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文化の祖国

漫撒茶山(旧易武山)
皇帝になる民族がかわるたびに、そのたびに文化も生活習慣もいちいち変わっていたらやってられない。しかし中国はそれを繰り返してきたわけだけれど、西双版納ほどの辺境地になると、昔は誰が北京の皇帝なのか知る由もなかったわけだ。
ほんの数十年前まではこの山のどこに国境線があるのかさえわからない。どちらの国の役人も線を引きに来たことがなかったのだ。

だからここでは祖国というのと国というのは異なる存在なのだと思う。
漫撒茶山(旧易武山)で、「私は石屏の人です」と言う漢族の人が何人かいた。ここに来て七代目の農家の主人もそう言っていた。七代目となるともう石屏のことなんて忘れて「私は易武の人です」と言ってもいいように思うが、そうじゃないのだ。おそらく石屏のほうから文化を持って来たというアイデンティティーが、いくつもの民族が共存しているこの辺境地で生きてゆくのに必要なのだろう。
文化には祖国がある。

現在は辺境地の人々もゆきとどいた国のサービスを享受しているが、昔の人々にとって、国ってなんだったのだろう?
突然北京の皇帝の手下がやってきて、「ここは我々の土地であるからして、お茶を売った金に20%の税金を徴収する。」なんて言いだすやっかいなヤクザじゃなかったのか。
どこの国の行政サービスの助けも借りずに、手つかずの密林に道をつくって家をつくって田畑をつくって山を開いて茶を育ててきた人たちから言わせたら、「あんたが今歩いてきた道もわれわれがつくったのだから、ここはわれわれの土地だ。」と言いたいだろう。
けれど、おそらく皇帝の手下は武力で有無を言わせないのだろう。

見方によっては、国というは税金を取ってその金でちょいと行政サービスを提供しているだけのヤクザだ。汗水たらして労働しないで、勝手なルールを決めるだけで他人の上前をはねて飯を食っている不届き者たちだ。
現在の先進国の中には、未来の子供たちの財産まで食い潰しているところもあるけれど、なぜかそういう国の人に限って自立心が少なく国に依存しているという統計が出ている。

もしも本気で文化を守る気があるのなら、そんなところに祖国の文化を預けるわけにはゆかない。国がどうなろうが、住んでいる土地がどうなろうが、いつでも文化を風呂敷に包んで持って逃げる覚悟をしておくべきだ。
どこへ行ったって、人の祖国は変わらないし忘れはしない。皇帝が代わろうが植民地支配されようが、世代が7つも変わろうが、人と共にある文化は根を失わないのだから。

そうやって長い歴史の中で人が移動しながらもお茶の文化を守ってきたようなところがある。だから辺境地で育ったプーアール茶は無国籍な感じがするし、国とは別に、お茶を守ってきた人たちの祖国を感じることができるのかもしれない。
根の強いお茶なのだ。


茶想

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