プーアール茶.com

食育

上海の坊、
体で覚えろ、
心を信じろ。
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川で砂遊び
メコン川で砂遊び
メコン川で砂遊び
メコン川
プーアル茶飲み比べ
プーアル茶飲み比べ
プーアル茶飲み比べ
プーアル茶飲み比べ
チェンコーンの空
チェンコーンの空
チェンコーンの豆
チェンコーンのお菓子
もち米
タイのもち米
タイのもち米
チョコレート
チェンマイ
チェンマイのお寺
チェンマイ
チェンマイ
チェンマイ夜の市場
チェンマイ
チェンマイ

茶に祖国なし

国というのはただの概念であって、
人間の生活にどうしても必要なものではない。
外来種なのだ。琵琶湖のブラックバスなのだ。
食べものも、着るものも、住む家も、田んぼや畑も、言葉も、文化も、国が外からやって来る前からあった。なかったものがあるとしたら戦争。(もしかしたらそれが目的で国ができたのかもしれない・・・・・。)
国が外からやってくる前から人々は豊かに生活していたし、習慣や宗教が違っても、自由に交流して交易していた。パスポートも通関も要らなかった。
雲南省のような人の生活の歴史の古いところからみたらそういうことになる。
世界の茶の発祥地とされる西双版納のお茶の歴史は、この地に国がない時代からはじまっている。いろんな民族が茶業というひとつの仕事に連帯していた。習慣や宗教の違う他民族について感情的に好き嫌いはあったかもしれないが、いっしょに茶業に仕えてきたのは事実。茶業の莫大な利益を求めて、後から国がとつぜんこの土地にやって来た。
お茶は中国が発祥ということになっているが、ほんとうはどこの国でもない。
茶に故郷はあれど祖国はない。
国が意思を持っているとしたら、ほんとうは危うい自分の立場を維持するためにあの手この手で人々の関心を集めようとするだろう。人々の関心を集めたい国同士で裏でこっそり話し合ってプロレスごっこもするだろう。窮地に至ったらインチキもするだろう。
国という概念に対するこのような見方は、たまたま3カ国をうろうろするようになった自分の立場から見えてきたのだと思っていたけれど、そうではなくて世界中でいろんな人が同じ見方をしているらしいとわかってきた。
つい最近飲んだ1980年代のお茶『紫天陳香青磚88年』。
このお茶をつくった会社のことを書いたこのお茶のページ。
【天字沱茶90年代初期プーアル茶】 
以下そこから抜粋の文章
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南天公司の創設者の周氏は雲南出身で、雲南の巨商「伍集成」に勤めた後、「南天貿易公司」(以下、南天公司)を創設します。周氏の父親がミャンマーで宝石商をしていたこともあり、はじめは宝石を扱っていたようです。
文化大革命(1966年5月から1976年10月)の混乱によって、香港への茶葉の供給が不足していることに着眼し、プーアール茶の仕事が始まります。その当時、雲南のプーアール茶の生産・販売は国によって管理されていたため、雲南で自由にお茶を作ることができません。そのため、雲南の茶葉の運搬に便利な、近くのタイに私設工場をつくり、渥堆加工の熟茶のプーアール茶の生産が始まりました。タイの北部の山岳地帯は、雲南と同じ少数民族がお茶の栽培技術を受け継いでいます。また、雲南の茶葉の産地を流れるメコン川によって、ベトナムやタイへの茶葉の運搬がされていました。
文化大革命が終わりに近づき、先に雲南に戻っていた周氏の父親の意向で、1970年代後半に周氏も雲南省の昆明に戻ることになりました。 1979年からはプーアール茶の老舗国営メーカーである昆明茶廠や孟海茶廠に出入りし、知識や技術を交換しました。この交流がきっかけで、「天」のマークが入る南天公司のオーダー生産のお茶がつくられ、香港に輸出されることになりました。
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近代プーアール茶の発展に尽くしたこの人もまた、冷めた目で国という概念を見ていたらしい。
たまたま今日Yhaooのニュースにプロレスごっこを見たような気がしたので、こんなことを思った。
元陽
(雲南省紅河州元陽)

