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刮風寨単樹1号2018年 その1.

製造 : 2018年4月13日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家と店長と茶友たち
工程 : 生茶
形状 : 散茶100g
保存 : 西双版納 
茶水 : 農夫山泉・四川省
茶器 : 宜興の茶壺・グラス杯・鉄瓶・炭火
刮風寨単樹1号
刮風寨単樹1号
刮風寨単樹1号

お茶の感想:
刮風寨単樹1号は「鉄拐李」と仲間内で呼んでいる。
鉄拐李(李鉄拐)が足の悪い仙人だったから。
遠い昔に足を刈られたせいか根元のほうで2つに分かれ、いったん横に倒れた幹が大きく曲がって上に伸びる姿は神々しくもある。
刮風寨のエリアは山深いので、お茶の需要が減ると誰も茶地に入らなくなって、ほんの数年で自然の森に戻ってしまう。台刈りや剪定されないまま何十年も枝を伸ばした高幹は、単樹のお茶にするのにふさわしい。スラット上に伸びた幹と同じバランスで地面の下の根もスラッと下に伸びているはずで、深い地層に根が達していると想像できる。
刮風寨単樹1号の葉
3年前から刮風寨のお茶に集中している茶友も単樹のお茶の味にはまって、刮風寨のエリアから裏山を超えてラオスにまで足を伸ばして、すでに何本もの単樹のお茶をつくっては試しているが、今のところ単樹1号の美味しさに叶うのは見つからない。
前の記事にした単樹2号は同じ茶坪の斜面を横に50メートルほどずれたところにあって、土質は同じだと思うが、品種特性的な違いが現れていて葉形も違えばお茶の味も違う。そしてやはり単樹1号の美味しさには叶わない。
左1号右2号
左: 単樹1号 100g
右: 単樹2号 100g
同じ100gの晒青毛茶でも1号と2号では嵩がこれほどにも違う。茶葉に含まれる成分の違い。1号の黒い色は鉄分などのミネラルの含有率が高いせいだと思われる。
采茶は1号も2号も4月13日。
1年前から農家と約束して、10日前から森に入って新芽・若葉の成長具合を確かめて、采茶のための木登り人員を確保して、製茶の日の天気を予測して、この日!という采茶のタイミングを決める直前には緊張で胃が痛くなる。
単樹1号の殺青は瑶族の農家の主人が担当した。ホッとした。
農家の主人が殺青
農家の主人もこのお茶を愛していて、自分用の取り分を主張するので誰も文句なし。
側で殺青を見ていて、やはり熟練の殺青はすばらしいと思った。ふだんの他人に売る用のお茶の殺青とはぜんぜんちがう動きだった・・・。
自分の殺青との違いは手返しのスピード。
農家は強火で攻めて手返し早くすることで焦げを防ぐが、このやり方では水分が蒸発しやすく標準的な茶葉だと緑茶っぽい風味になりやすい、が、単樹1号はそうならない。茎の部分が長く育って水分を多く含むからだろう。
殺青
茶葉を投入する直前の鉄鍋の温度は390度。
何年か前に非接触温度計でいろんなところの鉄鍋を計ったが、だいたいこの温度。
一鍋で炒る約5キロの鮮葉を投入した瞬間にたしか190度に下がる。さらに1分か2分でもっと下がる。それから数分でまた温度が上がってくるが、この間が問題。茶葉が常温から70度以下の低温域が長く続くと意図しない軽発酵がすすむ。茶葉に均一にそうなればよいが、縁のほうや茎の部分だけが黄色やオレンジ色に変色する。また、風味も紅茶のようなモワンとした甘い香りが混ざる。
炒りはじめて短時間に茶葉の水分を高温の蒸気に変えるには強火がよいし、鉄鍋に厚みのあったほうが鍋の温度が下がりにくくてよい。
ただ、ここを追求しすぎると、違う種類のお茶になりそうな気がする。
漫撒山の地域一帯は森の水気が多く、茶葉は茎が長く育って水を含む。その結果、炒った茶葉のところどころに変色が残るのが普通。
単樹1号も2号も手の動作をがんばって精度を上げてみたけれど、追求はこのへんにしておくのが良さそう。
単樹1号
茶湯の色
葉底
「神韻」と呼ぶやつだと思う。
脳がクラっときて、一瞬であっちの世界へと連れて行ってくれる。味もさることながら酔い心地が違う。まるでクスリ。どうしてももう一度やりたくなってしまうタイプのやつ。

ひとりごと:
勤勉や勤労がエライのは日本の社会環境での価値観であって、おそらくそうじゃない社会のほうが世界には多い。
勤勉や勤労がより早くより大規模に自然環境を破壊してきた結果を見ると、あまりカシコイくないと思える。
お茶の味や体感みたいな美の世界も勤勉や勤労の通用するところじゃない。

刮風古樹青餅2018年・黄印 その1.

製造 : 2018年4月11日・13日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家と店長と茶友たち
工程 : 生茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 宜興の茶壺・グラス杯・鉄瓶・炭火
圧餅の蒸し
圧餅の石型
圧餅の布袋

お茶の感想:
今回は自分ひとりで圧餅する。家の厨房のカンタンな設備で茶葉を蒸す。
圧餅の工程は、茶葉を蒸して布に包んで石型で圧して、冷ましてから布を外して涼干・晒干する。
文章にするとたった一行のことだが、ひとりでやると重労働で、一日20枚圧餅するのがやっと。道具を手入れして掃除を終えたら深夜になる。一週間続けたらあちこちの筋肉が盛り上がって体つきが変わってくる。
180g×20枚=3.6kg。製茶(萎凋・殺青・揉捻・渥堆・晒干)をひとりでするのとほぼ同じ生産性である。65kg の体重の人間がたった3.6kgの茶葉に振り回されるのだから、圧餅の茶葉に与えるエネルギーがいかに多いかがわかる。
圧餅は、円盤型に整形するだけが目的じゃない。
散茶の嵩を減らして運搬しやすいようにしたことが出発点だったとしても、”蒸す”ことの火入れや、蒸気の水による軽発酵や、圧延することの茶葉の繊維の変化を、昔の職人はなんらかの利点として計算に入れたはず。お茶に薬効が求められていた時代だからなおさらのこと。
圧餅後の餅茶
餅面
もしも圧餅を工房に依頼すると一日数百枚も可能である。しかし、茶葉の変化を追いかけられない。数人一組の分業になるからだ。分業では、各自の担当するところの茶葉を観察できても全体は把握できない。蒸したとき、布で包むとき、包んでから2度蒸しするとき、石型で圧すとき、布を外すとき、涼干・晒干で乾燥させるとき。この一連の変化を見ているだけではダメで、どうしても手の感触で、身体で流れを知る必要がある。
晒青毛茶ができるまでの製茶も同じ。
采茶からはじまって萎凋・殺青・揉捻・渥堆・晒干の流れを身体で知るのが大事。
というのが最近わかってきたので、圧餅も自分でやることにしたのだ。
身体で知ることは他人に伝えられる知識になりにくいせいか、軽視されがちだと思う。まして手の仕事は効率が悪くて、結果的にお茶の価格を上げてしまうから市場での評価は低い。
例えば揉捻について。
名前のとおり茶葉を揉み捻る工程であるが、「手でする場合は何分かかるの?」と、現場でよく聞かれる。
揉捻
手で揉捻すると、ある時点で急速に茶葉が変化しはじめるのが指先や手のひらの感覚に伝わる。さらにすすめると、あきらかに「もういいよ!」という茶葉の繊維や水分の変化が手に伝わる。手と茶葉との会話がある。
茶葉のコンディションは毎回異なる。たとえ同じ一本の茶樹から採取しても、日によって水分・栄養分・繊維質が異なるし、気温や湿度や気圧という外的な要因も揉捻の結果を左右するだろう。
したがって、揉捻の時間は5分で終わることもあれば20分かかることもある。その判断は手がする。
雲南の自然栽培の茶樹は一本一本の品種特性が微妙に異なり、茶葉の大きさもカタチも繊維質も成分も異なるから、揉捻一回の手に取る茶葉(この段階ではまだ水分が多いので1.5キロくらいだろうか)ごとにチカラ加減や時間を調整しなければならないはず。
手で揉捻すると個人によって技術もチカラも異なるから、例えば自分なら10分のところを他人なら15分かかるかもしれない。手は疲れてくるから1回めと10回めにかかる時間は異なる。
茶摘みのときから茶葉に触っていると、一連の工程(采茶・萎凋・殺青・揉捻・渥堆・晒干・圧餅)の前後の関係にも気付く。
手で揉捻
例えば、早春の雨の降らない日が続いた茶葉の揉捻は短時間で済むとか、雨が降った後は繊維が硬くなって3倍の時間かかるとか、殺青で水分を残すようにするとヨジレやすいとか、殺青の火入れがしっかりできたときに手にくっつく茶醤の粘度が高いとか、揉捻をしっかりすると軽発酵がすすんで甘い香りが出るとか、揉捻しすぎると圧餅の粘着が悪くなるので蒸し時間を長くしなければならないとか、揉捻でわかる水分量で晒干の茶葉を広げて一日で乾く厚さを予測するとか。
もしも機械で揉捻して茶葉と手の会話が断絶すると、前後のつながりがなくなり、つじつまが合わなくなるだろう。お茶の性質をある方向に導こうとするなら、ある個性を宿そうとするなら、手で揉捻するのはあたりまえなのだ。
手で揉捻したら生産効率が5分の1になる。
単純に計算して5倍の価格でお茶を売ると機械揉捻の生み出す利益に追いつくわけだが現実的ではない。
機械揉捻
「手の揉捻は何分するの?」と聞く人の心理はおそらくこのことを先に考えている。
工業生産的な価値判断が背景にあるのは、そのほうがカシコイと評価される社会環境であり時代であるからだ。さらに悪いのは、それを知ったうえでマーケティングするのも出てくる。手で揉捻する本当の意味を考えずに揉捻時間を1分くらいに短縮してカタチだけ”古式”だったり”手工”だったりする。
労働をつまらないものにしてしまったので、現代のお茶づくりはどうしても昔のお茶づくりに勝てない。お茶だけでなくて道具づくりも。道具だけでなくてあらゆるモノづくりがそうだろう。
人が貧しくなるスピードが加速して、お金を稼ぐスピードが追いつかない。
さて、『刮風古樹青餅2018年・黄印』(未出品)。
刮風古樹青餅2018年・黄印
刮風古樹青餅2018年・黄印
5月4日に圧餅を終えて、10日間かけて涼干(陰干し)して、荷造りを終えたところ。長期熟成は西双版納では行わないからとりあえず上海にお茶が運ばれる。
180gの小餅サイズ全部で19枚。出品は17枚くらい。出品時期や価格はまだ決めていない。
圧餅の蒸し時間はいつもよりも長くなった。深蒸しになった。
これも手の判断である。石型を踏む足の判断でもある。
なぜ手や足がそう判断したのか?頭で解析を試みているところ。
この時期がいちばん不安になる。もしかしたら手が判断を誤ったのではないか?と疑いたくなるほど、お茶の味が揺れて安定しないからだ。
お茶淹れ
茶湯
この間に試飲しなければよいのに、気になりだしたら夜中であろうがガマンできずにお茶を淹れてしまう。ヘンな味が出て心配になって眠れなくなる。
圧餅を3日前に済ませてきた北京の茶友が、刮風寨の古茶樹のお茶を持ってきた。
彼のオリジナルだが、製茶は農家がして、圧餅はメーカーがしている。彼自身は身体を動かさないので太っている。カタチだけのお茶づくりは誰にでもできる。
茶友の餅茶
餅面がキレイ
メーカーの圧餅は餅形がキレイだ。
品茶
でも、やっぱりヘンな味が出ている。
圧餅後に10日くらいかけてゆっくり茶葉が乾燥する過程の同じ道をたどっている。
圧餅前の散茶の味をみると、そのヘンな味は無い。なので明らかに圧餅が影響した味である。
圧餅3日後の茶友のと10日後の自分のを比べると、ヘンな味が抜けているのがわかった。よかった。よかった。
炙って乾燥
圧餅後の水分が残っていることだけがヘンな味の原因じゃない。
炭火の遠火で炙って茶葉を強制的に乾燥させても、やっぱりヘンな味が残っている。
水分の他に茶葉の繊維の変化がお茶の味に影響していると推測する。繊維の変化には時間がかかる。

ひとりごと:
やっと終わった。ほっとした。

刮風寨単樹2号2018年 その1.

製造 : 2018年4月13日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家と店長と茶友たち
工程 : 生茶
形状 : 散茶100g
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 農夫山泉・四川省
茶器 : 宜興の茶壺・グラス杯・鉄瓶・炭火
月
お茶で休憩

お茶の感想:
前回の更新日付を見たらもう1ヶ月以上も経っていてハッとした。お茶づくりに集中して茶葉のほうを向いていると、人間のほうの言葉があまり浮かんでこなくなって、書くこともなくなる。
お茶のことは身体が覚えているし、茶葉には物理的にすべてが記録されている。
お茶を淹れると味や香りとなって現場のことが再現される。
今年の春は良かった。
いろんなことがうまい具合に重なり合った。2009年からお茶づくりにかかわるようになって9年目になるが、はじめてスッキリいった気がする。モヤモヤしたところのない理想のお茶。夢が叶た。
前回の記事に書いたように、はじめは丁家老寨の古茶樹を追ったのだが、いろいろうまくゆかなくて、刮風寨のお茶をつくることになった。
刮風寨
刮風寨は人気のお茶どころで、これまでとは事情の違うところがあるが、今回は茶友たちに助けられた。茶友らは自分より10日先に山に入って、準備をしたり、旬のタイミングを計ったりしていた。彼らは刮風寨を追いかけて3年目になる。その経験が活かされた。
オフロードバイク
バイクで森に入る
6人ほどのチームプレイはピッタリ息が合っていた。声もでなくなるほどの重労働でヘトヘトになりながら、奇跡の数日にみんなコーフンぎみだった。誰も口には出さないが、自分たちがこの春一番かもしれないと思っていたはずだ。
森
森の小屋
自分が山にいた期間は10日間。オリジナルのお茶を4種ほど出品することになると思うが、4種合わせても10キロあるかないか。茶友たちの分を合わせても約60キロ。そのうち生茶のプーアール茶が45キロ。紅茶が15キロ。
6人は収茶(茶摘みを監視して鮮葉を集めて村へ持ち帰る)と製茶に集中して、茶摘みは農家が雇った13人の苗族の部隊が山小屋に住み込みで働いた。合わせたら19人。
苗族13人
19人で10日間(茶摘みは8日間)で60キロ。これでも数年に一度あるかないかの豊作。体力の限界だし、これ以上人手を増やすと質を落とすし、天気の良い日はそう長く続かないし。
テント
(製茶場にテントを張って24時間の監視体制)
晒干
刮風寨の山から降りてすでに10日以上経つが、筋肉や関節がまだ熱を持ったまま圧餅加工をはじめたので、疲労の限界に達したのか、ついに身体が動かなくなった。今になって、捻挫した足首やら、毒虫に噛まれた跡やら、竹の道具のトゲが刺さったままになっているのやら、あちこちの痛みが出てくる。
休養がてらとりあえず2015年の下見のときの刮風寨の写真をまとめた。
+【刮風寨 古茶樹】
今回つくったお茶の紹介ページはこれから半年ほどかけてアップする。
今回の写真はあまり多くない。忙しすぎてそれどころじゃなかった。まあいいのだ。茶葉という現物がある。写真よりもずっと確かな証拠になる。
チームプレイの結晶と言える刮風寨単樹のお茶2本。2018年4月13日采茶。
とりあえず1号・2号と名付けている。
単樹1号と2号
左:単樹1号100g
右:単樹2号100g
それぞれ1キロほどつくれて、自分は100gずつ分けてもらうことにした。出品しないで勉強会で自らお茶を淹れる。
そのうちの1本は2016年にも一度つくっていて、そのとき自分は刮風寨の現場にいなかったので友人に分けてもらって、ブログにも登場している。
+【刮風寨単樹小餅2016年 その1.】
今のところ自分の手元にある新しい生茶のプーアール茶ではいちばん美味しいお茶だが、2018年の春はこれを超える。
美味しさといい体感といい、奇跡のお茶だ。良すぎるのが怖いくらい。というのも、今年の春のように恵まれることはめったにないと知っているから。美味しいお茶のできる次の年はたいがい美味しくないことも何度か経験しているから。地域全体の森林の環境破壊がますます進んでいるのを目の当たりにしているから。
茶友らのリクエストで、単樹2号の殺青は自分が担当した。
殺青
今年の春は一鍋5キロの殺青を合わせたら30鍋はしただろうか。自分のお茶でなくても農家の手伝いもして経験を積んだ。
数年前まで易武山の殺青は平鍋と呼ぶ水平に据えられた鉄鍋が主流だったが、鍋の中で茶葉をひっくり返すのにチカラが要ってたいへんなので、近年はすべて斜鍋に置き換わっている。このため、熱のとおり具合が変わって、茶葉が乾燥ぎみに仕上がるようになった。それが生茶のプーアール茶としてふさわしくないと考えているので、斜鍋でも茶葉の水分を逃さないよう工夫した。茶友たちもこの方法に賛同してくれたので、われわれの生茶はひと味ちがう。はず。
揉捻作業
揉捻
刮風寨単樹2号。今日は2号のほうを飲む。ひとりで飲むのははじめてになる。
下から見たら樹高10メートルくらいと思っていたが、木登りした苗族の話では15メートルらしい。
単樹2号
2年前の2016年に茶友が収穫を試みたが、あまりに少なくて、一鍋3キロにも満たないので殺青がうまくゆかないと判断して、陰干しと天日干しで白茶風に仕上げていた。茶友らが集まるたびに飲んでもう無くなったが、記憶しているその味とよく似ている。
刮風寨単樹2号2018年
刮風寨単樹2号2018年
刮風寨単樹2号2018年
製茶が違うし、しっかり火を通したので白茶の味はしないが個性は同じ。驚くほど味が似ている。
鮮葉は4.5キロ。殺青の一鍋分しかない。年に一度の一打席でホームランを打たなきゃならない。火加減を間違って焦がしたらパーになる。かといって火を弱めたら弱気が宿る。できた散茶約1キロを数人で分けて、みんな圧餅しないで散茶のまま飲み切るつもりだから、殺青が完成度を決める。強気に高温で攻めたら、背中に感じたみんなの緊張感がそのまま、ヒヤッと冷たいような口感になってお茶の味に現れているような気がする。
葉底

ひとりごと:
刮風寨の山から降りて自分ひとりで圧餅の準備などをしていたときに、茶友ら数人はまた刮風寨に戻って数日を過ごしていた。
彼らが降りてきたときに「なにしていたの?」と聞くと、「なにもしなかった。」らしいのだ。
古茶樹の新芽・若葉はまだまだあって、鮮葉は毎日のように収穫されるので仕入れてお茶づくりができたのに、なにもせずにただボーっと他人のお茶になってゆくのを眺めていたらしい。
旬が過ぎたのだ。命の燃えるような旬のギラギラした輝きはほんの数日しか宿らない。その輝きを知ったらもうお腹いっぱい。たくさんあっても仕方がないことを知る。

丁家老寨青磚2005年 その1.

製造 : 2005年4月・5月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+景洪の茶商
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 磚茶
保存 : 西双版納 紙包み 竹皮包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 宜興紅泥壺・鉄瓶・炭
丁家老寨

お茶の感想:
2018年の春は丁家老寨に行くことにした。
天気予報を見て山に入るタイミングを図っているところ。
他の有名茶山と同じく丁家老寨の古茶樹も乱獲がたたって、ここ3年くらいのお茶の味はパッとしない。
しかし今自分の勉強したいところは慣れた茶山にある。
スレていない茶地を求めてあちこち車を走らせている現地の茶商たちが見つけてくる茶葉には魅力があるけれど、これを一から理解するのには年数がかかる。晒青毛茶をサンプルとして分けてもらって、手元で熟成させながら定期的に試飲して変化を見て、はたして生茶のプーアール茶として適切な品種なのか?製茶ができているのか?熟成変化に魅力があるのか?
手元のいくつかの生茶だけでもこれらの観察は手間と時間がかかっているので、これ以上手を広げると仕事の質を落としそうだ。
2012年のこのお茶でさえ6年経っている現在でもまだ謎が多い。
【丁家老寨青餅2012年 】
丁家老寨青餅2012年
丁家老寨青餅2012年
熟成変化はおおむね良好。
西双版納に在庫しているのは、はじめの1年間の保存でちょっと湿気ているが、質が落ちたと言えるほど明確に悪いこともない。香りの立ち方がやや鈍かったり、味に酸味が加わったりするが、一年中気温の高い地域なので、もしかしたら乾燥に気を付けていてもこのくらいの変化はあったかもしれない。
漫撒山(旧易武山)の古い品種の茶葉は先人がしてきた1950年代以前からの長期熟成の実績があるので、この点でカタイ。過去の銘茶のサンプルさえあれば熟成具合を比較できる。
茶摘みと製茶がまだよくわからない。茶樹の栽培にもなにか関連しているだろう。
易武山一帯のお茶を専門にしている茶商なら、過去に一度は丁家老寨のお茶を手がけてサンプルを手元に残している。サンプルというよりは売れ残りで、西双版納の気候と不注意な倉庫管理が災いして湿気させて品質を下げているが、そこは差し引いて茶葉の性質に注目してみる。
丁家老寨青磚2005年
『丁家老寨青磚2005年』(仮名)とする。
2005年のはちょっと珍しい。
2006年・2007年にプーアール茶バブルと呼ばれる相場の高騰があったが、価格の高騰は乱獲につながる。
一般的な農作物は豊作貧乏で、沢山収穫されすぎると価格を下げるのが普通だが、茶葉は長期保存ができるせいかそうならない。価格が上るほどに品質が下がるという矛盾が生じる。
2005年はまだプーアール茶ブームが中国大陸全土に広がっていない時代。昔から飲んでいた南方の人たちが主に消費していたので、生産量は今ほど多くなく、新しく森を切り開いて茶地をつくったり、年に3度も4度も茶摘みをするような乱獲は必要なかった。易武山なら「麻黒」や「落水洞」くらいが有名で、「丁家老寨」となるとお茶ファンでも知らない人が多くて、農家は茶商のオーダーがないと茶摘みをしないこともあったくらいだから、茶樹は健康だったはず。
丁家老寨青磚2005年
丁家老寨青磚2005年
剪定や台刈りによって枝や幹が詰められると枝の分岐が増えて一本の樹から採取できる茶葉の量は増える。しかし古茶樹特有の滋味深さは失われる。
2005年のこれはまさに滋味深い。茶湯が口に溶けるようになじんで、すっと喉を滑り落ちて、お腹の底を温める。舌に残る苦味・渋味の消えの速さがよくて清潔感がある。心配していたほどに湿気た影響が悪く現れていない。
そうなのだが、お茶のお茶たる風味が弱い。なんだか眠い。
この眠さは丁家老寨のお茶の特徴かもしれない。
この2005年のはあきらかに茶摘みのタイミングが悪い。「春のお茶だ」と茶商は言うが、おそらく夏の雨季に入った5月の2番摘みだろう。
丁家老寨青磚2005年
丁家老寨青磚2005年
香りが無いし、茶気も充実していない。
ただ、それが眠さの原因じゃない。
2012年の早春に采茶した『丁家老寨青餅2012年』にもこの眠さがあるから。
丁家老寨青餅2012年
味比べ
左:丁家老寨青餅2012年
右:丁家老寨青磚2005年
比べてみると香りも茶気も2012年のが圧倒的に強い。でもやはりなんとなく眠い。
こういう品種特性かと思う。これでいいのかもしれない。
茶葉にしっかり熱が入る3煎めくらいになると香りがキリッとしてくる。外から薫るのではなくて吐く息にほんのり薫る香り。この香りが出てくると嬉しい。はじめの1杯めからフルパワーで薫る小葉種の、例えば「倚邦山」のお茶よりも心理的な作用が働いて、香りにありがたみを感じる。ささやくような香りは聞くほうの意識を集中させるので、3煎め以降の変化にも敏感になる。また、この香りには連想させるものがない。花とか果物とかがすぐに浮かんでこないから、言葉がいらない。
お茶の味の審美眼が、昔の人と今の人とでかなり異なるのではないかと思う。
昔の人のほうが詩人だったので、お茶の味わいに心のゆらぎを任せて楽しめたにちがいない。
どのお茶の香りが強いとか、渋いとか苦いとか、煎が続くとか、なにかに似ているとか、そうではなくてどのお茶が美しいか。
美の鑑賞は感じる側の人の有り方が問われる。
千利休の時代の黄金の茶室に秀吉の貧しさをうっすら感じてしまうように、例えば曼松のお茶の派手な風味にはそれを好む人の未熟さをうっすら感じてしまう。(曼松は西双版納旧六大茶山のひとつで、清朝の時代に皇帝ブランドの冠が付けられて国内外の都市に売られていた。現在また人気が上がっている。わかりやすい強い香りが特徴。価格は高騰して毎年話題になる。ニセモノもあふれている。)
美にはこういう面もある。
人の心の卑しさみたいなところを美の学びから指摘できるのは、教育の成熟した社会があるからこそ。
もういちどこのへんから勉強しなおさないと、昔のような美しいお茶はできないよな。お茶の道具もそうだろ。
つくる側の問題ではなく、流通の人も、消費する人も。みんなの学びが必要になる。
葉底
左:丁家老寨青餅2012年
右:丁家老寨青磚2005年

ひとりごと:
コーヒーやワインの社会では、科学や経済の話に詳しい専門家ほど偉いように見えるが、お茶の社会でそうなっちゃダメだろな。

宮廷プーアル熟散茶03年 その6.

製造 : 2003年
茶葉 : 雲南大葉種晒青茶孟海茶区ブレンド特級
茶廠 : 孟海茶廠(国営時代)
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗・炭火・鉄瓶
鉄瓶と炭
中国の菊炭は白炭

お茶の感想:
上海での勉強会が終わって後片付けをしていたら、古い茶友が茶葉を持ってきた。
1980年代の黒茶であるが、正体がはっきりしないと言う。
試飲してほしいということで、湯を沸かして飲んでみた。
飲みながら、この茶葉にまつわるいろんな物語を聞かされた。正体がはっきりしないわりに物語はたっぷりある。
香港の老六安茶のコレクターが譲ってくれたとか。
台湾の茶商がマレーシアで入手したとか。
お寺が所有していたから最近まで残っていたとか。
竹籠に1斤500gごと詰められているけれど商標は無いとか。
すでに20キロ買ったが、のこり70キロほどあるので全部入手するつもりだとか。
「で、いくら?」
と聞くと、
「800元1斤。」
1キロ1,600元。日本円だと現在のレートで26,750円。
安い!安すぎる。
1980年代の黒茶
ちなみに、当店がまだ老茶を専門にしていた頃に扱ったことがある1970年代の六安。
+【六安茶70年代後期】 
現在の価格はわからないが1980年代の老六安でも1包約500gで1万5千元は超えるらしいので、1970年代のは4万はするだろう。元祖「孫義順」(老舗メーカーの名前)モノなら8万元、日本円で134万円はするかも。と、推測する。イヤ価格の問題じゃない。品が無いのだ。すでに個人のコレクターの手元にあって、死ぬまでチビチビ飲みながら楽しむことになっているが、例えばその人が飲みきらずに残して死んでも、遺族はその茶葉を換金するのは難しいから、自分たちで飲んでしまうか茶友たちに故人の形見として分けるだろう。卸から卸へ小売から小売りへとふたたび流通に戻ってくる理由は少ない。
もうちょっとお金の話をする。
近年の茶葉の価格の高騰は、土地の価格の高騰と同じところに原因がある。
現金の価値の低下がお金の余っている人を不安にさせている。人民元は国外への持ち出しは制限されているが、銀行に行けば米ドルにもユーロにも日本円にも交換できてそのまま預金できる。自国の通貨に不安があれば外貨に換えておくだけでよいはずだが、そうせずにモノや権利に交換しておきたい人が多くて、人気が集中するから高騰する。中国だけじゃなくて多くの国々でそうなっている。国がカンタンに増やせる通貨はそういう宿命にある。
誰しも紙切れや電子的な数字をたくさん持ったまま死ぬよりは、自分や他人の幸せに使って死にたい。
老茶が、味とか効能とかそのモノの価値を超えて評価されていることに違和感のある人は、うねる市場の荒波を見たことがないのか、あるいは見たくない人間社会の業から背を向けているのか、いずれにしても幸せな世間知らずである。
上海の空
上海の武康路
(写真は上海の武康路。前に住んでいた近所の好きな場所。この地区のこの物件4階建て一棟なら20億円するかもな。)
さて、この1980年代の黒茶。
安徽省の六安にしても広西省の六堡にしても雲南省の熟茶にしても、このように新芽・若葉で構成された黒茶の製法は、昔と今とでは大いに変わっている。もっとカンタンに・もっと安定的に・もっと衛生的に・大量に・経済的に・技術革新が重ねられて、見た目は似ていても中身はほぼ別のお茶になっている。
味もさることながら本来もっていた薬効も失っているにちがいない。と、老茶ファンは考えるので、新しいお茶には見向きもせずに残り少ない老茶を探し求める。新しいお茶しか知らない若いお茶ファンたちも一度は昔のホンモノを味わってみたいと思っている。
みんないいカモなのだ。
そんな過去のものは無かったことにして、眼の前の現実を、そして新しい世界をみんなで生きてゆこうじゃありませんか・・・とはならないから、ニセモノや粗悪品の市場は正当な市場よりもデカい。ニセモノや粗悪品と同じくらいに新しい製品が信用されていないとも言える。
判断を急いではならないから、3・4回分のサンプルをもらって帰って試飲することにした。
手元にある宮廷プーアール茶と比べてみる。
今日のこのお茶。
『宮廷プーアル熟散茶03年』(卸売部)
このお茶と比べてみる時点ですでに1980年代はありえなくて、2000年代のものだと冷静に考えている。
1980年代の黒茶と宮廷プーアール茶
左:1980年代の黒茶
右:宮廷プーアル熟散茶03年
並べてみたらわかりやすい。
1980年代の黒茶と宮廷プーアール茶
1980年代の黒茶と宮廷プーアール茶
左:1980年代の黒茶
右:宮廷プーアル熟散茶03年
結果は残念ながら、宮廷プーアール茶そのものであった。
六安でも六堡でもない。1980年代の黒茶なんかじゃない。
熱い湯を注ぐと老茶特有の小豆っぽい香りがフワッと漂うが、泥臭い後味があり、舌の上にねっとりしたものが残る。それに対して『宮廷プーアル熟散茶03年』の後味はサッパリしてキレがよい。
泥っぽいのは保存環境に問題があった風味だが、これを老茶の陳香・陳味と勘違いする人は多い。そういう自分でさえ単独で飲んだときにはわからなかった。
マレーシアなのか台湾なのか香港なのかわからないが、二次加工に醜悪な人の意志が混じっている。
ウソがないのは価格だけ。
2003年の宮廷プーアール茶はキロあたり3倍の価格をつけている。
3分の1の価格の1980年代の黒茶は安いなりに良い・・・というものじゃない。騙したのではなくて、この価格に飛びついた騙されたほうが悪いと価格は言っている。
ニセモノや粗悪品は人の心を傷つける。人間関係を悪くする。
1980年代の黒茶を持ってきた茶友は日本語のこのブログが読めないから、こうしてネタにできるけれど・・・。
いったい誰が騙したのか?誰が騙されたのか?というのを追求すると、茶友が老茶の味を知らないだけならよいが、もしかしたら茶友もグルだったことがわかるかもしれない。茶友の香港の友人との関係が悪くなるかもしれない。香港の友人と台湾の茶商との関係が悪くなるかもしれない。マレーシアの寺の住職の信用に傷がつくかもしれない。
この茶友を紹介してくれた人。上海の勉強会の場を提供してくれている店の主人は、自分にも疑いの火の粉が飛び散ってくるのではないかと心配して、こんなヘンな茶葉を持ってきて!と憤慨している。
醜悪な人の意志が茶葉を介して伝染する。
「あの茶葉は自分は要らないから・・・。」
それだけ茶友に伝えた。
正体は二次加工された宮廷プーアール茶だったとは言わない。

ひごりごと:
春の茶摘みがそろそろかなと農家に毎日電話をして様子を聞いて、ぼちぼち荷物をまとめて車を予約したとたんに天気が崩れてきた。
靴
荷物
景洪の空
天気予報も昨日と今日とでこの先一週間の予想が変わっていて、3月末まで晴れの日がほとんどなくなっている。
2018年の春も難しいのかな。ま、気楽に待つことにする。なんだったら来年まで待ってもよいし。

勉強会・上海 単樹考 3月2日・3日・4日

中国語メインの講義です。日本語の補足もします。

内容:
現代プーアール茶の最も上等とされる単樹のお茶。
しかし同じ単樹でも上下の価格差は200倍もあります。
お茶の味・体感・美しさ、どこをどう評価しているのか。
あえて少しの違いのある茶葉を選んで、その違いがどこから来たのかを解説します。
お茶の味の観点となる単語(中国語)もいくつか紹介します。

茶単:
丁家老寨紅叶単樹散茶2016年
弯弓単樹A春の散茶2015年
困鹿山単樹散茶2016年
刮風寨単樹小餅2016年
刮風寨茶坪の茶王樹

場所:
上海 天山茶城 1階のお店
中山西路520号天山茶城1252 云元谷 
玉屏南路側の天山茶城正門から入ってまっすぐ35メートルほど進んだ右側の店。

日時:
3月2日(金)・3日(土)・4日(日) 
午前10時から12時半頃

予約:
終了しました。
1回の定員5人。

お茶を飲むとお腹が減ります。
事前にお腹を満たしておいてください。
試飲中はお菓子を食べません。お茶の味を見る邪魔になります。

茶学 脳に伝える

茶葉と銅の茶則
気が静まらない。眠れない。
そんなふうに脳が騒いでいるときに、静まれ!と命令しても静まらない。
脳を、脳自身が制することはできないから、ヨガは身体からアプローチする。呼吸を通して骨や肉や内蔵や血のメッセージを脳に伝える。
同じことのできる習い事はヨガ以外にもあるだろう。お茶もそう。
脳と身体は主従関係にあるのではない。
だからお茶は自分で淹れないと意味がない。
水や火や土や金属や木や茶葉のような元素のメッセージを身体から脳に伝える。
ただそれだけのことを毎日続ける。
お茶することの教養とか健康とか、思いつく程度のご利益は脳が自分で思っているほどたいしたものではないから、とにかく自分で淹れて飲む習慣を身につけるのみ。

漫撒陰涼紅餅2015年 その5.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : ゆるい密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・鉄瓶・炭火
漫撒陰涼紅餅2015年

お茶の感想:
陰の味のお茶。
+【漫撒陰涼紅餅2015年】
最後の2回分になった。
漫撒陰涼紅餅2015年
出品枚数9枚。上海と日本の勉強会にも出したから、飲んだことのある人は40人くらいだろう。
40人全員が陰の味に出会えるはずがない。たぶん10人くらいだろう。
10人はこのお茶に選ばれたとも言える。
陰の味の声は小さい。
茶摘みから製茶までの話を聞いて飲むからこそ、ささやきに気付くかもしれないけれど、まったくの予備知識無しにお茶の味だけから陰の味を見つけられる人はまずいないと思う。
心を開く準備がなければその美しさに出会えない。
品評会の審査員のように”評価”の心で点数をつけると、陰の美の扉はまず開かない。平等ではないのだ。
茶壺注ぎ
茶壺蒸らし
茶杯注ぎ
上海人のお客様が、友達らとこのお茶を飲んで後悔したという話を聞いた。
おなじく陰の味のお茶。
+【一扇磨単樹A春の散茶2015年 その4.】
中国でお茶好きが集まっていっしょに飲むと、お茶の良し悪しをズケズケ言う。
陰の味の美しさを感じ取れた人はよいけれど、感じ取れなかった人は腹いせに茶葉の悪口を言う。
それ以降、このお茶についてはみんなで飲むのを避けられるようになる。
ひとりで密かに飲むか、陰の美のわかる人とだけいっしょに飲むか。
上海人のお客様はひとりで飲むことにしたらしい。
交友関係の広い人ではあるけれど、ひとりで飲むお茶の味を知るキッカケになったお茶。
葉底
『漫撒陰涼紅餅2015年』に選ばれた10人もまた、他人にそのことを言わないだろう。言っても仕方がないから。
みんなでいっしょに飲んで美味しいお茶もあるし、そうじゃないお茶もある。有名になるお茶だけがすごいというわけじゃない。

ひとりごと:
陰の味の美しさはお茶やお酒に宿るけれど、料理には少ないよな。
ま、空腹に陰の味は響かないけれど。

92紅帯青餅プーアル茶 その6.

