プーアール茶.com

漫撒春眠紅餅2016年 その2.

製造 : 2016年03月21日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 散茶
保存 : お菓子の缶
茶水 : 井戸水
茶器 : チェコ土の茶壺・茶杯 鉄瓶・炭火
庭
茶器

お茶の感想:
花粉症なのでこの季節は辛い。
目や鼻や喉がムズ痒くて、痒いと思えば思うほど痒くなるから、炎症にまで発展しないよう熱を冷ますお茶で忘れたい。
涼のお茶。
+【漫撒春眠紅餅2016年 その1.】
”陰”でもあり、”あっち”でもある。
前回の試飲の記事は2016年9月。鮮味が強く残っていることや、白茶の性質があることを書いていた。
それから3年半。今そこに注目してみたら、鮮味は消えて、白茶の熟成に似た薬味が出てきている。
茶湯
いいお茶だな。
内輪だけで集まって静かに飲みたかったけれど、あまり静かになれない。
そうか。
はじめて会う人同士がいると、お茶よりも人に気を取られるのだな。
ま、仕方がない。
お茶に気を取られないということは、それこそ”陰”の作用かもしれない。
葉底
花粉症の痒みも忘れていた。
忘れていることさえ忘れていた。
今になって振り返ってみて、そういう状態だったなーとわかる。
当初の涼をとる目的はどうでもよくなっている。
飲んだ瞬間の反応に意識を向けるだけでは、こういうお茶の評価はできないよな。

ひとりごと:
人の出会いにもそういうことがあるかもしれない。

92紅帯青餅プーアル茶 その7.

製造 : 1992年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒村古茶樹
茶廠 : 西双版納孟海茶廠(国営時代)
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 香港ー広州ー上海 その後密封
茶水 : アサヒおいしい水富士山
茶器 : 宜興の茶壺(白泥)・鉄瓶・炭火