プーアール茶の魅力について

老茶のプーアル茶

プーアール茶の魅力は、
なんの変哲もない生活のお茶というところにあったと思う。
辺境の地で自然と共に生きる人々が、生きてゆくための栄養源として利用していたお茶。その環境で育った独特のお茶の姿、形、味、栄養。
それを遠く離れた都市の人々が、自分たちの生活にうまく取り入れたり、茶文化の遊び心や美の観点からありのままの姿を見たところに、特別な価値が生まれたのではないだろうか。
2つの異質なモノが出会って交わる。
そこに魅力の原点があるのだとしたら、異質なモノは異質なまま、ありのままでいたほうがよいことになる。
雲南の茶業が自由化した2000年頃から、外地のお茶業者が新しい考え方や新しい技術を現地へ持ちこんで、新しいプーアール茶をつくってきたことは、根本的なところでなにかを掛け違えてはいないだろうか?
新しいプーアール茶は新しいお茶ファンの心を捉えて大きな市場を捕まえた。しかし、お茶は姿を変えて生活から離れてきている。誰の命を支えることもなくなり、ただうつろいゆく市場の経済を追いかける商品と化して、さまよい続けることにはならないだろうか?
お茶の鑑賞やお茶を味わうことについて、今、自分はおおいに自分を疑いだしている。みなさまについても疑いだしている。
2014年1月にこのことを考えた。
これからのマイルストーンとなるよう、ここに記しておく。

官能評価

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
子供の頃、
納豆は藁(わら)に包まれていた。
たしかそれはちょっと臭かったり苦かったりして不安定だった。納豆菌の白い斑点が出たり、古くなるとアンモニア臭が強くなったりした。
でも美味しかった。
あの臭みがあって葱のツンとした薬味が生きる。
あの苦味と醤油とご飯とが混然一体となった味わいに奥ゆきがある。

石油製品のパック入り納豆は「衛生的」と言われ、藁包みの印象を悪くした。
今は「臭くない納豆」まであるくらいだから、納豆にわざわざあの個性の味を求める人は少ないのかもしれない。
お茶はどうだろ。

今年のお茶づくりでは、
製茶が思うようにゆかなかった。
だから評価を下げて価格も下げてみた。
わかりやすい。
けれど、ほんとうにそれでよいのかどうかわからない。

このお茶は甘い。
失敗のマイナスな味を撥ね返す甘さがある。
この甘さは、製茶がうまくいってもあったのだろうか?
かすかな嫌味がスパイスになっているのじゃないのか?
全体として心をくすぐるものがあるのじゃないのか?
本当は失敗ではなかったのでは・・・。

技術に注目して評価するのは簡単。
もしも成功した場合はこういうことになる。
「うまく製茶できましたからこれは良いお茶です。だからこの価格です。」
つくり手の仕事を正当化しやすく、
飲む人は買うという行為を肯定できる。
「製茶時の囲炉裏の煙りによる煙味があるとダメで・・・」
「樹齢何百年の古茶樹で、海抜1800メートルの高地で・・・」
「有名な茶師の○○氏が一年にたった1キロだけつくるお茶で・・・」
いずれもあらかじめなにかが決まっていて、自ら味の評価をする手間をなくしている。
楽なのだ。このほうが。売るほうも飲むほうも。

当店がしている飲み比べだって怪しい。
同時に2つを飲めばどちらのほうが甘いか苦いかはっきりする。
「こっちのほうが甘いから優れています」と、断定できるほうがやっぱり楽なのだ。
香り、喉越し、余韻、その部分的な違いをはっきりさせたからどうだっていうのだろう。
全体の印象となると、どちらが?というのはすぐに評価しかねることのほうが多い。

