プーアール茶.com

白牡丹生態茶2014年 その5.

製造 : 2014年4月
茶葉 : 福建省福鼎市磻溪大白茶種
茶廠 : 福鼎の農家
工程 : 白茶
形状 : 散茶
保存 : ステンレス茶缶
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・鉄瓶
鉄瓶

お茶の感想:
鉄瓶の湯の熱には粘りがある。
保温力というか持続力というかすぐに冷めにくい感じ。
鉄瓶から注いだ茶壺にも、茶壺から注いだ茶杯にも、熱の粘りはつづいている。
これを高温という言葉で表現すると、熱にデリケートな茶葉を煮やしてしまいそうだが、そうはなりにくい。
高温ながらやさしく熱が伝わる感じ。
熱にデリケートな茶葉で試してみたくなって、白茶のこれ。
『白牡丹生態茶2014年』(卸売部)
本当は、プーアール茶の生茶も熟茶も紅茶も熱にはデリケートなのだ。
プーアール茶というと基本は高温で煮出すと教えられることが多いから、なにも考えずに淹れていたら多彩な風味に出会えない。
ところが、高温を否定すると、ちょっと温度を下げてみるか・・・となりがち。
そうじゃない。熱の伝わり方が問題。
茶壺
この白茶は2014年ですでに3年経っていて、熟成による香りの変化が現れている。かすかに漢方のようなスパイスの薫るいい感じだと思う。
ところが、この香りはちょっと温度を下げた80度くらいでは眠たくてピンとしない。しかし、沸き立ての湯を注いで90度以上で蒸らすと、とくに茶壺のように保温力のある茶器では酸っぱくなりやすい。渋味も出て甘味が少ない。これを煮え味と呼んでいる。
香りをとるか味をとるかになってしまうのは、温度の問題と考えるからだろう。
例えば92度の湯を注ぐとか、ピッタリな温度設定があるのかもしれないが、気温や茶器のコンディションは毎日変化しているので、別の日は94度でないとダメという具合に変動する。なのでピッタリな温度や時間の設定は、正確なようで正確ではないのだ。
そこで、鉄瓶の湯の熱の粘りに期待してみる。
例えば、熱い湯の風呂にザブーンと入ったら火傷するけれど、かけ湯して皮膚を慣らしながらそっと入ったら大丈夫。
同じ温度でも熱の伝わり方が違うと、熱による変化の結果も異なってくる。
鉄瓶から注ぐ湯の落ち方。
茶壺の中での湯の熱のまわり方。
茶葉にやさしく熱が伝わるカタチをイメージする。もちろん沸きたての熱い湯で淹れる。
チェコマルちゃんの急須
チェコマルちゃんの急須
チェコ土の茶壺は底が広く浅く口がつぼんだ急須タイプを選んだ。
湯の熱は上に上がる。茶壺がタテに長いのは湯の温度が直接的に茶葉に伝わりやすい。底が広く浅いのは湯の熱が反射したり逃げたりして間接的になる。
また、底が広いと茶葉がゆったり広がる。茶葉に伝わる熱が均質になりやすい。
湯を注いでしっかり温めてから湯を捨てて、もういちど熱い湯を注いで半分くらい。妥協のない熱い湯である。
白茶を淹れる茶葉を浮かべる
その上から茶葉を入れて浮かべる。茶葉は自身の重さでじわじわ沈むのを待つ。浮いているのはそのままで無理に押し込まない。蓋をして蒸らすと乾いた茶葉が湯に馴染みながらゆっくり沈む。
風呂の熱い湯に片足ずつそっと入るのと同じように茶葉を熱に慣らす。
3煎め
3煎めくらいまで浮かんだままの茶葉があるが、それでも放っておく。
浮いている茶葉が蒸気で蒸らされる空間を残すように湯の量を調整する。この空間を湯で占めてしまうと熱のまわりが直接的になりやすい。
湯を注ぐところを開ける
湯を注ぐところを空けて、茶葉に直接熱い湯を落とさないようにする。
やはりこれで煮えることなく酸味は出ない。香りは生き生きとしている。
3煎・4煎とすすめても甘味・旨味はひかえめで新鮮味がある。4煎めくらいでちょっと渋味が出たが、こんなものだろう。
白牡丹生態茶2014年
白茶
白茶は前菜のサラダのようなお茶。じっくり味わうメインディッシュなお茶ではない。サラッとした味の印象のまま、ちょっともの足りないくらいで終えるのがカッコイイと思う。
逆に、鉄瓶の湯の熱の粘りをじっくり茶葉の芯に伝えて、甘味や旨味を引き出したいときは、湯を茶壺の口元いっぱいまで注ぐか、縦長の茶壺を使うとよいかもしれない。別の機会に試してみる。

ひとりごと:
ふと思いついて、紅茶を淹れてみた。
このお茶。
+【漫撒一水紅餅2016年】
漫撒一水紅餅2016年
漫撒一水紅餅2016年注ぎ
漫撒一水紅餅2016年
茶壺の口もといっぱいまで湯を注いでじっくり抽出したら、やはり煮えて酸味が強くなった。

7581荷香茶磚97年 その8.

