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多依樹青餅2016年 その1.

製造 : 2016年04月7日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)多依樹
茶廠 : 農家(河南省の茶商)
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 紙包み密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコの土の茶壺
多依樹青餅2016年

お茶の感想:
ちょっと前に、
『多依樹春の散茶2016年 その1.』
として紹介していた茶葉を5月14日に圧餅している。
これを出品することにした。
180gサイズの餅茶1枚83,000円。
1枚のみの出品。
申し込みフォームにはアップしないので、メールにてお申込みください。
+【店長にメール】
入手した散茶は360gで、180gサイズの餅茶がぎりぎり2枚分取れたが、1枚はすでに茶学や勉強会で使って残り半分もない。
多依樹青餅2016年
この1枚は粉々に崩れた茶葉を多く含むが、出品するもう1枚は姿をキレイにとどめた茶葉だけで圧餅している。まさに精品。
多依樹青餅2016年
国有林の森のお茶なので静かな語り口。
わいわいガヤガヤしたところでは心を開かない。
静かに味わえる少人数か、それともひとりになる時間か。
どんなにゆるい淹れ方をしても、どんな茶器で淹れても、極上のこのクラスの茶葉は美味しく淹れられるが、やはり丁寧にするとそれなりの効果を得る。
蓋碗でも茶壺でもよいが、煎の続くのは茶壺。
熱々の湯で注ぐが、一煎めはほんの数滴を垂らして、その湯をすぐに切って、蓋をして蒸らす。
こうすると、熱湯をいきなりジャバジャバ注いで茶葉を火傷させることはないので、味がより清らかになる。
多依樹青餅2016年
当店で入手できた2016年の春の頂点クラスのお茶は、このお茶ともうひとつ、刮風寨の単樹のお茶(友人に100gだけ分けてもらった非売品)と、2種のみだった。
ま、現地の業者仲間たちも、今年はこのクラスは1種か2種しか手に入っていないはずだ。
毎年の春に同じ茶樹から同じように採取しても、新芽・若葉の出るタイミングと天候とがバッチリ合わなければ極上にはならない。天体の巡りが太陽や地球や月や水や風に影響して、いろんなことが起こって、お茶ができている。
今年のテーマは一天一采。
多依樹青餅2016年
多依樹青餅2016年
葉底

ひとりごと:
とびきり美味しいお茶ができるということは、ちょっとした奇跡に出会うこと。

香椿林青餅2016年 その1.

製造 : 2016年4月1日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 京都の地下水
茶器 : マルちゃんの茶壺
茶葉

お茶の感想:
このお茶がなかなか難しい。
半年になるか一年になるかわからないけれど、出品を保留するつもり。
『一扇磨青餅2016年・緑印』と同じく、茶摘みの現場には立ち会えていない。農家のつくったお茶だが、村に持ち帰った鮮葉を自分が選ぶところからスタートしたので、身元ははっきりしている。
同じ原料となる香椿林の3月22日摘みのお茶『香椿林紅餅2016年』は、これは紅茶にしたのだが、難しいことなどなく素直な美味しさがある。
そうすると、製茶になにか自分の気付かないところがあったのだろうか。
湯を注ぐ
抽出
一煎め
抽出その2
3煎め
火入れが甘い。
1煎めから3煎めの茶湯の色の変化にそれが現れている。
しかし、そこは問題ではない。
地域特性というか、農家がいつものように製茶して(追記:もしかしたら自分が殺生したかもしれない。記憶が定かで無い。)自然に導き出された結果であり、むしろ個性となって、隣の一扇磨のお茶とは異なる風味を得ている。
仕上がった晒青毛茶(天日干し緑茶)を現場で何度も試飲しているが、そのときは気付かなかったピリピリと舌に残る辛味が今はある。
殺青で焦がしたのが理由ではない、原料の茶葉がもともと持つらしい煙味がある。
美味しいお茶には違いないが、知らないことが多すぎる。しばらく試飲を続けてみる。
葉底
葉底
こういうのを出品するかどうか、どのタイミングで出すか、なんてことに茶葉屋さんとしての職人技を感じてくださるお客さまは数人もいないだろう。目に見える経営的効果は少ないだろう。
でも、大事なのだな。見えないところ。

ひとりごと:
Klean Kanteenの保温ボトルがいい。
シンプル。使いやすい。
ギュッと蓋を閉めないと漏れるけれど・・・。
Klean Kanteen

章朗古樹春天散茶2016年 その2.

