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蛮磚古樹晒青茶2019年 その1.

製造 : 2019年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明山曼庄国有林古樹
茶廠 : 農家+景洪市の茶商
工程 : 生茶
形状 : 餅茶200gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 白磁の蓋碗・グラス杯・鉄瓶・炭火
晒青毛茶

お茶の感想:
自分でお茶をつくると少ない量しかできなくて、店が成り立たない。
他人のつくったのを探してみるか・・・・。
ということで、茶友らに声をかけてみた。
すでにいくつものサンプルを試したけれど、どれもいまひとつ。
ところどころ欠点が目立つ。
自分のお茶なら「欠点もまたよし」なんて理屈をこねるけれど、他人のはそうはゆかない。
原因がはっきりしないから。
この地域のお茶は分業でつくられるのが基本。
例えば、農家の主人が家族やアルバイトにまかせてつくったとか、農家が商人の真似をして他の茶山の農家にオーダーしてつくったとか、茶商が農家にオーダーしてつくったとか。
例えば、采茶はアルバイトがして、製茶の殺青だけ自分がして、揉捻や晒干は家族がしたとか。
分業だから、ひとりがすべてを見ていた・・・というお茶はまずない。
なので、お茶づくりの現場でなにが起こったのか知るよしがない。
人づてに聞く話なんてまったく信用ならないのがこの地域の習慣。
茶葉を転売する人たちは、お茶の欠点の原因がわからないまま、実は不安なままでいる。
不安があるから、目の前で試飲すると空気がピリピリする。
なので必ず自分の家に持ち帰ってひとりで試飲する。
そうさせてくれない場合はあきらめる。
泡茶の前
泡茶
『蛮磚古樹晒青茶2019年』は景洪市の地元の茶商のもの。経験もそこそこある。それでも采茶や製茶の現場を見ることはない。みんながやるようにやっている。
これと似たのを、似たやり方で、北京人の茶友がつくっていた。
+【蛮磚古樹青餅2018年 その1.】
この記事を読み返して、味がよく似ていることに気がついた。
今回は、自分のお茶づくりの失敗経験が活きた。
このお茶の味から殺青の温度に問題があるのがわかった。
殺青の鉄鍋に投入する茶葉が多すぎるのが原因。
農家はたいがい薪火の火力はしっかりしている。
火力と茶葉の量とのバランスの問題。例えば、チャーハンを炒めるのに一人前ずつ炒めるのと三人前をいっぺんに炒めるのと、結果はぜんぜん違ってくるよな。
茶葉は40度から70度のあいだで成分変化が盛んになる。火力が足りないときにこの時間が長くなって変化しすぎる。
煮えすぎて酸化がすすんだようなアク味が出て、香りが弱くなる。
自分もこの失敗を何度かしていて、そのサンプルを残しているからすぐにわかった。
それ以外に、とくに文句はない。
惜しいお茶である。
素材の良さは味の透明感や水質の密度に現れている。
縦方向にスッと伸びる感じ。沈んでゆく茶酔い。ゆったりとした波。体感もよい。
2煎め
4煎め
茶湯の色
蛮磚(曼庄)国有林の古樹。しかも大きく育ったのだけ十数本を選んだホンモノである。
国有林に自生する茶樹は個人が権利を持たない。そのテリトリーの少数民族の村で話し合って村人に分けている。ちなみに象明の曼庄は彝族のテリトリー。
山奥にバイクや徒歩で入り込んで采茶するので、まずは采茶のタイミングを見るのに何度も足を運ぶことになるし、采茶はたいへんな労働になるし、人件費がかかるし、もしも途中で天気が崩れたらダメになるし、リスクが大きい。農家はリスクを取らない。村から近い私有地の茶地のお茶をつくったほうが安全に確実に儲かるから。
なので、国有林のお茶づくりは茶商がリスクを取る。オーダーしたら出来が良くても悪くてもすべて買い取ることになる。
この構造においては、農家は製茶をがんばるメリットは無い。いつものように適当にやっても市場価格(だいたい決まった値段)で売れるから。
そこでどうするか。茶商は農家にボーナスを出して高い技術を要求するか、自前で職人を雇って派遣するか、それとも自分でするか。
いずれにしてもコスト分は高額になる。
高額になるのを理解した顧客がいないとできない。
地元の茶商は、この次どうするかな。
葉底
葉底は、一見キレイな色に見えるが、本来はもっと青黒いはず。全体的に黄色っぽく変色しているのが殺青の温度の低い結果の色。軽発酵をうながすなど意図した製茶の場合は別だが、意図しないのにこうなるのはおかしい。
お茶づくりの裏舞台を書いている。
興味ない人がこのお茶を飲むのはもったいない。
お茶の美味しさを知って深くはまってゆくということは、審美眼が形成されるということ。
この地域のお茶はどういうところを高く評価していて、それと引き換えにどういうところを犠牲にしているか。長所と短所は一対になるので、点数配分を間違えると評価を誤る。
上質の上には上がある。どの方向を目指しているお茶なのかを知らないと、間違ったモノサシで測って、出会うことすらできない。
こういう見方というか価値観はやや東洋的だよな。
見える人にしか見えない。それでいいのだ。いや、それがいいのだ。
西洋にこれを評価する審美眼の育つ気がしない。
お茶づくりは産地が半分。消費地が半分。
この地域でお茶をつくる人たち。遠くへ運ばれて、このお茶を飲む習慣のある人たち。
お茶の味を形成しているモノゴトの因果関係が面白い。

ひとりごと:
お茶づくりになにか無理な圧力がかかると、必ずそのお茶を飲む人にも影響がある。因果関係が見えないところに潜んでいる・・・と、最近つくづく思う。
例えば、自然破壊を犠牲にしてつくられた農作物は、それを食べる人になんらかの悪影響を与える。
ふだん食べているものを疑う。他人を疑う。それをしないのは怠惰である。
消費者は信用とか良心とか都合よく言って楽なほうに逃げる。商人はそこをうまいこと利用する。どっちも根性の悪い奴らなのだ。
にんげんだもの。


茶想

試飲の記録です。

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