プーアール茶.com

王爺の安渓鉄観音2014年 その1.

製造 : 2014年10月
茶葉 : 福建省安渓県感徳鎮大阪郷遼古生態茶園
茶廠 : 王爺
工程 : 烏龍茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 白磁の蓋碗
鉄観音

お茶の感想:
安渓鉄観音を飲む機会があった。
茶農家の息子さんが日本に留学していて、製茶師のおじいちゃんが家族へ分けたお茶。品質にまちがいはないだろう。
可憐な美しさに、
ひとくちで落ち着く。
呼吸がゆっくりになる。
身体のチカラが抜けてゆく。
視線が杯を見つめる。
余韻が消えるときにちょっと悲しみがある。
すばらしいお茶だと思う。
鉄観音
鉄観音
鉄観音
鉄観音は、手の込んだ技術で華やかな香りを引き出す製茶に特徴がある。
しかし、それゆえに「私が!私が!」とやかましく主張しやすい。
このお茶はそうじゃない。
静かにしている。
強く薫るのにあくまでも謙虚で、製茶の手数が多いのに自然な野の花を想わせ、やさしい甘味なのに気高さを持つ。
喉にスッと一本線が滑り落ちて消える。
理性を感じるお茶。
ただ、やはりちょっと身体へのアタリは強い。いつもとは違うドキドキするような茶酔いを感じる。
お茶はお茶でもプーアール茶とはまるで違う。
根本的に違う。
製茶の技術だけではなくて、茶樹の栽培が違う。山も違う。人も違う。思想が違う。哲学が違う。宗教が違う。人生観が違う。自然との付き合い方が違う。世界観が違う。
そう。
つまり、お茶をつくるのは、そのすべて。
西双版納で上等な鉄観音がつくれないように、安渓県で上等なプーアール茶はつくれない。
現代のプーアール茶に求めるべきものが少し見えた気がする。スッキリした。
お茶の縁。
ありがとう。

ひとりごと:
「外側に向いている注意を内側に向けましょう。」
ヨガでは身体の内側に注意を向けて、ひとつひとつのポーズを味わう。
同じように、食べたり飲んだりした後の体感に注意を向ければ、味覚が変わってくる。
京都白川
白川
半年間続けたヨガで体質が変わったのかもしれない。
これまで美味しいと思っていたものに食欲が沸かなくなってくる。豆腐みたいな素食に美味しさを見つけやすくなってくる。それだけで十分満足できるようになる。甘いばかりの米や野菜や果物も、飼料で肥やした家畜の肉も、あまりたくさん欲しいと思わない。
そうなると、不健康な身体の欲するものが世の中では評価されやすく、流通しやすいように見えてくる。
不健康な消費者の味覚に合わせて、不健康な生産者が農作物をつくり、不健康なメーカーが加工し、不健康な流通業者が扱い、不健康な料理人が調理し、不健康な消費者が食べて、不健康な医者が健康を見る。
みんなでヨガをするべきだ。

無名烏龍茶2013年 その2.

製造 : 2013年春
茶葉 : 茶山不明
茶廠 : 不明
工程 : 烏龍茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : チェコの陶芸作家の茶壺
無名烏龍茶2013年
無名烏龍茶2013年
無名烏龍茶2013年

