にはしない。
このとき面白い反応がある。
1杯目と2杯目をどんな言葉にしてよいのかわからなくて聞いてくる。
こう答える。
「どんなふうに違うのかわかったでしょ?それでいいのですよ。」
でもみんなは言葉にしたい。
1杯目は「静」で、2杯目は「烈」。
1杯目は「柔」で、2杯目は「硬」。
1杯目は「軽」で、2杯目は「重」。
いや、1杯目は「重」で、2杯目は「軽」でしょ?
どちらが正しいのですか?
ひとりひとり感じ方が違うと理解していいのですか?
という具合。
ひとりひとり感じ方が違うのではない。
そんなはずがない。みんなに同じ水の振動が響いている。
表現につかう言葉がひとりひとり違うだけなのだ。
言葉で学ぶことの限界。学びを言葉に頼ってはいけない。
1杯目と2杯目の違いを正しい言葉で覚えても、水はつくれない。水をつくるのはイメージであり音であり、心や身体の動きであり、いつも流動的に変化しながらバランスをとっていて、固定できないものだから。

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