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老撾高幹青餅茶2019年・秋天 その1.

製造 : 2018年10月(采茶)
茶葉 : ラオス・ポンサーリー県・漫撒山(旧易武山)天門山に近い
茶廠 : 瑶族の農家+義烏人の茶商
工程 : 生茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶のつづき。
+【老撾高幹晒青茶2019年 その1.】
圧餅した。
180gサイズ5枚
余った110gほどの1枚。
この小さめの1枚を試飲用にした。
高幹表
高幹裏
圧餅は、ちょっと長いめの10分間蒸した。
製茶のときの殺青の火(熱)が控えめにしてある分、圧餅の蒸しで調整したつもり。
餅形がわるい。
まるくならない。
繊維が違うのだな。たぶん。
5枚ではコツがつかめないので、餅形の整わないのは仕方がない。
高幹上
高幹下
この茶樹を見に行くことにした。
といっても、すぐには無理。
体力がない。
トレーニングするところからはじまる。最短でも2ヶ月はかかるかな・・・。
片道5時間と聞いていたが、これは走ってのこと。ベトナム戦争の映画に出てくる密林を走るゲリラのスピードで。
そんなことできるのは義烏人の茶友と地元の瑶族だけ。
慣れない自分なら8時間はかかるだろう。
しかも、8時間では目的地に着かないことを考慮して泊まるらしい。
1日目:村から茶地に向かう途中でキャンプ。
2日目:キャンプ地から茶地に入る。茶地から帰路の途中でまたキャンプ。
3日目:キャンプ地から村へ戻る。
という計算。
そうなのだ。
采茶も日帰りではなかったのだ。
どおりで、20日間かかって7キロしかつくれないわけだ。
こんなスケジュールになる。
采茶を午後2時には終わって、足の早い人が鮮葉を担いで走って、村に着く頃は日が暮れている。一晩萎凋させて、翌日の早朝から殺青と揉捻。正午までには晒干をはじめる。昼食後に、つぎの鮮葉を採りに出発する。行けるところまで行って一晩キャンプして、翌日の早朝に茶地に入って采茶する。采茶を午後2時には終わって・・・・。その繰り返しの20日間。
自分にはこの仕事は無理だ。体力がもたない。年齢的にも限界。
森の上
森の下
過去にもっとも山歩きしたのは一扇磨だったかな。
+【一扇磨 古茶樹 写真】
このとき一日8時間は歩いたと思うが、次の日は筋肉痛で山歩きなんて無理だった。
一扇磨への道は草刈りくらいはしてあったが、ラオスの山は道がない。
道なき道の経験は巴達山の茶王樹の裏山に入ったときだった。
+【巴達山 茶樹王の森】
熱帯雨林。びっしり緑で埋まった密林へは一歩も入れない。道のかわりに沢の流れをつたって入った。
たぶんラオスもこんな感じなのだろう。
義烏人は現在またラオスに入っていて、ときどきスマホから写真などを送ってくる。
また新しく未開の茶地を発見したようで、10メートル超えの高幹の茶樹が100本は群生しているらしい。
そこも村から1日では行けない遠いところ。
「せめて村から4時間くらいで見物できる高幹はないの?」
すぐに、これがアホな質問だと気が付いた。
一本すらっと上に伸びる高幹は、茶樹が生まれてからほとんど采茶されなかったことを示している。例えば樹齢が300年なら、もしかしたら300年間誰も采茶していないことになる。人間と出会ったことがない茶樹。
そんな場所、村の近くにあるわけない。
お茶として飲めない野生種の茶樹なら、村の近くにあってもおかしくない。
しかし、これはどう見てもどう飲んでも、美味しく飲めるお茶の品種。
鮮葉
歴史では、西双版納からラオス・ミャンマーにかけての山岳地帯が、人間とお茶がはじめて出会った場所と推測されている。
人間がはじめて出会った、そのときの森。そのときの茶樹。そのときのお茶の味。そのときの体感。
近づいている。
西双版納側の弯弓や刮風寨の国有林の中にも高幹は少し残っている。このブログでも出会ったやつを紹介してきた。しかし、これらはもう何年も前から采茶されていて、性質を変えていて、味も年々変わってきている。
いずれ、ラオスのも何年か続けて采茶されて、性質を変えてゆくだろう。
なので、今すぐ行かないと・・・。
泡茶
葉底
茶湯
で、来年3月には必ず行くつもりだが、その後どうする?
もしかしたら製茶を手伝うことになるかもしれないし、ラオスに製茶設備の投資をするかもしれないし、いっそうのこと西双版納から引っ越すことにするかもしれないし。
ま、そんな先のことはどうでもいいこと。
あと3ヶ月ほど。
この間はラオスの茶樹に出会うことを最優先して、まっすぐ生きることにする。

ひとりごと:
肩がまだ痛いのだよな。
こういう不安要素をできるだけ消しておきたい。
山に入って歩き疲れると、足の踏ん張りがきかなくなって、あちこちに体をぶつけて、打ち身や擦り傷が増える。
そして、ふとこんな考えがよぎる。
もしもここで倒れても、村まで自分を運ぶには人手が足りない。誰かが村人を呼びに戻って、何人か連れてきて担いで帰るにしても、夜道は動けない。ということは少なくとも2日はかかる。虎や象のいる森で、動けないまま夜を過ごすのか・・・。
おそらく、案内する現地の瑶族も同じ心配をするはず。
なので、「この人なら行ける!」と心配させない体造りをしておかないとな。
がんばる。


茶想

試飲の記録です。

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