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瑶洞古樹青茶2015年 その1.

製造 : 2015年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山瑶洞古茶樹春茶
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 京都・陶器の壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興紅泥の茶壺+鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶は一般的には刮風寨のお茶として販売される。
+【瑶洞古樹散茶2015年 その1.】
この散茶を餅茶にしたのが今日の『瑶洞古樹青茶2015年』(卸売部)。
瑶洞古樹青茶2015年
つまりニセ刮風寨のお茶である。
これもそう。
+【瑶郷古樹青餅2014年】
刮風寨から山ひとつ超えたラオスに茶地がある。
これらのお茶はニセ刮風寨になったほうがたくさん需要があって、よく売れて、安く買えて、みんなが幸せになれる。美味しさで比べても価格差ほどはない。
今年の春、ホンモノの刮風寨の古茶樹のお茶づくりをした。
ここに来るまで9年。念願の夢がかなったのだが、もっと早くに夢を叶えたらニセ刮風寨を売っていたかもしれない。
ニセとは自分も知らず、お客様も知らず、もっと安くもっと大量に販売して、多くの人に喜ばれた。
瑶洞古樹青茶2015年
ホンモノを追求する仕事に合理的な理由はない。
自己満足はできても他人を幸せにできない。
みんなに喜ばれる仕事をするほうが、喜ばれない仕事をするよりも幸せになれる。
それが商品の限界かもしれない。
あらゆる商品にウソがたくさん混じるのは、ウソを排除するのが目的ではないからだろう。
今年の春に刮風寨の古茶樹のお茶をつくって飲む以前から、実はもう何年も前から、美味しさの差はあまりないことを知っている。
それでもホンモノをつくりたかったのはなぜか自分でもよくわからない。
鉄瓶
たぶん、その過程が面白いから。
地理的な環境や人の行動を勉強するのに9年かかったということは、9年も楽しんだということ。
世界中のいろんな地域のいろんな人々の生き方を見たい。仕事を見たい。誰にもそんな興味はある。
中国は交易の歴史が古いから、貿易で栄えた古い都市にはいろんな言葉や文化や宗教の人が入り混じって生活していて、泥棒が多い。地理的な環境が地域の経済や政治や人々の生活習慣にまで影響をあたえて、なるべくしてそうなっている。
かつては世界中が羨む産品が中国にたくさんあったから、利にさとい商人たちが研究を重ねて偽物や粗悪品は巧妙かつ冷静で、さらに西洋と東洋が混じった大航海時代にイギリス東インド会社が風で動く船を往復させて、ロンドンの港に2年かかって船が戻ってきたときには、積荷のうちの2割以下の茶葉が8割以上の儲けになったというから、茶葉におけるあの手この手はとくに成熟している。
瑶洞古樹青茶2015年
西双版納の現地で行われるあの手この手の情報は外には出ない。山の民族や農家や仲介業者たちとの交流から学ぶしかない。何度か騙されてみるしかない。
こういう勉強を日本人は嫌う傾向にある。
幼い頃から他人を疑うことに後ろめたい感情を持つように教育されているから、他人を疑うのが気分悪い。
「いい人だから」、「長い付き合いだから」。
取引相手が信頼できるので良い茶葉を仕入れることができると主張するケースが多いが、たいがい知らないところでやられている。勤勉を美徳とするのは日本人の勝手で、逆の価値観においては年々仕事の手を抜いてゆくのがあたりまえで、付き合いの長いことが良いとも限らない。
やられていても気が付かないし、バレないから罪にならない。
瑶洞古樹青茶2015年
例えば、この『瑶洞古樹青茶2015年』を「刮風寨のものじゃない!」と鑑定できる人などほとんどいない。自分の知る範囲でもひとりかふたりしかいない。
現地の商人はこのことを利用して、大量にニセ有名茶山モノのお茶をつくって売る。市場価格よりも安く出荷するからたくさん売れて、ホンモノよりも利幅は大きいからたくさん儲かる。
みんなが幸せになれてどこが悪い?
中国の常識では、他人を疑うことに感情は要らない。
騙すよりも騙されるほうが悪いという考え方は、勉強不足を戒めているのであって、堕落ではないと思う。
茶葉はウソをつかないから気持ちよく勉強できるけれど、人はウソを付くから気持ち悪い。
しかし、人の勉強を避けてうまく生きてゆこうなんて都合が良すぎるだろ。そんな消極的な姿勢でいながら世の中が良くなるのを願うなんてわがまますぎる。
と、思うけどな。
葉底
刮風寨と言わないで知名度のないまま出品したこのお茶は、どうなのだろ?
茶葉からしたら有名も無名も知ったこっちゃないから、刮風寨として出品されたほうが飲む人にも喜ばれてよかったのではないか?自分は商人として未熟すぎるのではないか?
自分も他人も幸せにしないで、どこが良いのか?

ひとりごと:
刮風寨の古茶樹のお茶の”黄印”と”緑印”は、一般的な刮風寨の古茶樹のお茶の3倍の価格をつけるつもりでいる。
それでも喜んで買う人がいる。
それは、西双版納の現地の茶商やメーカーのオーナーたち。
彼らの手元にはホンモノがない。
中には真面目な人がいて、ニセモノを扱っているけれどホンモノも知っていることを証明しようとする。自分にもホンモノがつくれることを匂わせたいのだ。
彼らはホンモノの難しさを知っている。
その足元を見ている。
10年ほど寝かせておいて、ホンモノの希少価値がもっと上がってから10倍以上の価格で売ってやってもよい。
高く売りながら顧客満足度を最大化させるのは、商売の姿勢として正しいはずだ。


茶想

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