プーアール茶.com

農薬について考える その4.

他人の食うもののことなど知ったことか!
というような他人への無関心、思いやりのない心が食品の安全や健康を損なってきた原因と思う。
自分の子供には食べさせたくないものを他人に平気で売ることができる。身内と他人を分けて考えられる。これは今も昔も世界中のどの国の人もそうで、人の本性だからひっくり返すのは難しいだろう。
企業のような組織はむしろそんな人の性質をうまく利用して自己の利益を追求する。
例えば、除草剤メーカーは農家さんのためになっても、農家さんのつくるものを食べる人や、山の生態系のあらゆる産物から糧を得て生活する人のためになるところまでは考えないし、まして野生動物や虫のことなど屁とも思っていない。除草剤メーカーからしたら農家さんは身内で、地域の人や食べものの消費者は他人ということだろうか。
例えば、食品の大手貿易商社は原産国の自然環境が破壊されてダメになってもまた別の国から輸入すればよいし、産地でどんなにひどいことがあっても消費地に知られなければ大丈夫と考えて大量生産されたものを安く売る商売ができる。消費者の健康については関心がない。身内となるのは稼ぎを分けている社内の人や取引先や投資家のみで、あとはみんな他人なのだ。
身内と他人。「内」と「外」をつくることによって自己のモラルの有効範囲を決められる。有効範囲内で”いい人”であればそれでよいとする。
もしも世界が身内ばかりで他人がひとりもいないなら戦争は起こらない。人類皆兄弟なら兄弟喧嘩はしても戦争にはならない。逆に言えば、戦争するために国がある。内と外を国境線で分けて揉め事をつくりたいのかもしれない。
もしかしたら宇宙人も兄弟かもしれない。彼らは兄弟を訪ねて旅行に来ることはあっても侵略という発想ははじめからない。そうするとハリウッド映画は成立しない。世界中の人の心のどこかに外の敵をつくりたい意識が潜むからこそ映画は大ヒットする。
外に敵をつくることで内への愛情を育む。アメリカのマッチョなおっさんヒーローみたいな感じ。この構造でつくられた愛情はどこか安モノっぽい。安モノを見抜く眼を養うために、もっと心理学や社会学が普及してほしい。
ま、宇宙人は冗談として、地球上のあらゆる生きものが身内だと考えることができたら、いろんな問題の解決は早いだろう。たぶん、大昔に仏教はそれを目指した。
ビワ
(無農薬のビワ。親戚から送ってきたもの。)
お茶づくりをとおして生態系のつながりを勉強するにつれ、山の自然と自分のお腹の中の健康はいっしょになってくる。山の自然の調子が悪くなってきたら、そこでつくられるあらゆる食べものの栄養が偏ってきて、それを食べる人のお腹の中も調子を崩して、やがて健康を損なう。
みんなも自分の食べものがつくられている土地の自然を観察してみたらよいのだ。自分のお腹の中が見えてくるから。自分のお腹の中に除草剤や殺虫剤を撒きたい人はいないはずだ。肥料たっぷりでメタボになりたい人もいないはずだ。
意識しなくても人の身体は健康を回復しようと頑張っている。それと同じように、自然も健康を回復しようと頑張っている。邪魔しなければよいだけ。カンタンなこと。
たまたま見たTEDトークにこんなのがあった。
+【ダン・バーバー: 魚と恋に落ちた僕】 
タイトルと内容は一致していない。
スペインの魚の養殖に自然栽培的な手法(餌をやらない。外敵から守らない。自然のままの環境を再現した養殖池。)の成功例を紹介して、現代農業は生態系の資本を有効利用していないのではないかと異議を唱えている。
自分にはこの例のような広大な土地を所有するチカラはない。けれど、仕事を休んで山の健康が回復するのを待つことはできる。農家と相談して小さな森林を守ってゆくことはできる。森林があれば、虫やカビにやられた茶樹は何年か放置していたら免疫力を高めて回復する。その免疫力こそがお茶の薬効や香りにつながることを証明することはできる。
気の長い話だ。けれどこの問題からは逃げられない。お茶がダメなら米もいいしワインもいいなと思っていたけれど、結局同じ問題が待っている。IT業界に転職しようが、ハワイに移住しようが、朝・昼・晩と食べるものの育った自然環境のことを心配しなければならない。自分の身体を心配するのと同じように。
どうあがいても他人ごとにはできない。

農薬について考える その3.

聞くところによると、台湾では”農地の茶樹を3年間放置した後の春の初摘み”というのが高く評価されているらしい。
3年も茶摘みをしないで周囲の草刈りもしないで放っておくと、茶樹は休憩モードに入って春に出す新芽の数が少なくなる。産量は少ないので高価になる。年に一度の春しか摘まない茶葉のさらに5倍の価格なら妥当だろうか。それでも欲しい人がいるので農家は仕事になる。台湾のお茶ファンの層は厚い。
その一方で、観光客向けの安いお茶を大量に栽培する農地は面積を増やす一方である。市場シェアのほとんどを占める。
台湾はお茶どころとして成熟している。過去に自然環境の荒廃を何度も経験してきて、二極化が鮮明になったのだろう。
雲南も同じようになってゆくにちがいない。
西双版納の産地でもそうした動きがある。
茶商やメーカーが農家から土地を借りて自分の思うように茶樹を栽培するのが流行りつつある。内容はピンからキリまであるだろうが、いずれにしても根本が大きく違ってくる。
西双版納の山
自然のままの自然ではなく、人間の管理した言わば”自然栽培の盆栽”みたいなものになってゆく。
植木鉢の中だけを管理する盆栽のように茶園に区切ったところだけを管理する。隣の茶園のことは知らないことにする。茶園であろうが茶山であろうが規模は違えど範囲を区切れば管理できる。地域の広範囲な環境破壊から茶樹を守るのはその手しかないだろう。
でも本当は、山の生き物や植物はすべてが繋がっている。隣の茶園も隣の山も谷も平地も・・・境界線とか土地の区分とかは人間の都合でつくった概念でしかない。自分の茶園だけいい顔をしても健康な自然は戻ってこない。そうと知っていてもそうするしかない。それしかできない。地域全体の環境や人々の生活が大きく変わってゆく流れは誰にも止められない。
結局、農薬の問題も他人の問題というふうに線を引いてしまうのだな。