ものの見方というのは、
自分あってのことだから、お茶の味わいを探るうちに自分を探ることになる。
他人が見つけようが見つけまいが自分で見つけるしかない。
だからこそ、お茶の味はいろいろになったのかもしれない。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その6】

森の蟹

森の蟹
「子供の頃はすぐそこまで原生林でね、
森に蟹がいたんだ。
熱帯雨林だからそこらじゅうに水があったでしょ。だから生きられた。」
と、西双版納の町の人が言った。

タイの東北部で「ソムタム」という青いパパイヤのサラダに使われる塩漬け蟹。
あの蟹は、川でもなく海でもなく森にいたのだ。
そういえば、タイのレストランでもわざわざ言わないと塩漬け蟹を入れてくれないようになっている・・・。

都市に生活していたほうが、生き物たちの滅びゆく痛々しい姿を見ないで済む。
しかし、この蟹は都市生活の天然ゴムの需要によって殺された。
熱帯雨林が伐採されて、ゴムの樹畑になって、車のタイやとか、靴の底とかになる。

写真の蟹は、
国有林となっている易武山「弯弓」で、
山の人がとつぜん石をひっくり返して捕まえたやつ。
+【弯弓 瑶族の山】

幻のお茶

易武山のお茶
そのお茶は、
過去にすごい銘茶となって姿を現したことがあった。
その味を再現させようと、
茶師たちはやれるだけのことをすべてやった。
ところがなぜか二度と姿を現さないままでいる。

そのお茶はまた、
何度淹れてもピタッと決まらない気がする。
美味しさのどこかが満足できないのでいつも可能性を残す。
それもそのはずで、
そもそもそのお茶づくりは完成していなかった。
偶然の要素が多すぎる。

完成しないということは、
どこにも頂点をもたないということで、
これからも極められることのないまま、
人の想像力のかぎり追いかけられ、
いつまでも可能性を持ち続ける。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その5】

根を育てる

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
熟した枝をつくる。
漫撒茶山の「丁家老寨」の特殊な栽培方法は、
かんたんに言えば、根を育てる技術である。
忍耐のいる仕事なのだ。
【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶】

根は交互に育つ。
地上部の葉や茎が育っている時は、根の成長は止まっている。
地上部の葉や茎が育たない冬の間に、根は成長している。
収穫を急いで、
葉をつけすぎたり、茎や枝を増やすと、根は痩せてしまう。

これ、お茶の樹だけじゃないよな。

静かな脳

上海の坊。
君はタイのゲストハウスの庭でひとり静かになっていた。
ガサガサするか寝るかのONとOFFしかない3歳の君にしてはめずらしかった。
あのとき小鳥の声が聞えた。
叔叔も気付いていた。
5〜6種の小鳥がいた。
縄張り争いしているような声。愛を囁くような声。時を告げるような声。ここに食べ物があったぞ!と知らせるような声。いろいろあった。遠くから聞こえてくるのもあれば、頭の上からも聞こえた。
上海には少ない声だった。うるさくしたら聞こえなくなる。足音や服のスレる音や、自分の呼吸や心音すら邪魔になるくらいだ。だから君は静かにじっとしてみた。
そうだろ。
上海の坊
お茶もそういうときがある。
かすかな味を見つけるとき。山の空気を感じるとき。木々の緑を観察するとき。鮮葉がじわじわ変化してお茶になるとき。静かにしないと聞こえない。
そして、外の世界だけではない。自分の中にも静かにしないと聞こえない声がある。
どういうわけか、
社会は脳を興奮させようとしている。
情報とか、学習とか、交流とか、娯楽とか、仕事とか、消費とか、それらに充実感を味わっているとき。そのとき脳は興奮してやかましくなっている。自分の声のささやきが聞こえにくくなっている。
もしかしたら、そうして自分の声を聞かないほうが、やりやすい社会なのかもしれない。
君は大きくなって、
湯を沸かして自分で淹れるタイプの叔叔のお茶が古臭くて面倒で、今の時代に合っていないと考えるだろう。他人が淹れてくれる便利な飲料を提供する企業のめざましい成功にあこがれるだろう。
でも、もしもなにかがおかしいと感じたら、叔叔のお茶。
君はひとり静かに、外にも内にもいろんな声を聞くことになる。

弯弓

弯弓
弯弓へ行ってきた。
現在は国有林となっている旧易武山の奥地の弯弓。
お茶の歴史に大きくかかわる山の民族、瑶族(ヤオ族)」だけに茶の採集が許されている。
山は誰の土地でもない。
そんな遠い昔のお茶の栽培がまだ弯弓には残っているはず。
それを確かめてきた。

お茶の樹と人との関係は、今はと違った方向へ成熟していた可能性がある。
お茶の味もまた、今とは違ったものが求められていたと思う。

+【弯弓 瑶族の山 写真】

蚊も生きています

チェンライ
タイの東北部のチェンライというところは年中温かくて、
蚊が多くて、宿でもカフェでもレストランでも、常に悩まされる。
昨年はこの辺りの蚊が媒介するデング熱の症状が出て、何日か高熱に苦しんだ。
ところが、現地の人はぜんぜん気にしない様子で、刺されない体質なのかな?と思っていたら、やはりそれも個人によるみたいで、刺される人はよく刺されている。

そんなよく刺される体質の現地人とある日カフェでお茶していたら、蚊が飛んできて腕に止まった。パチッ!と叩いて殺してやったら、「凶暴な人です。」と言うので、こう言い返した。
「タイの人はなぜ蚊を放っておくのですか?気持ち悪いでしょ。みんな家の軒先なんかに水盆を置いて、町じゅうで蚊を飼っているようなものです。」
そしたらひとこと、
「蚊も生きています。」と言われた。

目眩がしたのを覚えている。
いろいろなことがいっぺんにわかって脳が追いつかない。
そうだったのだ。
あらゆる生き物と共存共栄。
タイの東北部の料理は、美味しさを追求することを嫌っている。
たいして美味しくないほうが人の生き方として賢明だから。

西双版納からメコン川を下る方向へラオスを抜けてタイの東北部の町にくると、バスに乗ってたった一日で行ける距離なのに、料理が不味くなる。西双版納のダイ族はランナータイの先祖となる同じ系統の民族で、その料理は特別に美味しいのに、本場であるはずのタイの東北部の料理はそれほどでもない。
手間のかからない料理ばかりで工夫が凝らされていない。
美味しいものの追求に意欲が無いようにも見える。
料理に凝らないだけでなく、食材にもひと手間がない。
例えば、青菜は日が昇る前の芽の柔らかいうちに摘むというようなこだわりはないし、肉にハーブの香りがするように家畜を野山に放つというような付加価値を求めない。
そんなふうにやる気のない人々だから経済発展が遅れるのだ。
と、思っていた。

そうじゃなかった。
おそらく古い仏教の教えなのだろう。
殺生を避けたり質素倹約であろうとする仏教の基本思想は、古い農業から来ていると何かの本で読んだことがある。
メコン川流域で稲作文化をつくった人々。
すべての生き物といっしょに人間も生きていることを忘れないための道徳において、生理的欲求を過剰に刺激して食を欲するのは、つつしむべき下品な行為なのだろう。
美味しすぎない素朴な味を愛するのは、他の生き物にちょっと道を譲って生きる、賢明な生活態度なのだ。

西双版納のダイ族は、経済を追いかける社会となったこの50年くらいの変化に合わせて、料理の技術を向上させ、必要以上に美味しくしてしまったのだろうか。

美味しさは普遍的な価値ではない。
生理的欲求だから古今東西に通用するなんてことはない。
人はサルではない。

今年はお茶の美味しさをちがう角度からみてみる。


茶想

試飲の記録です。

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