お茶の感想:
せっかく暇なので試飲会をしたいが、新型コロナウィルスに感染しても感染させても嫌だし、人が集まるのは難しい。
ひとりでヒソヒソ飲むのが当店のお茶だとしても、その対極があるからこそひとりの時間に深みがでてくるわけだし。
喫茶文化は都市の文化。
人の集まる都市に、お茶を飲む意味。
都市はいろんな人との出会いが多い。人と人が出会って化学反応みたいなのが起こって、新しい創造が生まれる。その興奮の酔いを醒ますお茶。
昔の中国の文人たちも、隠居と言いつつ都市の郊外くらいに距離を保って、友人たちが訪ねてくるのを待っていたような感じがある。例えば、西双版納ほど距離が遠いと誰も訪ねて来ないから、隠居プレイは成立しないのだ。
喧騒の中の孤独を味わう。
「東京の居酒屋は喧騒の中の孤独を楽しめ」と居酒屋の先生が教えてくれたが、お茶もまた孤独の味わいがなければ成立しないだろう。
ウィルス対策は、都市にいながら人に会わないようにしましょう・・・というのだから、あまりのあべこべに理解が追いつかない。
孤独の味が薄くならないかと心配。
BAR
さて、上海から茶友が来ていて、この状況で帰国することもできずに1ヶ月間ほど小さな宿に逗留している。
その宿のオーナーも上海人で、宿は茶友家族に貸切りだから、宿のBARカウンターを借りて内輪だけの試飲会をした。
炭炉も炭も鉄瓶も持ち込んで、環境は整った。
茶友は仕事でふだんからニューヨーク・パリを行き来しているから、新型コロナウィルスに対する覚悟というか、心構えというか、たぶん自分と温度差がなくて交流しやすい。
一日目は、紅茶・生茶・熟茶と、オリジナルのお茶を飲んで終わろうとしたら、最後に茶友が1995年の手持ちの生茶を試してほしいと言い出した。
困ったな・・・。
「ダメなやつだったらどうする?」
「正直に言えばいいさ。こっちは素人で間違って当たり前だし。」
人を見て大丈夫だと判断した。
大丈夫じゃないこともある。本当のことを言うと恨まれるから気をつけないと・・・。
で、その1995年のお茶はまあまあだった。つまりダメということだけれど、偽物や粗悪品というわけではなく、1995年くらいのはそんなものが多いということ。
鉄瓶
ちょっと勉強の機会になると思って、自分の手持ちの1990年代の2つで二日目の試飲会をした。試飲会というより勉強会。
この2つのお茶。
+【92紅帯青餅】
+【紅絲帯プーアル青餅96年】
餅茶に埋め込まれた赤いリボン"紅帯"が共通している。
茶友の1995年も”紅帯”のやつらしい。崩した茶葉だけを持ってきていたので紅帯の実物は見ていない。
『92紅帯青餅』は、”7532”の等級ブレンドがベース。
『紅絲帯プーアル青餅96年』は、”7542”の等級ブレンドがベース。
”小葉青餅”に分類される。
紅帯は”小葉青餅”のなかでも特別に小さな新芽・若葉の配合の多いもののはずだが、茶友の1995年のはもっと大きい等級のブレンドで、”7582”くらいの”大葉青餅”に相当した。
もしも転売価値を求めるならこの点でアウト。
自分で飲んで満足するならセーフ。
ただ、ビンテージモノは鑑定に面白さがあるから、「美味しけりゃいい」と言ってしまうとつまらない。
茶友の1995年のお茶の味は易武山地域の原料には違いないが、高級感がない。量産品の『老字号可以興茶磚80年代』にそっくり。
+【老字号可以興茶磚80年代 その4.】
勉強会
上等の味には旬の濃度が大事。
この数年の当店のオリジナルのお茶が、旬のほんの数日のタイミングで采茶していることからわかるように、春が春らしさを、秋が秋らしさを表現できるのは、炎の炎上する瞬間にシャッターを切るみたいなもの。毎日采茶して大量に茶葉を集める量産品では旬の濃度が上がらない。
旬の濃度は、茶葉の大きさでは見分けられない。旬のハズレの時期のほうが新芽の産量は多いのだから。外観で判断しにくいのだ。
どこで旬を見るかと言うと、口感と体感と触感。
まず口感。
上質なお茶は水質を変えると言うが、旬の濃いお茶は水に粘りを与える。
水質は、自分でお茶淹れをするとわかる。飲まずともわかる。
茶杯に注ぐとき、最後の一滴一滴のポトポトの粒に弾力がある。水面を弾んだり滑って転がったりする。
サッと一瞬だけ茶葉に湯を通すだけでも水は十分に粘りを持つ。
粘った水は舌や喉に甘く、お腹にやさしい。
『92紅帯青餅』が上だった。
つぎに体感。
小葉青餅は旬の新芽・若葉がウリなのだから茶気は強い。強いアルコールの酒みたいなもの。
飲み込んだお茶がいったん腹の底で暖かくなったら、あれよあれよという間に上がってきて頭を揺らす。蒸気機関車のようにポーッと気を吐きたくなる。
その酔い心地は強烈なのに柔らかい。という矛盾を解決した酔いであるべき。
『92紅帯青餅』が上だった。
最後に触感。
言うまでもなく、葉底を指で触ってみる。
フワフワ羽毛のように柔らかいながら弾力が生きているのが上等。
『92紅帯青餅』が上だった。
茶気
たぶん、『92紅帯青餅』と『紅絲帯プーアル青餅96年』と同時に飲み比べたのは初めて。
はじめから結果はわかっていながらも、実際に体験すると”分かる”ことに大きな感動があって、なかなかよい勉強会になったと思う。
今回は旬の濃度という観点で評価したが、熟成の観点では『紅絲帯プーアル青餅96年』のほうが上等。
旬を選ぶか熟成を選ぶか。
そこはビンテージを趣味にする個人の好みかな。