製造 : 1992年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒村古茶樹
茶廠 : 西双版納孟海茶廠(国営時代)
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 香港ー広州ー上海 その後密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・鉄瓶・炭火
上から着火した炭
火が下に潜る
鉄瓶と瓶掛
温め

お茶の感想:
先日の『紅絲帯プーアル青餅96年』と『92紅帯青餅』を続けて飲んでみた。
+【紅絲帯プーアル青餅96年】
+【92紅帯青餅】
1996年のお茶と、1992年のお茶。
熟成は1996年の『紅絲帯プーアル青餅96年』のほうがすすんでいる。保存環境の違いもあるが、それよりも茶葉の性質の違いが大きく熟成のすすみ具合に影響していると思う。
”7542”の「紅絲帯プーアル青餅96年」と、”7532”の「92紅帯青餅」。
92紅帯青餅
茶葉の等級の違いが品番に現してあるが、これについて詳しく知りたければ過去のお茶のページからいくつかを参照してほしい。
+【過去に紹介したプーアル茶】
カンタンにういと4級と3級。7532のほうがより小さな新芽・若葉を多く配合してある。
どちらも国営時代の1970年代末頃から1990年代中頃までに出荷量の多いお茶だったが、もちろんその中にピンキリがあって、ある年のある出荷分だけ優れていて、それ以外のおそらく9割はたいしたことなかったはずだ。
その理由はカンタンで、産量の少ない早春の新芽・若葉が多く配合されるのは、そんなにたくさん作れないから。
餅面(餅茶の表面)から早春の新芽・若葉の上質を見分けるのはカンタン。
金芽と呼ぶ新芽が爪の先ほど細かいこと。若葉が黒々と深い色をしていること。
金芽と呼ぶ新芽が2センチ以上も大きく育っていて、若葉の色が薄く黒に深みが無いのは、早春のタイミングを外したものなのでたいしたものにはならない。春の産量の9割以上がそんな茶葉だから仕方がない。天候不順で美味しいお茶はできない年もあっただろう。
4級の”7542”は出荷量がとくに多いお茶だったが、その中で早春の新芽・若葉がたっぷり配合されたものは、ぱっと見て3級の”7532”との見分けがつかないくらい細かな茶葉だったから、4級の”7542”だから早春の純度が低いというわけではない。
金芽と呼ぶ新芽が爪の先ほど細かいこと。若葉が黒々と深い色をしていること。
茶葉
今、産地に入って茶摘みを経験してわかることは、これを採取するのは茶樹の手入れが必要であるということ。
このお茶で確認済み。
+【易武春風青餅2011年】
近年狙っている野生に近い状態で育つ茶樹では、このような茶葉を採取するのは難しい。野生に近くなるほど晩春に芽が出ることと、等級分けできるほどの産量が無いことで、まず不可能だろう。
茶樹に日当たりを良くして、台刈りや剪定で枝分かれを促して、新芽の数を増やさなければならない。しかも、乱獲して栄養が薄まると若葉の色は薄くなるから、せいぜい一年一采くらいに収穫を制限しなければならない。人為的な栽培となる。
このことから、昔と今とでは価値感というか、茶葉に求める理想が違うことに気がつく。
時代が違うのだな。
自然の恵みが無尽蔵だった時代。経済がまだ世界征服を果たしていなかった時代。お茶が男の嗜みだった時代。
時代背景をふまえて『紅絲帯プーアル青餅96年』と『92紅帯青餅』とを見ると、”7532”の『92紅帯青餅』のほうが男らしいお茶だと思う。
92紅帯青餅
92紅帯青餅
92紅帯青餅
茶気が強く、それに伴う苦味・渋味が効いていて辛口。ひとくちで目の前が別世界になる茶酔い。
その点で、”7542”の『紅絲帯プーアル青餅96年』は芳醇な甘さがあって美味しいが、その分だけパンチ力に欠ける。耐泡(煎が続く)が良いが、その分だけ未練が残って消えるはかなさに華がない。
お茶の茶気はお酒のアルコール度数と似ている。
強い酒を好まない女性が酒の嗜好を変えてゆくように、高級茶もまた強い茶気を好まない女性がお茶の嗜好を変えつつある。
高級茶をつくりたければ女性の意見を聞いちゃいけない。モテようという下心があってはいけない。
一般的に女性は茶葉にお金を使わない。道具や衣装など他人に見せるところにお金を使う。お茶の味わいと人の心の動きみたいな得体の知れない”美”に価値を認めないのだ。
「なぜもっと頑張らない?」「もっとこうしたら良いのに!」・・・と、当店の運営にアドバイスをくれる日本の友人たちに、ゴニャゴニャ言ってお茶を濁すばかりだけれど、たまにはスッキリ回答したい。

ひとりごと:
消えの美しさと余韻と、仕事もお茶の味のように美しくありたい。

勉強会・京都 味を知る その1.2月12日

味を見る

テーマ:
2007年頃からはじまった生茶の上等の観点「茶樹と茶葉の健康」を、お茶の味からどのように解釈するのかを学びます。
西双版納の高級茶を扱う一部の茶商が使う用語、例えば、凉・烈・软・燥・清・爽・滑・刮・寒・化掉・生津・回甜などをお茶の味を通して解説します。
舌に経験を積むために、当店では売り切れた品や非売品クラスの生茶をいくつか飲みます。

日時:
2月12日 月曜祝日 午後2時から6時頃まで

場所:
京都 岡崎 好日居(地図)

茶単:
弯弓古樹青餅2014年
弯弓単樹A春の散茶2015年
刮風寨単樹小餅2016年
困鹿山単樹の散茶2016年
など。当日まで変更することがあります。

注意:
お茶をたくさん飲むのでお腹に負担がかかります。お昼ごはんをしっかり食べてきてください。
試飲の邪魔になるのでお菓子を食べません。
味のついていないバケットパンのみご用意いたします。


茶想

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