倚邦古樹晒青茶2017年 その1.

采茶 : 2017年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明倚邦山小葉種古樹
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺
倚邦古樹晒青茶2017年

お茶の感想:
早春に茶友が農家から拾ってきたお茶。
采茶は3月15日頃かと思う。
古茶樹の旬のはしりだが、その後すぐに長い雨になったから、2017年春の雨の前のはこのお茶だけ。
今年の茶摘みの第一日目の分、晒青毛茶にして1キロ弱。
現地の茶友たちと分けて飲んで終わり。市場に流通するわけがない。
自分の手元には5煎分来たが、美味しいから3日でぜんぶ飲んでしまった。勉強会のサンプルにできたのに・・・・。
そういうわけで、今年は新茶をテーマにした勉強会ができなくなった。
3月中頃の試飲からすでに2ヶ月も経過しているが、ちょっと思い出して、そのとき感じたことを記録しておこう。
倚邦茶山
旧六大茶山の倚邦には小葉種の古茶樹がある。明代に漢族が南下して持ち込んだ品種。中国の都市の茶文化の市場に向けたお茶づくりのはじまりである。
倚邦は現在3つの村に分かれていて、茶地(山)も3箇所に分かれている。
ちょうど真ん中に位置する村は昔の石畳が残っているので有名だが、茶地にも村にも除草剤を使用している。
【倚邦古茶樹 写真】
村長の管理が悪いのだと思う。他の2つの村は頑張っていて、村の中や茶地へ向かう道も村人が総出で草刈りをしている。除草剤を使わない。除草剤を完全になくさなければ意味がないのだ。それゆえに真ん中の村のしていることが憎い。
いちばん奥の村は、この地域に最初に漢族が移住してきた村だが、後に茶荘(今で言う貿易商)らが真ん中の村に引っ越して、現在は当時の石畳すら残っていないので見学する人は少ない。15世帯ほどだろうか、古くからこの地域のお茶づくりに関わってきた彝族の農家がひっそり暮らしている。
倚邦老街
村は過疎化がすすんでいるが、近年の古茶樹ブームで農地の拡大は再び盛んになっている。新しく開拓された農地は外地の業者の投資によるもの。製茶工房も村の外の幹線道路沿いに建設されている。
倚邦茶山
森が伐採され、ゴルフ場の芝生のような緑の農地に新しい苗が植えられる。
森が減ったことで山の気候が変わり、古茶樹のお茶の味や体感までもが変わってくる。
ま、それでも他の多くの茶山に比べると自然環境は良く保っているほう。茶地は村の周辺だけでなく、1時間以上歩いて入る森の中にもまだ残っている。
前回に訪問した際には村の近くの茶地を見学した。
茶地
茶樹
虫糞茶の虫
昨年の秋はなぜか茶虫が異常発生していた。もちろん殺虫剤は撒かないでそのまま放置。小鳥が群れで来たらいっぺんになくなる。生態環境が良ければ、茶葉だけが食い尽くされることなどない。
泡茶
泡茶2
泡茶3
泡茶3
香り高くジューシーで甘味も苦味もすっきり消えが良い。
水の粒子が細かくて舌触りが滑らか。でも後味は軽い。旬が濃縮されている。
葉底
小葉種といってもそこそこの大きさだが、このくらい小さいといつもの調子で殺青(鉄鍋炒り)すると焦がしてしまう。とくに雨の前の水分の少ない茶葉は注意が要る。農家はそんなのお構いなしで火加減しないので、茶杯の底にちょっとだけ焦げた黒い粉が見える。ただ、味的には問題のないレベルだった。
問題は、この品種はたぶん長期熟成に適したタイプではないこと。熟成するほどに完成度が下がってゆくような気がする。
個人の感覚で判断していることだが、老茶の経験からすると、旧六大茶山の老茶と共通する体感が見つからない。
なぜそうなのか?茶葉の大きさやカタチゆえに製茶の仕上がりが異なるのか?そもそも茶葉の持つ成分が熟成変化に向いていないのか?ただ味のバランスがそう感じさせるだけなのか?
品種が製茶方法を選ぶ。
昔にどうやって製茶方法が選択されたのかを想像してみると、やはり味や香りだけで判断されるものではなかっただろう。それよりも体感を重視したはず。漢方薬の価値観があるから。
その観点からすると、この品種は緑茶か烏龍茶に適しているような気がする。
手元に5煎分だけまわってきて、サンプルを残さず3日間で飲みきったというのも、このお茶は新鮮なうちが美味しいと知っているからだろう。

ひとりごと:
四国の愛媛県で無農薬栽培されている甘夏。
見かけが悪いから市販されずに親戚や友達にまわってくる。それでいいのだ。
無農薬甘夏
酸っぱくて甘い。ちょっと苦い。
体感が良い。息がスッと軽くなる。肩から背骨の上から下までの筋肉がゆるむ。
お茶もそうで、どんなに専門家が評価していても体感の悪いのはダメ。
当店のお茶も、いよいよ市販されずに親戚や友達だけにまわるようになるのかもしれない。
米・酒・調味料・野菜・キノコ・果物・魚・肉・なんでもよいので、無農薬・無化学肥料で体感の良い上等なのと物々交換しましょう。

農薬について考える その2.