ひとりごと:
試飲会の会場はどこなと借りれるとして、集まる人をどう選ぶかが問題。
もしも感染したり感染させたりしたときに、本人はよくても、例えばその人の家族や職場に伝染したとなると、試飲会が原因となってしまう。なので本人の意志だけで来られては困る。
ただ、これからはそうなる。
コロナの問題が終わってから・・・なんていう時期はいつまで待っても来ないと見ている。また新しいウィルスが流行ることもあるだろうし。
どこでもいつでも感染したり感染させたりする。まれに死ぬ人がいる。
みんなの認識が変わるしかない。
そう。脳の中のスイッチが切り替わるだけ。世界を変えるのはそこだけ。
ただ、ひとりだけスイッチを変えてもダメなのだ。
みんなのスイッチが変わるまで待つしかない。
あと何年かかるのかな・・・。

巴達古樹紅餅2010年 その27.

製造 : 2010年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨古茶樹
茶廠 : 農家+孟海の茶廠
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶380gサイズ
保存 : お菓子の缶 密封 
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興の茶壺紅泥(秋水)・チェコ土の茶杯 鉄瓶・炭火
茶具
缶
鉄瓶
温壺

お茶の感想:
疫病による影響をよく考えてみたけれど、この仕事は変わらなそう。景気の影響も少なそう。
これをキッカケになにか新しいことをはじめる・・・なんてことにはならなそう。
やや退屈というか、寂しいというか。
なぜそうなのか?考えてみた。
たぶん、お茶を飲むのが習慣になっている、ごく少ない人を相手にした仕事だから。
お茶を飲む習慣は、自分がそうであるように、生活から離れられない。
一日に一度は、ひとりになってこっそりお茶を飲む。
自分で淹れて自分で飲む。
中国茶ファンでもそういう楽しみ方をしている人は意外と少ないだろう。
この楽しみがたまらん。
自分だけで満足。みんなにお茶の良さを知ってもらおうなんてぜんぜん思わない。
知らない人にシェアする気なんてさらさらない。知っている人だけがヒソヒソ楽しめばいい。
いつのまにかそうなっていった。
この仕事をはじめた当初はそうでもなかったから、サイトのページによっては初心者向けな内容が残っていて違和感がある。早く消したい。ぼちぼちやってゆこうと思う。
さて、このお茶。
10年前にはじめてつくった紅茶。
+【巴達古樹紅餅2010年】
注ぎ
注ぎ
紅茶をつくりはじめたのは「みんなの知っている紅茶という土俵に上がれば、茶葉の素質の良さが際立つだろう・・・」と思ったからだけれど、今はそんな野心もない。
熟成10年目で、みんなの味からちょっとずつ離れてきているから。
熟成は、味をまろやかにするし、体感を穏やかにするし、人を選ばなくなるのが一般的だけれど、紅茶はそうでもない。紅茶は世界中に普及していて誰でも知っているから、逆に紅茶っぽくない要素を熟成の味に見つけやすい。
ひとことで言うと、プーアール茶っぽくなってきている。
まだそんなにはっきりしないけれど、手元に数枚置いて何年もかけてちょっとずつ飲んできた人にはわかる。歳月の味。
大きめのポットにちょっとの茶葉を入れて一煎で出し切るような、茶葉を煮やすような淹れ方をしたら、いわゆる普通の紅茶味になってしまう。
どんな淹れ方が歳月の味を楽しめるのか、いつもの茶壺で3日間ほどいろいろ試してみた。
茶葉は気持ち少なめにするべし。
茶壺の中の茶葉の量と湯量の比率の問題。湯量が多いほど熱量が多い。
茶湯
つまり、茶葉にしっかり熱を伝えたい。
熱が伝わらないと”熟味”の良さが出ないということ。
はじめの3煎めくらいまでは、熱熱の湯を注いでさっと切って、香りを抽出する感じ。
茶葉に熱が入ってきた4煎めくらいからは、じっくり蒸らして、味を抽出する感じ。
香りに火や煙があり、味に海や地がある。
花や果実のキレイな香り、旨味や甘みの美味しさ、そんなナンパなやつらはあくまで脇役である。
圧倒的な自然の迫力。
味の景色のひろがり、寄せては返す体感の波。
快感に溺れる。

ひとりごと:
西双版納で春いちばんが始まった。
昨年の秋に見学したあの山のあの茶樹。
巴達古樹紅餅2010年と同じく、西双版納の西の茶山。
昨年の秋
(昨年2019年の秋の写真 農家の若者が撮影)
でも、巴達山ではない。孟宗山の古樹。
一天一采で紅茶をつくる。
今朝、村の人10人ほどが采茶のために山に入った。
予定通りだ。
10年後には西の横綱になる。当店の紅茶の中で。
今のところ、東には横綱がいるけれど、西には関脇クラスしかいないからな・・・。
春の新芽
(現在2020年の早春の新芽の写真 農家の若者が撮影)
自分がそこに居ないだけ。
農家の若者がすべてやってくれる。
自分ができるのは、天気が崩れないことを祈るだけ。
道具

易武古樹青餅2010年 その39.

製造 : 2010年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒村大漆樹古茶樹
茶廠 : 農家+易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 茶箱
茶水 : タイのミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺・杯 銅のヤカン+炭火
ヤカン
茶具
写真
朝日

お茶の感想:
タイのチェンコーンの川岸のいつもの宿でずっと待っている。
夜の空が白んできたら目が覚める。
お湯を沸かして、日の出を見ながらお茶を飲む。
この地域はあと1ヶ月したら夏だから、日が昇ると暑くて、メコン川で泳げる。流れが早くて、川上に向かって泳げば同じところに留まっていられる。
源流はチベットの雪解け水で、途中にダムが7つほどあって2週間くらいかかるのかな?それでも駆け下りてくる水はあんがい冷たい。熱帯地方とは思えない清らかな水。
ネットで現地と連絡をとりつつ中国へ入るチャンスを伺っているが、毎日状況が変わって、今回はちょっと無理そう。
ラオスの山へ直接行く手もあるが、そっちは中国人の茶友のほうが難しそう。
たとえラオスの高幹のお茶づくりができても、ラオスの村では完成できなくて、中国へ持ち込んで圧餅の二次加工をしなければならない。
その陸路の国境は封鎖されていて、中国人でもラオス人でもない外国人の自分は往来できない。
万事休すとはこのことか。
ま、若い茶友らがなんとかするだろ。すでに現地入りして春のお茶づくりの準備をしている。
自分は行けなくてもお茶はできる。
ところで、チェンコーンで炭炉を見つけた。
タイの北部とかラオスの北部で鍋料理があるのだが、それ用。
レストランのテーブルの上に置いて、小さな土鍋をグツグツ沸かしながら具を入れて食べるやつ。
ぜんぶセットで500円くらい。安!
ヤカン
炭火
七輪みたいに下から空気が通るから、けっこうな強火になって、ヤカンの吹き上げる熱い蒸気に怒りを感じる。
この強い気をお茶にする。
気の強いこのお茶。
+【易武古樹青餅2010年】
たっぷり湯で茶器をじっくり温めて、茶壺の蒸気で茶葉をゆっくり蒸らして、ポンポンに沸いた湯を、ヤカンを持ち上げてちょっと手元で落ち着かせてから注ぐ。
茶葉
茶
アツアツは苦手だからちょっと冷まして口に入れるも、”火”のチカラが宿っていて、ひとくちしたら「プハーッ」となる。
何度か「プハーッ」としたら、底のほうからチカラがみなぎってくる。
風呂上がりのように火照ってくる。
朝焼け
葉底
川
川
船
子どもたち
冬の乾季が終わって夏の雨期がくる。
今はまだ乾季。気温は30度を越していても、雨がほとんど降らない。
この地域一帯はいまのうちに山も畑も枯れ草を焼くから、空が煙る。
漂う煙の粒子やら灰の粉やらを太陽の光がさらに焼くのだろうか。
肌にチリチリ熱いものを感じる。
この感じ。
いつもは春のお茶づくりの忙しさが迫ってくる予感になるが、今回はどうも違う予感が混ざっている。

