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山に生きるふたつの世界

山岳少数民族
西双版納にいる山岳少数民族にもいろいろな生き方がある。
お茶づくりをするのは定住型の生活をしている人々だけれど、同じ民族においても定住型を選ばずに、移動型の生活を続けている人々がいる。定住型を選ばせる「米」や「茶」の栽培との出会いが、過去になかったのかどうなのか、理由は僕にはわからない。でも、とにかく少なからずいる。

移動型の生活をする人々は、焼き畑で一時的に農作物をつくったり、季節の山菜や野生茶を採集したり、狩猟をしたり、それを交換したり売ったりして生計を立てている。
何年か何十年先かはわからないけれど、いつかその山の環境が変化して住みにくくなったら、また別の山へ移って暮らす。雲南・ラオス・ミャンマー・タイの国境をまたぐ広大な山岳地帯のいたるところで、そんな生き方をしている人々が今もいるのだ。

この人々は、移動先の山がどの国に属しているとか、誰かの土地であることにあまり関心がないかもしれない。もちろん教育や情報の発達で変わってきているだろうけれど、実感としては薄いと思う。なぜなら土地に所有の概念がないから。
山は地球のもの。
そもそも人間のものじゃない。
それを、うちの領土だとか言って国と国で争っている姿は、さぞかし滑稽に見えることだろう。
山にひろがる自然林は誰のものでもないし、そこを開拓して住むことになっても、それを所有するつもりはなくて、いつかまた出てゆく仮住まいにすぎない。

定住型の生き方をする人々と、移動型の生き方をする人々。
ひとつの地域に、ふたつの異なる世界を持ちこんで、人々が共存している。
これをひとつの国のひとつのルールでどうやって縛れる?

国はいろんな形で努力した。
ルールを合わせてもらう代わりに、山に学校をつくり宿舎をつくり、村を整備し、農地を与え、作物の栽培を指導し・・・、ところがうまくゆかない。補助を頼りにするばかりで、自立できなくなってしまう。
教育や貧富の格差が生まれる。
そもそも移動の生活をしている人々に、学校教育や経済の概念なんてないのだ。いきなり一方的なモノサシを当てたら、当然ながら弱者になってしまう。弱者どころか、競争社会では敗者ということになる。敗者をつくっておいてから、それに手を差し伸べる慈善活動は、どこかつじつまが合わない。

例えばの話、一生懸命勉強して一生懸命働いて、やっと手に入れた土地の権利があったとする。それは定住型の生き方をする人々がその国のルールにのっとって得た、正当な権利だ。そこへ移住の人々が入ってきて暮らしだしたらどうする?移住の人々はその土地に権利があることなどわからない。
ルールの違うふたつの世界が摩擦することはたくさんある。

それでもこれは、白黒をはっきりさせるべき問題じゃない。
どちらかのルールに沿うと、どちらかの立場をなくすことになる。
たとえお互いに譲り合ったとしても、どちらにも胸につかえるものは残るだろう。だから国が決まりごとをつくって解決しちゃいけないのかもしれない。実際にどの国も、国境付近の山の民族の人たちにはゆるい管理をしている。
トラブルは民間のレベルで、村長同士が話し合って、「ま、お互い喰うに困らないように、まるく収めましょう」という具合に臨機応変にしているからこそ、この山岳地帯にはいろんな民族が共存できているのではないかと思う。

貧困は、われわれから見た姿のことで、所有しない豊かさというのがあるのかもしれない。
われわれと話す言葉の教育は無くても、山と話す言葉を学んでいるのかもしれない。
それは彼らの選んだ生き方なのだから、その存在をありのままに受け入れるのが優しい態度というものだろう。
定住型の生き方をして、ひとつの世界しか知らない者がこれを見て、教育や貧富の差をとやかく言うのはお門ちがいだ。


茶想

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