見たいものだけを見たい。嫌なものは見たくない。
毎日を気分良くすごしたい。
みんなそうだろ。
みんなそうだとみんなが知っているから、環境破壊や農薬の問題は軽視されやすい。
見ざる聞かざる言わざる
逆に、自分にとってちょっとでも都合の良いことは過大評価されやすい。自然栽培や有機栽培を謳うお茶はそんな消費者の心理を追い風にする。自然栽培や有機栽培といってもピンからキリまでものすごく大きな差があるが、その差を正確に把握しようとすると不都合な真実を知ることになって他人から嫌われる。嫌なことはしたくない。知らないふりをして見過ごしたい。
結局この問題は消費者が悪い!と、自分の立場からは言いたいところだが、そうじゃない。農家が悪い、メーカーが悪い、茶商が悪い、小売店が悪い、消費者が悪い、農薬メーカーが悪い、国が悪い。他人が悪いとして外側の問題にしてしまいたいが本当はそうじゃない。
人間が悪い。みんなひとりひとりの内側に潜む悪。
自分の悪と対峙するのを避けて楽しく生きようとする陽気な性格。だからこそ人間は繁栄できたのかもしれない。国は未来の子どもたちから借金しまくって経済のお祭りを続けたり、毎日の食品の原料となる農作物にヘンな化学薬品がいっぱい使われたり、賢い人はこれを利用してもっと幸せになることだけを考えたりするのかもしれない。
環境破壊や農薬の問題はいつか暇な時に考えることにして、今日を楽しく生きよう。

章朗古樹紅餅2016年・青印 その5.

製造 : 2016年4月6日采茶
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 農家+店長ふじもと
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の宝瓶
雲南紅茶茶葉
雲南紅茶泡茶

お茶の感想:
2016年のオリジナルの紅茶に共通してあるトマト味。缶詰トマトのような煮え味。
白磁の蓋碗でサッと淹れると見つけにくいが、茶壺など保温性の高い茶器で高温の湯でじっくり抽出すると出てくる。
生茶のプーアール茶は、まだ新しい数年くらいのうちは緑茶的なので、茶葉を煮やさないように注意して淹れる。湯の温度をちょとだけ下げたり、湯の注ぎを細く弱くして熱の響きをやわらげたり、抽出時間を短めにしたり。
しかし、熟茶や老茶のプーアール茶は違う。一般的に高温でじっくり抽出する。これに慣れると、茶葉の色の黒いのが似ている紅茶もつい煮やしてしまいがちになる。(自分だけかもしれないけれど。)
餅茶
餅茶
当店の紅茶は天日干しと圧延加工の蒸気の熱だけで仕上げているので、色は黒くても茶葉はまだ「生」に近い。ある部分では生茶よりもっと「生」である。なので熱に敏感。
ただ、トマト味は2014年・2015年の紅茶には無かったし、2016年のも圧餅前の散茶の状態ではたしか無かったはずなのだ。
ということは、2016年の圧餅の工程のどこかに原因があるのだろうと推測していた。
圧餅のスチームの水が臭いとか、布袋がキレイでないとか、天気が悪くてスッキリ乾燥していないとか、初歩的な失敗はない。(逆に言うと西双版納のお茶づくりは初歩的な失敗だらけと言える。)
晒干の餅茶
は夕立ちのような雨が降りやすい。実際にその日の夕方からつぎの日まで雨が続いた。もしも圧餅後すぐに晒干しなければ、熱風乾燥するしかなかった。
トマト味は淹れ方の技術でカバーできる。
香りは薔薇のような熟した甘さがあるので、香りを引き立てつつトマト味を出さないようにしたら、スッキリ清涼感のある風味になる。
そこで今回はチェコ土の宝瓶を使ってみた。
チェコ土の宝瓶チェコ土の宝瓶
土は茶壺と同じものであるが、形状が異なるだけで熱の響き方がぜんぜん違ってくる。
また、水の注ぎ口が茶壺のような筒ではなく溝であるから熱が逃げやすい。水の勢いが弱い。なので熱の響きはやさしい。
注ぎ葉底
こうするとトマト味はほとんどない。これからの暑い季節にも涼しい風味が楽しめる。
さて、このトマト味をどう解決するかを考えていたのだが、たぶん解決しないという選択があると思う。
圧餅のときに天気が良かったらよいけれど、そうでなかったら機械乾燥させることになる。それならはじめから機械乾燥を選んでおいたほうが仕上がりの風味がコントロールしやすい。ま、実際にほとんどの工房はそうしている。
意図して晒干を行ったとして、その揺れを後から修正するとしたら焙煎する手がある。福建省など烏龍茶の地域ではあたりまえに行うべき工程であって、もしも行わないとしたら未完成だと評価されるだろう。
だからやはり当店の製法による紅茶はプーアール茶という分類にしたほうがわかりやすいかもしれない。
茶器を選んだり淹れ方を工夫したり、自分で試行錯誤したい人には楽しめる。

ひとりごと:
すべてのことを他人が準備した上等もあるけれど、自分で試行錯誤する上等もある。
今の市場が求めているのは前者のほうだから、本来のプーアール茶は時代遅れになってゆく。見た目は昔風であっても中身は新しい。そうでないと”正しくない”と評価される。たぶんそういう社会環境なのだ。
農家にしてもメーカーにしても茶商にしても現代に生きているから仕方がない。

農薬について考える その1.

2017年の春茶はつくらないことにした。
3月中旬の、これから旬を迎えるというときに決めたけれど、決めてから間もなく2週間も雨が続いた。清明節の4月5日に青空が戻ったが、撥水節の4月12日からまた雨が6日間続いた。水気が多いと早春の香気・茶気が逃げる。当店の製茶は晒干(天日干し)に頼るので、空に雲が多いだけでもスッキリ仕上がらない。
2011年の春もたしかこんな天候のめぐりだった。雨の西双版納
雨の西双版納
だが、春茶をつくらないのは天候のせいではない。健康な茶葉の入手が難しいせいだ。ずっと心の中にこの問題がモヤモヤしていて、手を止める理由ができたらホッとした。
自分は心身ともに健康のつもり。いつでも森に入れるようトレーニングを続けているし、食べものにも気をつけているし、しっかり寝ているし、むしろ健康だから休むことができると思う。
農薬と土壌汚染の心配を無視できないところにきている。
これまでにも心配はあったが、隠していたわけではなくて、知れば知るほど根の深さを知って問題が難しく見えてきた。
慎重になって、しばらくブログの更新もできなかった。
なぜなら、この問題に触れるとみんなに嫌われるから。
ちょっと考えれば分かることだけれど、お茶だけの問題ではない。みんなが毎日食べてるものや飲んでいるものすべてに疑いがあり、みんなを気持ち悪るがらせることになる。
原子力発電所の放射能の問題と同じで、これに反対すると経済的に苦労しめられそうな不安もある。
除草剤の撒かれた地面
(草甘燐で焦げた黒い草)
今のところもっとも怖いのは中国名:草甘燐。アメリカのモンサント社の発明した除草剤グリホサート(日本名:ラウンドアップ)で、西双版納ではここ3年くらいで使用する農家は少なくなったが、それは表向きのことで、隠れたところでは今でも使っているし、これからはもっと需要が増すだろうと推測している。組織ぐるみの隠蔽もある。モンサント社の権利が2000年に終了しているので、現在は中国のメーカーのつくるコピー品が流通している。
雲南のお茶の産地にこれが普及したのは比較的最近のことで、2007年のプーアール茶バブルと呼ばれた年の前後と、2010年から価格が上昇した古茶樹ブームの前後である。茶葉の需要が急拡大して農地を新しく開拓するときに活躍するからだ。しかし、その後も年々上昇する人件費が草甘燐の使用を後押している。例えば、草刈りや土を起こす鍬入れはアルバイトを10人雇って1日2,000元かかる労働だが、除草剤なら100元。年に2回で4,000元のところ200元で済む。
お茶以外の農産物、果物や天然ゴムやサトウキビのプランテーションではもっとたくさん使用される。茶山の周囲にはこうした農地が急拡大しているので、完全に避けるのがますます難しい。
2014年から原生林の森のお茶に注力してきたのは、この問題を避ける手として有効だったが、森はどんどん小さくなっている。また、森のお茶ブームによってより多くの森のお茶を採るための山道や新しい農地開拓に草甘燐が使われるケースもある。森の中も聖地ではなくなりつつある。
草甘燐は数年間土に残る。
古茶樹の周りにも除草剤
古茶樹の周りにも除草剤
(古茶樹の周りにも除草剤)
茶友の中には敏感な人がいて、7年前に1度だけ使用された農地のお茶にも舌に痺れを感じて皮膚が痒くなる。自分はそこまで敏感ではないが、3年や4年くらい前までの草甘燐ならお茶の味に見つけることがある。
大げさに言っているのではない。例えば、化学調味料を避けた食事を毎日続けたら、スーパーやコンビニの加工食品やファーストフードが耐え難くなるだけでなく、大手メーカーの醤油や味噌にまで化学調味料の味を見つけられる。のどが渇いたり、眠れなくなったり、皮膚が痒くなったり、全身がだるくなったりする。心理的な問題ではなくて習慣の問題。健康な食生活をすると身体が敏感になるので、それに気付きやすくなる。ついでに言うと、自分は日本の市販の白米は体感が重たすぎる。
中国茶の高級には体感の良さが求められる。お茶は漢方の国に生まれた嗜好品である。
草甘燐の散布された地面は弾力を失って土が砂のようにサクサクになる。もうそれを見ただけで十分に気持ち悪い。
基準値がどうとか数年で土に分解されるとか、どんな数値を出したところでこの気持ち悪さを覆すことはできない。自分はあくまで感覚で判断するので、誰かに理解してもらう必要はない。
人間の身体が科学的に解明できている部分は8%だったかな?(どこかのお医者さんが言っていた)ということは92%がわかっていないというのに、どうやって草甘燐が人の身体に良いとか悪いとか科学的に判断することができる?
例えば、茶葉の成分を分析検査しても問題が見つからないケースもあるだろう。もしかしたら草甘燐がなくても森の健康は損なわれ、お茶に嫌な味や体感が宿るかもしれない。草甘燐は汚れた海に発生する赤潮のようなもので、不健康なシグナルのひとつにしか過ぎなくて、原因のすべてではないだろう。
土の生態系が不健康になって、茶樹がなんらかの反応をして、お茶の味や体感が悪くなる。この因果関係が自分の感覚で認められただけで十分である。
森を失った山
森を失った山
(森林を失った山)
自然環境と人の身体や心は同期している。茶山の健康と自分のお腹の中はつながっている。地球上の大規模な原生林の消滅と人間の健康はリンクしている。
こういう情報がある程度普及すると、これを利用して商売する業者もいる。
自分だけは自然栽培の健康なお茶を手がけているとアピールして、少しでも商売上の優位な立場に立ちたいわけだ。しかしここは中国。同じことをアピールする業者はすでに何百・何千といて、ホンモノを見つけるのに苦労する。市場では雲南のお茶というだけで有機栽培的なイメージが定着している。
周囲に人家や農地がなくて数時間も歩いて入る森の中であるとか、さらに山を超えて国境を超えた未開発のラオスやミャンマーの山であるとか、実際にまだあるにはあるのだが、いずれも中国の老板によってお金をかけて開拓されている。同じ資本によるおなじ市場に向けた商売なのだ。歩いて国境越えのできる地元の人たちから収集した話しでは、ラオスもミャンマーもすでに中国側の有名茶山と同じことになっている。隠れたところだからもっと大規模に森林が伐採されて農地開拓されて、人工的な栽培のお茶が増えている。
どういうわけか今年はホンモノの森のお茶にもホンモノの越境のお茶にも、すでに嫌な味や体感が現れてきている。草甘燐の無いはずの土地にもだ。
自分が間違っていたなら、それは良いことだから無視してくれたらよい。ひとりで悶々としているだけだから。
2009年に西双版納のお茶づくりをはじめたときには、こんなことになるとは予想もできなかった。
でも、こんなことになったからこそ自然環境とお茶の味の関係や人の生活の変化や、いろんな因果関係に気付くことができた。農家や茶商がどのようにして自分を騙して他人を騙すのか、自分の中にも潜んでいるワナについてもちょっと分かるようになった。
これからどうしたらよいのかわからないけれど、このまま観察を続けるつもりだ。
今は見るだけ。それしかできない。