製造 : 1997年
茶葉 : 雲南大葉種晒青茶景谷茶区
茶廠 : 中国土産畜産雲南茶叶進出口公司 昆明茶廠
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 磚茶
保存 : 西双版納 乾倉
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・茶杯・鉄瓶

お茶の感想:
もしかしたら鉄瓶と白磁の蓋碗の相性がいまいちかもしれない。
昨日淹れて思ったのだけれど、質感が違いすぎる。
白磁の蓋碗
音が響くように熱が響く。
厚くて重い鉄に響く音と、薄いガラス質の白磁に響く音と、その違いはなんとなく想像できるだろう。
熱もそのように響き方が異なり、茶葉への浸透のしかたが異なり、出てくるお茶の味が異なる。
鉄瓶
鉄瓶肌
この写真を見てもなんとなくそう思うだろ。
白磁と鉄瓶はあまりに異質だ。
鉄瓶の響きはゆったりしていて、チェコ土のマルちゃんの茶壺の波長と似ている。
高温で焼き締められた石のように硬い石器。
チェコ土の茶壺
チェコ土の茶壺
こういう感覚って大事。
うまく説明できなくてもよい。お茶の味という現物でもって自分の感覚をそのまま人に伝えることができる。
今日は熟茶で試すから熱量をしっかり茶葉に伝えたい。保温力のあるチェコ土の茶壺にした。
見かけは異なるが土質はほぼいっしょ。内側の釉薬はなし。
この土質はお茶との相性がよいのか、釉薬なしのほうが素直な味になる。
チェコ土の茶壺2つ
チェコ土の茶壺
公道杯は使わず、チェコ土の茶杯にそのまま注ぐ。
鉄瓶とステンレス電気ポット。
このお茶。
『7581荷香茶磚97年』(卸売部)
7581荷香茶磚97年
1980年代の製法を再現した、ちょっと実験的な作品。
新芽・若葉を避けて成長するのを待ってから采茶したような繊維の硬くなった茶葉の様子がある。揉捻で捻れないから開いたまま。茎の部分も多い。でんぷん質の多い秋茶ではないかと思うが、茶葉は季節や成長度によって成分構成が違うので、微生物発酵の工程にも影響してそれぞれの味になる。
1990年代からの熟茶は、味が濃く体感の熱いのが多い中、このお茶はサッパリしていて体感も涼しい。お腹の底から温まるが、夏に飲んでも暑苦しくはならない。
こういう茶葉のタイプは、遊牧民らがヤカンに煮出してバター茶などにしていたものなので、サッと湯を切るような淹れ方では成分が抽出しきれない。
茶壺で高温を長く維持したい。一煎ごとに湯を切ると茶葉が冷めやすいので、茶杯に注いで残った湯はそのままにして、上から熱い湯を足すようにする。
一煎め
左: ステンレス電気ポット
右: 鉄瓶
3煎めくらいまで、なぜかステンレス電気ポットのほうが茶湯の色が赤い。しかし味のボリュームの差はない。
口に含むと、やはり鉄瓶のほうの湯が熱い。3分以上蒸らし時間があっても鉄瓶は高温を維持している。
味の印象は異なる。ステンレス電気ポットは味や香りがバラバラでまとまっていない感じ。鉄瓶のはまとまっている。
いくつもの茶葉から上質を選ぶための試飲をするとき、口の中に広がる味や香りの方向を見る。方向がはっきりしているのは上等。例えば、上に抜けるとか下に沈むとか左右に広がるとか、どこか決まった方向のあるのがよい。バラバラで方向の定まらないのは上質ではない。そのように評価する。
今回は同じ茶葉なのにこの差が出る。
7煎くらいまで進めたが、茶湯の色の濃さや味のボリュームには差がない。どちらが特別に甘いとか苦いとかいうこともない。鉄瓶のほうが耐泡(煎がつづく)が良いというわけでもない。
ただ、味の印象が異なる。はっきり言えば、終始鉄瓶のお茶のほうが美味しかった。
葉底
葉底(煎じた後の茶葉)は同じ。

ひとりごと:
思っていたよりも鉄瓶は個性を主張しない。
湯が熱いからといって、お茶が濃く出たり特別に香りが立つというわけでもない。なにかを隠すこともない。そのへんあっさりしている。素直に出る。
これなら試飲用のヤカンも鉄瓶にしてよいかもしれない。
ガスで沸かしてアルコールランプで保温というフォーメーションもなかなか良い。
ステンレス電気ポットはもう使わなくなるな。
鉄瓶

章朗古樹春餅2016年・黄印 その2.

製造 : 2016年4月7日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 店長ふじもと
工程 : 生茶のプーアル茶
保存 : 密封
茶水 : 京都地下水
茶器 : 白磁の蓋碗・鉄瓶・ステンレス電気ポット
八角鉄瓶

