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漫撒山風道の散茶2015年 その2.

製造 : 2015年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 上海 密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗
漫撒山風道の散茶2015年
漫撒山風道の散茶2015年
漫撒山風道の散茶2015年

お茶の感想:
お茶に「風」の味があるかどうか。
そこが問題。
茶葉は、土に育まれ、空気にも育まれる。
西双版納の特殊な気候が甘いお茶をつくるのも空気の仕業。
空気の解釈。例えばの話、風の吹く斜面に特殊な味が宿るのなら、扇風機を回して風を当てたらどうかと考えることができるが、それは違う。谷から吹き上がる心地よい風。そこに立った人は身体が反応してなんらかの感情を覚えるだろう。その空気には扇風機では味わえないなにかがあるだろう。さらに風はその場所にその時に唯一無二のもで、同じ風は二度と吹かないだろう。
風と交信するのは身体であって頭ではない。だからすぐに自覚できないかもしれないが、でも、なにかが身体に記憶を残す。
いつかどこかで風に吹かれたその味わいを、僕らははっきり思い出せる。
茶葉もそうにちがいない。
風の記憶が茶葉に刻まれているにちがいない。
そのお茶の味。
漫撒山風道の散茶2015年
お茶の味に風の味を見つけられたら、美味しいかどうかはさておき、自然界と言葉を交わしたことになるのではないか。人間の言葉に直して都合よく解釈するのではなくて、自然界にある生の言葉。茶の言葉。山の言葉。風の言葉。身体の言葉。
漫撒山風道の散茶2015年
漫撒山風道の散茶2015年

ひとりごと:
西双版納のアパートにある試飲台は24時間。
パッと思いついた時に試したいお茶をいつでも試す。
(注:夜遅くお茶を飲むのは体に悪いので真似しないように。)
仲間と外食していてもビールを飲んでいても、パッと思いついたら「ほんじゃ帰るわ!」と、自転車飛ばしてすぐに戻ってお茶を淹れる。
それが許されるのは、お客様が周囲に居ないからだろう。
上海はそうもゆかない。
直接的にせよ間接的にせよお客様の関係が多いから、自分勝手がしにくい。
お茶の季節だけは茶葉に向き合って、オフはお客様と向き合って、そういうふうに都合よく切り替えたいけれど、どうもうまくゆかないな。
うまくゆかないほうが良いのかもしれないな。

張家湾森林春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)張家湾
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗
張家湾森林春の散茶2015年
張家湾森林春の散茶2015年

お茶の感想:
1gの茶葉を1泡分。
女性のお客様から教えてもらった淹れ方。
生茶の強い茶気を避けて味わう。
これ、とても良い方法だと思う。
単樹のお茶にもピッタリ。
ほんの数枚の茶葉に、茶樹の個性が表現される。
そのときの天気、周囲の環境、製茶の工程。
茶葉に対して湯の量が多くなるから、たっぷりの熱量が茶葉に移って柔らかな風味になる。
だからこそ、微かにある辛味・苦味・渋味に注目しやすくなる。
製茶の良し悪しを見るにはちょっと茶葉が少ないけれど、そんなこと、業者が見たらよいことで、飲んで楽しむ人が真似る必要はないだろう。
お茶づくりは産地が半分、消費地が半分。
飲む人がお茶を仕上げるのだ。
今日はこの方法で張家湾の森林のお茶。
『張家湾森林春の散茶2015年』(卸売部に出品)
張家湾森林春の散茶2015年
張家湾森林春の散茶2015年
張家湾森林春の散茶2015年
森の中の雰囲気がそのままお茶の味になる。
オゾンたっぷりの森林浴。森の木々が切られた農地のお茶と比べるとその差がわかる。山歩きをして、木々が少ないところと木々に囲まれたところと、呼吸や肌で感じる違い。
それと同じ。
人も茶樹も同じように感じている。

ひとりごと:
張家湾森林春の散茶2015年
上海はなぜか雨の日にお茶が美味しい。
西双版納ではそうでもない。
上海の雨は重い。
西双版納の雨は軽い。
上海は晴れの日と雨の日と、湿度や気温の落差が大きくて、それが茶葉や水や人の身体になんらかの影響を与えのかな。

一扇磨単樹B春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月20日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗
一扇磨単樹B春の散茶2015年

お茶の感想:
単樹のお茶は品種を限定することができる。
混生品種と単一品種。
その差は製茶を大きく左右するから、ここになにかはっきりと東西を分ける違いが現れるかもしれないと期待したけれど、そんなことなかった。
製茶はあいかわらず揺れる。
森の茶樹は若葉の育つタイミングを計りにくいこと。
農地でなく山の自生は茶葉の水分量が読みにくいこと。
鮮葉を持ち帰るのに時間がかかること。
山小屋で気温の調整などできないこと。
扇風機はなく山の風が頼りなこと。
薪の火のコンディションが毎日異なること。
太陽と雲の具合も毎日異なること。
いろいろ言い訳したらキリがない。
しかし、これがプーアール茶の魅力。
自然をコントロールできるのがエライとする工業生産的価値観は、自分の思ったような味のお茶がつくれたり、同じ味が再現できたりするのが、あたかもプロフェッショナルのように思わせるが、そんなのこの100年くらいのことだろ。
人間とお茶の長い歴史からしたらたいした価値観ではない。
お茶を飲む人からしても、これを毎回思ったように美味しく淹れられるなんて傲慢な考えは捨てたほうがよい。自分の身体や心さえ思ったようにコントロールできないのだから。
今日は『一扇磨単樹B春の散茶2015年 』(卸売部に出品中)
一扇磨単樹B春の散茶2015年
今年は一扇磨のお茶が良いみたいだ。
むちゃくちゃ甘くて涼しい。単樹Aのほうがより甘い。単樹Bはやや太陽の光を浴びた味が現れていると思う。

ひとりごと:
現代プーアール茶にはいろんな方向の上等がある。
上海でお茶を紹介していると、当店とは別方向の上等を求めているお客様に出会う。
あるお客様は生茶が好きというので、とりあえず『丁家老寨青餅2012年』を淹れてみると、淡くて好みじゃないと言う。それならもっと味のはっきり現れる孟海県のお茶『那カ古樹青餅2010年』(過去に卸売部にて出品)を淹れてみると、これもまだまだ淡いと言う。
茶葉の質がいまひとつだから淡いと言うので、いつもどんなお茶を飲んでいるのか?と聞くと、下関茶廠の国営時代の1990年代の生茶が多く、その中でも「特級沱茶」が一番らしい。
「特級」・「甲級」・「乙級」、そして「蒼耳」というのがあるが、これはだいたいの茶葉の大きさを分けているだけで、質としてはその限りではない。あんがい大きめの茶葉に上質があったりする。当店で過去に扱った中では「乙級」が上等だった。
+【下関乙沱茶】
「特級」・「甲級」は生産量が多くて、茶葉も量産に対応していたはずだが、そこまで説明するのは面倒に思えてやめた。
その人には独特の飲み方があって、口に入れてもすぐに喉に通さず、しばらく舌の上でころがして濃い味を楽しむ。舌に厚みや深みの余韻が長く残るのが上等らしいから、消えの早いのが上等とする当店のお茶が口に合わないわけだ。
下関茶廠のお茶は臨滄や思芽茶区の茶葉を使った製品が多くて、西双版納とは気候も地質も歴史も品種特性も製茶技術にも違いがある。その方向の上等についての勉強は、2010年に老茶の販売をやめてからはしていない。
+【83鉄餅】
このお茶が当店では最後だった。サンプルが手元に少し残っていて、たまに飲んでみるけれど、やはり今の自分の口には合わない。
ひとつの方向だけがすべてのようにして顧客の囲い込みを図るのは浅い知恵だ。

一扇磨単樹A春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月20日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 上海密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗
一扇磨単樹A春の散茶2015年

お茶の感想:
このお茶の袋詰めをはじめたときに、山椒の香りがした。
中華山椒のそれではなくて日本山椒のそれに近い。
微かなものだけれど、確かにある。
2008年にはじめて易武山の茶荘で一扇磨のお茶を飲んだ時に、同じようにこの香りを感じたことを思い出した。弯弓のお茶にもそれがあった。
一扇磨単樹A春の散茶2015年
その頃はまだ森の中のお茶になぜ高値がつくのかよくわかっていなかった。
足元の悪い道を数時間かけて鮮葉を運べば、鮮度も悪くなるし、製茶も整わないし、そのうえ野生育ち特有の辛味もあって、人によっては美味しく感じないかもしれない。国有林の茶葉は摘んだ人のもので所有の権利は誰にもないから、言わばタダで手に入るけれど、そのかわり何人かで森に入って採取する人件費がかかって、その割に収穫量は晒青毛茶になって数キロにも満たない。結局は有名茶山の茶園の古茶樹よりも高価になる。
2008年の弯弓はまだ道が悪すぎて森に入るのに3日かかると言われた。一扇磨においてはまだ情報がなかった。
2008年の当時にこれを求めていた人は、このお茶に何かを見つけただろうか。
どうやって人が自然を理解するのか、お茶を通して、山の言葉、茶樹の言葉、茶葉の言葉、その解読に興味があっただろうか。
一扇磨単樹A春の散茶2015年

ひとりごと:
上海で今当店のお茶が売れるのは、株価が上がっているからだ。
(茶葉なんて買わずに株買っとくのだった・・・。)
中国は投資信託をする人が多いから、株価が上がると月々の配当が出て(そういうタイプの投資信託)、小遣いが増えて、なにか買い物しようという気持ちになる。
他人への贈り物じゃなくて、自分へのご褒美のお茶。
そこにうまいこと当店のお茶がハマったのだ。
タイミングの問題だけなのだ。
株価が下がりだしたら売れなくなるだろう。
そのときに備えたほうがよいだろうか。
すでに上海の物価・地価・人経費の高騰は当店に撤退を迫っている。
ガンガン売って上海のオペレーションを維持するか、それとも撤退するか。
まあ、撤退かな・・・。
撤退したら日本向けの荷造り・発送もできなくなるけれど・・・。
西双版納にひっこんでお茶をつくる。
お茶づくりは産地が半分、消費地が半分。
半分はみなさんの仕事。
それじゃダメかな。

香椿林単樹春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗
香椿林単樹春の散茶2015年
香椿林単樹春の散茶2015年

お茶の感想:
地球上にはいろんな植物が生きていて、その中でも人に好かれる植物は、もっと好かれるように変化することによってますます繁栄している。
米・麦・綿花・トウモロコシ・ジャガイモ・トマト・・・・・茶。
世界中に繁栄した植物は、ある意味で世界征服に成功しているのである。
人は植物を養っているつもりかもしれないが、実のところ人は植物に養われているのである。
人は植物を品種改良してきたつもりかもしれないが、実のところ植物が人を利用して品種改良をさせて、繁栄を勝ち取ったのである。
そう考えると、栽培に人の手が加わるほどに、お茶の味が人に好かれる風味となってきた品種改良の歴史は、不自然と見るよりも、自然のなりゆきと見たほうがしっくりくるのかもしれない。
野生茶やそれに近い自然栽培のお茶に、人に好かれる風味を求めるのは矛盾していることになる。
香椿林単樹春の散茶2015年
このお茶『香椿林単樹春の散茶2015年』は、深い森の甘いお茶。苦味・渋味がほとんどない。
しかし、ほんの少しだけで気付かないと思うが、人に好かれないある種の風味を持つ。野生の棘味。エグ味とも言える。この味をもつお茶は、当店ではとりあえず野生種の血が濃いと見て、日常に飲むお茶にはしない。
「香椿林」は地名で漫撒山の一帯に所属する。
漫撒山の単樹だから、もちろん森の中の一本。他の木々の陰に生きるお茶。
同じく漫撒山の「弯弓」や「一扇磨」のほとんどの茶樹を野生種としないのは、人に好かれる飲みやすい風味であることや、どんなに深い森に生きていたとしても、貢茶で栄えた時代の200年以上前に、明らかに誰かが茶を摘んだ形跡である枝分かれや歪曲、そして何十年かに一度は台刈りしたであろう幹の分岐があるからだ。これを栽培種と見る。すごくカンタン過ぎる見方だが、あんがい的を得ているのだ。
采茶(茶摘み)に立ち会っていないが、茶樹の様相はだいたい想像がつく。人に好かれないある種の風味をもつお茶は、これまでに西双版納の山々で何度か出会ってきたが、共通点として、昔に人が茶葉を摘んだ形跡である枝分かれや歪曲が少なく、幹が分岐しないでスラっとまっすぐ上に伸びている。
野生茶
この写真の茶樹の感じに似ているはず。
なぜこのお茶を出品するかというと、野生種と栽培種の中間くらいの味だから。
人に好かれない風味がかなり薄れていて、美味しく飲めて、ちゃんとお茶のお茶たる味がする。
こういう曖昧なのが面白い。
茶と人との関係がはじまった西双版納において、野生か栽培か?自然か不自然か?プーアール茶はどっちを目指しているのか?とか、いろいろ考えさせられるが、迷ったときには、この曖昧なお茶にホッとする。
たぶん中間の存在を許しているからだろう。
香椿林単樹春の散茶2015年

ひとりごと:
2010年のオリジナルのお茶をじわじわ値上げしている。
日本で売れ難くなるだろうけれど、上海で売る。この価格にはちゃんとした理由があり、直接説明する機会があればきっと理解してもらえる。
お茶をつくるのは、産地が半分、消費地が半分。
消費者の求めるお茶しか、結局はつくったり売ったりできないのだ。
「號級」や「印級」に匹敵する高級茶をつくりたいが、それは、求める人達があってのこと。
上海や北京の若い世代のお茶ファン。30代から40代くらいで、収入も教育もあるこの人達が求めるのは、素なお茶。
高級とするなら「高級ってどういうこと?」をいろんな角度から叩いて叩いてホコリを落とした、素っぴんのお茶である。
企業が好きなブランドとかマーケティング。消費者の求めるステイタスとかお得感。つくり手のエゴ。そういうお化粧は要らない。なにかを犠牲にする結果には、うんざりしているからだ。
過去の銘茶の復元ではなく、新しい高級茶ができるだろう。
望むところだ。

一扇磨陰涼散茶2015年 その2.

製造 : 2015年3月16日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山一扇磨野生茶
茶廠 : 漫撒山製茶工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶 (晒青毛茶)
保存 : クラフト紙パック密封
茶水 : ミネラルウォーター農夫山泉
茶器 : 小さめの蓋碗

お茶の感想:
上海の友人の店で、お茶ファンの数人にこのお茶を淹れてみた。
+【一扇磨陰涼散茶2015年】
淡くて消えの早い味。涼しい甘さ。
どう捉えてよいのか・・・みんなわからない感じで、しばらく静かに飲むだけだった。
彼らはこのブログもサイトも見ていない(日本語が読めない)ので、何の説明もなくお茶を飲んでいる。
自分から先に口を開いた。
「私が西双版納に行ってからの5年間で出会った最高のお茶です。」
そう言うと、どうやら意外な様子だった。
「今まで飲んだことのない味のお茶で、たしかに美味しいけれど、どこが良いのか、どこがどう違うのか、教えてほしい。」
そう言った人は、直前に飲んだ「倚邦単樹春の散茶2015年」こそが最高のお茶だと感じていたようだった。
一扇磨陰涼散茶2015年
どちらも、西双版納州孟臘県のお茶。
倚邦も一本の茶樹(単樹)のお茶だから、森の生態環境は抜群に良い。
けれど、根本的なところの、お茶に求める理想が対照的なのだ。
倚邦山のお茶は人の手を肯定する味。
一扇磨のお茶は人の手を否定する味。
その違いがお茶の味に現れている。
どちらの方向にも上には上がある。
けれど、現地でお茶をつくる仕事をして上のほうを求めると、だんだんわかってくる。地域全体の環境の変化や、人の手を否定することの難しさ。
人の手、ということは、ときには自分の行為まで否定的に見ようとしなければならない。
その話をしたら、わかったようなわからないような。
ちょっと解釈に時間がかかりそうだった。
たぶん、もうちょっとわかりやすく違いがわかるよう、飲み比べるお茶を選択したほうがよかった。
同じ漫撒山一帯の丁家老寨のお茶と飲み比べて、そこに人の手の味を見つけてもらったらわかりやすかったかもしれない。

ひとりごと:
書道先生の章老師の老房子の仕事部屋を、空いている時に使わせてもらえることになった。ロケーションも雰囲気も最高。
ここでお茶の勉強会をしたい。
初回のテーマは熟茶。
熟茶の歴史・茶葉の違い・製法の違い・味の違い。
試飲のお茶10種ほど。ひとり300元。
お茶の店とかお茶の先生とか、プロ向けの内容。
という具合。

一扇磨単樹春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
一扇磨単樹A春の散茶2015年
左: 一扇磨単樹A春の散茶2015年
右: 一扇磨単樹B春の散茶2015年

お茶の感想:
一扇磨の単樹は2種。
単樹とは一本の茶樹からつくられたお茶のこと。
AとBとする。
これを比べる。
茎の長く育った茶葉は、常識なら雨の季節のお茶で、旬から外れている。
しかしここは西双版納。
熱帯雨林の深い森に囲まれた山のお茶。
どちらも3月末の茶摘みで春の旬を外していないが、この様相なのだ。
一扇磨は漫撒山一帯ではやや海抜の高い1700メートル付近に茶樹が多い。
おなじく漫撒山にある弯弓は海抜1200メートル付近だから、気候がやや異なる。
山を歩くとまず空気が異なる。
植物の様子が異なる。
+【一扇磨 古茶樹 写真】
+【弯弓 2013年 秋天】
写真ではわかりにくいかな・・・。
漫撒山はかつて貢茶づくりで栄えた茶山。
ほんの200年ほど前まで山のあちこちで茶が栽培されていた。その後廃れて、一扇磨や弯弓は人家がなくなり、深い森の中に隠れたのだ。
再発掘されたのは2007年のプーアール茶バブルの年。
それからまだ10年も経たないのに、古茶樹の流行で森林が乱開発されたのには心が痛む。
森林のお茶の価値は森林そのものにある。それはお茶の味にはっきり現れている。このことを、産地にもお茶ファンにもやかましく伝えてゆきたい。
一扇磨単樹A春の散茶2015年
一扇磨単樹A春の散茶2015年
森林のお茶は口当たりからして甘い。
水質の良さは山の水そのもの。爽やかな香りは山の空気そのもの。
ひとくち飲めば、風が吹いて心が揺れる。
一扇磨単樹A春の散茶2015年
左: 一扇磨単樹A春の散茶2015年
右: 一扇磨単樹B春の散茶2015年
葉底(煎じた後の茶葉)のカタチを見てもわかるように、品種的な違いは少ない。
漫撒山には遠い昔に外地から持ち込んだであろう茶の品種も混成しており、バラエティーに富むのだが、一扇磨は弯弓ほどバラエティーが無い。これは、やや海抜の高いところの気候によるものと思われる。
製茶の仕上げの違いが色に現れている。
左のAの軽発酵の進んだ色は昔ながらで、右のBの殺青のしっかりした仕上げた色は近年の流行。
ただ、1950年代の「號級」や1970年代の「印級」の高級プーアール茶は、もしかしたら殺青をしっかり仕上げていた可能性もあるので、このあたりはこれから何年もかけて検証する。
どのように仕上げても、一扇磨のお茶には軽快な苦底(後味の苦味)に特徴がある。
苦味の蒸発は早くて、まったく嫌味でない。爽やかな印象。
弯弓のお茶は華やかな甘い香りで人を誘うが、一扇磨のお茶は淡々とした静かな表現のお茶である。
最近こういうのが上等に思える。

ひとりごと:
これから荷造りして上海に移動。

弯弓単樹B春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015年

お茶の感想:
もうひとつの弯弓の単樹。Bとする。
茶葉の色や形状がAと異なり、品種的な違いが明らか。
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015年
左: 弯弓単樹B春の散茶2015年
右: 弯弓単樹A春の散茶2015年
ちょっと黄色が強くて、表面にツヤが無くて、細く尖った葉の形。
これには見覚えがある。弯弓の森の中で、おそらく母樹が同じであろう数本の兄弟のような茶樹がひとつの斜面に群生していた。
弯弓単樹B春の散茶2015年
弯弓単樹B春の散茶2015
写真のは単樹にできるほどの大きさはないが、品種的にはそっくり。
ふんわり甘い香り。やわらかな味。しかし、ちょっとだけ後味に棘がある。ひとことで渋味と言うにはもったいないような独特の刺激。野生茶的なスパイス。
好きな人にはたまらないと思う。

ひとりごと:
単樹のお茶は、品種がひとつに絞れるという点では製茶の精度が上げられるが、采茶(茶摘み)のタイミング、茶葉の成長具合によってお茶の味はいろんな方向へ傾く。
また、采茶のタイミングが1週間違えばお茶にできる量も異なる。例えば500gから1キロという具合に3倍も違ってくる。
さらに、漫撒山の単樹で価値のあるのは、深い森の中の茶樹であって、村の近くの茶樹ではない。そうなると、茶葉の成長具合を毎日見れないから采茶のタイミングが図れない。
森に入ったその日が勝負。
単樹のお茶の品質をどこに求めるのか。
お客様にとってわかりやすく、公平な価格設定ができるようにしたいが、まだいろいろ課題がある。

弯弓単樹A春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
漫撒山
漫撒山
漫撒山


お茶の感想:
天気予報は晴れが2日続くということなので、漫撒山へ圧餅に行ってきた。
突然の雷雨と刮風(竜巻みたいなもの)が予想外だったものの、今年の春のお茶7種を180gサイズの小さい餅茶に無事に加工できた。
いつもの漫撒山の個人経営の工房で圧餅した。質素な道具と手作業。これが後々の長期熟成に良いと思っている。
それはさておき、
ついでのつもり探した単樹のお茶に思わぬ収穫があった。
単樹のお茶
単樹のお茶
3日かけて20本分くらいを試飲して、そのうち5本分の単樹を仕入れた。
今年の春は空振りが多かったから、春の終わった今になってこの打率は、もしかしたら夢でも見ているのかもしれないと心配になるほど。
単樹はそこそこ大きな古茶樹でないとつくれない。
大きな茶樹ほど新芽・若葉を出すのは遅い傾向にある。森林の陰に潜んでいる野生育ちは余計に遅くて、4月15日の撥水節にやっと今年一番の新芽・若葉を出すのもある。
ところが、今年は春の早い時期から雨が多かった。コンディションが悪い。
単樹を求める茶商やお客は、お茶にそこそこ詳しい人たちで、早い話が今年のお茶にはあまり期待していない。
だから選べたのかもしれない。
もうひとつ理由がある。
自分の求める質のハードルが下がっているに違いない。昨年ならパスしたお茶でも今年なら許せるだろう。
と、そう思っていたけれど、
それはちょっと違うと、今になって考える。
お茶の味は、今年の春の気候を反映している。
それだけのこと。
どの気候がお茶に良いか悪いかなんて言うのは意味が無い。なぜなら、去年も今年も来年も、二度と繰り返されることのないたった一度だけの気候だから。この春に一度だけのお茶の味が姿を現している。
それだけのこと。
選ばなかったお茶は、摘み取りのタイミングと製茶に不具合がある。コンディションの変化に対応できないお茶をつくる人の側の問題であり、茶樹に問題があるのではない。およそ4本のうちの3本に不具合があるのだから、改善の余地があるだろう。
さて、単樹の中には弯弓のが2本分ある。
そのうちの1本「水路」と名の付いたお茶を試飲する。
とりあえず「単樹A」とする。
弯弓のお茶
弯弓のお茶
すばらしい水質。弯弓のお茶の味。
弯弓から薄荷唐へゆく道なりの森林のお茶。国有林のお茶である。
国有林にもかかわらず、瑶族の農家が自分の農地のように茶を採取する。近年の価格高騰に浮かれた農家が、さらなる金儲けのために森林を伐採してしまって、それが気に入らない。
この記事で書いたとおり。
+【弯弓について考える 】
たくさんつくるほど儲かる仕組みにハマった農家のお茶はもう買わない。
単樹の一本一本の茶樹の個性に価値をつける。森林のお茶の味を評価する。このことを農家に理解してもらう。
単樹のお茶
どんな気候になっても、ありのままのお茶の味を評価してゆこうと思う。

ひとりごと:
山笑う。
お茶笑う。

倚邦単樹春の散茶2015年 その1.

製造 : 2015年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明倚邦山中葉種古樹
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
西双版納の森林
西双版納の森林
倚邦の森の大木

お茶の感想:
単樹のお茶をもっと増やしたい。
理想は、
一本の古茶樹に一人のお客様。
そんなお茶づくりをする。
一本の古茶樹の一年間の茶摘みの権利を買い取る。
鮮葉が手に入るから、加工は生茶にも紅茶にも白茶にもできる。
現場でコンディションを見て、どれにするかはこっちで決める。
一本一本増やしていって、まずは100人のお客様に100本の単樹を結びつける。
茶樹とお客様と一対一の関係をつくる。
そして、できるだけ長年続くようにする。
例えば、今年の春は、雨の後にやっと采茶できる若葉が育ったので、多くの単樹が
昨年よりも香りが弱い。渋味もちょと強いかもしれない。
でもそれが自然。
お客様はその味を受け入れるしかない。
他を選ぶということができない唯一無二の関係。一期一会のお茶の味。
倚邦単樹
本物のフェアトレードだ。
無駄な在庫となって廃棄処分になる茶葉がゼロになる。
これが一番の狙い。
いったいどれだけの茶葉が、市場にダブついているだろう。
自由競争があるということは、聞こえは良いが、実際には価格競争力だけを考えた内容の伴わない安いお茶が大量につくられることになる。産地からしたら、むしろそんなお茶を増やすほどに儲かることになる。
製品になって売れなくても、熟成という言葉でごまかされ、いつの日か廃棄処分になるのを先延ばししている。
たとえ間違って売れても、一回か二回で飲まないようになって、手元に残ったままの茶葉があるだろう。
こんなことを知らぬふりして、自分だけ良いお茶を求めていてはバチが当たる。
いや、もうすでにバチが当たっているのだ。
今年の春のお茶の味の凋落は、天候不順だけの問題ではない。
山も茶樹も態度を変えてしまっている。自然は正直で嘘をつかない。
特定の業者だけにバチが当たるのではない。茶業全体、お客様全員にも巡り巡ってバチが当たるだろう。
今年の春だけでは済まないだろう。
こちらの態度を改めないかぎり、山も茶樹も態度を変えないままだろう。
単樹との一対一の関係づくりは、こちらの態度を表明するひとつの手段となる・・・なってほしい。
この話を聞く耳がお客様にあるかないか、上海に行って確かめてみる。
今日はこのお茶。
『倚邦単樹春の散茶2015年』
倚邦単樹春の散茶2015年
昨年の倚邦のこのお茶、
+【倚邦古樹青餅2014年】
この農家とは違う別の農家から単樹が選ばれた。
理由は、ひとことで言うと森林が後退したから。一本のお茶を選ぶために森を選ばせてもらう。このことを農家にじわじわわかってもらう。
倚邦単樹春の散茶2015年
倚邦単樹春の散茶2015年
倚邦単樹春の散茶2015年
水質の密度が濃くて甘い。
消えが早くて爽やか。
ほんのちょっとだけ焦げ味があるけれど、致命傷ではない。むしろ魅力になるだろう。
単樹は鮮葉の量が多かったり少なかったりして揃わないので、製茶の精度が上げにくい。とくに殺青の火加減が難しい。今回のは1回で炒るには多すぎて、2回に分けて炒られたが、そうすると一鍋分が少なくて茶葉が乾きやすくなり、焦げにつながる。
課題はまだある。
倚邦単樹春の散茶2015年
倚邦単樹春の散茶2015年
倚邦単樹春の散茶2015年
倚邦に多い小葉種ではなくて中葉種。
中葉種は香りがやわらかで、易武山の味に近い。
今回の単樹は晒青毛茶にして1500g。
圧延する予定だが、すぐにできないかもしれない。
2011年がそうだったように、今年は雨が多くて、天気の様子を見ながら慎重に日を決める必要がある。
秋までに圧延できたらよいと思う。
餅茶に加工したら一時的に味も香りも落ちて、戻ってくるのに半年はかかるが、1年後からは餅茶のほうが良い味になる。

ひとりごと:
『倚邦単樹春の散茶2015年』の黄片。
ほんの一握りだけの黄片と粉々に崩れた茶葉。
倚邦単樹春の散茶2015年
美味しいからこれも自分で飲んでしまった。
水分の少ない黄片は、茶葉の端のほうが焦げやすい。なので黄片のお茶に焦げの嫌味がなければ、このお茶は大丈夫と判断できる。


茶想

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