製造 : 2016年4月7日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 巴達山製茶農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの茶壺
武康路

お茶の感想:
1ヶ月ほど前、
+【章朗古樹春天散茶2016年 その1.】
こんなことを書いている。
ーーーーーーーーーーーーー
思ったほど美味しくはない。特別なことなどない。それどころか、抽出の時間を長くとると強い渋味が出てくる。
自然環境も茶樹も采茶のタイミングも製茶も天候もカンペキだった。お茶の味にはたしかに健康な森の味が宿っている。製茶における欠点はこれといって見つからない。それなのにたいして美味しくない。
ーーーーーーーーーーーーー
章朗古樹春天散茶2016年
今このお茶は特別に美味しい。
巴達山のお茶は他の孟海県の茶山のお茶よりは「淡」であるが、このお茶は重層的な厚みがある。
渋味は、例年に比べると強いかもしれないが、嫌な感じではない。サラッとした苦味。ジューシーな甘味もすばらしい。
やはりつくりたての評価は気をつけたほうがよいな・・・。
章朗古樹春天散茶2016年
今年の春は章朗寨の古茶樹で「生茶」を2回つくっている。
4月5日と4月7日。
章朗古樹青餅・黄印 4月5日
章朗古樹青餅・緑印 4月7日
『章朗古樹春天散茶2016年』は圧餅してから「緑印」になっている。
一天一采の、天気の変化はそれほどない。「緑印」のほうがより古くて大きな茶樹だけれど、新芽・若葉の成長の差はない。この二つは製茶に違いがある。
「黄印」は殺生の火入れを浅めにして、布袋で一晩渥堆している。
軽発酵がよりすすんで、ちょっとだけ紅茶っぽい生茶と言える。
「緑印」は殺生の火入れを深めにして、農家が標準的にしているようにザルに広げている。
軽発酵が比較的少ないので、より緑茶っぽい生茶と言える。
章朗古樹春天散茶2016年
殺生の火入れはこの地域の農家の標準に比べるといずれも浅めに調整している。
今回自分で殺生してみて気がついたのだが、巴達山の茶葉は炒っても炒ってもなかなか繊維が柔らかくならない。炒った効果が手の感触に現れるのを待つと、どうしても深炒りしてしまう。これは巴達山だけでなく孟海県のすべての茶山に共通すると思う。
孟海県では1980年代後半まで生茶をつくっていなかった。それまでは緑茶をつくっていたところが多いから、しっかり炒る習慣が残っているのかと思っていたが、そうじゃない。おそらく孟海県の茶葉の性質がそうさせるのだ。
直前まで漫撒山で殺生していた手の感触が残っているから、この違いに気がついた。
火
漫撒山の茶葉は火に反応して繊維が柔らかくなるのが早い。手の感触ではしっかり炒れたように感じる。しかし、茎の芯のいちばん火の通りにくいところが生のままになっていて、翌日晒干して仕上がる頃には軽発酵がすすんで黄色や橙色になる。どこの農家でも同じように茎の部分が黄色や橙色になっている。
茶葉の性質がそうさせている。
漫撒山や易武山一帯のお茶が甘いのはここにも原因がありそうだ。
巴達山のお茶を半ナマに火入れしたら甘いお茶ができる。2011年に実際に試して、確かに甘くはなったが、そのかわり湿気に敏感すぎて長期保存に思わしくない変化がある。
このようなことから、今回の火入れはとても微妙に調整したつもりだ。

ひとりごと:
武康路と湖南路あたりの住宅街のこじんまりしたカフェに行列。
なにかと思ったらアイスクリームなのだな。
武康路のアイスクリーム
塩キャラメルのが美味しい。
チョコはちょっと甘すぎる。

多依樹春の散茶2016年 その1.

製造 : 2016年04月7日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)多依樹
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの小さめの茶壺
多依樹春の散茶2016年

お茶の感想:
今年の春のお茶の中では一番美味しくて、一番高価なお茶。
『多依樹古樹春の散茶2016年』
もともと1800gしかないのを入手していた北京の茶友に相談して、360gを分けてもらうことにした。当店で売るとしたら50gずつ7袋に分けるか、180gサイズに圧餅して2枚にするか。いずれにしても安くない。50g1袋25,000円。180g1枚83,000円というところか。
このお茶は取り扱うことに意味があるからカタチだけ。少量で十分。
漫撒山でトップクラスのお茶を入手できるということ。やろうと思えば、このクラスだけを集める方法を知っているし、同業者と遜色のない価格で売ることもできる。
でもやらない。この方向の行く先はあまり明るくない。うまく説明できないけれど、そう予感している。
多依樹春の散茶2016年
澄んだ茶湯
たぶんこういうことだ。
自然界の森羅万象の成熟に人間の管理能力は足元にも及ばない。西双版納の森のお茶はそれを味で証明した。お茶ファンもそこを理解して、今、徹底的に人間の管理を嫌う方向を極めようとしている。その競争が過剰になって、人間の管理を嫌うための管理という新たな構図を生み出して、いろんなところに負荷がかかりだしている。価格もそうだし、自然破壊という問題もある。歯車は咬み合って全体が思わしくない方向へと動き出している。
「多依樹」は地名だが、漫撒山の弯弓のエリアにある。現在は国有林となって原生林の深い森に囲まれているが、明代から清代の貢茶の時代に誰かが茶樹を栽培していた形跡がわずかに残っている。
バイクと徒歩で片道3時間はかかる。数本の古茶樹は樹高10メートルを超えるので、木登り名人を集めて茶摘みを行う。
漫撒山のこのクラスのお茶はとびきり美味しい。爽やかさ、清らかさ、そして嫌味の無さ。煮出してもまったく嫌味が出ないどころか、香気・茶気に独特の気高さがある。
この味を知れば、現在の価格にも納得できる。
銅のヤカン
茶葉を煮だす
しかし、人気が出るとすぐにニセモノや粗悪品の出てくるのが中国の市場。ホンモノをつくっている農家でさえ似て非なるお茶をつくろうとする。ホンモノよりもはるかに大量に。
昨年の記事「弯弓について考える」と同じ問題が、漫撒山の国有林のいたるところに発生している。徒歩で3時間かかった道を開拓して、クルマやバイクで行けるようにする。大量の樹木が切り出されて、ちょっとのすき間に新しい茶樹の苗が植えられる。違法行為だが、国の人は辺境地の森の奥まで管理できない。この辺りの土地は国ができるよりも以前から山に住んでいた人たちがいるので難しいのかもしれない。
土地の借地権を買い取って、独自の立場をつくろうとした試みがあった。このお茶『祈享易武青餅2014年 その1.』は、同じく漫撒山の国有林の一部の森ごと賃貸して環境を守ろうとした。
ところが、冬の間にこの周辺が地域の農家たちに開拓されて、3時間かかって歩いた道はバイクで30分で行けるよう広げられた。途中まではクルマも入れる。大量の樹木が切られ、山が削られ、森がまた大きく後退する。
山に道がつくられる
山に道がつくられる
ニセモノをつくるためにホンモノを失う。
さらに、借地権を買い取る方法は茶樹一本一本にまでおよんでいる。借樹権と呼べばよいだろうか。
多依樹のこのお茶は、河南省の茶商が借樹権を買い取ってつくったもの。権利を高額で売った農家が一部を買い戻して、毎年の付き合いで北京の茶友に分けたのだ。
借樹権は漫撒山一帯で流行となり、自分のところにもいろんな農家から声がかかった。農家としては価格の良い今のうちに何年分かの権利を売ることで、収入を安定させる狙いがある。茶商としては農家が介在しないほうがニセモノを掴まされる心配がない。お互いがハッピーというわけだが、本当はそうじゃない。
借樹権が売れるほどに農家はもっと奥地へと道をつくって開拓する。森がまた後退する。
茶商は何年分かの権利費用をすでに支払い済みだから、森の味がお茶から消えても、うまいこと言って売り続けるだろう。
国有林
商売の成功はどこにある?
こういう気持ち悪い状況をお客様に隠してモノを売ることができるほど、自分はプラス思考が強くない。でも、漫撒山の森のお茶の美味しさは伝えたい。人間は森に嫌らわれているという事実とセットで。

ひとりごと:
手漉き紙をつくっているダイ族の村へ行ってきた。
この紙は『版納古樹熟餅2010年』を包んでいる。
ダイ族の村
ダイ族の村
ダイ族の紙の村
木の皮を煮ているおばちゃん
手工紙
天日干し
伝統的に紙づくりをしているのかと思っていたら、そうじゃなくて、政府の支援で村に特産物を与えたのだった。
原料の木の皮はラオスから送られてくる。
天日干しで仕上げる。

一扇磨春の散茶2016年・緑印 その1.

製造 : 2016年03月28日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの白磁の蓋碗
白花の咲く山
白花の咲く山
白花の咲く山

お茶の感想:
花冷えという言葉があるように、温かくなったようでまだ冷たいのが春の空気。桜の樹の下で花見したときの、花の香りが混じるひんやりした空気を呼吸する味わい。その味わいに人の心が動くように、茶葉もまた春の空気を呼吸して、なにかを動かされている。
西双版納の山が冬から春になる。
白花と呼ぶ花が山に咲きだすと茶摘みがはじまる。山を渡る風に白花が薫る。こころなしか茶葉にもその香りが移っているような気がする。
4月2日の夜のにわか雨が『漫撒一水紅茶2016年』に水の味を宿したのは、空気中の水分を茶葉が吸収したからだが、それだけじゃないだろう。香りも、酸素や二酸化炭素などの成分も、気温も、風も、そしてまだ解明されていないなにかも、茶葉は呼吸して吸収している。
空気の変化は地面の下の土の中とも連動しているにちがいない。
白花
一天一采。茶摘みしたある日の空気の味わいが、そのままお茶の味に現れてほしい。春らしい空気に満ちた一日に采茶したい。
今年はこのことで判断が難しかった。
西双版納の春はもともと短い。3月初旬からはじまり3月末頃まの1ヶ月ほどが春らしい春で、4月中頃にはもう夏になっている。一日一日の変化が大きい。この記事を書いている4月18日は完全に夏の暑さ。Tシャツ一枚になって扇風機回している。10日後には毎日のように夕立ちのような短い雨が降るようになるだろう。
夏が駆け足でやってくる。
一般的に、清明節の4月4日までを春のお茶として、それ以降は晩春もしくは初夏のお茶と評価するが、2016年は2週間ほど春が遅れてやってきた。寒い冬が長引いた。4月4日になってもまだ新芽・若葉を出していない茶樹がたくさん残っている。
はたして、清明節を春と夏の境にしてよいのかどうか。
栽培に人の手が加わらない自然な茶樹ほど、日光の当たらない半日陰で気持ち良く育つ茶樹ほど、樹齢の古い大きな茶樹ほど、新芽・若葉の出るのは遅い傾向にある。つまり、西双版納の名物といえる樹齢数百年の古茶樹のほとんどが初摘みを迎えていないことになる。
一扇磨への道上
一扇磨への道中
川を渡る
清明節の後には4月12日からの撥水節がひとつの区切りとなる。しかし、今年は4月18日の今日になってもまだ第一波(初摘み)の摘み残しがあると農家から連絡が入る。
結論から言うと、漫撒山は清明節の直前の4月3日に茶摘みを終了した。その後のお茶はつくらなかった。
春の空気にこだわることにして、古茶樹へのこだわりを捨てた。
深い森の中で強い太陽を避けてのびのび育つ茶樹であるのなら、平均的な樹齢は100年から150年くらいの清代末期に誰かが植えた茶樹、これでも良いとした。
いつもよりかなり若い茶樹がメインになる。
春の味のしない古茶樹よりも、春の味のする小茶樹。そのほうが美人だと判断したのだが、さて、どうだろう。
一扇磨春の散茶緑印
『一扇磨春の散茶2016年・緑印』
「緑印」と名付けたのは、他にも一扇磨春のお茶が2種あるからだ。一扇磨は広くて山のいたるところに茶地が点在している。茶地や製法や采茶日の違う3種のお茶を「緑印」・「黄印」・「青印」と分けることにした。いずれも生茶のプーアール茶ではあるが、風味は異なる。
一扇磨の森
一扇磨
茶地
緑印の茶地は、一扇磨の山頂に近いところにある。村からバイクで1時間ちょっと山を登って、そこからさらに歩いて1時間ちょっとの山頂付近。尾根からちょっと下がった風裏の斜面に茶地がある。
古茶樹
古茶樹の幹
茶葉
茶樹の混生
樹齢数百年になる茶樹が4本と、清代末期に植えられた樹齢100年から150年くらいの茶樹が十数本と、2005年頃に農家が苗を植えた数十本とが混生している。
道のりが遠くて茶摘みのアルバイトを手配するのもたいへんなので、分けて摘むことができない。どれもいっしょくたに茶摘みされてしまう。茶樹の樹齢によって新芽・若葉の出るタイミングが異なるので、初摘みは3回行われたが、この緑印の3月28日は2回めになる。樹齢100年から150年くらいの茶樹がメインとなる。
晒青毛茶に仕上がったのは5キロ。圧延加工して、『一扇磨青餅2016年・緑印』として出品する予定。
一扇磨春の散茶2016年洗茶
泡茶
緑茶のような発色の良い緑色は、殺生(鉄鍋炒り)の炒り具合が深くなったせいである。これを炒ったのは農家だが、意識してそうしたわけではない。摘みたての鮮葉に水分が少なかったせいで、いつものように炒ったら結果的にこうなったのだ。
春特有の茶醤が多くネタネタと手にくっつく柔らかい若葉は、ちょっと揉んだだけでしっかり捩れてくれるから、揉捻を強く仕上げたような細い形になるが、これもいつものようにしただけこのと。意図したわけではない。茶摘みのタイミングが良かったのだ。
茶油
ヒヤッと涼しい口当たり。
甘く感じるほど密度の濃い水質。
シュワシュワと炭酸のように弾けて消える渋味・苦味。
フワッと上昇する茶気。
白花の甘く薫る香気。
飲んだ後の喉元にスースーとミントの風。
春の空気が宿っていると思う。
葉底

ひとりごと:
景洪市内のお茶屋さんには春の茶葉のサンプルが集まりだしている。浙江省の茶商が自ら布朗山でつくったお茶を試飲していたところに、たまたま出くわした。
「今年は難しかった。」
と言うので、どこが難しかったのか?と聞いたら、春の味の茶葉が少ないという。やはり同じ問題に気付いているようだ。
それだけじゃない。年々お茶づくりが難しいと嘆いている。
その理由は、
1.自然環境が破壊された。
2.農家が利益を追求しすぎてまともな仕事ができない。
3.お客様の買う茶葉の量が減っている。
うーん・・・なんだか同じようなことを言うのだな。
同業者と同じようなことを言っているようでは、自分もたいしたことないなあ・・・。

章朗古樹春天散茶2016年 その1.

製造 : 2016年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 巴達山製茶農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの茶壺
漫撒山の雲

お茶の感想:
春のお茶づくり後半戦。
漫撒山の天気が再び崩れて想い通りのお茶がつくれない。さらに、協力している農家がもっと儲けたい欲にかられて非協力的になってきている。
さて、どうするか。
このまま漫撒山で粘るか、それとも他の茶山に移るか。
山でもつながるようになったネットで天気予報をたしかめて、思い切って巴達山に移動することにした。西双版納の東の端から西の端へ、ラオスに近い山からミャンマーに近い山へ、クルマを手配して2日間かけて移動した。途中、町のアパートに戻って数時間仮眠したはずだが、疲れのためほとんど記憶が無い。
巴達山からミャンマーを望む
巴達山の森
天気予報は的中して巴達山の天気は良好。4月5日から8日の午後まで、天日干しに頼るお茶づくりはスッキリと仕上がった。西双版納のほとんどの茶山がこの間に少し雨が降ったから、正しい判断だった。気候が涼しい巴達山は他の茶山に比べて春が遅い。その分、雨が降るまで数日間の余裕ができる。
4月8日の午後3時に天日干しのお茶が乾いて、片付けたとたんに、さっきまで晴れ上がっていた空を黒い雲が覆いはじめて、山を降りて町へ帰るクルマは暴風雨の中を走った。街路樹の枝がへし折られて道をふさぐほど強い風が吹いた。台風のような湿った温かい空気は春から夏へと季節の変化を伝える。
巴達山の天気が崩れる
天気が回復したらまだ少しは春のお茶がつくれるかもしれないが、水分が多く繊維のカタイ茶葉となって、春らしさは薄れるだろう。
黒い雲
この地域を代表するダイ族の年越しの撥水節が数日後にはじまる。通り過ぎたいくつかの村には華やかなタイシルクの正装の女性たちを見かけた。
春は終わった。もう心配しなくてもよい。天気も、茶葉のコンディションも、茶摘みのタイミングも、悪いことを企む人も、高騰して安くないお茶が売れないことも。ゆっくり寝て、重労働で熱を持つ筋肉や関節を冷まして、酒を飲んで、うまいものを食べて、道具を手入れしよう。できた茶葉を圧延加工するのがつぎの仕事だが、じっくり試飲してから、どんな調整をしたらよいのかを考えて、5月中旬くらいまでに済ませたらよいだろう。もう急ぐことはない。
この2016年の春は結果的に予想よりも少ない量しかつくれなかった。完成度はいまひとつかもしれないし、とくべつ新しい試みも無い。けれど満足している。
章朗古樹春天散茶2016年
『章朗古樹春天散茶2016年』
このお茶づくりに、ちょっとしたアクシデントがあった。
それは章朗寨の森で鮮葉を集めたときのこと。
原生林の森が後退しているのは昨年の「弯弓について考える」で紹介したように、ここ巴達山章朗寨にも同じ問題がある。
章朗寨の森
章朗寨の森は小さいほうだが、それでもより自然な環境で健康的に育つ古茶樹をもとめて探し歩く時間は年々長くなっている。
章朗寨の森で最後の収茶の日となった4月7日、これぞという大きな茶樹に布朗族のおじさんが登って茶摘みをしていた。肩にかけている袋と茶樹の幹に置いてある袋に摘みたての鮮葉がギッシリ詰まっている。
間違いない。偽物はない。小さな茶樹の鮮葉を混ぜる余地なんてない。茶葉の深い緑色と、銀色の艶と、細く尖ったカタチを見ても、森の古茶樹の特徴が現れている。
古茶樹の上
古茶樹の中
古茶樹の下
売って欲しいと交渉すると、あっけなくOK。価格もそこそこ。持参した袋に詰め替えて電子はかりで量っていると、どこからか高校生くらいの男の子が飛んできて、「この茶葉は僕らが予約したものです!」と言う。男の子は怒って、茶摘みのおじさんとなにかモメていたが、布朗族の言葉なのでわからない。
「先約があるのなら要らない」と言って、その場を離れて別の茶樹を探すことにした。
それから1時間ほど歩いただろうか。条件に合う古茶樹はいくつか見つかったが、いずれも茶摘みされた後で新芽・若葉は無かった。3日間つづけて森に入ったが、欲しい鮮葉が一日一日減ってきたのを見ているから、あきらめがつく。春が終わるということなのだ。
仕方なしに帰る道、またあのおじさんのところを通った。まだ茶樹に登って茶摘みをつづけていた。
「半分残すように交渉したから、コレ売ってやる!」
と、おじさんが言う。
古茶樹の上で茶摘するおじさん
茶樹の幹に置かれた袋に3キロほどの鮮葉が詰まっている。見て触って、間違いなくホンモノだった。「今摘んでいるのも分けるから、ちょっと待ってくれ」と言う。おじさん2人が茶摘みする茶樹の下でしばらく待って、合計5キロほどの鮮葉が集まった。5キロはちょうど鍋で炒って殺生する1回分で、水分の少ない春の茶葉なら1.2キロほどの晒青毛茶になる。
おじさんが茶葉を残してくれたのは、自分に付き添って森に入った賀松寨の村長の息子の顔が利いたからかもしれない。鮮葉を売るおじさんからしたら、どちらも大事なお客様だから配慮したのだろう。
この4本か5本の大きな茶樹から採取された鮮葉で生茶をつくることにした。紅茶をつくるにしては少なすぎて軽発酵がうまくゆかない。
鮮葉
巴達山はその日から停電。殺生の鉄鍋で炒る作業は、星の輝く空の下でヘッドランプをつけて行った。鍋の炉に火を入れて、初回の炒りは鉄鍋の温度が安定しないため、わざわざ安い台地茶の茶葉を炒った。そして2回目に本番の古茶樹を炒った。このシーズン最後の1鍋。今年の春は農家の手伝い分もあわせると30鍋は炒っただろう。1鍋30分として計算しても、熱い鍋に炙られ汗をかきながら15時間は茶葉を炒ったことになる。最後のこの1鍋は、30鍋の中でも最高の仕上がりかもしれない。そんな手応えがあった。
火
次の日の夕方、巴達山でつくったすべてのお茶をクルマに積んで山を降りる前に、章朗寨の村長の家に立ち寄った。レンタカーで町から迎えに来てくれた北京人の茶友が巴達山初訪問だったので、村の見学を希望していた。
たまたま村長の息子が玄関に居た。
「北京の茶友が茶葉を買うかもしれないから、試飲させて欲しい。」
そう言うと、素早く席を用意してくれた。産地訪問ツアーの団体客が来た直後で散らかっていたが、茶器をキレイに洗いなおしてくれた。
「春一番の自信作を飲ませて欲しい。」
どこへ行ってもそう言うのだが、自信作はすぐには出てこない。まずは3番目くらいから試される。試すつもりが試される。もしも3番目を満足して買うなら、売る側としてはとても都合が良い。
「渋いな、こんなはずないだろ。葉底が黄色い。古茶樹じゃないかも。」
そう言うと、倉庫の奥にあるダンボールからもっと良いのを出してくる。
2つ目のそのお茶は良かった。なかなか良いと褒めたら、章朗寨の村長の息子はヘンなことを言い出した。
「そりゃそうでしょ、あなたの選んだ茶樹だから。」
なにのことを言っているのかわからなかったが、しばらくしてピンときた。
昨日のおじさんの茶樹だ。
章朗寨の村長の息子はボツボツと話しだした。
昨日、森から帰ってきたアルバイトのひとりが、半分を横取りされたと言った。彼は昼ごはんも食べずに茶摘みの終わるのをずっと待っていた。
そう、あの男の子は村長の家が雇ったアルバイトだったのだ。
集めた鮮葉
上質な茶葉を採取するために、村長の家は今年の春に4人のアルバイトを雇って、森に入ってこれぞという茶樹の下で茶摘みを待つように指示して鮮葉を集めた。古茶樹といっても、剪定したり採光したり鍬入したりして産量を増やすと、森の香気や滋味は逃げる。さらに、近年は古茶樹の間に小さい茶樹を植えて混ぜてしまう農家も増えてきた。だから大きな茶樹の下で茶摘みを待つ方法でないと、本来の味を再現できない。
村長の家もまた、森のお茶の味を認めているのだ。
「アルバイトが鮮葉を集めるやり方で、今年の春は何キロのお茶をつくった?」
そう聞くと、
「200キロ弱です。」
と、村長の息子は答えた。
章朗寨の森
章朗寨の森の古茶樹
4月5日から4日間、章朗寨の森で採取してつくった自分のお茶は合計13キロほどで、200キロからしたらたいしたことはないが、茶樹の下で待つ方法で鮮葉を集めた人が他に居ないとしたら、本来は2トンか3トンあるはずの春の古茶樹のほとんどが、すでに本来の味を失っているということかもしれない。
1本の古茶樹に1キロ分のお茶がつくれると計算したら、200キロは200本分。たった200本を奪い合うことになる。
こんな仕事、辛すぎる。
真実を求めるのが難しすぎると、過剰な競争をしたり、勝利をウリにしたり、真実を証明するのに余計なお金がかかったりして、その副作用が生じてくる。めぐりめぐってお茶を飲む人にもなにがしかの負荷がかかるだろう。
この出来事は、自分の中でひとつの区切りになった。競争を避けることをもっと強く意識しようと思う。
さて、このお茶を試飲してみた。
章朗古樹春天散茶2016年
章朗古樹春天散茶2016年
思ったほど美味しくはない。特別なことなどない。それどころか、抽出の時間を長くとると強い渋味が出てくる。
自然環境も茶樹も采茶のタイミングも製茶も天候もカンペキだった。お茶の味にはたしかに健康な森の味が宿っている。製茶における欠点はこれといって見つからない。それなのにたいして美味しくない。
北京の茶友は村長の家のと「差不多」(たいして差がない)と評価した。そして彼はどちらも買わなかった。
もしかしたら2016年の春の巴達山のお茶はどれもたいして美味しくないのかもしれない。2012年の春はもっと美味しかった印象がある。
お茶の味の秘密は尽きない。
葉底

ひとりごと:
結果的に漫撒山から巴達山に移った判断は間違っていたのだろうか。
いや、そうじゃない。巴達山に移った結果を良くしてゆくことは、これから先にもできる。

一扇磨春の散茶2016年 その1.

製造 : 2016年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの茶壺
空と雲
晒干のお茶
空と雲

お茶の感想:
春のお茶づくりのまっただ中、いったん山から降りて休むことにした。
2日間ほど天候が悪くて天日干しができない。
体力も限界に近い。
今年の春は例年にくらべて2週間遅れで第一波(初摘みのこと)が来た。現在3月25日だが、まだ3月11日くらいの感覚。この先2週間ほど春が続く。ということは、4月12日の撥水節(ダイ族のお祭りで、夏の雨季の訪れを告げる)がクライマックスで、森の影にひそんでいる大きな単樹などは4月4日の清明節後がピークということになる。栽培に人の手が加わらないで、さらに樹齢が古いほど芽の出るタイミングが遅い。雨が早いか新芽が早いか。
今春は天候がよくて、前半戦の早春は香り高いお茶がたくさんできた。といっても、当店のオリジナルは13キロほどしかない。2つの茶山を行ったり来たりする移動に時間が掛かるから、実際に現場にいた日数は6日間しかなかった。計算すると1日平均2キロほどしかつくれていない。
まあいい。
もっとたくさんつくる手はいろいろあって、一応検討してみたけれど、すべて却下したのは自分の意志だから気持ちはスッキリしている。
去年に続いて今年も茶樹の周囲の環境に注目したお茶づくりをする。森のお茶、もっと遠く、もっと深く。
西双版納はメコン川を境に東と西の茶山がある。
東の茶山は、漫撒山の典型的な原生林の残る「一扇磨」とその隣の「香椿林」に狙いを絞ることにした。一軒の農家に泊まりこんで、どちらも通える。
森のお茶
新芽
「弯弓」・「刮風寨」・「同慶河」・「曼松」・「倚邦」・「革登」・・・名前を出すだけでファンの興味を惹く有名茶山は、それなりに風味の個性もあって面白いけれど、そういうのを揃えて売る仕事はやりたい人がゴミの山ほどいる。他人のつくったお茶に良いのがあれば仕入れることにするが、本気で探したらゴミの山から宝物を見つける仕事になる。
西の茶山にも「老班章」・「老曼峨」・「那カ」・「帕沙」・・・と有名茶山はあるけれど、これも無視する。自分は巴達山だけで精一杯。
山を知るには、たくさん歩いて斜面ごとに異なる土質・水・空気・植物・生物・気候などからなる生態環境を知り、そしてお茶づくりをとおして茶樹や茶葉の個性を知り、それだけで何年も掛かりそうなのに、あっちの茶山こっちの茶山と飛び回っていたら何年かかっても辿りつけないだろう。
自分はお茶博士でなくてもよいし、品揃えの多い商人でなくてもよいし、お客様も友達も少なくてよい。歩いて山を登りたいのだ。その一歩一歩が目的であって、山頂まで飛行機でビューと行ってしまうのが目的ではない。ときには道に迷うこともまた大事な一歩かもしれないから。
自分にアドバイスしたがる周囲にいる中国人の茶友がうるさくて、仕事の邪魔になるので、この時期は彼らも遠ざける。
殺生
殺生の火
揉捻
中国どくとくなのかお茶業界なのか西双版納なのか、どうか知らないけれど、現場には仕事の邪魔をする人が必ずいる。嘘をついて粗悪な茶葉を売る人、他人のモノを盗む人、横取りを狙う人、他人を利用して自分の商品を売る人、などなど。自分と同じ立場の茶商にとくに多い。その根底には、自分よりも他人の認めるものに価値があるとする感覚が見える。もっと自分の感覚に自信を持てばよいのにと思う。中国のSNSの微信やなんかで店長ふじもとの名前や写真が出てきても、その写真のほとんどが盗み撮りで、文章は信用ならないと思ってほしい。
ま、こういうイライラさせることも、もしかしたら自分のお茶を強くするチカラとなるかもしれない。逃げないで様子を見るほうがよい。そんな気がする。
今日はできたてのこのお茶。
『一扇磨春の散茶2016年』(仮名)
晒青毛茶
180gサイズの小餅に圧延して売りたいと思う。
2016年3月21日の初摘みのお茶。
この日、自分は香春林の森に入ったので、農家のお父さんとお母さんが取りに行ってきた。苗族はすでに山に泊まり込みで茶摘みしている。毎日2回山に入って鮮葉を持ち帰る。
以前に見学したこの茶地。
+『一扇磨単樹A春の散茶2015年 その4.』
樹齢数十年の小茶樹と200年を超える古茶樹と混生しているので、茶摘みが厳密に分けられない。ただ、茶葉の様子でだいたいの樹齢が判断できる。古茶樹の特徴の見られる茶葉の多い袋を選り分けて製茶する。なので100%古茶樹とは言えない。とりあえず生態茶と呼ぶことにする。
泡茶
葉底
口の中で炭酸の泡が立つような爽やかさ。
森の霊気がしっかり宿っていると思う。

ひとりごと:
茶摘みがはじまるちょっと前に丁家老寨の農家に挨拶に行った。のんびり春の準備中だったから、いっしょに農地を歩いてお昼ごはんを食べて、お酒も飲んで、なごやかに午後を過ごした。
丁家老寨は森の木を切りすぎて太陽の強烈な光が茶樹にあたって、茶葉の産量は稼げるけれど森林の香りや味は逃げる。農家はその道を選択したのだから、なにも言うことはない。
山のごはん
ところで、丁家老寨は漢族の村ということになっているが、実はワ族の村で、漢族と思っていた彼らはワ族の血を引いていて、身分証明書にもワ族と書いてあることがはじめてわかった。なぜ漢族の村ということになっているのだろう?
お酒のチカラでいろんな話が出てくる。辺境地の歴史は複雑で、かつてラオス経由で茶葉を密輸出していた話もそうで、後から後から史実が湧いて出てくるから、文章をまとめるのはもっと先にしようと思う。
たぶん、まとめられないまま終わる。

香椿林早春の散茶2016年 その1.

製造 : 2016年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 漫撒山の農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの小さめの茶壺
香椿林の森上
香椿林の森下

お茶の感想:
香椿林の森に入る。
「一扇磨」と「弯弓」の中間くらいに香椿林がある。
とおい昔に人間とお茶の樹が出会ったとされる、そのままの姿が残る森。
世界中のほとんどのお茶どころは、茶樹が選んだ場所ではないところに茶樹が植わっている。人間の都合が選んだ場所。長い長い年月を経て茶樹が品種特性を少しずつ変えて適応してきたから、今日のお茶がある。
西双版納の森はそうじゃない。
茶樹が自ら選んだ場所に茶樹が生息している。そんな森が今でも残っている。
森の上
森の下
「森のお茶」と呼ぶのはそういう自生の茶樹である。人間の都合で選んだ場所ではないから、たいがい山の深いところになる。
茶樹という植物はなぜか、特別な環境にしか住みたがらない。山のいたるところに見つけられる他の植物たちとは、ちょっとちがう生き方をしている。
どんな場所を選んで住むのか?
まだうまく言えないけれど、森のお茶と何度か出会ううちに、なんとなく分かるようになってきた。
茶樹が住んでいそうなところと、そうでないところ。
森の樹々上
森の樹々下
山に入って谷を渡って斜面を登って林をぬけて尾根を超えて、斜面を下って林をぬけてまた谷を渡って斜面を登って林をぬけて・・・・植物たちの生態が変わる、空気の温度が変わる、肌触りが変わる、香りが変わる、光線が変わる・・・・これらの条件がピタッと一致する特定の場所に茶樹が住んでいる。
香椿林の森と向かい側の一扇磨の山
そこは人間にとっても心地よいところ。
山歩きに疲れて、ちょっと一休みしたいと思うようなところ。いったん腰を下ろしたら、もうちょっと居てみたいと思えるところ。
傾斜がきつくて見晴らしがよくて、林をぬけるやわらかな風が吹いて、大きな樹々が太陽の強い光線を遮って、地面が適度に乾いていて、谷底から沢の流れる涼しい音がとどくところ。
香椿林の沢水
馬の背
香椿林の古茶樹
香椿林古茶樹上
香椿林古茶樹上
香椿林の茶摘み
香椿林の古茶樹
古茶樹の幹
そう、茶樹は植物の王様。山の一等地に住んでいる。
そんな香椿林の森から2016年春一番のお茶。
『香椿林早春の散茶2016年』
香椿林早春の散茶2016年
香椿林早春の散茶2016年
山に入る2日前に、農家がほんの少しだけ新芽・若葉の出た茶樹を見つけて鮮葉を摘んできて、殺生して天日干しした晒青毛茶が50gほどできていた。少ないので売りモノにはならない。
香椿林早春の散茶2016年
シュワシュワと泡が弾けそうなくらい爽やかな口当たり。
茶気の充実。春の花の甘い香り。
香椿林早春の散茶2016年
香椿林の森はオフロードバイクで1時間ほど山を登って、そこから山歩き2時間。往復6時間の道のりである。道のりが遠すぎて、お茶を摘む時間もお茶をつくる時間もなくなるから、来週から山に住み込んでの茶摘み専門係を苗族たちが担当する。鮮葉を運ぶ係を彝族のバイク少年たちが担当する。自分と製茶農家の漢族の青年は全工程を管理するために村と森を行き来しながら製茶係を担当する。
決起集会はしないけれど、これから2週間ほどチームは一丸となる。
平均年齢28歳くらいかな・・・。
体力勝負の森のお茶づくりに、じじいの出番はないのだ。そこが気持ち良い。じじいはあっちへ行け!
バイク

ひとりごと:
45歳の自分は、あと何年この仕事に耐えられるだろう。あと何年でじじいになるのだろう。じじいになりたくないなあ。
引退宣言をしなくても、自分のつくるお茶から森の味が去る日がくる。


茶想

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