お茶の感想:
チェコの陶芸作家さんのお茶席に、
『無名烏龍茶2013年』を差し入れ。
このお茶は、初回の記事では「無名生態岩茶」としていたが、「無名烏龍茶」に改名した。
今回飲んでみて、「岩茶」ではなくて「鳳凰単そう」だと思ったが、単そうの定義からも外れた自由なつくりなので、もっと大きなくくりの「烏龍茶」にした。
このお茶をプレゼントしてくれた上海人が、なにも言わなかった理由がじわじわ沁みてくる。
スーッと一本筋が通るように薫る。
香りの向かう方向がある一点だけを目指していたら、それは上等。
味は無い味。さらに上等。
透明な甘味と、ほんの少しの苦味や酸味がサッと走って消える。跡形もなく消えるので、思わず目を閉じて、消えていった身体の奥のほうを覗きたくなる。
茶樹は古くて健康で、農家もそれを大事にしているのがわかる。
自分の知る限りにおいて、最高の烏龍茶となるかもしれない。
そんなお茶との出会いが一生に一度はあるのかもしれない。
いや、あるのだ。
茶葉と茶器と人と場所とピタッと息が合ってブーン!と共鳴すると、今を生きる喜びと、いつかは死ぬ悲しみとが交錯して、空気に漂う。
悲しみよこんにちは。
相席した人たちは10人くらいだったが、このお茶を飲んで、みんながシンとしてしまう瞬間があった。
美味しいね!と笑顔にするお茶もよいけれど、たまには山の霊気に打たれるお茶が人間には必要。
無名烏龍茶2013年
話を聞いていると、チェコの田舎にはちょっと昔の生活が残っている。陶器の原料となる土も、薪窯も、技術も古いが、人々もまた古い感じ。
そんな風土が、茶壺の性質に現れる。
茶壺の内側には釉薬がかかっているが、このキメの荒いタイプの土質は釉薬を超えてお茶の味に干渉する。そのはずだが、あんがいまっすぐ。まろやかながらもストレートに味が出る。
特徴はむしろ熱の伝達力にある。
熱々の湯を保って茶葉にグーッと火を入れるように熱を伝えるはずなのに、なぜか何煎でも淡々と同じような濃度で抽出できる。
試しに、『紫・むらさき秋天紅茶2011年』を淹れてみたら、いつもならだんだん薄くなってゆくだけの4煎めから、別の次元の味が出てくる。製茶工程の揉捻のときに薫ったラベンダー。熟成の時計が逆回りするような溌溂とした風味。
いったん焼いた土を砕いて粉にして混ぜる技術があるそうだが、それは焼きのひずみを抑えるだけでなく、熱の伝わり方になんらかの効果があるのではないかと思う。
「小さな気泡がたくさんできる」と、言っていたような気がする。

ひとりごと:
チェコの作家さんはほんとうにお茶が好きみたいで、そしてお茶を淹れるのはもっと好きみたいで、あのお茶もこのお茶も、いろいろ考えながら淹れて、味わって、延々と続いて終わりがなくなる。
良いお茶は風呂上がりのような酔い心地が続いて、そして眠くなるだけ。
酒のように弾んだり沈んだりはしない。忘れもしない。
いっしょにお茶した記憶は思い出となって、ずっと温められることになる。
無名烏龍茶2013年
無名烏龍茶2013年
無名烏龍茶2013年

無名烏龍茶2013年 その1.

製造 : 2013年春
茶葉 : 茶山不明
茶廠 : 不明
工程 : 烏龍茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 小さめの蓋碗
無名烏龍茶2013年

お茶の感想:
淹れたての熱いお茶は杯の中でかすかに振動する。
「振動」という言葉は正確な表現ではないかもしれないが、自分はそういうふうに感じる。この現象にはじめて気付いたのは、台湾茶道の教室に誘われて、茶壺で丁寧に淹れられたお茶を飲んだ時だった。一杯目の杯の茶湯に音にならない低音の「ブーン!」という振動があり、茶湯に触れた唇や舌に弾けるような気がした。炭酸水のシュワシュワ弾けるようなのを、もっともっときめ細かく滑らかにした感じにも似ているだろうか。杯を持つ手が震えた。
その後、自分の淹れたお茶にも耳を澄ませて、唇や舌触りに意識を集中して、茶湯の振動を観察するようになった。
振動に茶の質が現れる。
茶樹が健康に育っている振動。
苦しんでいる振動。
疲れている振動。
茶樹の健康は、山の健康や、そこでお茶をつくる人々の健康を映す鏡でもある。
音の振動に心地よい響きと悪い響きがあるように、茶湯の振動にも心地よいのと悪いのがある。
言葉にできる条件、例えば、無農薬・無肥料だとか、旬だとか、高山だとか、有名茶山だとか、樹齢数百年の古茶樹だとか、メーカー名だとか、それらの条件を満たしたお茶の中に、健康なお茶と不健康なお茶の高低差は大きい。それにもかかわらず、茶の価値は言葉にできる条件で判断さることが多い。だから、これからのホンモノは条件を語らないお茶が増えるだろう。飲む人の鑑定能力が問われるだろう。
無名烏龍茶2013年
さて、今日のお茶は、上海のお客様からのプレゼント。
「このお茶、フジモト店長のと同じ系統です。2013年です。」
説明はそれだけ。
無名烏龍茶2013年
開けてみたらプーアール茶ではなくて烏龍茶だった。
とりあえず「無名烏龍茶2013年」とした。
無名烏龍茶2013年
かすかに龍眼の香り。龍眼の炭で「火共(一文字)」したのだろうか。
とても落ち着いていて、「薫らせない」という職人の意図が伺える。
みんなに理解されたいがために、驕ったり、見栄を張ったり、自賛したり、誇張したり、子供のようにハシャギたい気持ちを自制する「耐心」の仕事。
製茶の単純なプーアール茶は素材の選択によりそこを表現するが、製茶の手数の多い烏龍茶は職人の技術で表現することになるから、より大人な仕事の感じがする。
透明度の高い味わい。スッと、喉の奥へ、腹の底へと消える。ふと一瞬だけやさしく鼻に触れる龍眼の香り。味を記憶することさえも許されない「消え」のスピードとその美しさは、製茶の「用心」の賜物。
もう一杯、もう一杯、記憶に留めたくて杯がすすむ。甘くもない、苦くもない、淡々とした心地よい茶湯が通り過ぎる。体にしみる、深くなってゆく、広がってゆく。
無名生態岩茶2013年
無名生態岩茶2013年
無名生態岩茶2013年
そう、たしかに『革登単樹秋天散茶2014年』の振動と同じ。
『革登単樹秋天散茶2014年』は自分は製茶に関わっていない。農家のお爺ちゃんがつくったのを選んだだけ。しかし、上海のお客様の言うには、茶商の選ぶお茶にも筋の通る傾向があるそうだ。

ひとりごと:
西双版納を離れる9日前に、広東人の茶飲み友達と口論になった。
自分はあるメーカー「○○堂」のこの数年の仕事を批判した。
○○堂はこの数年飛ぶ鳥を落とす勢いでお金儲けに成功している。有名茶山の古茶樹のプーアール茶をメインにして、広告宣伝でブランド力をつけて、たくさんの代理店を集めた。
茶業としてのいちばん難しい仕事は、最終消費者に売る仕事だと自分は認識している。だから、メーカーが代理店を新規に増やして、代理店に在庫を増やして(プーアール茶は長期熟成ができるから代理店に在庫をたくさん抱えるよう説得しやすい)、それで収益を伸ばしたところで、数年後にはしわ寄せがくる。代理店の多くはお茶を売る仕事の初心者。売れないお茶を抱えて困ったことになるだろう。なぜなら、実は、言葉にできる条件は整ったホンモノの古茶樹ではあっても、不健康な味のすることが鑑定能力のある人には分かるはずだから。
それは詐欺だというのが自分の意見。
広東人は全く反対の意見。彼らは成功したと言う。
なぜなら、すでに代理店からお金を回収しているから。無料で提供しているのではない。消費者に売れようが売れまいが関係なくすでにお金を得た。売れなくなったら数年後に会社を潰してしまえば良い。売り逃げだ。
そう。○○堂はもともと商売の成功を目標としている。彼らからして成功なら、他人からして成功かどうかは関係ない。
西双版納の現地で出会う業者のほとんどがこのタイプだが、これは西双版納だけではないだろう。中国のあらゆるお茶どころが同じような状況と想像する。
国全体の経済発展とともに、お茶づくりの現場での経済化もすすんで、その結果が現れてきている。
この先10年、中国茶は歴史上最大の危機を迎える。
「用心」と「耐心」の仕事で筋を通したいと思う。

寿眉2003年白茶 その2.

製造 : 2003年10月
茶葉 : 福建省福鼎市点頭鎮大毫茶 秋茶
茶廠 : 福鼎の農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : ステンレス茶缶密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗

お茶の感想:
白茶の味の表現は、
役者が静かに演じる小津安二郎の映画のようなもので、感情を抑えて抑えて観客の心にそっと問いかける。
たとえ味わいに空白があっても3杯4杯とすすむうちに幸せが満ちてくる。こういうのが白茶ならではの表現だと思う。空白が大事と思う。
はじめて白茶を飲んだのはたぶん香港の飲茶。点心を2つ3つ摘んだ後の口をサッパリさせる涼しいお茶。プーアール茶のようにじっくり味わうのではなく、むしろ軽い調子であってほしいお茶。
そうすると、製茶の目指すところとして、緑茶のように季節の喜びを表したり、紅茶のように妖艶な熟成香を見せてはいけないのだ。あくまでも淡々と、佗び草のように静かにたたずむべし。
(個人的にそう思う。個人的ないろんな理想があってよいのだ。理想を持たず、欲求に身を任せた味を追求するよりはずっと良い。
ただし、お茶をつくる側になると理想をひとつに絞って追いかけなければならない。)
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
『那カ古樹月光白2014年』(過去に卸売部で出品)
このお茶を飲んで、高山の淡麗・辛辣な茶気が白茶の表現には有効だと思った。
海抜が低い山ではどうしても日本の緑茶のようにアミノ酸系の旨味が出る傾向がある。しっとりした旨味が舌に残ると、軽快な印象を表現しにくい。
茶気の強さはアルコール度数の高い酒のようなもので、味というよりは刺激であり揮発性であり、サッとキレる後味の印象を表現しやすい。
雲南省の白茶「月光白」が市場で人気となり、西双版納でもあちこちの製茶工房で月光白を手がけるようになった。
月光白
月光白
月光白
しかし、そのほとんどが出来損ないの紅茶のようで、白茶独自の表現がない。価格を抑えるために旬を外した雨の季節の茶葉でつくられるケースが多い。
そんな独自性の無い月光白が美味しいと評価されている(?)のは、つくり手が白茶としての表現など考えず、飲む人もまたそんなことは意識したこともないからで、どっちもどっちなのだ。
そう考えると、白茶はやはり歴史ある福建省のをまず試したほうが無難だと思う。
福建省の白茶の産地は高山ではないが、白茶の表現をちゃんと意識したお茶があると思う。間違っても出来損ないの紅茶のようにはならない。
福建の政和の寿眉1990年代
「福建の政和の寿眉1990年代がある」と上海の店から連絡があった。添付された写真には10キロのダンボールが密封されている。いったん外に出て帰って来たのだろうか。
面白そうなので西双版納に少量のサンプルを送ってもらった。
手元には『寿眉老茶2003年』(卸売部に出品中)がある。
これと比べてみることにした。
寿眉の長期保存がプーアール茶の長期保存の参考になるのかどうかよくわからないが、ちょっと面白いと感じている。
寿眉老茶2003年と政和寿眉老茶1990年代
寿眉老茶2003年と政和寿眉老茶1990年代
寿眉老茶2003年と政和寿眉老茶1990年代
左: 寿眉老茶2003年
右: 政和寿眉老茶1990年代
この二つを比べると、『政和寿眉老茶1990年代』には「火共」と一文字で書く炙り味(香)が強くあった。
長期保存中に風味が傾いてくると炙ってシャンとさせる。これまでに何度炙られたのかわからないが、炙ると火味が加わる。ほんのりスパイスになることもあるが、このお茶は烏龍茶のような華やかさが生じていた。表現を抑えきれず、白茶らしさを失っていると思う。
その点で、『寿眉老茶2003年」はおそらく保存中には一度も炙ったことが無いと見えて、自然なままに朽ちている。長期熟成で「涼」の味はやや「温」に傾いているものの、香りには草餅のような素っ気なさと、それが熟したバニラのような甘さと、白茶ならではの静かなたたずまいを維持している。
老葉や茎の部分由来の甘味があるが、さっと消えてあくまでも軽い。
素晴らしいお茶だと思う。

ひとりごと:
基本的にお茶はフリーファイト。
美味しければ勝ち。
安ければ勝ち。
だから放っておけば、たいくつなお茶ばかりが市場にあふれる。

白牡丹生態茶2014年 その3.

製造 : 2014年4月
茶葉 : 福建省福鼎市磻溪大白茶種
茶廠 : 福鼎の農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : ステンレス茶缶
茶水 : タイの水道+浄水器
茶器 : 小さめの蓋碗
白牡丹生態茶2014年

お茶の感想:
2日連続の雨。
無理に動くのをやめてじっとしている。
いつもの大雨なのに、停電・冠水・ネット回線の不調・路線バスの運休と、田舎だからいろいろある。
亜熱帯気候の水はどこからともなく身体に染み込んできて筋肉や関節がだるい。眠い。
みんな同じだから焦っても仕方がない・・・と、地元の人のようになれないから、自分はまだ都市の人なのだろう。
都市生活では雨はそんなに大きく影響しない。あるいは影響しないかのようにふるまう。「雨だから会社休みます」なんて通用しない。
自然を相手にするお茶づくりは雨の影響が大きい。例えば、降っていなくても、遠くに雨雲が見えるだけで結果が違ってくる。茶葉は人の身体よりも敏感に水に反応する。
お茶を売る仕事からつくるほうの仕事に近付くにつれ、店の収益は雨で左右されやすくなった。あまり考えたくはないが、天気が良ければもっとましだったと思うところもある。自然に近づくと商売はどんどん悪くなる。売る仕事だけしていたら天気のリスクを取る必要がなかった。自然栽培の野菜が欲しいのに虫はイヤ。スーパーで買い物する人と同じだったかもしれない。
どうしようもないこと。
みんながそういうふうに自然を理解できたら、農作物はちゃんと自然栽培できるし、食品はもっとゆっくり手づくりできるし、そしてつくる人の喜びを分けてもらえる。
『白牡丹生態茶2014年』(卸売部に出品中)
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
このお茶はカラッと晴れた日の、早春の冷たい空気に晒されて仕上がった味。白茶づくりとしては理想の条件が揃った、年に一度の何日間。農家はここぞとたくさん茶葉を収穫し、職人は寝る間を惜しんで仕事をした。その喜びが今はちょっとわかる。

ひとりごと:
雨の季節はオフシーズンなのにチェンマイは旅行者であふれていた。
けれどそこから3時間バスで移動した田舎町のチェンライまでくると静か。
宿はホットシャワーが壊れていて、余計に客が少ない。
ひっそりしたロービーや階段やバルコニー。
タイ・チェンライ
タイ・チェンライ
タイ・チェンライ
タイ・チェンライ
もうちょっと居ようかな・・・。

白牡丹生態茶2014年 その2.

製造 : 2014年4月
茶葉 : 福建省福鼎市磻溪大白茶種
茶廠 : 福鼎の農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 小さめの蓋碗
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年

お茶の感想:
お茶を淹れた結果は、
器・水・湯の温度・茶葉の量・注ぎ方・淹れる人・飲む人・場所・天気・その他いろいろな影響で異なる。
さらに、飲む人の体や心のコンディションによって、ストライクゾーンは刻々と変化する。
お茶にはいろんな表情があり、美味しさはひとつではない。
今日は沸きたての熱湯で淹れてみた。
『白牡丹生態茶2014年』(卸売部に出品中)
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
白茶はぬるい湯で淹れるのが正しいとされるが、このお茶は熱い湯でも美味しい。白茶は熱に敏感なので、湯がかかるとサッと明るい緑色が出る。新緑が薫る。
一煎めと二煎めの合間にも熱はどんどん入って変化が続く。熱湯の場合はサッサと淹れてサッサと飲まないと煮えて味がだらける。ゆっくり淹れてゆっくり飲みたいときはぬるい湯で淹れるとよいが、その香りはやさしい草餅で、ツンとした新緑は出ない。
白牡丹生態茶2014年
白牡丹生態茶2014年
ぬるい湯で淹れるとこんな感じ。

ひとりごと:
「プーアール茶の飲み方がわからないので、買ったことがないんです。」
日本ではよくこう言われる。
そういえば、自分が初めてプーアール茶を買ってきて飲んだのは上海で生活をはじめて2年目の2003年の頃だった。レンガ型に圧延された熟茶をお茶屋さんで見つけて、珍しいと思ったので衝動買い。
プーアル茶
飲み比べ
(写真は大益の2005年の熟茶)
アパートに帰って、フォークで刺して崩して、茶器がないのでミルク鍋で煮て飲んだ。洗茶はしなかったと思う。お店に飲み方を聞くのを忘れていたのだ。
どす黒く煮出されたお茶をいっしょに飲んだ(飲まされた)友人らは、「美味しい美味しい」と言って何杯もおかわりするので、得意になった記憶がある。
「料理と同じでお茶にも才能が・・・」なんて言ったに違いない。

花香肉桂2013年 その1.

製造 : 2013年5月
茶葉 : 福建省武夷山
茶廠 : (焙煎一度3時間・二度2時間・三度6時間 間隔1ヶ月)
工程 : 岩茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 大きめの蓋碗
花香肉桂2013年
花香肉桂2013年

お茶の感想:
岩茶のような軽発酵のしっかりしたのは、ピタッと思い通りに淹れたい時、例えば身内ではない外の客をもてなすお茶会などにはとても使いやすいと思う。製茶のキレイな高級茶はとくに良い。
コントロールしやすいので淹れ手の気持ちが乱れにくく、客に安心感を与える。
しかし、前回の試飲から検討したが、当店での岩茶の取り扱いは難しいと思う。
プーアール茶と岩茶はまったく違う世界観を持っているので、いっしょに並べるのは変な感じがする。身内で楽しむお茶と、外の客をもてなすお茶。そういう違いなのかもしれない。
花香肉桂2013年
花香肉桂2013年
花香肉桂2013年
岩茶のテイスティング
花香肉桂2013年
花香肉桂2013年
花香肉桂2013年
誰が飲んでも満足な美味しさはさておき、良質な岩茶でさえ茶葉の素質には満足できなかった。ていねいに摘んで、ていねいに製茶してある。仕事は良いし、近年の価格の上昇は現地の食料品物価の上昇と比例している範囲だから理解もできる。
あくまで推測だけれど、昔の岩茶にはあったはずの薬効の味が失われているのではないだろうか。飲んだ後の満足感や、耐泡に欠ける気がする。
そして、それを一番知っているのはつくり手ではないだろうか。
栽培の現場では質より量の妥協があるのではないだろうか。
つくる人や売る人はもっと高価になるのを恐れてはいないだろうか。
農家もまた得体の知れない経済の動きに不安を感じながら仕事をしているのではないだろうか。
なにごとも自分で決めるのはしんどいので、隣の人と同じようにして流されてはいないだろうか。
そうはならない強いお茶。
当店は強いお茶が欲しい。
そんな岩茶がどこかにあるのかもしれないけれど、今のところ出会えていない・・・。

ひとりごと;
お金に負けてはいけない。
お金に負けたお茶はどこか負け犬の味がする。
自分自身に言い聞かせるためにも、こういうふうに書いておく。
誰も見ていなくても魂が見ている。

那カ古樹月光白2014年 その4.

製造 : 2014年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県那卡山古茶樹
茶廠 : 孟海の製茶農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 大きめの蓋碗
那カ古樹月光白2014年

お茶の感想:
「狗不理包子」は豚まん(包子)の有名店。
1800年代の天津で流行った豚まんの店主が、客に対してあまりに無愛想「不理」であったが、脇目もふらず一心につくる豚まんはとびきり美味かったという話。
現在は名前だけが残って、中身は伴っていないことが容易に想像できる・・・。
『那カ古樹月光白2014年』(卸売部で出品中)も、脇目もふらず一心につくられたお茶。
そういう姿勢でなければできないお茶。
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
今日も美味しい。
大きさや色や形がそろわない茶葉は見た目が悪いが、古茶樹の本質を表している。
月光白はこうあるべきという固定観念は無視。本質のわかる人だけ楽しめたら良いという潔い姿勢。

ひとりごと:
狗不理包子に習うわけではないが、当店は実店舗でのお客様との交流や、フェイスブックやツイッターなどのお友達つながりを避けて、お茶に向かうようにしている。
その結果、店の業績はあまり良くない。
しかし、お茶のチカラはついてきた。
お茶のチカラ。
ずいぶん抽象的な表現だが、それでよいのだ。
最近はお茶を紹介する文章を書くにも、具体的な表現を避けつつある。お客様の知的好奇心を煽って脳を刺激したり、固定観念を植え付けてはいけない。
よくわからないお茶。
そのくらいのほうが飲むときの感覚が研ぎ澄まされる。
お茶は自然のものだから、人の体の自然と調和する。響き合う。
脳は「外」向きの目を持ち、心は「内」向きの目を持つ。
自分の内側に向いた目で、お茶のチカラが見えてくるだろう。
今はできない人が多くても、だんだんできる人が増えてくるだろう。
今日の熟成壺の試飲会も、詳細な説明はなし・・・。
錦市場
熟成にちなんだご馳走を買いに行った。
「馳走する」とは、走り回って美味しいものを集めることなり。

那カ古樹月光白2014年 その3.

製造 : 2014年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県那卡山古茶樹
茶廠 : 孟海の製茶農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 小さめの蓋碗
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年

お茶の感想:
那卡山の古茶樹には謎がある。
+【那カ山古茶樹 写真】
この地方にはもともと無かったはずの小葉種。
遠い昔に誰かが持ち運んで繁殖したのだろうか?
どんなお茶をつくるつもりだったのか?
那卡山の茶葉にはプーアール茶よりもしっくりする別の製茶方法があるような気がするのだ。
雲南緑茶、雲南紅茶、雲南白茶の「月光白」もそのひとつ。
西双版納は茶樹の原生地ということもあり、
恵まれた自然環境そのものが味や香りに現れる「素質」を大事にしたお茶づくりに特色がある。
古茶樹のプーアール茶づくりはまさに素質を追求する。その観点からすると、月光白はそれほど魅力のあるお茶ではなかった。どちらかというとマーケティング先行のお茶。大手や中堅メーカーにふさわしい製品となるお茶。
しかしこの『那カ古樹月光白2014年』はちがう。
われわれのような小さな業者が手づくりで、しかも那卡山の春の旬の古茶樹を狙って収穫している。それはすなわち、春の旬にもっとも需要のある高級な生茶づくりをあきらめて、白茶にすべてを掛けたということ。常識をくつがえす創造的な仕事に目の覚める思いがする。
このお茶づくりには、夢があり、信じるものがあり、疑う勇気もあり、手間を惜しまない心がある。
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
那カ古樹月光白2014年
月光白
月光白
お茶の味もまた目の覚めるような輝きを放つ。
天と地に向かう一本の線を感じて、すっと背筋を伸ばしたくなる。
遠い波のような余韻がつづく。

ひとりごと:
夢があり、信じるものがあり、疑う勇気もあり、手間を惜しまない心がある。
お茶づくりは可能性の追求なり。
もしかしたら、
数百年前に那卡山で同じことを試した人がいたのかもしれない。

寿眉2003年白茶 その1.

製造 : 2003年10月
茶葉 : 福建省福鼎市点頭鎮大毫茶 秋茶
茶廠 : 福鼎の農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
茶器 : 小さめの蓋碗
寿眉2003年

お茶の感想:
福鼎の白茶には「牡丹」・「銀針」・「寿眉」の3つのタイプがある。
「寿眉」は若葉の大きく育った一芽三葉ということだが、品種の違いのために開いた茶葉は硬く育ち、プーアール茶でいえば「黄片」に近い粗茶葉も混じる。
若葉が大きく育つと太陽の光を浴びて光合成をはじめる。葉緑素の緑が濃くなる。
生産活動をしていない新芽と小さな若葉。
生産活動をはじめた大きく育った若葉。
内容成分が異なるので、お茶の味も香りも違ってくる。
その前に、製茶の効果も違えば、保存時の緩慢な変化も、お茶を淹れた時の出方も異なる。
葉の成長のどの段階で茶摘みをするのか?
どのくらい大きな茶葉までいっしょに摘むのか?
それを選ぶだけで、お茶の性質が大きく分かれる。
茶摘みはお茶づくりの重要な工程。
「寿眉」は白茶でありながら、長期熟成させたのは生茶のプーアール茶に似ている。成長した茶葉はなぜか熟成の変化が早く、そして湿気に強いせいか保存の失敗も少ない。
10年モノとなる2003年は「白茶です」と言われなければプーアール茶だと勘違いしてもおかしくない。
そこで、今日は2004年の生茶と比べる。
+【易昌號大漆樹圓茶04年】
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
左: 寿眉2003年白茶
右: 易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
見た目の質量が異なるが重量は同じ。
『寿眉2003年』は揉捻も圧延加工もしていない。しかも秋茶でつくられているため、葉が大きく茎も長く育っている。
『易昌號大漆樹圓茶04年』は揉捻も圧延加工もしている。大葉種であっても春茶なのでやや小さく育っている。
『易昌號大漆樹圓茶04年』は農家に特別なにもオーダーをしないで、やや大きく育った一芽三葉でつくられている。西双版納易武山の大葉種は大きく育っても硬くなりにくいので、見た目に大きな茶葉でも比較的柔らかい質感を保つ。
『寿眉2003年』の茶葉は硬く枯れ葉のような質感。やはりプーアール茶では「黄片」に相当する茶葉なのだ。
参考ページ
+【丁家老寨古樹の黄片2012年プーアル茶】
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
寿眉2003年白茶と易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
左: 寿眉2003年白茶
右: 易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
『寿眉2003年』は湯を注いだ時にフワッとバニラの甘い香り。かすかにスイートポテトの香りもある。この香りからは意外と火入れがしっかりしていると見るが、まったく火を感じさせないのは技術のためか、それとも長期熟成で火のクセが消え失せたか。
『易昌號大漆樹圓茶04年』もかすかにバニラの香りがあるが、緑の刺激がまだツンツンしていてる。生茶の熟成で10年モノはまだ新しいうちで辛味が強い。
『寿眉2003年』はこの辛味がまったく無い。あくまでフンワリ、トロンとしていて、湯の質感までもとろみを感じる。
両者とも煎を重ねて5煎めでも湯の密度が衰えずツヤツヤしていて、茶葉の素質の良さがうかがえる。すばらしいと思う。
煎を重ねるほどに湯の色が変化している。
はじめは『易昌號大漆樹圓茶04年』の茶湯のほうが赤かったのに途中から逆転する。白茶のほうが熱による変化の余地が大きく残っているということだろうか。火入れと茶葉の成分の関係を表していると思う。
『易昌號大漆樹圓茶04年』は煎を重ねるほどに緑茶っぽい新鮮さを取り戻し、辛味はかえって3煎め4煎めと強くなってゆくような気がした。
『寿眉2003年』は淡々とまろやかになってゆく。味だけでなく香りにもだんだん落ち着いてゆく方向への変化がある。
寿眉2003年白茶
(寿眉2003年白茶)
易昌號大漆樹圓茶04年プーアル茶
(易昌號大漆樹圓茶04年)
熟成風味ファンにとってはたまらない魅力の『寿眉2003年白茶』。醸造酒の熟成や、葉巻の熟成にも通じるところがあるだろう。
これは仕入れて卸売部で出品したい。当店の手元で変化を観察しようと思う。プーアール茶とは異なるタイプの熟成で、味や香りだけでなく薬効的にも違いがあると思う。

ひとりごと:
文芸復興。
人の研究がもういちどはじまる。
京都造形大学


茶想

試飲の記録です。

・キーワード検索

・カレンダー

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>

・表示されている記事

・お茶と年代のカテゴリー

・記録

お茶の歴史
お茶の歴史 (JUGEMレビュー »)
ヴィクター・H・メア,アーリン・ホー

・サイトリンク

・プロフィール

 

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM