プーアール茶.com

ラオス瑶族の散茶2013年 その4.

製造 : 2013年4月
茶葉 : ラオス古茶樹
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納ー上海密封
茶水 : メコン川の水道水を浄水器と大甕で濾過 
茶器 : 小さめの蓋碗
メコン川

お茶の感想:
ゴールデントライアングルのメコン川中流域はなんといっても「水田の味覚」。
米の栽培に関わるオーガニックの副産物がある。
「田螺」・「泥鰌」・「田鰻」・「川蝦」・「川蟹」・「小魚」・「鮒」・「鯉」・「鯰」・「スネークヘッド(雷魚)」・「蛙」・「合鴨」など、酒の肴になるプリプリのタンパク質。
「蓮の実」・「レンコン」・「慈姑(クワイ)」・「地梨(クログワイ)」・「菱角(菱の実)」など、ホクホクの澱粉質。
「水芹菜」・「西洋菜」・「紫蘇草(シソクサ)」・「黎蒿」・「川海苔」など、シャキシャキパリパリの繊維質。
川海苔
鯉
田螺
チェンライ・中華レストラン
蛙と香菜の炒め物
日本には水田がたくさんあるのに「水田の味覚」が少ない。
知らないだけかもしれないが、そのへんで買えないということは少ないのだろう。おそらく明治時代くらいまではあったのだ。
どう見ても日本の田んぼはあぜ道が少ない。水路が少ない。副産物となる生き物の居場所がない。それだけで自分はもう普及している市販の米が気持ち悪い。他の生き物との共存による有機物質の交換・循環を無くしてどうやって稲が育つのだろう?稲が自分で生産する以外の有機物をなにと交換するのだろう?肥料はどこのなにからつくられているのだろう?
ブランド米は香りや甘味や柔らかさで誤魔化して、本来あるはずの滋養を失っているとしたら、それを期待して毎日食べている人たちを裏切っている。
そこで仮説を立ててみた。
塩分が身体に悪いなんて嘘だ。
塩分の多い食事が成人病の直接的原因ではない。昔の人は塩分の多いおかずでたくさん米を食べて健康だった。現在の滋養の足りない澱粉質ばかりの米を塩分の多いおかずでたくさん食べていたらどうなるかはそのへんの医者でもわかる。
なぜ「米」のせいにしないで「塩」のせいにしたのだろう?
食べものから塩分を減らすことを奨励したせいで、いったいどれだけの多くの加工食品が保存料という毒物や化学調味料という不自然な物質を使うことになったのだろう?
米だけでなくおかずも危ない。
普通の食生活をしていたらそれだけで病人が増えるのだから、病院や医者はますます繁盛する。彼らはこれからも塩分控えめを奨励するだろう。
医者は責任をとらない。
食べものの責任は自分の口しかとれない。
たぶんこの自覚がみんなに必要なのだ。国や大企業の団体のヘンな認証を信仰するのは自由だけれど、その結果を背負うのは自分なのだから。
みんなが滋養のある米を求めさえしたら、日本にはそれをつくれる農家がいくらでもあると思う。そのときは「水田の味覚」もいっしょに求めたほうがよいし、虫がついていたらむしろ喜ぶべきだ。
今日は卸売部のこのお茶。
『ラオス瑶族の散茶2013年』
ラオス瑶族の散茶2013年プーアル茶
ラオス瑶族の散茶2013年プーアル茶
ラオスの人のもってくるお茶には鶏の羽毛が入っている。家の周りに放し飼いしているから茶葉を干している時に入る。当店で取り除いているけれど、それが嫌な人が買わないことを願う。
お茶の見方が変わってきている。
もっと山を見て選ぶようにしたい。有機物質の交換・循環のすばらしい山。風や雨がそこを通るたびに挨拶してゆくような山。そしてその因果からなるお茶の味。
熱帯雨林は有機物質の交換・循環の回転が速くて多くの生命が短命に終わる。そのなかで樹齢数百年という長寿はやはり山の王様的な風格がある。その樹から採れる葉っぱ。昔の人はこの長寿の植物に霊的な魅力を感じていた。
霊的な魅力の味ってどんな味?