追記:
当店のお客様で、すでに購入したお茶が大丈夫なの?という心配があれば遠慮なくメールをください。わかる限りのことををお伝えいたします。

刮風寨冬片老葉2016年 その1.

製造 : 2016年12月(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家
工程 : 晒干緑茶
形状 : 散茶50gパック
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター水
茶器 : 銅のヤカン
チェンコーン空
チェンコーンメコン川

お茶の感想:
久しぶりに陸路で西双版納に来た。
タイのチェンコーンからメコン川を渡ってラオス経由で西双版納に入った。
アパートに着くまでトゥクトゥクやバスやタクシーを7回乗り継いで12時間以上かかる。
ゴールデントライアングルのこのルートはバックパッカーなら楽しめるかもしれないけれど、目的がはっきりしている人には無駄もストレスも多い。
ラオスから中国へ出るボーダーが長蛇の列で予定時間を1時間半もオーバーした。バスは自分を待たずに出発して、ひとりだけ置いてけぼりをくらった。しかし、このままバスで移動を続けても、その日のうちにアパートまで到着できない時間だった。中国側の国境の町で次の日のバスを待って一晩過ごすことになる。安いホテルはあるが、暗闇のあちこちで麻薬取引していそうな気味の悪いところだ。
そんなこともあろうかと昨日のうちに西双版納の友人に電話をして中国側の国境まで車で迎えに来てもらった。ちょうど12時間の移動で予定通りに景洪市のアパートに着いた。
ちなみに、飛行機ならタイのチェンマイから昆明経由で遠回りだが移動は5時ほど。
一帯一路(中国からラオス・タイ・マレーシア・シンガポールまでをつなぐ道路や鉄道の計画)の影響で、大規模な工事による混乱はこれからもつづくだろう。5年と言われていても実際は10年かかるだろう。
ま、混乱に巻き込まれることはわかっていたけれど、あえて陸路で来たのはこの変化を見ておきたいから。
日本のように成熟しているところでは10年経っても風景はそんなに変わらない。
バスの窓から見るこのルートの風景は年々変わっている。工事のホコリにまみれて生きる人々にはなぜか活気がある。
かれこれ7年の間に何度も通った車窓の風景に、ふと記憶の断片が蘇る。自分もまたずいぶん変わってきたよな・・・。昨日と今日の連続する日常が旅をするとプッツり途切れて大きな時間が見えてくる。
西双版納の茶業が大きく変化して、この仕事もまた変化した。
今年も春の旬が巡ってくるけれど、昨年と同じ仕事はもう通用しない。このスピードについてゆけない。
今年の春はお茶づくりを休んでみようと思う。
山には行くし、もちろん素晴らしい茶葉があれば少しは仕入れるけれど。
ところで、昨年秋にはじめたオリジナルの熟茶づくりはいったんストップした。
試作中の茶葉はすべて処分してアパートの庭の土にした。実は、冬の間にあるサンプルの茶葉が手に入ってから、これまでの考えがひっくり返った。すぐに次のアイデアも出てこないので、しばらく寝かせることにした。
そういうわけで仕事は縮小したのに、西双版納に来るとなぜか忙しい。
あらゆる農産物と同じように、茶葉もまた人を休みなく働かせるのだ。
まずはこのお茶『刮風寨冬片老葉2016年』を出品する。
冬片老葉茶2016年
刮風寨の「茶坪」という地名の森の古茶樹から採取した冬の葉っぱ。
漫撒山の瑶族の独特の栽培方法で、根を育てるために大きく育った茶葉を枝から擦り落とす。
この落とした葉っぱをお茶にする。
このページで紹介している。
【丁家老寨青餅2012年 その2.采茶】
瑶族の人と山に入って、お昼ご飯のときに飲むお茶に近い。
茶葉を枝ごと折って取ってきたのを炙ってヤカンで煮るお茶。
炙る1
炙る2
これは炙るかわりに蒸している。
大鍋にグラグラ湯を沸かして蒸し器に茶葉を放り込み熱を通してから晒干(天日干し)する。それだけ。冬のあいだに刮風寨の農家がつくってくれた。
晒干緑茶の一種で、これもプーアール茶と言えるだろう。この地域でつくられるお茶はなんでもプーアール茶にしておけばよいからわかりやすい。
このお茶は瑶族やダイ族が食事の共に飲んでいるだけで遠くへ運ばれてはいないはず。嵩がありすぎて馬では運搬できない。おそらく粉砕して黒茶の原料にしていたのだ。微生物発酵するとさらに嵩が減る。圧延して固めたり竹籠にギュウギュウに詰めたらコンパクトになる。
西南シルクロードの茶馬古道を経て、チベットやインドに行った生活のお茶。
新芽・若葉でつくるお茶とは体感がまったく異なる。
カビの侵食
虫食い
紫葉
茶花
見た目は悪い。
1年以上も茶樹に付いたまま育って老いた茶葉もある。虫食いがあったり、カビの寝食があったり、枯れ葉になりかけていたり。
ところが、お茶の味は見かけとはまったく逆で清らかで柔らかい。苦くも渋くもない。ほんのり甘い。
白茶にもある乾いた草のような香り。
煮るお茶
煮るお茶2
刮風寨の原生林の森の香りがする。
飲んだ後の心地には森の影の涼しさがある。

ひとりごと:
やっぱり森のお茶が一番。

香椿林青餅2016年 その3.

製造 : 2016年4月1日(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)香椿林
茶廠 : 農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺
香椿林

お茶の感想:
このお茶を出品した。
【香椿林青餅2016年】
通販休業中なので、次回の夏頃の発売になる。
香椿林青餅2016年
香椿林青餅2016年
ここにきて、やっぱり美味しい。
だいたいひと月に1度は試飲していたが、ちょっとずつ良いほうに傾いているのがわかった。
もうすこしで熟成1年めになる今は、毎日飲みたくなるほどのバランスの良い味。
この味なら、わざわざ微生物発酵させる必要はないかもしれない。
餅茶1枚を少しずつ崩して、半年くらいで飲みきるもよし。
乾燥を保って常温の焦げ(メイラード反応)による熟成をすすめてみるもよし。
茶葉を少し
茶葉は少なめで、ちょっと濃くしたほうが美味しい。
舌の上でミクロな泡がフワフワしてシュワシュワ弾ける。実際には泡ではなくて、なんらかの成分が舌の上で一瞬のうちに変化しているのだろう。その後、ピリッとした刺激が消えるときに蘭香がチラッと薫る。舌の上から薫る。息を吐くたびに喉の奥のほうから薫る。
専門家によると、ピリッとしたのは香りの元の成分らしい。何らかの化合物となっていて落ちついた状態なので、アロマオイルのように揮発して鼻を強く刺激することはない。口に含んでから成分の結合がゆっくりほどけて溶けて、舌や喉を潤した茶湯の一部が水蒸気になるときに、息の出入りにいっしょに運ばれて鼻をくくすぐる。
典型的な漫撒山の内香のお茶。
チェコ土の茶壺
濃く淹れるのは、製茶の仕上げがそれに向いているから。
香椿林の茶葉はもともと水分が多く、製茶工程での軽発酵が比較的すすんでいる。意図したものではないので「黄印」と名付けなかったが、当店ではこのように軽発酵のすすんだ生茶を「黄印」と名付けている。
「黄印」の茶葉は熱に耐性ができるのか、沸き立ての湯で淹れても煮えたエグ味が出にくい。
逆に、熱い湯で淹れないことには、輪郭がぼやけてシャキッとしない。
一般的に、早春の新芽・若葉は繊細で、とくに一煎めを熱い湯で煮やすとエグ味が出やすくて、二煎めからもその嫌な感じが若干残る。一煎めだけ湯を冷まして(80度から90度くらい)淹れるとか、茶葉への湯の注ぎを穏やかにするとか、抽出を短時間でサッと湯を切るとか、ちょっと気を使う。一煎めで茶葉が熱に慣れると二煎めからは熱々でも大丈夫になる。
その点、「黄印」は一煎めから熱い湯で、抽出時間をじっくりとったほうが味に厚みができる。香りが甘くなる。
香椿林青餅2016年
振り返ってみると、圧餅の工程で晒干(天日干し)するときに、餅面の色の黒さが際立っていた。
同じ漫撒山の『一扇磨青餅2016年』よりも黒っぽかった。
この色は良いサインだ。
日陰に育つ茶樹であること・根の深い古樹であること・早春の成分が充実していること・新芽・若葉が柔らかいこと、などの条件が揃っている。
刮風寨との比較
刮風寨との比較
写真で比較している餅茶(右)は、昨年の春に広東の茶友がつくった刮風寨の生茶。
茶樹の大きさ、森の深さ、わかりやすい上質の条件はいずれも刮風寨のほうが勝っている。
しかし、茶摘みのタイミングが悪い。
昨年の春は早い時期から雨が多かったから、新芽の出る時期が遅い森の中の大きな古茶樹に一日の収穫量を求めると、旬を逃してしまう結果となった。
やや早いタイミングで新芽を出す古茶樹は、森の中のは特に少ない。香椿林の森も同じで采茶できたのは数本のみ。しかも茶葉が小さい。一日の収穫量が限られる。同じ人件費で森に入って采茶するわけだから、採算が合わなくなる。
でも、採算の合うかどうかは人の都合だよな。
お茶の値段が高くなったら売れなくなる・買えなくなるというのも人の都合。
人の都合(人の都合なのに農業技術だの製茶技術だのを賢くアピールする)のお茶がたくさん流通して、自然の都合にあわせたお茶は少ない。
少なすぎて、みんなの前に姿を見せることはない。
もっとも、姿を見せるつもりもない。
香椿林青餅2016年泡茶

ひとりごと:
お茶の関係で人と交流するときに、ちょっと気になるのだけれど。
お茶をしているだけで、なにかいいことしているつもりになりやすいのじゃないかな。
業者にしても、趣味で勉強するにしても。
いいことしているつもり仲間で集まったりして。
いいことするのも人の都合だよな。
自然はそんなのまったく無視だから。
ま、自分にも言い聞かせておくけど。

弯弓単樹B春の散茶2015年 その2.

製造 : 2015年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の小さな茶壺
弯弓単樹B
弯弓単樹B

お茶の感想:
『弯弓単樹B春の散茶2015年』(卸売部)は、
過去の記事で品種の特性のことを話している。
現在、熟成2年目になろうとしているが、ようやく姿を現しはじめた味がある。
濃いめに淹れたのを口に含むと、渋味・苦味が溶けながら香りに変わってゆく。
甘い香りにつられて唾液が出るが、舌はそれほどの甘さを見つけられない。ちょっとしたトリックが生じて、あれ?となるところが面白い。
消えの早い渋味・苦味の正体が、香りの元になる成分であることが感じられる。
チェコ土の小さな茶壺
お茶を淹れる過程で水と熱に化学反応する成分の中には、香りの成分もある。香りの成分が鼻に届いてようやく薫るのだが、それまでにちょっとしたタイムラグがあるので、茶壺や茶杯からはそれほど薫らなかったのに、口の中で薫りだす。
外からは薫らないで内から薫る。内香(nei xiang)と呼ぶ。
口の中では唾液もこの化学反応に関わっているはず。舌の上で苦いと感じた成分が唾液に溶けて香りとなる。
内香が上等。
西双版納の旧六大茶山の漫撒山は、茶葉の大きく育つ原生種に内香がある。
同じ旧六大茶山でも、倚邦山や革登山の小葉種(明朝1600年代後半に西双版納へ逆輸入された品種かもしれない)の古樹は、香りがはっきりしているので内香とは言えない。
太陽光をたくさん浴びる茶葉に内香は少ない。森の中の日陰の茶葉に多い。さらに、森の緑の密集した湿度も内香の成分構成に関係していると思われる。
茶樹の健康と森の健康と、それを飲む人の健康と、みんなつながっている。
弯弓単樹B春の散茶2015年
昔の人は、お茶の香りからなんらかの薬効成分を聞き分けていたようだが、香りの感じ方から今日の身体のコンディションを診ることもできただろう。唾液の酵素反応が香りを変化させる。鼻の感度が体調によって異なる。
茶酔いの体感にも様々なパターンがある。
漫撒山の内香のお茶はおっとりした茶酔いで長い余韻が続く。背中の筋がゆるんで、お腹の底のあたりがぼんやり温かい。全体的には涼しくて、一気に上気して汗が噴き出るようなことにはならない。かすかに、息をするごとに頭が横に流れるような目眩を感じる。なんとなく眠たくて、パチっと目の冴えるような覚醒の酔いではない。しかし、体調が傾いているときにはまた違った反応が出るだろう。
自然現象を観察する。
外にも内にも、いろんなサインが出ている。
そう言えば、高級茶と価格の関係について、チェコの茶商はこんなことを言った。
「美味しいお茶のちょっとの差には、大きな価格差がある。」
美味しさを追いかけるあまり、やたら高いお茶を売ることにならないよう心掛けているらしい。
チェコでダージリンの試飲
ちょうどダージリンのサンプルを試飲しているときだった。
生理的欲求を満足させるという観点からしたら、たしかにそうだろう。
しかし、中国の高級茶は美味しさだけに価値がついているのではない。上に紹介したような、自然環境の健康がお茶の味に現れているもの。自然を尊重する農法、樹齢数百年のような茶樹の特殊な育ち、人の手垢のつかない製茶方法、それと味や体感との関係。茶葉に宿る確かな情報にも価値が付いている。
自然の教科書なのだ。体験できる教科書。
ちょっとの差に現れている大きな差を見つけられたほうが価値がある。
葉底

ひとりごと:
コストパフォーマンスの良いお茶は、美味しさだけに注目することで見えてくる価値だな。

刮風寨単樹小餅2016年 その1.

製造 : 2016年4月20日頃(采茶)
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨茶坪
茶廠 : 農家
工程 : 生茶
形状 : 餅茶100gサイズ
保存 : 西双版納 密封
茶水 : チェコの水道水・ブリタ濾過
茶器 : グラスポット
刮風寨単樹小餅2016年

お茶の感想:
人の手や人の意図にあまり触れていないもの。
それが自然。自然が上等。
現代プーアール茶の高級には、こんな価値観があると思う。
いつの時代に誰が言い出したのか知らないが、近年になってこの見方が見直されている。
中国や華僑のお茶ファンで、西双版納の森の古茶樹にホンモノを求める人達は、このことを特別やかましく言う。
人の手に触れないということは、茶樹の育つ環境がもともとの自然であって、人工の自然ではないということ。産量を求めて森林を伐採したり、茶摘みを頻繁にしたり、農業化されていないということ。また、製茶の工程においては職人が技術を誇るようなことをしないのも、人の手垢がつかないという意味になるだろう。
人の意図に触れないというのは、人と自然がうまくやれるなんて思っていないこと。農家や業者が価値をつり上げるために流通過程でストーリーをつくったりしないこと。お茶ファンが知識の正しさにこだわらないというのも、人の意図に触れないことになるだろう。
とにかく、人は汚れている。
人が触れないほどお茶は清潔である。
そんな潔癖症な考え方。
誇張して話しているとは思うが、ま、そんな感じだ。
こうした価値観の定着する素地が、他人を信用できない中国や華僑の人たちの社会にはあると思う。なにしろトリックが多いから、人を疑ったほうがとりあえず安全。
自分の意見をいうと、これで良いと思っている。
人の触れていないお茶は清らかな味がする。これは事実。
清らかな味のお茶はめったに出会えない。これも事実。
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
なぜこんな話をするかというと、チェコで交流した茶商のひとりが、この状態を否定的に見ていたから。
過去に、台湾から輸入した有機栽培の茶葉を農薬検査にかけたら、とんでもない数値が出てきてトラブルになったらしい。お金は戻らない。付き合いの長い取引相手だったからショックだった。
「なぜ、こんなことになるの?みんながお互いに得しないじゃないか。」
ヨーロッパの人たちが全体的にそうなのかどうかは知らないが、東洋とは考え方がちょっと違う。
自然は人間が管理することで、よりよい環境がつくれる。つまり、自然よりも人間がカシコイという考え方がうっすら見える。
オーガニックの基準と監視を組織的に管理できる。つまり、人間もまた教育によって変えられるという考え方がうっすら見える。
良いお茶の評価基準をみんなで共有できる。つまり、情報や知識に信仰があるという考え方がうっすら見える。
極端に言えばそんな感じ。
前向きだよな。アルファベット思考というか。
しかし、自分の意見をいうと、この考え方には違和感がある。
人の思うようにならない自然のほうがリアル。人もその自然の一部。
騙されるのは、自分の都合の良い考え方にも原因があるということ。
上質なお茶を求めるほどに合理的にはならないから、時間もお金も労力もロスが大きい。
世界中でいったい何人のお茶ファンが上質な茶葉を手に入れたいと願っているだろう。そのくせに、みんな忙しくてそれどころではないから、ポンとお金さえ出せば上質が手に入る便利な仕組みを求めていないだろうか。お金をケチって失敗を減らそうとしていないだろうか。
自分に都合の悪い自然は理解したくないのだ。
刮風寨単樹小餅2016年
『刮風寨単樹小餅2016年』
そんなことを思いながらチェコの勉強会でこのお茶を試飲してもらった。
2016年の春で一番の上質。
茶友から譲ってもらって100gしか手に入らなかったので、100gのミニ餅茶にした。もしも180gサイズの小餅茶にしたら1枚10万円をつける。高くて売れないし、売るつもりもないので、なにかの機会にみんなで飲むことにしている。
チェコのお茶ファンたちは、飲んでみて、たしかに美味しいけれど、どこをどう見て上質なのか?よく解らない様子だった。価格の理由はもっとよくわからない。合理的なところなどないから。
人の手や人の意図にあまり触れていない。そのことがお茶の味や体感に現れているのを読み取れるほどの経験はない。
チェコの勉強会
上海でもこのクラスはちょっと難しい。知っているつもりの知らない人が多すぎる。知らないことを認めると過去の多くの失敗がはっきりしてしまう。痛すぎて素直に味わえない。わかる人だけ集まればよいが、そういうわけにもゆかない。
日本でこのお茶だけを半日かけてじっくり味わう会をしたい。ひとり1万円をいただくとして、定員は6名にしたい。実はそんな会をちょっと検討したのだが、「ひとつのお茶で1万円は高い!」という意見があったのでやめた。
ま、その前に、人が集まらないだろう。「6種のお茶が飲めます!」みたいなお得感がないと日本ではやってゆけない。
結局、自分もこのお茶を飲む機会がなかなか見つからない。
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪の茶王樹
刮風寨茶坪のこの単樹のお茶。
刮風寨は景洪の町から車で6時間。茶坪は刮風寨からオフロード車で45分。そこから国有林の森を歩いて2時間半で、この茶樹に会える。
瑶族の木登り名人の2人が1日かかって摘んで、製茶後の晒干茶は3キロ弱ほど。これが年に1度の収穫。

ひとりごと:
宝物は流れる水の力によって姿を現わし、
また同じ流れによって姿を隠すのだよ。
パウロ・コエーリョの小説『アルケミスト』(錬金術師)より。


茶想

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