お茶の感想:
今回入手した鉄瓶はすべて新品。
古びた感じに見えるが中古ではない。
専門店に教えてもらって、なるべく昔ながらの製法のを選んだ。
内側に漆が塗ってあり、漆と鉄が化合してできた黒錆(黒鉄)の膜をつくっている。これによって鉄を劣化させる赤錆の発生が防げる。
茶葉のタンニンと鉄の化合によっても黒錆はできるので、ときどき茶葉を煮て内側の膜を補強するとよい。
それにしても鉄瓶はデリケート。
湯を沸かした後にしっかり乾かさないで濡れたままにすると、次の日にはもう赤錆の小さなスポットが現れる。
茶葉を煮たらすぐにリカバリーできるが、鉄という素材は敏感というか不安定というか、見かけによらないところがある。
鉄瓶の錆
詳しい人の話では、鉄瓶で沸かした湯には鉄イオンが溶け出すらしい。ということは、やはり濃いめのお茶に個性が現れるはず。時間をかけて小さな火で水からゆっくり沸かしたり、茶葉の成分をじっくり抽出するのは有効なのだ。
鉄瓶で湯を沸かすだけでお茶淹れのいろんなバランスが変化する。鉄や水や火や空気の微かなサインを読み取らなければならない。
幼いころは水遊びや砂遊びに夢中になれて、万物と自分とのつながりを確かめていたけれど、大人になってからは水や火や土みたいな元素なやつに興味が薄れてしまうのだな。なぜだろ?あまり賢そうじゃないし、オシャレでもないしかな。
自然観察が楽しめたらお茶淹れは面白い。鉄瓶ならではのデリケートさも味わえるだろう。
そこが味わえないと、お茶淹れがただの作業になってしまう。
作業になると、正しさを求めたり合理的にやろうとしたり、つまらないものにしてしまう。
鉄瓶が機能的かどうか、プーアール茶を美味しく淹れられるかどうか、実はそんなことはどうだってよいのだ。お茶淹れそのものの味わいが味わえるかどうか。鉄瓶ならではの味わいを見つけられるかどうか。味わいの達人になれるかどうか。
章朗古樹青餅・黄印2016年
さて、今日はこのお茶。
【章朗古樹青餅2016年・黄印】
西双版納の孟海茶区から西へ、ミャンマーにかけて分布する古茶樹には共通した苦味がある。
苦くて、その反動で甘い。
この苦味が鉄瓶の湯にどう反応するのかが見どころ。
今回はステンレスの電気ポットと比べてみる。
ステンレス電気ポットと鉄瓶
久しぶりに白磁の蓋碗。
茶葉の重量もちゃんと計ってテイスティングっぽくなった。
鉄瓶は湯が沸くのに25分。
ステンレス電気ポットは3分20秒。
湧いてから、鉄瓶はアルコールランプの小さな火で沸騰状態を保つ。ステンレスの電気ポットは一煎ごとにスイッチを入れて再沸騰させる。
もちろん、鉄瓶の湯に鉄の味がするなんてことはない。念のため。
章朗古樹青餅・黄印2016年
左:ステンレス電気ポット
右:鉄瓶
茶湯の色はまったく同じ。
香りのボリュームにはほとんど差がなかった。
鉄瓶の湯は熱い。
杯を持つ指の感じでは5度くらいの差がある。
2煎め
3煎め
葉底(煎じた後の茶葉)の開き方が1煎めから違っている。写真は2煎めと3煎め。
水質が違う。
鉄瓶のは、口当たりまろやかで喉ごしに潤いがある。
ステンレスの電気ポットのは、”燥”。ドライでカラッとしている。
味わいは、金属の質感のもつイメージ通りで、鉄瓶のは重低音。ステンレスのは高音。音のような響きの違いがある。
ステンレス電気ポットと鉄瓶
苦味は鉄瓶のほうがよい。強いのに優しい。
ステンレスの電気ポットは若い味。鉄瓶は1年ほど保存熟成したような味に落ち着きがある。
なるほど、このような味の出方ならハツラツとしすぎた新しい生茶を飲むなら鉄瓶が適している。
耐泡(煎がつづく)は意外と同じ。
7煎くらい進めても、茶湯の色も味のボリューム感もほぼ同じである。
鉄瓶の煎が前倒しになって続かないというのは、錯覚だったのだろう。
次回は熟茶で試してみる。

ひとりごと:
多くの人がお茶淹れをあまり楽しめていないのではないかとうすうす感じていて、なぜそうなのかと考えてみて、こんな話になった。
機能性や合理性を求めるあまり、お茶入れが作業になる。
作業はつまらないから、いずれロボットにお茶を淹れてもらうようになる。コーヒーマシンがすでにそうか・・・。
なんでもロボットになってゆくと、作業にひそんでいた味わいが減るよな。味わいながら無意識に楽しんだり学んだりしているのに、もったいない。
ロボットメーカーの立場からは、日常に潜む味わいを無駄なこととして、まずは人々の意識から価値を無くしていって、もっとたくさんロボットを売ろうとするだろ。
機能性や合理性や正しさを主張している人は、実はみんなロボットメーカーの回し者で、味わい泥棒なのだ。

版納古樹熟餅2010年 その36.

製造 : 2010年7月
茶葉 : 雲南省西双版納州巴達山曼邁寨+章朗寨古茶樹2009年秋茶
茶廠 : 農家+孟海県の茶廠
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 乾倉
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 鉄瓶+チェコ土の茶壺
鉄瓶あられ

お茶の感想:
鉄瓶を探る。
濃く淹れても透明感のある味わい。
高温抽出でありがちなドライな刺激をしっとりと包み込む水質。
いろんなお茶を濃い目に淹れてみよう。
ということで、今日はこのお茶。
【版納古樹熟餅2010年】
版納古樹熟餅2010年
思い切って真っ黒に出してみる。
いつもは7煎くらいまで続けるところを、前倒しにして3煎めで切るつもり。
鉄瓶なら1煎めからフルパワー。3煎で出し切る配分は無理なくできるはず。
鉄瓶独特の熱の響きをつくるには時間を掛けてじっくり湯を沸かしたほうがよい・・・と信じている。
まずガスコンロの弱火で25分ほどかけて水から湯を沸かす。途中からシューン!という音が鳴り出して、底から小さな気泡が湧いて上下に対流する。気泡がだんだん大きくなって蓋のそでから噴く蒸気にチカラがみなぎる。
ガス火
ガス火の熱はまっすぐ上がり鉄瓶の底を突き抜ける。
上への直進力が強すぎる。水に強い刺激を与えるから、写真のように小さくトロトロした火で鉄瓶まで1センチ以上の隙間を空けたほうがよい。コンロの高さ調整ができるよう薄い五徳を敷く手もある。
沸騰するまでの時間、水は鉄から伝わる熱の響きを聞いている。水の粒子がそれを記憶する。
アルコールランプ
アルコールランプの火も親指の先くらい小さめ。
鉄瓶から茶壺に湯を注いでからも水の記憶はすぐに消えない。茶葉にその熱が伝わり抽出される成分にもなにかが響いている。
たぶんそういうことじゃないかなというようなお茶の味。
版納古樹熟餅2010年
版納古樹熟餅2010年
味のように体感にも違いがでてくる。
これだけ真っ黒く抽出してもサッパリしている。熟茶にありがちな暑苦しさはなく、むしろ涼しい。手前味噌ながら茶葉が良いというのもある。
茶酔いはゆったりと長い波で寄せてくる。
静かで落ちついた体感。
お腹の底を温める熱がいつもより力強い。
水が記憶する熱の響きは、おそらく体内にもなんらかのカタチで伝わる。
鉄瓶を傷めたくないので試さないが、強火で短時間で沸騰させたらお茶の体感も変わってくるだろう。いつも使っているステンレスの電気ポットは3分で沸騰するが、その湯でこのお茶を濃く淹れたらもっと辛くて暑い味になるし、体感はもっと衝撃が突然くる感じ。そうすると、昔みたいに炭火で湯を沸かすともっとやさしくなるだろう。
この熱の響きはお茶の成分を身体に”伝えるカタチ”をもっているのではないかと思うが、冷たいお茶では酔えなくなるので、水の記憶と熱とはセットで響いているのだ。
お茶は熱いうちに飲むほうがよい。
冷たいお茶を飲む日本人の習慣は、茶酔いを評価していないことがわかる。飲みものが身体にどう響くかに関心がないのだな。
鉄瓶

ひとりごと:
もしかしたら酒でさえ酔い心地を評価していないかもしれない。
舌先・鼻先の味や香りだけで評価していたら、大事なところを見落としてしまう。
つくっている人が大事なところを見てほしいと思っているお酒が飲みたい。

易武古樹青餅2010年 その34.

製造 : 2010年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒村大漆樹古茶樹
茶廠 : 農家+易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 京都陶器の茶壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 鉄瓶+チェコ土の茶壺
鉄瓶

お茶の感想:
お茶の良し悪しは酔いの質をみる。
茶酔いの快楽がいちばん価値あるところ。
舌先・鼻先でわかる味や香りはその次で、むしろ没個性でひかえめなほうがよかったりする。
人は快楽に上質を求めると、なぜかストイックになれる。
なにかの本で読んだが、アヘンがそうらしい。アヘン戦争のアヘン。
その効能を最大限に発揮できるよう、喫烟する一日前からなにも食ベない。酒もお茶も飲まない。コップ一杯の水だけでしのぐ。空腹時に酒を飲むと酔いが回るように、空っぽの身体にアヘンが回るとブッ飛べるそうだ。もしも身体に不純物が入っていると飛べなくなる。
たとえ裕福な人でも、美食・美酒をあきらめてアヘンの快楽に生きようとする。だから中毒者はガリガリになってゆく。映画などで貧民が生活苦から逃げるためにアヘンに溺れてガリガリというのは作られたイメージかもしれない。むしろ公務員など要職に就く人がアヘンに侵されるから社会に大きなダメージを与える。大英帝国の狙いはそこだったわけだ。
歴史の本によると、アヘンの喫烟は主に茶楼で行われていた。
交易で栄えた華やかし頃の中国の都市の茶楼は『千と千尋の神隠し』の舞台となる油屋みたいなイメージだろうか。カンフー時代劇でも出てくる木造の豪華な館。個室で寝そべり窓から表通りを見下ろしながら、食・酒・煙草・茶・女・音楽と、あらゆる快楽を嗜む。
タイの仏像
その中のひとつだから、茶酔いは他の快楽に負けられない。
茶葉を選んだり、道具をそろえたり、キレイな水を汲みに走ったり、湯を沸かすのに時間をかけたり、淹れ方を工夫したり、瞑想したり。茶酔いの快楽のためなら手間暇を惜しまない。犠牲をためらわない。
山深い霊気のあるところに育つ茶樹で、樹齢は300年を超えた高い幹のものを選ぶ。采茶や製茶はできるだけ人の手の汚れ(わざとらしさ)から遠ざけなければならない・・・など、現在にも残る価値観は味のためより茶酔いのためだとすると、あまり大げさな話には聞こえない。快楽を求めるストイックにはわざとらしさがない。
お茶は仏教と相性がよくて、禁欲的な生活をするお坊さんが茶を飲むイメージがあるけれど、お坊さんは茶酔いの効能が最大限に発揮されるコンディションを整えているという点で、ストイックな快楽主義者である。身体に不純物が入っている凡人とは違うレベルの酔いを体験しているにちがいない。お経を唱える声がムニャムニャとなにを言っているのかよくわからないのは、茶酔いにラリった状態を表現しているのかもしれない。
さて、長い前フリになったが今日から鉄瓶を試す。
鉄瓶八角
茶葉との相性もあるだろうから、いろいろ試してゆくとなると一年はかかりそうだ。長い旅は望むところだ。もっと遠くへ連れて行ってほしい。
茶壺と同じで使い始めは安定しない。内側の漆塗りや鉄の臭いがあるので、熟茶の茶葉を2回煮て”ならし”をした。それでも安定するには3ヶ月はかかるだろう。
湯はガスコンロの極小の火で24分かかって沸騰させる。それからアルコールランプの小さな火で高温を保つ。「シューン」と小さな音が鳴っているくらいの沸騰。
今日はこのお茶。
【易武古樹青餅2010年】
易武古樹青餅2010年試作品
湯の熱には響きがあるという話を「茶学」でしていたけれど、その理屈からすると鉄瓶の熱はお寺の鐘のようにゴォーーーンと低音で響く。
茶壺に注ぐ湯、茶壺から杯に注ぐ茶。ともに湯気がみなぎって熱量の高さが現れている。生茶は高温で煮やすと苦味・渋味が立ってしまうので、ちょっと心配だけれど思い切ってじっくり濃い目に抽出してみた。
易武古樹青餅2010年
茶湯の色からしても濃い味になったはずだが、口に含んだ瞬間は意外とあっさり。ややトロンとした舌触りながら透明感があり涼しい液体。と思っていたら、ちょっと時間差があって底の方から味わいが湧いてくる。
一煎めにして三煎めくらいの深い味わい。ゆったりと長い波長。チェコ土のマルちゃんの茶壺の波長ともピッタリ合う感じ。
ひとくちめにして「はーーーーーっ!」とため息が出て腹の底から息を吐きる。
香りは素直に出ている。アピールはおとなしめだが、これも長い波長で余韻が続く。
苦味の効き方はおおらか。二煎・三煎とすすめると春尖の辛味がでてくるが、煮えた嫌味はほとんど出ない。
ただ、後の煎が前倒しになる分、煎はつづかなくなる。四煎めで落ちてきた。
茶酔いはゆったりしている。
いきなりパーンと響くようなことなくじわじわ効いてくる。覚醒と眠くなるのとがバランスよく綱引きして、ボーっと窓の外の緑を見た。
7月の緑

ひとりごと:
鉄瓶は重い。
上の写真のは1750g+1000mlの水を入れると2750g。軽めのダンベルになって筋トレできる。
たぶん重さが理由で使わなくなる人が多いだろう。
ひとまわり小さいのも買ってみた。1450g+700mlの水で、それでも2キロはある。
ストイックにならないと快楽の上質は得られないのだ。
鉄瓶小
鉄瓶小

農薬について考える その6.

肌がベタつく蒸し暑い日は冷たいものを飲みたくなる。
冷やした水やお茶をゴクゴク飲んでみる。ところが、思ったようにダルさは消えない。夜はなかなか眠れない。
こんなときは意外と身体の芯が冷えていることがある。
水分補給は冷たいものよりも温かいもの。お茶は身体を冷やす生茶よりも温める熟茶がよい。
たぶんこういうことだと思う。肌がベタつく蒸し暑い日は空気中の水分が多く、皮膚から汗が蒸発しにくい。汗の排毒機能が落ちるせいか内臓が疲れてくる。エアコンで冷やして汗を抑えるよりも、いったん汗を流してシャワーを浴びたほうがよい。発汗を促す温の性質で、内蔵にもやさしい微生物発酵の熟茶が良い。
そこまで頭で考えなくても身体はわかっている。
どんなに暑い日でも身体が冷えているときは熟茶の甘味・旨味が心地よくスッと喉を通る。腹の底が温まってホッコリする。
逆に、暑い日は身体を冷やす生茶という決まった知識を押し付けても、いつもは甘いお茶を苦く感じたり、腹の収まりが悪かったりする。
熟茶
半分は外側。半分は自分の内側。
外側と内側の関係に注意することが、お茶を理解するということ。
医薬と農業を司る神の「神農」は、あらゆる植物を試して食中毒になりながらひとつひとつを理解したということだけれど、この話は、みんなが同じアプローチで勉強することを奨励しているのではないかと思う。
毎日食べるものや飲むものが自分にどう作用しているのか、ひとりひとりが一生かかって学んでゆく。
外側と内側は相対的なものだから、どちらかの関心が薄れると両方とも小さくなってゆく。どちらかの関心が高まると両方とも充実してゆく。
農薬について考える。
農薬について考えたくない人のほうが多いと思うが、それは自分の内側に関心を持てない人が多いということ。
農薬について考えなくてもよいから、まずは自分の内側に関心を持ってほしい。
自分の内側に関心を持つ人が増えると、産地では自然環境の健康回復に関心を持つ人が増える。
お茶だけの話ではない。すべての食べもの飲みものについて。

貢朝号三合社青餅07年 その1.

製造 : 2007年5月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山三合社古樹
茶廠 : 農家+易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 陶器の壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺
壺熟成
貢朝号三合社青餅2007年
餅面裏

お茶の感想:
雨の季節はしっとりしたお茶が美味しくなる。
茶葉のコンディションが変わる。人のコンディションも変わる。
ふと思い出して、壺の中に保存していたサンプルを試してみる。
『貢朝号三合社青餅07年』(未出品)
製造年が2006年だったか2007年だったか覚えていない。
易武山の町役場の職員が手元で熟成させていたお茶。
餅茶7枚モノ竹皮包み1筒×6筒=42枚/一件で竹籠に入って、部屋の隅に他の数件のお茶といっしょに積まれていた。
竹籠は埃をかぶって蜘蛛の巣だらけだったが、よくあること。品質に関わる問題ではない。
その部屋は閉め切ってあってもスキマだらけで乾燥は保てない。易武山は湿度が高いから、夏の雨季には湿度80%を越す日が多いはず。さらに、家庭の豆鼓(豆味噌)づくりをするのに、蒸した大豆をザルに広げて麹カビがびっしり生えるようなのを同じ部屋で見たこともあった。
豆鼓
豆味噌
(写真は乾燥し始めていて綿状のカビは消えている。)
微生物が活動しやすい温度と湿度があるということ。
味噌の麹カビはもちろん良性のものだが、黒茶の発酵の麹カビと同じとは思えない。
しかし、茶葉の赤黒く変色した様は微生物発酵をうかがわせる。
餅面表
餅面に光沢があるのは熟成の良いサイン。
もしかしたら易武山でも熟成がうまくゆくのでは?と思って、その後も易武山で個人所有の茶葉を何度も試してみたが、二度と出会えなかった。
同じような体験を同業者からも聞いたことがある。ひとりやふたりではないが、彼らもやはり二度と出会えていないから、なにか偶然が重なったときにだけうまくゆくのだろう。
その条件がよくわからない。
貢朝号三合社青餅07年
味はどうかというと、それほどでもない。
1970年代から1980年代の香港倉で熟成された孟海茶廠の青餅の足元にも及ばない。ただ、風味の中にところどころ共通したところが見つかる。共通したところの風味に経験を積む。保存環境や茶葉のコンディションとの関係をひとつひとつ見つけてゆく。たぶんそれしか方法がない。
葉底
葉底の新芽・若葉・茎の色がなるべく均一なほうがよいが、これは比較的良いほう。悪いサインの茎の黒焦げた色は見つからない。
プーアール茶の熟成の本場は広東省の沿岸部だが、2000年前後に香港倉が消滅してからは、これといった成功例が出ていないと思う。
最近テレビによく取材されている東莞市の熟成専門業者の茶葉のサンプルを入手したので、昨年の勉強会「その3 熟成」にて数人で試飲してみたが、たいしたことなかった。この『貢朝号三合社青餅07年』のほうがましなくらい。
台湾には今も正しい味の熟成茶があるはずだが、1990年代に一度は香港倉で熟成されたものを台湾倉に移動したのが多い。それは台湾倉の成功ではない。マレーシアやシンガポールも同じ。新しいお茶から熟成をスタートしなければ倉の良さが証明できない。
チェコの壺熟成
チェコのマルちゃんの工房で壺熟成中のオリジナルのお茶。
京都壺
西双版納・チェンマイ・京都・上海・広東・・・・じわじわといろんなところに壺熟成を拡散してゆく。
壺熟成は、壺の中の条件は同じでも壺の外の環境はそれぞれ。どこに壺を置くかでお茶の味が違ってくるから、そこが面白い。自分だけの熟成味をつくれる。
いつか熟成自慢のお茶会をしたいな。
熟成は現物をもって証明するしかない。例えば、自転車に乗れるのと自転車に乗れる物理学を説明できるのとは違う。説明できても一銭にもならないのだ。

ひとりごと:
どこかの小さなお茶屋さんが熟成を成功しても、その話は聞こえてこないだろう。少量の成功は常連客だけでシェして終わり。成功しましたよ!と世に知らせる必要などないから。
また、成功しても秘密にしたがるかもしれない。すぐにみんなが模倣するから。
でも、熟成は模倣が難しい。中国はコピー天国だけれど、もしもカンタンに模倣できるなら、かつての香港倉庫の黄金時代の味がとっくに再現できているはず。

弯弓古樹青餅2014年 その6.

製造 : 2014年05月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶崩し
保存 : アルミ茶缶密封
茶水 : 京都の地下水 
茶器 : チェコ土の茶壺
春尖の茶葉

お茶の感想:
熟成と「春尖」(chun jian)の関係を考える。
春尖とは早春の新芽・若葉のこと。
乾季の冬を越して根や幹や枝に蓄えられたエネルギーが新芽に集中する。
現在は春尖をたっぷり含んだ餅茶は少ない。茶葉の生産量が増えているからだ。
茶山や茶樹によって春の初摘みのタイミングは異なるが、春尖の採取できるのははじめの数日間だけ。春の旬は5週間ほど続くが、ほとんどは大きく育って春尖と呼べる濃度はない。需要が増えると農家の采茶は長期化する。つまり、晩春の茶葉の生産量ばかりが増えて春尖の割合は減る。
近年は多くの餅茶が早春から晩春の茶葉を混ぜ合わせて餅茶にするので春尖が少ないわけだ。
ところが、春尖が多いほど美味しいかというとそうでもない。
春尖が多いと味はピリピリ辛い。苦味がやや強い。体感も強い。
むしろ春尖が少ないほうが味も体感もやさしいくて飲みやすい。
例えばこのお茶。
+【祈享易武青餅2014年 その1.】
祈享易武青餅2014年
原料は一級品だが、早春から晩春までの茶葉が混ぜられるので春尖は少ない。森の古茶樹は日陰で育つものが多く、新芽・若葉の出てくるタイミングが遅くなる。どうしても春尖の割合は少ないわけだ。
大きめの新芽や茎
けっこう大きく育った新芽や硬い茎の部分が混じる。
しかし、味のバランスがよく、喉ごしやわらかく、体感もやさしい。ちょっと濃くしても美味しく飲める。
同じ年2014年の弯弓のオリジナルのお茶と比べてみた。
【弯弓古樹青餅2014年】
弯弓古樹青餅2014年
このお茶の春尖の割合は多い。
采茶は2014年3月15日頃と4月3日頃の2本の樹から行われている。後から考えると弯弓の古茶樹にしてはかなり早い采茶になる。比較的日光のあたる場所で育った茶樹がそうなりやすい。それゆえ早春のまだ乾燥した気候のうちに采茶ができて春尖の純度が高くなる。
弯弓と祈享
左: 弯弓古樹青餅2014年
右: 祈享易武青餅2014年
茶葉の大きさ。色の違い。
どちらも漫撒山の原生種に近い大葉種で、品種的な違いは無い。
春尖の繊維は小さく、柔らかく、茶醤と呼ぶ粘着性の成分が多く、圧延が緊密になりやすい。同じように圧延してもスキマなくガッチリ固まる。
泡茶
少し濃くしてみたら、やはり辛い。苦い。茶気がムンムンしていて喉からお腹にスッと落ちないで上がってくる感じ。しばらくしてゲップが出る。
アルコール度数の高いお酒に似ている。
40度のウオッカはストレートでゴクゴク飲めないけれど、6%のビールはゴクゴク飲める。
春尖の唯一良いところは水質がきめ細かく舌触りがツルンと滑らか。このために甘いと感じることもあるが錯覚だと思う。ウィスキーのストレートでも上質なのは甘く感じたりする。
春尖の葉底
葉底(煎じた後の茶葉)。春尖の繊維は柔らかく指でカンタンにつぶれる。
お茶好きであっても茶気の強いのが苦手な人はけっこう多い。女性やお年寄りはとくにそう。それなのに春尖にこだわる。
2014年の春は弯弓の茶葉のサンプルを多く試して、その中からわざわざこの茶葉を選んでいる。やさしい味のサンプルもあったけれどパスしている。
なぜ春尖にこだわるのか?
あまり意識しないでそうしていたが、振り返ってみると、老茶が自分の手本になっているからだ。
このふたつの餅面の茶葉の写真を見比べてほしい。
+【易昌號大漆樹圓茶04年】
+【7542七子餅茶80年代中期】
上が2004年の晩春の茶葉。色が薄い。黄金色した新芽が大きく育っている。
下が1980年代中期の早春の茶葉。色が濃い(黒い)。黄金色した新芽は爪の先ほどの大きさ。
1980年代のは春尖の多い特徴が現れている。
プーアール茶のいくつかのタイプの中で、1980年代のは清代の貢茶のカタチを継承する茶文化のお茶。交易で栄えた都市で販売されたお茶。生活のお茶ではなく嗜好のお茶。食・酒・煙草・薬草・茶。都市が求める快楽は生理的欲求から離れて、進化を欲求させなければならない。お茶は味や香りもさることながら、茶酔いに神聖なものを感じさせなければならない。
春尖にはそんなチカラが宿る・・・・というのが自分なりの見方。
熟成によって、強すぎる茶気は穏やかになるのか、熟成にどんなふうに有効なのか、13年後にははっきりするだろ。
易武古樹青餅2010年試作品
新芽が爪の先ほどの大きさ
『易武古樹青餅2010年の試作品』
黒っぽく艶のある餅面。緊密に詰まった茶葉。黄金色した新芽は爪の先ほどの大きさ。春尖の純度が高い。
追記:
春尖の茶気の強いのは、お茶淹れの技術である程度カバーできる。
白磁の蓋碗のような熱を逃がしやすい茶器でサッと湯を切るとか、保温性の高い茶壺なら煮やさないよう湯の温度を低めにするとか。なによりも茶葉の量をおもいきって少なめにしたらバランスは良くなる。

ひとりごと:
1980年代までは高級なプーアール茶はすべて海外に売られていた。外貨を稼ぐ国策で専売公社が香港経由で輸出していた。
人民元の価値がまだ安かったから、外国は中国の高級茶を格安で買えた。
日本人で中国茶=安いというイメージのある人は、このときの感覚がまだ残っているのだろう。
でも現在は違う。人民元が高いから。
この先、人民元が格安に思えるほど経済発展する国はあるだろうか?
おそらく世界中のどこにも、高級茶を安く買える人なんていなくなったのだ。

巴達古樹紅餅2010年 その20.

製造 : 2010年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山曼邁寨古茶樹
茶廠 : 農家+孟海の茶廠
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺
巴達古樹紅餅2010年

お茶の感想:
熟成のお茶をつくりたい。
20年モノ30年モノの老茶にはそれ独自の味があり体感がある。
長年熟成することによって茶葉は性質を変える。
生茶のプーアール茶は、とくに春の茶葉は”寒”が強いと言われるように身体の芯を冷やすが、30年も熟成させた老茶は”温”の性質に変わる。味わい深くなり、茶酔い心地も上質になる。味覚と快楽と薬効がひとつにつながる感じ。漢方にも共通する知恵がある。
熟成させるためのお茶づくりは、新しいうちに飲むためのお茶づくりとは異なるはず。
ところが、そのへんが曖昧なのだ。
プーアール茶には歴史の途切れた期間があって、教科書もなければ先生もいない。わからないことは自分なりに探るしかない。
そこで仮説を立ててみる。例えば、オリジナルのお茶では直射日光による晒干にこだわっているが、近年は半透明のビニールシートやプラスチックボード越しの日光で晒干するのが一般的になっている。雨を避けて製茶できて生産効率がよいからだ。なぜ直射日光かというと、太陽光線で茶葉の表面を焦がすため。その焦げが抗酸化作用をもって長期熟成に耐える・・・というのが仮説。
この仮説が正しいかどうかわかるのは20年後。2010年のオリジナルのお茶は今年で熟成7年目なのであと13年待つことになるが、できたらそれまでにちょっとでも確かなことを見つけたい。つぎの新しいお茶づくりに反映させたい。
ということで、熟成の観点でみてみる。
巴達古樹紅餅2010年
今日はこのお茶。
+【巴達古樹紅餅2010年紅茶】
紅茶であるが一般的な紅茶ではない。生茶のプーアール茶から殺青の工程を省いただけの製法。なので”生”な要素が多く残っている。ある意味で生茶よりももっと生。一般的な紅茶は機械乾燥の工程でしっかり熱をとおす。茶葉の成分変化を止めるために酸化酵素を熱で失活させる。このお茶は圧延加工の蒸気以外に酸化酵素を失活させるほどの高熱(70度以上)がとおっていない。蒸気はコンプレッサーで圧力がかかって100度を超えているものの、ほんの15秒から20秒しか蒸らさないので、茶葉の芯まで熱がとおるはずがない。圧餅後は乾燥室で乾燥させたが60度以下で12時間ほど。12時間のうち8時間くらいは常温に近いはず。内側に”生”が宿っている。
教科書的なお茶づくりからしたら邪道である。お茶として不安定すぎて完成していない。しかし、”生”な要素が長期熟成に有効だと仮定して、その”生”の意味が酸化酵素の活性を残すということであれば、この茶葉はサンプルとして面白い。いや、実際のところイケると考えて、2011年・2013年・2014年・2015年・2016年と同じ製法の紅茶をつくっている。
餅面の色はやや黒味が増したくらいでそんなに変化ないが、香りはかなり変わった。
鮮花のラベンダーのようなツンツンした香りから、ドライフラワーのローズを経て、ドライフルーツの杏っぽい香りになった。
巴達古樹紅餅2010年
お茶淹れはこだわると難しい。当然ながら熱に敏感だから。
できたてから2年目くらいまでは高温で淹れると辛味が立つ。
昨年の同じ製法の紅茶は、蓋碗に湯を注いでから茶葉を投入するという淹れ方を紹介しているが、茶葉が煮えてしまうほど敏感なのである。
+【章朗古樹紅餅2016年】
茶葉を煮やすと美味しさは半減する。
7年目の現在は、低温では味がバラバラでまとまらない。酸味が際立つこともある。高温でじっくり抽出するとまとまる。豊かにふくらむ。茶器は保温性の高い茶壺がよい。茶壺の中で熱がとおって味がまとまるのだが、この変化の大きさをみても熱に敏感に反応していることがわかる。しっかり熱がとおると香りに新鮮さが戻ってドライフラワーのローズくらいになる。
ピリピリ感はまだ健在だが潤いが増してまろやかに感じる。苦味・渋味の余韻が涼しく鮮味を感じるので、何も言わずに飲まされても7年目の茶葉とは思わないだろう。
チェコ土の茶壺でお茶淹れ
おもいきって濃くすると苦味・渋味が強いが、かすかにチョコレート風味の出てきているのが見つかる。
これはメイラード反応(常温の焦げ)によるタンパク質の一種が焦げた風味。老茶には必ずある。烏龍茶のように柔らかい炭火で焙煎した紅茶が福建省にあるが、それも同じようなチョコレート風味を持つ。炭火は高温なので数時間でメイラード反応を得ている。
体感は”温”を増してお腹がポカポカ温かい。背中の筋肉がゆるむ。茶酔いはゆったり穏やかになってきている。
このバランス。このセンス。7年熟成モノの中ではいちばん老茶に近い雰囲気があると思う。
もっとチョコレート風味が明らかになって味に深みが出ないと、老茶ファンを満足はさせられないけれど。
葉底

ひとりごと:
2015年の冬にこのお茶を機械乾燥して餅茶のまま焙煎を試したことがあった。
しかしこれは失敗。サンプルとして不十分。
火入れは丁寧にやさしく行わないと荒れる。荒れてサンプルにならない。
ただ、風味に涼しさを失ったのは確かだった。上手に焙煎された福建省の紅茶でも涼しさの点ではこのお茶に劣る。
プーアール茶の60年モノにも保たれている涼しさが、もしも酸化酵素を残すという意味での”生”であれば、生茶づくりの殺青をあまりきっちりやってはいけないかもしれない。最近みんなはこれをきっちりやりたがっているが、どうなのかな。

農薬について考える その5.

西双版納のある茶山の畝作りの茶畑では殺虫剤が使われている。
そこでは10年ほど前から使用しているらしいが、10年前から茶葉の虫食いが増えたためにそうしているらしい。
10年ほど前といえば2007年のちょうど大陸のプーアール茶ブームで需要が拡大した頃、新しい茶園が増えた時期と重なっている。さらに、この10年間は自動車のタイヤの需要による天然ゴムのプランテーションの開拓がすすみ、茶山周辺の森林を大規模に失ってきた。
茶葉につく虫を食べる小鳥たちが住むところを失う。地域全体が乾燥して気候が変わる。他の変化には気付きにくいが、いろんな生物や植物が住むところを失って生態系のバランスが崩れてきている。
化学薬品が使われる茶畑
生態系のバランスが崩れると殺虫剤の出番が増える。
農家の経済の変化も関係する。
四季折々いろんな作物をつくって半自給自足の生活をしていたスタイルが、収益の高いひとつの作物に集中して、その稼ぎで生活費を賄うスタイルへと変化してきた。マイカーを買う。家を新築する。子供を大学にやる。収入を増やさないとやってゆけない。
中国は農家一軒ごとに土地が割り当てられた小規模農業が中心なので、限られた土地で生産性を上げなければならない。高く売れる作物に労働力を集中させたほうが効率よい。村の誰かが有効な手段を見つけたら村のみんなに普及する。殺虫剤が有効となれば村じゅうに普及する。
殺虫剤をいちど使用した茶畑は、来年も再来年も続けないと食害が止まらなくなる。
生態系のバランスが崩れて虫の天敵が減ったことに加えて、茶樹そのものの体質が虫に弱くなってゆくことも考えられる。虫のアタックを防ぐために自ら免疫力をつくりだして虫の嫌う体質になろうとするのを殺虫剤が阻んでしまうのだ。人間の子供と同じで、過保護は病気への抵抗力を養う機会を奪うことがある。
部外者の我々は安易に考える。
例えば、自然栽培をアピールしたら消費者にその価値が理解されるのではないかとか。国が保護したり規制したりするのが有効ではないかとか。
生態系のバランスが崩れたまま無農薬を維持するなど実際には不可能なのに、矛盾をかかえたまま農家は板挟みになる。
西双版納は交通の便が良くなって観光者は年々増えている。有名茶山を参観するお茶ファンも増えている。農家は彼らにウケがよいように自然栽培を演出する。お茶ファンに見せる農地だけに自然栽培を保って、ちょっと奥へ入った農地では化学薬品をつかう。そうなると余計に難しい。カムフラージュされると外から問題を見つけにくくなる。国や自治体が管理するのもうまくゆかない。巧妙な隠蔽工作を増やしたり、内部から腐敗することもある。
相反する(ように見える)2つの問題が絡んでいる。
生態系のバランスを健康に保つこと。農家が経済成長できること。
ここに勘違いがある。
作物をひとつに集中させたほうが生産効率が良いという勘違い。
例えば、茶畑には茶樹しか存在しない状態のほうが、茶葉の生産効率は良いと考えられている。栄養を茶樹に集中させたいので、他の生物や植物はなるべく排除したい。
短期的に見るとたしかにそうした農家ほど生産性を上げて稼いでいるが、長期的に見るとそうでもない。量産しやすい農産物ほど市場での需要が飽和するのにそう時間を要しないから。
巴達山の生態茶園で試みられた、茶樹に寄生する薬草の栽培に面白い結果が出ている。
巴達山の茶園
茶樹の寄生植物
茶樹の寄生植物
茶樹の寄生植物
寄生植物に栄養が奪われて茶樹が弱るのではないか?
茶葉の生産量が少なくなるのではないか?
当初はそういう心配があったが、3年目の現在はぜんぜんそんなことはない。茶樹はむしろ元気で生産量は変わらない。気のせいかもしれないが他の茶園よりもお茶は薫り高い。
薬草のためにも除草剤も殺虫剤も使えないので、労働力を要して生産コストは上がっているが、その分は薬草の収入で賄える。茶葉だけ生産する無農薬栽培よりも薬草分の収入が多いことになる。
他の生物や植物と共生することで、なにかを失うがなにかを得ている。
ひとつの作物の生産性を見るよりも生態系のすべての生産性を見たほうが、生態系にある資産が活用できるということ。まだ知らないだけで莫大な資産が眠っている可能性がある。
農家がこの分野にもっと賢くなれば、化学薬品の使用は経済的にも不合理となる。


茶想

試飲の記録です。

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