ひとりごと:
小さなカフェの美人姉妹のほほえみ一発。
骨という骨の関節が外れそうになる。
タイ・チェンラーイ
タイ・チェンラーイ
タイ・チェンラーイ
タイ・チェンラーイ
タイ・チェンラーイ
タイは知らない美人がいきなりほほえみかけてくるから、ゆるみっぱなしなのだ。
チェンラーイにて。

ラオス瑶族の散茶2013年 その3.

製造 : 2013年4月
茶葉 : ラオス古茶樹
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納ー上海密封
茶水 : メコン川の水道水を浄水器と大甕で濾過 
茶器 : 小さめの蓋碗
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川もやし
メコン川

お茶の感想:
卸売部に出品中のお茶。
『ラオス瑶族の散茶2013年』
以前にこのお茶はあまり薫らないと書いているけれど、そんなこともないようだった。
薫るというより、気を吐く感じ。
ラオス瑶族の散茶2013年プーアル茶
ラオス瑶族の散茶2013年プーアル茶
ラオス瑶族の散茶2013年プーアル茶
もともと甘いお茶だけれど、最近またジューシーさが増したと思う。

ひとりごと:
山の人たちが自分たちで食べるためにつくる、
ゆっくり育てた米。
ゆっくり育てた野菜。
勝手に育った果物。
これらはなぜか「経済」や「教育」という新興宗教にハマっている人たちの口には入らない。
かまど
土曜市

漫撒古樹青餅2013年・緑印 その7.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山瑶洞古茶樹春茶
茶廠 : 農家+漫撒工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納紙包み+竹皮包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
メコン川の日暮れ

お茶の感想:
熟茶づくりの発酵を自分で試していたら、突然わかった。
いろんなことがいっぺんにわかって頭の中がぐるぐるしていた。
焦るな自分。
ちゃんと成果にするためにも、数年がかりで仕込むのだ。
この数日はほとんど毎日大きめのポットで熟茶を飲んでいたけれど、今晩はやっとひとり静かに蓋碗で淹れてみる気になって「緑印」にした。
【漫撒古樹青餅2013年・緑印プーアル茶】
漫撒古樹青餅2013年・緑印プーアル茶
漫撒古樹青餅2013年・緑印プーアル茶
漫撒古樹青餅2013年・緑印プーアル茶
この「緑印」も「弯弓」と同じく漫撒山の原生の品種。瑶族の古い地域。
この秋の「弯弓」の訪問で、原生の品種がより魅力的に思えるようになった。「緑印」の「瑶洞」は刮風寨の山に向かう道中で、まだ訪問していないけれど、お茶の味から山の様子を想像して楽しんでいる。「緑印」をつくった易武山の農家が瑶洞にバイクで草刈りに行って戻ってきた服に、そのときは夏だったから山蛭がいっぱいついていてびっくりしたことがあった。やっぱりそこも密林なのだ・・・。
最初に口に甘くて、でもあっというまに蒸発して、ヒリヒリ・シワシワした渋味・苦味が舌や歯茎のあたりに残る。その爽やかな余韻を楽しむのもつかのま、甘い記憶がじわじわと舌に戻ってくる。この波のような揺り返しをひとくちごとに楽しむ。茶菓子などで中断させたくないので、お茶だけで味わう。

ひとりごと:
ほとんど毎日市場へ行って山の季節のモノを仕入れては食べているけれど、この数日一番のヒットはこれ。
鶉の干巴
「鶉の干巴」は鶉を塩漬けにして干して農家の囲炉裏でスモークにしたやつ。秋の涼しい風が吹く頃から出てくる。軽く蒸して食べる。山の人が放し飼いしている鶉は骨と皮ばかりでほんの少しの肉も硬いけれど味がある。鶉の味覚は骨にあると思う。パリパリした骨をかじると一瞬だけ山椒のような香味を感じる。骨が硬いからパリパリした後は「ペッ」と吐きださなければならない。けれど、そこに山の人の醸した50度の辛い焼酎をキュッひとくちやると止まらなくなる。
野菜
野菜は山の人が篭に持ってくる自家菜園のもの。専業農家が畑でつくる量産モノはいらない。西双版納の場合虫食いのあるやつにはまだ虫がついている。爪の先くらいの緑の芋虫がスープに浮かんだりするけれど「没問題」。この虫は生まれてからずっと他の食べものや飲みものを知らずに、一心不乱に青菜だけを食べてきたのだから緑色食品と言える。もしかしたら、野菜を消化するための強力な酵素を腹の中にもっていて、それが僕らの腹の中の消化を助けるかもしれない。いつの日か虫食いの野菜よりも虫付きの野菜のほうが高くなるときがくる。
紅焼鯉魚
いつもの食堂に誰かが湖で釣ってきた野生の鯉が入っていたから紅焼にしてもらう。一匹450円。泥なんて吐かせなくてもキレイな水に住む鯉だからすぐに食べられる。西双版納の鯉はすばらしく美味しいのにあまり人気がないから安い。願わくばこの良さにみんなが気付かないままでいてほしい。鯉だけではない。西双版納にはすごい食材がタダみたいな値段で放置されている。お茶みたいになったら大変なことになるから、自分が死ぬまではあまり他人に話さないでおきたい。

弯弓秋の散茶2013年 その1.

製造 : 2013年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 丁家老寨の農家
工程 : 生茶プーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納ー上海 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 大きめの蓋碗
弯弓秋の散茶2013年プーアル茶

お茶の感想:
「良薬口に苦し」。
弯弓
弯弓秋の散茶2013年プーアル茶
「弯弓」のお茶は甘いけれど苦い。

ひとりごと:
弯弓に訪問した2013年11月07日。
ちょっとだけお茶を摘んだ。
弯弓秋の散茶2013年プーアル茶
バイクを飛ばして持ち帰って丁家老寨の農家で製茶した。
ほんの少しの晒青毛茶ができた。
2013年の当店のお茶づくりのテーマは「栽培」。
今年の締めくくりに弯弓のお茶の栽培について考えてみる。

漫撒山秋の散茶2013年 その1.

製造 : 2013年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : 丁家老寨の農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納―上海密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : グラスコップ
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
丁家老寨のカニ
丁家老寨のカメ
丁家老寨の老人
丁家老寨の眺め
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
茶の花
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
丁家老寨の夕暮れ
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶

お茶の感想:
スッキリ爽やかな甘味。
カラッとした辛味と甘くコクのある香り。
漫撒山の秋空のようなこのお茶。
【漫撒山秋の散茶2013年】
春のお茶の「喜びの味」を知りたいなら、
秋のお茶の「安らぎの味」を知っておくべし。
漫撒山秋の散茶2013年
キレイにつくってあるから洗茶はいらないので、グラスコップに湯を注ぐだけ。
飲んでいるうちに濃くなってくるので、湯を足して足して薄めながら飲む。
漫撒山秋の散茶2013年プーアル茶
この飲み方はくちびるに茶葉がくっついてきたりするけれど、その分茶葉と親密になる。フィルターを通さない味わい。
このコップは北欧製だったと思うが、厚みがあるので熱い湯を上までいっぱいに注がない限り持つ手が熱くならない。ボダムというメーカーの二重構造の保温グラスもよいと思う。

ひとりごと:
秋の味覚。
木の実
椎の実だろうか。
この時期に山の人が市場に来て売っている。

益木堂昔帰古樹小青餅2013年 その3.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省臨滄市昔帰古茶樹
茶廠 : 孟海恒邦手工制茶廠
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 紙包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶

お茶の感想:
旧六大茶山の「革登」のお茶を探る過程で、
まったく別の茶山の「昔帰」のお茶になにかを感じた。
昔帰のお茶は「蘭香」と呼ぶ花のような香りに特徴がある。
これが、意外にも軽発酵のすすんだ効果によることがわかってきた。
お茶の香りを左右するのは、品種・山の環境・土質・山の斜面の方角・茶摘みのタイミングなどなど様々だが、花や果物を連想させる甘味を含むかどうかは、軽発酵(茶葉の持つ成分変化)が関係していることが多いと思う。
生茶の原料となる「晒青毛茶」は、天日干しで仕上げる緑茶と言われるが、例えば易武山の一部のお茶のように軽発酵がすすんで青茶(烏龍茶)に近い雰囲気をもつものがある。長期熟成させていない新しいうちにこれを淹れると、色の出るのがゆっくりで、透明感があって、やや青っぽい色(赤味の少ない色)をしている。
「昔帰」のお茶にもその特徴がある。
益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶と漫撒古樹青餅2013年・緑印プーアル茶
左: 益木堂昔帰古樹小青餅2013年
右: 漫撒古樹青餅2013年・緑印
『漫撒古樹青餅2013年・緑印』は、農家が自主的に製茶したもので、当店の技術的な注文はない。この場合、近年の傾向として軽発酵度の低い、どちらかというと緑茶に近いお茶になりやすい。
『益木堂昔帰古樹小青餅2013年』も、同じように農家が自主的に製茶しているはず。それなのに、湯は軽発酵のすすんだ色を示している。
そこで、もうひとつ別のお茶と比べてみることにした。
益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶と漫撒古樹青餅2013年・黄印プーアル茶
益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶と漫撒古樹青餅2013年・黄印プーアル茶
左: 益木堂昔帰古樹小青餅2013年
右: 漫撒古樹青餅2013年・黄印
色の出方がよく似ている。
『漫撒古樹青餅2013年・黄印』は、軽発酵を意識してつくったお茶。
ただし、どちらかというと「味」における甘味を意識しているから、香りの華やかさは少ないかもしれない。その点で、「昔帰」の製茶技術は、はっきりと香りを意識している。
「昔帰」はまだ訪問したことがないが、おそらくこれを製茶する農家に特別な工夫など無いのだ。
いつものとおりに、他の茶山とおなじようにしていたら、勝手に蘭香が出てくる。
そんな感じ。
どうしてこうなるのか?
それが今回のテーマ。(・・・ふぅ、長い前置きだ。)
この違いは、卸売部に出品中の『南糯山古茶樹の散茶2013年』に見つけていた。
3月につくったのと、5月につくったのがあった。
同じ茶樹の同じ製茶技術で仕上げた晒青毛茶なのに、5月のお茶のほうが軽発酵のすすんだふんわりした雰囲気を持っている。
そのひとつの理由は茶葉の育ちの違い。
益木堂昔帰古樹小青餅2013年
写真: 益木堂昔帰古樹小青餅2013年の葉底(煎じた後の茶葉)
萎凋で甘い香りを引き出しやすいのは、新芽・若葉よりも成長した大きな葉。3月の早春の茶葉には新芽・若葉の割合が多くなりやすく、5月の晩春の茶葉には成長した葉が多くなりやすい。
しかし、それだけではない。
もっと大きな違いがある。
それは、製茶をするところの湿度や温度。
西双版納の南糯山は、3月中旬から茶摘みがはじまるが、はじまってすぐはまだ冬の乾季で、山の上のほうは重ね着をしないと寒いくらい。空気も乾燥している。ところが、4月中頃の「撥水節」を境に雨季に入り、日に日に気温が上がってゆき、いっきに夏になる。毎日のように夕立のような雨が降る。
この湿度と温度の違いが、軽発酵を促す萎凋の効果を大きく変えるのだ。
益木堂昔帰古樹小青餅2013年
左; 5月の晒青毛茶
右: 3月の晒青毛茶
「昔帰」はあまり海抜の高くないところにある茶山で、しかも真下にメコン川の流れがある。その蒸気が上がって来て、製茶場に特殊な環境をつくる。自然環境が半発酵をうながし「蘭香」を生む。そういうことじゃないかと思う。
つまりこれが、「昔帰」の山や茶の個性。
お茶の個性は、人が意図してつくるものではなくて、自然にあるもの。
製茶場の環境でさえ、自然に支配されているのだ。
ということは・・・・・
旧六大茶山の「革登」の話に戻って考えてみる。
革登茶山
革登茶山
昔からお茶をつくってきた農家と村をいったん失った茶山。
現在は季節になると近隣の村から山へ入って茶摘みをして、摘みたての鮮葉を売るだけの農家が多くなっている。鮮葉はその日のうちに山の下のほうへ運ばれ、製茶業者に販売される。製茶設備のある場所は「革登茶山」から離れたところで、同じ環境ではない。
革登のお茶につじつまの合わないものを感じてしまったのは、こういうことだろうと思う。

ひとりごと:
ダイ族の熟成壺をもういちど。
ダイ族の窯元
ダイ族の窯元
いや、できるまでなんどでも。

益木堂昔帰古樹小青餅2013年 その2.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省臨滄市昔帰古茶樹
茶廠 : 孟海恒邦手工制茶廠
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 紙包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
西双版納の野生の栗

お茶の感想:
山があって、
茶樹があって、
栽培があって、
製茶があって、
お茶となって、
運ばれて、
商品となって、
お茶淹れして、
飲む人があって、
この味わいがある。
ひと筋がつじつまの合うように繋がってほしい。
山や茶の個性を知り、製茶の技術を探り、美しさの観点を見つけ、お茶淹れのコツを探ってほしい。
もしもつくる人が、山や茶の個性を無視して今流行りの製茶で仕上げたら、良いお茶にはなりにくいだろう。
もしも売る人が、つくり手の山や茶の個性と向き合った考察を汲み取れなかったら、ただ右から左へ流れるだけになるだろう。
もしも淹れる人が、なにも考えずにいつものとおりに淹れていたら、輝く味の原石は埋もれたままになるだろう。
もしも飲む人が、心を静めて五感でお茶を味わえなかったら、山や茶の個性はあまり多くを語らないだろう。
お金を払うのだから、早くて・安くて・カンタンで、買う人になにも考えさせない配慮を求めるというのなら、ファーストフードやペットボトルにしてほしい。
お茶には「人格」がある。
つくる人も、売る人も、飲む人も、それを尊重するべきなのだ。
革登古樹青餅プーアル茶
お茶は遠くの異郷の地から運ばれてきた。
その運搬は、ただの荷物として、ただの重量物として運ばれたのではなかった。
紅河州の旅の、古い茶の道で出会った人々と交わした会話にそれを感じた。彼らは西双版納のお茶づくりに興味を持ち、山のこと、茶樹のこと、栽培のこと、民族のこと、製茶技術のことを知りたがった。持参した『巴達古樹紅餅2010年紅茶』をいっしょに飲んだら、もっと質問が増えた。
テレビもネットもなかった時代に、異国の山から運ばれて来たのは茶葉だけではなかったらしい。山の自然や民族の習慣、お茶をつくる人々の英知、中継して売る人たちの執念。これらをいっしょに運んだのだ。そのお茶を飲むと、異国の山の風が吹いた。山は茶となり、茶は飲む人の身体の一部となった。
昔の人々はそうやって繋がったのかもしれない。大学を出なくても、外国語がわからなくても、ネットをうまく使えなくても、外の世界と繋がることができる。
革登古樹
さて、前回からづつく、旧六大茶山の「革登」のお茶。
もういちど別の山のお茶と飲み比べてみる。
茶葉をじっくり観察する。味わいの違いを見つける。
現地を訪問する以外に、山や茶の個性を知り、製茶の技術を探るのはこの方法しかない。
選んだのは「昔帰」のお茶。
旧六大茶山からは北東に400キロ以上離れた臨滄市の茶山で、気候も地質も異なるが、メコン川中流が近くに流れ、あまり海抜の高くないところにあるのが似ているかもしれない。
革登古樹青餅プーアル茶と益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶
革登古樹青餅プーアル茶と益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶
革登古樹青餅プーアル茶と益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶
左: 益木堂革登古樹青餅2013年プーアル茶
右: 益木堂昔帰古樹小青餅2013年プーアル茶
いくつか新しい発見があったのだけれど、細かなところはさておき、「昔帰」のお茶のほうが山や茶の個性について、それに適した製茶について、よく考えられていると思った。つじつまが合っている。
やはりこっちか・・・・。

ひとりごと:
ダイ族の焼餅。
焼餅
元祖なれ鮓。
なれ鮓
なれ鮓は蒸して食べる。
米と鮒とを乳酸発酵させたホンモノ。
米とぶつ切りの魚の身との境目がわからないくらい発酵がすすんでいた。
同じく米でつくったダイ族の焼酎でちびちびやる。

易武大漆樹小青餅2013年 その2.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山麻黒大漆樹古茶樹
茶廠 : 農家+漫撒工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納紙包み+竹皮包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
革登
革登
革登

旧六大茶山のなかでも古い地域の「革登」。
そのお茶に「易武山の甘いお茶」の風味が健在だった。
【益木堂革登青餅2013年 その1.】
このつづき。
ふと思い立って、易武山のど真ん中のこのお茶と比べてみることにした。
【易武大漆樹小青餅2013年プーアル茶】
益木堂革登古樹青餅2013年プーアル茶と易武大漆樹小青餅2013年プーアル茶と
益木堂革登古樹青餅2013年プーアル茶と易武大漆樹小青餅2013年プーアル茶と
益木堂革登古樹青餅2013年プーアル茶と易武大漆樹小青餅2013年プーアル茶と
左: 益木堂革登古樹青餅2013年
右: 易武大漆樹小青餅2013年
基本的に風味は似ているが、いくつか違いがある。
まず、製茶の仕上げ。革登は「緑茶」に近い。易武は「青茶」(烏龍茶)にちょっとだけ近い。
現在はどの茶山も共通して「緑茶」に近い製茶がされているが、このお茶『易武大漆樹小青餅2013年』は、半発酵をすすめて少しだけ「青茶」(烏龍茶)に近づけている。
製茶は、茶葉の品種による個性に合わせて行われる。かつては行われていた。
そう考えると、もしかしたら「革登」と「易武山」のお茶は別モノだったかもしれない。
小葉種の古茶樹
「革登」と「易武山」も、同じ旧六大茶山の地域で、西双版納のメコン川を境に東側の孟臘県のお茶。直線距離にしたら30キロほどしか離れていないが、しかし、品種という観点で見た場合、「革登」・「莽枝」・「倚邦」と連なる古い茶山(現在は「象明」という地域になる)には、もともとここにはなかったはずの「小葉種」が森の古茶樹に多く混生している。
象明
「小葉種」は四川省から持ち込まれたとされているが、そのルートは先日旅した紅河州の建水県のあたりからの古い道。明代(1368年〜1644年)に漢族の南下政策があり、建水はその南の端の拠点であり、西双版納の孟臘県から一番近かった。
建水朝陽門
民間人としての漢族はもっと古い唐代(618年〜907年)から西双版納のお茶の取引をしていた。国と民間人の足並みがそろうのは、世界的な戦争があって後からのことで、それ以前は「祖国はあれど属国はなし」みたいな自由な生き方をしていた人が、辺境地ではとくに多かったのだ。13の民族がいっしょに住んでいる西双版納は今でもその雰囲気を残している。ちなみに自分もその仲間に入れてもらえるなら14の民族になる。
おそらく、明代から多くの漢族が入植することで、外地へ向けての取引が桁違いに拡大した。建水のルートから四川へ、紅河を下ってベトナムの海からインドやイスラム圏や西洋へ。
大きな需要をとらえるには、顧客の嗜好に合わせるお茶づくりが必要となる。四川から小葉種の苗を持ちこむことになるのは、自然のなりゆきだったと思う。
革登古樹
革登古樹
世界的なお茶の需要は、はじめは緑茶が多かったはず。それが紅茶や、あるいは紅茶と間違われたであろう青茶に代わってゆく。
もともと倚邦にあった老茶庄のお茶づくりが易武山へ移動したのも、その変化と一致している。文献には、倚邦の老街が消滅したのは火災や民族紛争などの説があるが、需要が続いていれば、また立て直したと思うのだ。
つまり、なにが言いたいかというと、象明地区の古い茶山は「緑茶」。易武山は青茶にちょっとだけ近い「生茶」。時代が変わって、需要が代わって、主役の交代があったと推測できる。
今日の飲み比べは、まさにその2つ。
革登は「緑茶」に近い。易武は「青茶」(烏龍茶)にちょっとだけ近い。
それぞれに美味しく、それぞれに甘い。
品種だけでなく、山の違いや気候の違いについても気付いたことがある。
つづき。
+【巴達古樹青餅2010年 その17.】

ひとりごと:
甘酒売りのおじい。
甘酒売りのおじい
しばらく見なかったので、あの世に行ったのかと思った。
元気で良かった。

益木堂革登古樹青餅2013年 その1.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県革登山古茶樹
茶廠 : 孟海恒邦手工制茶廠
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 紙包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
革登古樹
革登古樹

西双版納州孟臘県の旧六大茶山。
そのなかで隣接する2つの茶山の「革登」・「莽枝」は歴史の古いところ。
しかし、近年の人気はいまひとつ冴えない。
市場にもこの山の高級茶はあまり出てこない。
理由ははっきりしていて、古茶樹の産量は少ないし、お茶づくりをする農家も少ないからだ。
それは今にはじまったことではなく、清代からのこと。その時代に多くの茶農家が易武山へ移住した記録がある。
現在のこの辺りの村は新しくできた村で、昔からここでお茶をつくってきた人たちではない。茶農家の製茶場の設備や道具の乏しさからもそれがうかがえる。摘みたての鮮葉のまま業者に売って、業者はましな設備のあるとこへ運んでからまとめて製茶している。お茶よりも山の下のほうでできる天然ゴムのほうが良い収入になっている。
いったん消滅した茶山。
そんなことは、行くまでもなく人から聞いてわかっていた。
それでもここを訪問してみたのは、このお茶がとても甘いお茶だったから。
革登古樹青餅プーアル茶
革登古樹青餅プーアル茶
『益木堂革登青餅2013年』(卸売部で出品を検討中)
易武山の甘いお茶。それと同じ甘さがある。
飲んだ後から唾液が出てくる。記憶の中でもっと甘くなってゆく。
ここだけにしかない品種・気候・生態環境。
革登古樹
革登古樹
革登古樹
写真は道中の山の下のほうの熱帯雨林と河。
実際に行っていろいろ見て来た。
見たまま・嗅いだまま・触れたままを、生データとして脳に記憶した。
すぐにレポートを書いて結論付けたりはしないぞ。
ゆっくりじっくり思い出しながら、お茶を味わいながら、解析してみる。
つづく。
【易武大漆樹小青餅2013年 その2.】

ひとりごと:
ビールを飲んで羊肉串。
ビールを飲んで羊肉串
ビールを飲んで羊肉串
ビールを飲んで羊肉串
いい具合の炭だ。

漫撒古樹青餅2013年・青印 その12.

製造 : 2013年4月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 農家+漫撒工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納紙包み+竹皮包み
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
紅河県
紅河県

お茶の感想:
西双版納から昆明につながる高速道を降りて、紅河の蛇行に沿うように曲がりくねる国道をゆく。この川は国境を越えてベトナム北部の海に注いでいる。険しい山の落石やそれが開けた穴にビクビクしながら2時間半ほど車を走らせたら、太陽が山に沈んで暗くなってきたので、このへんで泊まろうと立ち寄ったのが紅河県の町だった。
下調べをしていない旅。道中で買った紅河州の地図には観光地としての紹介はない。
川沿いから外れて山の上へ向かう道をしばらく上がっていったら、こんなところになぜ?と思うくらい多くの住宅が山頂の稜線付近に密集していた。思ったよりも町はにぎわっていて、人々はなぜか裕福な感じだった。
ちょっとましなホテルを探して、隣の大衆レストランで地元の料理を食べて、食後に町を散歩してみた。
当然ながら急坂道と階段だらけ。
なぜこんな不便なところに住むのだろう?と思う。
紅河県
大通りの交差点に「古鎮」と書かれた看板があって、町のてっぺんを指している。見上げると、「人」の字を書くような特徴のある形の屋根にネオンがついている。
タクシーをつかまえてそこへ上がった。
説明によると古鎮はこの町の個人の邸宅跡ということだが、それはあきらかに要塞だった。大きな石を組んだ厚い壁が何層にもなっていて、ポツンと小さな四角い窓があって、弓や銃での戦闘態勢を静かに示している。
石の壁に隠れたようにある小さな門から入っていって、迷路のような階段を上がると、外見とは打って変わって穏やかな空気の流れる中庭へ出た。キレイに手入れされた盆栽が並んでいる。中庭をとりまく回廊に小さな部屋がいくつもあって、生活の匂いがした。たしかに邸宅。
この日は国慶節の休日だったせいか、大きなテーブルを囲んで大家族がそこで歓談していた。茶壺で丁寧に淹れたお茶を飲みながらトランプ博打に興じている。子供たちは回廊でかくれんぼをして遊んでいる。今も住人が居るのだ。豪族の末裔だろうか。
紅河県
他人の家に勝手に入って良いものかどうか、入り口で立ち止まっていたら、「どうぞどうぞ」と招かれた。
西双版納のような観光地だったらあきらかに入場料を求められるパターンだけれど、ここはお構いなし。一瞬だけ振り向いたみんなは「老外(外人)」とつぶやいて、またすぐにトランプに向きなおった。
回廊の部屋は3階まであって、その一番上へ上がってみた。
屋上にあたるそこは、外に向かった砦の壁と、内に向かった邸宅との間にあって、おそらく町で一番高いとこにある天空の見張り台だった。
ここにくるまで、中庭も階段も廊下も、足はすべて石畳を踏んで来た。太い木の柱が石の裏側に隠れるように通っていて、火で攻められても燃えない構造なのだ。
月もない暗い夜だったから、見降ろす景色は町の光くらいしかない。
けれど、吹き上げてくる暖かく湿った風は川の匂いを含んでいて、どの方角に紅河の流れる深い谷があるのかがわかった。風は町の生活の匂いもはこんで、人々がご飯を食べ終わった頃だということや、酒の匂いで宴会をしていることもわかった。匂いだけじゃない。人々の賑わう声も風の中に混じっていた。
ここが砦として機能していた時代には、川沿いから来る敵軍の馬の匂いや蹄の音を、風がはこんで来たのだろう。
戦いの地形。山頂に生きたのはそういうことなのだろう。この守備をカンタンに破れるはずがない。実際に、この砦は一世代で建設できるようなカンタンなものではなかった。何世代か続いて増築されていったと思う。
紅河県
見張り台から邸宅のほうを見ると、いくつかの建物が密集していて、屋根は「人」の字を書くような特徴のある形をしている。
この形を知っている。
西双版納州孟臘県易武山の老街の茶荘と同じ。
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お茶の来た道がつながる。
かくれんぼでコロコロ走り回る子供たちを見ながら、ここの将軍もそうしていたように、紅河から吹き上げる湿った風を味わった。
風の余韻がまだあるうちに、このお茶。
【漫撒古樹青餅2013年・青印】
漫撒古樹青餅2013年・青印プーアル茶

ひとりごと:
建水の豆腐は絶品。
おばちゃんがひとつひとつ炭火で丁寧に焼いてくれる。
1個4角。
建水
建水の豆腐


茶想

試飲の記録です。

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