ひとりごと:
+【チェンコーンのパパイヤビレッジの動画】 
友人のしている宿(自分の宿は別にあるけど、薬草サウナに来ている。)
パパイヤビレッジ
いつものようにメコン川で泳いでいたら、なんとなく心が騒いだ。
突然帰国を決めて、当日の飛行機のチケットを買った。
急いで荷物をまとめて宿を出て、ローカルバスでチェンラーイの空港へ。
深夜にバンコクの国際空港をトランジットしたが、東南アジアの入り口となっている空港はいつもより混雑していた。混雑というか混乱していた。
タイには欧州の人たちが多く長期滞在している。その人達がいっせいに帰国しようとしているのだろうか。慌てている様子だった。
次の日、欧州のいくつかの国が国境封鎖を発表した。
そういうことだったのか。
空

刮風秋水紅餅2018年 その5.

製造 : 2018年10月18日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶王樹
茶廠 : 農家と店長
工程 : 紅茶
圧餅 : 2018年10月25日
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 熟成壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興の紅泥の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶・炭火
水
茶器

お茶の感想:
「たった3gですごい強い酔いでした・・・。」
と、お客様から報告があった。
ん?
と思って、試してみた。
国有林の森の古茶樹で、秋の采茶で、静かで穏やかなはず。
葉底
一煎めを淹れたときに原因がわかった。
茶葉を温度に慣らしていなかったのだな。たぶん。
カラカラに乾いて、しかも冬だから冷えている茶葉に、いきなり熱湯を浴びせている。
温度の差異に繊維が耐えきれない。
耳を近づけるとブチブチ切れる音がするはず。
注ぎ
紅茶は長時間の揉捻で繊維が解けた感じになっているから、さらに繊維が切れ切れになると一煎めにドッと成分が出てしまう。
茶葉をすこし温めるとか、茶壺の中でちょっと蒸らすとか、熱湯のショックをやわらげるウォーミングアップが必要なのだ。
一煎めのショックが少なくて荒れなければ、二煎め三煎めも安泰。お茶の味だけでなく体感も心の動きも安泰。
茶湯
茶葉のウォーミングアップのみならず、お茶を淹れる技術は、空手や剣道のような”型”として覚えたほうがよいだろな。
理屈でそれを覚えようとしたら、多方面にわたる科学を膨大に勉強しなければならなくて、脳が混乱して現実的じゃない。
どんなお茶を淹れるときも、とにかく器を温める。器の蒸気で茶葉を蒸らす。
この手間をかける時間が心を整える時間になる。
いつも同じ動作。同じリズム。
準備を整えてから一煎めの湯を注ぐ前に、目を閉じて静まるのを待つべし。
良い道具、良い茶葉、良い水、それよりも大事なこと。
葉底を観察するのも”型”のうち。
葉底
うまく淹れたときと、そうでないときと、違いが現れる。
今回のはいまいち。
粉砕された茶葉が多いのはもともとだから仕方ないとして、カタチの残っている茶葉がのびのびとしていない感じ。

ひとりごと:
この人にこのお茶。
そのつながりがしっかりしてきたと思う。
好みの味である必要などない。
コストパフォーマンスが良い必要もない。
上等を知る必要もない。
もっと大きな成果が隠れていて、これからゆっくり湧き出てくる。
この人にこのお茶に意味ができる。
この人にしかわからない意味になるけれど、それで十分。

版納古樹熟餅2010年 その43.

製造 : 2010年7月
茶葉 : 雲南省西双版納州巴達山曼邁寨+章朗寨古茶樹2009年秋茶
茶廠 : 農家+孟海県の茶廠
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 熟成壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・チェコ土の杯・鉄瓶+炭火
茶器
注ぎ

お茶の感想:
茶壺に湯を注いで、杯に注いで、それから杯の中でゆっくり冷めてゆく。
この冷めてゆく間に変化している。
熟茶はこのときまろやかになる。雑味が消える。
なので、ゆっくり冷めてほしいので、厚みがあって縦に長い湯呑みを選んだ。
また、そこそこ湯量のあるほうがゆっくり冷めるので、茶壺の大きさも選ぶ。
杯
寒い日は杯の暖かさが手にうれしい。
いくつかタイプの異なる茶器を持つと、その日の気分や体調に合わせたお茶を淹れられるからいいよな。
お茶づくりは産地が半分。消費地が半分。
茶器

ひとりごと:
茶器使いのノウハウを他人に聞くのは、ほどほどにしたほうがよい。
自分に聞くほうが大事だから。
自分の身体や感覚に聞く習慣を身につける。
そこにお茶の学びの価値がある。
上手か下手かなんて、どうでもいいことだから。

丁家老寨青餅2019年・秋天 その3.

采茶 : 2019年11月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興の茶壺(秋水)・チェコ土の杯 鉄瓶・炭火
湯気
茶器
湯そそぎ

お茶の感想:
このお茶
+【丁家老寨青餅2019年・秋天】
一煎めの湯を注いだ熱でブワッーと香りが立つ。その香りがなんとも良い感じ。
複雑な中に、松の葉のようなジントニックのようなキリッとした感じが混じっている。焼き芋のデンプンのやさしい甘味の香りも混じっている。殺青(鉄鍋炒り)の焚き火の煙の香りも混じっている。
秋から冬になる山の香りがぜんぶある感じ。
注ぎ
冷たい空気の香り。
自分の体温がありがたい感じ。
春は空気の暖かくなってゆくのを感じて嬉しくて、秋は空気の冷たくなるを感じて寂しい。あの感じ。
秋の茶葉なので水質が荒くて、煮えるとすぐに渋味が出るから、ちょっと多めの茶葉に熱々の湯をかけたら、待つことなくさっと湯を切って香りだけを移すように淹れるのがいい。
茶湯
香りを飲む。
身体に香りが染みてゆく。
心が秋の終わりの山に連れてゆかれる。
丁家老寨の山を知っていても知らなくても、そこに居る感覚は同じ。
音楽を聴いて、みんなが同じ振動に震えるのと同じ。
個人の好みとか、捉え方とか、そういうつくりごとの世界感が介在する余地はないと思う。
生き物も有機物も無機物も、すべてが秋から冬に向かう振動に支配されているときの、あの感じ。
秋の茶葉には秋の茶葉の楽しみ方がある。
香り松茸、味しめじ。
香り秋茶、味春茶。
香りの振動を聞く。
といったところかな。
炭火

ひとりごと:
坐禅をする目的なんてない。
目的を手放すのが坐禅だから。
目的ばかりある生活。目的ばかりある人生。
それって、逆にリアルじゃないのだな。
自然界には目的がないから。
目的は、人間の脳が勝手につくったつくりもので、つくりものの世界に生きるしかない人間。
リアルに戻れる坐禅の時間。
お茶を飲むのも目的なしでお願いしたい。

高幹のお茶を飲む会・2月9日 京都

終了しました。

内容:
最近ハマりの高幹のお茶を飲みます。
なぜ、高幹のお茶がすごいのかを体感するために2つほどお茶を淹れます。
このお茶がメインです。
+【老撾高幹青餅茶2019年・秋天 その2.】
高幹

場所:
京都 岡崎 好日居(地図)

日時:
2月9日(日曜)14時から17時半 定員4名

注意:
お菓子や食べものは出しません。
お茶をたくさん飲むとお腹が減るので、あらかじめお腹を満たしておいてください。
冬

紫・むらさき秋天紅茶2011年 その12.

製造 : 2011年10月17日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨
茶廠 : 農家+孟海の茶廠
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 茶缶
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興土の茶壺(秋水)・チェコ土の杯 鉄瓶・炭火
朱泥
朱泥
葉底

お茶の感想:
このお茶は、”あっち”のお茶だった。
+【紫・むらさき秋天紅茶2011年】
”あっち”のお茶については以下の記事を参照。
+【”こっち”と”あっち”】
2011年の秋の采茶なので、8年とちょっと経っている。
もしも8年前に”こっち”と”あっち”を見分けるチカラがあったら、もっと早くに気付いたはず。熟成による変化で”こっち”と”あっち”が入れ替わることなどないと推測しているから。
”陰”の気配のあることには、1年ほど前から気付いていた。
茶湯
そのときはそんなものかと思っていたけれど、よく考えてみたら不思議なのだ。”陰”の気配やら”あっち”感やらの出てくる原因が不明。
つじつまが合わない。
秋の茶葉である上に、2011年の秋は雨が多くて当たり年ではない。
刮風寨の深い原生林の森の”陰”の環境が宿る、というほどの深い森でもない。どちらかというと強い太陽の当たる明るいところ。
茶樹
ここ。2011年10月の巴達山曼邁寨古樹の茶地の写真。
紅茶の製茶でもっとも労力のいる揉捻は、手作業でしないで機械でしている。機械のリズムが宿っているはず。
圧餅加工の乾燥はメーカーの設備で熱風乾燥だった。自然乾燥で何日も待たずに24時間で乾いた。
保存熟成は特別ではない。同じ保存環境の同じ巴達山の紅茶(オリジナルが何種類かある)はどちらかというと”こっち”感の強いのが多い。
もしかして・・・・昨年くらいからちょっと気になりだしているのだけれど、もしかして采茶のときの”月”の満ち欠けが影響している?
と、思って写真ファイルを探してみたら、采茶の次の日の月を撮ったのがあった。
月
2011年 10月18日 9:16:56
え、朝の空の月だったのか。
半月くらいに見える。
ふーん。満月とか新月じゃないのだ。
ま、いい。
ゆっくり因果関係を探ってゆく。焦って急ぐと、つくり話をつくってしまうからな。その自覚もなく。

ひとりごと:
この熟成壺、どの茶葉を入れよかな。
熟成壺
チェコ土。薪火。マルティン・ハヌシュ作。

”こっち”と”あっち”

2020年2月2日の勉強会「ゆるいめの試飲会」のことを記録しておきたい。
ーーーーーーーーーーーー
店長が個人的に、手元の茶葉の整理のために、しばらく飲んでいないお茶をメインに、勝手に淹れて飲みます。
ーーーーーーーーーーーー
という趣旨であったが、茶葉の整理などは自分ひとりでできることであって、それをわざわざ勉強会と称して人を集めて行うには別の目的がある。検体となる他人が必要な目的。
今回は、”陰”と”陽”がはっきり分かっていないお茶を、はっきりさせたかった。
お茶は体感。それと、心の動き。
お茶の知識や味や香りに囚われず、その奥へまっすぐにすすんで向き合う。
けっこう集中力のいる作業になる。
なので、ほんとうはおしゃべり無用。お茶のことを説明してもいけない聞いてもいけない。ただただお茶を飲んで体感と心の動きに注目する。3杯ほどつづけて飲んでからやっと判定を下す。というのが理想だったが、参加者が少なかったので集中しやすかった。人数が多いとこのへんのルールを設定したほうがよいだろう。
さて、飲んだお茶は以下のとおり。
ーーーーーーーーーーーー
+【南糯蜜蘭青餅2013年】(生茶のプーアール茶)
+【刮風古樹青餅2018年・黄印】(生茶のプーアール茶)
+【老象古樹紅餅2019年・秋天 その1.】(オリジナル紅茶)
+【章朗古樹紅餅2016年・青印】(オリジナル紅茶)
+【紫・むらさき秋天紅茶2011年】(オリジナル紅茶)
+【香椿林青餅2016年】(生茶のプーアール茶)
+【昆明老方磚92年 その1.】(藏茶)
+【版納古樹熟餅2010年】(熟茶のプーアール茶)
ーーーーーーーーーーーー
けっこうバラバラである。
製法も違う。季節も違う。山(地域)も違う。
でも、これらを”陰”と”陽”のどちらかに分けてみる。
”陰”と”陽”という言葉のもつ印象にひっぱられてはいけない。
なんだったら”白”と”黒”でもいい。
ただこの対局は確かにある。
実感するとわかる。
体感や心の動きはどちらかに傾く。
味の好みのように個人の嗜好が分かれることはない。
開始から2種類のお茶を飲んだところで、参加者のひとりが別の言葉を提案してきた。
「どちらかというと”陰”と”陽”よりも、”こっち”と”あっち”と言うほうがしっくりくるのでは?」
なるほど!たしかにそうなのだ。別の参加者もこれに同感。
お茶を飲んだときに感じる自分の居場所が”こっち”なのか”あっち”なのか。
この感覚に注目すると、3杯飲む前にだいたい分かる。1杯めで分かることもある。
判定は以下のとおり。
ーーーーーーーーーーーー
『南糯蜜蘭青餅2013年』  ”こっち”
『刮風古樹青餅2018年・黄印』  ”あっち”
『老象古樹紅餅2019年・秋天』  ”こっち”
『章朗古樹紅餅2016年・青印』  ”こっち”
『紫・むらさき秋天紅茶2011年』  ”あっち”
『香椿林青餅2016年』  ”こっち”
『昆明老方磚92年』  ”こっち”
『版納古樹熟餅2010年』  ”あっち”
ーーーーーーーーーーーー
実感を伴わない人がこの文章だけ読むと、なにのことを言っているのかさっぱりわからないだろう。
ま、仕方ないな。バッサリ切り捨てることにする。
どちらかというと”あっち”のお茶は少ない。
”あっち”とは、確かであるはずのことが不確かになる感覚。
”無い味”があるという話を昔にしていたが、それにもちょっと似ている。
味があるはずなのに無いことに脳が混乱して、一瞬の幻を見てしまう。
自分が今いるココはほんとうにココなのか、今という時間はいつの今のことなのか、自分とはどの自分のことなのか・・・みたいなことまでが一瞬だけあやふやになる感じ。
一般的な流通では手に入らない上等なお茶に、”あっち”のやつが多いような気がするが、ほんとうにそうだろうか。まだこの観点を意識して確かめていないので、今後は注意してみることにする。
逆に、「”あっち”じゃなければ上等ではない」とも言えない。例えば、『昆明老方磚92年』はかなり上等に分類できるハイクオリティーな藏茶であるが、このお茶は”こっち”感が強い。”今ここ”。藏茶だから仏教に仕えているせいか、目の覚めた感じなのだ。
まだこの観点を試していないお茶について、”こっち”なのか”あっち”なのかの予測は難しい。なんらかの法則を見つけていない。製法でもない。季節でもない。山(地域)でもない。
なので、つくろうと思ってつくれるものではない。
でも、直感でわかる。
”こっち”と”あっち”にはお茶の本質がある。

追記:
後日、お客様より情報をいただきました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大和言葉には、一音毎に意味があるということでした。

あ すべての始まり 天 雨 光 明るい 朝
こ 親愛 優しさ 大切にしたい思い ここ こころ
ち 魂 神々しさ たくさんの 体内をめぐるもの ち みち いのち(息をする魂)

やまとことば50音辞典 高村史司より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


茶想

試飲の記録です。

・キーワード検索

・カレンダー

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2020 >>

・表示されている記事

・お茶と年代のカテゴリー

・記録

お茶の歴史
お茶の歴史 (JUGEMレビュー »)
ヴィクター・H・メア,アーリン・ホー

・サイトリンク

・プロフィール

 

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM