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版納古樹熟餅2010年 その1.

版納古樹熟餅2010年プーアル茶
製造 : 2010年7月
茶葉 : 雲南省西双版納州巴達山曼邁寨+章朗寨の古茶樹2009年秋茶
茶廠 : 農家+孟海県老茶廠
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : タイ北部の町 紙箱密封
茶水 : メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの 
コーヒー用のグラスポットでたっぷり。
タイ北部の暑いときなので、茶葉少量で2煎くらいで飲み切れるようにしている。熟茶は有機成分豊富なためか、茶湯を温かいところへ置いたままにすると腐るのが早い。

お茶の感想:
タイの北部に保存している一枚は、餅面からほんのり「かつお節香」がする。煎じると消えて無くなる。昆明の乾倉にもこの傾向があるので、どちらかというと乾燥した環境で保存されたものに多いのかもしれない。西双版納に保存しているのには今のところこの香りは無かったと思う。
西双版納の保存は、包みのある状態のままわずかな通気を許して、大量の餅茶をひとところにかためて置いているが、このことが「金花」という麹カビには良いのでは?と思っている。同じ部屋に置いていても、いつでも試飲できるように分けている一枚と、コンディションが違うような気がする。これについてはじっくり観察をつづけてみる。もちろん金花がついてほしい。
熟成3年めになるが濃密ながらクリアーな味わい。少しずつ透明度が増している。クリアーなのでつい濃くしがちだが、濃くしすぎると湯に粘度が増して口当たりがわるくなると思う。冬の身体にはコクのあるのも美味しいが、夏には向かない。
今年はオリジナルの熟茶づくりを失敗して出品できないが、原料となる晒青毛茶の仕上げ方、陳化の期間のとり方、発酵のタイミング、などなど熟茶づくりのコツがわかってきた。しかし、それでも西双版納の茶葉で西双版納の倉で発酵していては、異なる印象をつくるのは難しいかもしれない。

ひとりごと:
熟茶の保存熟成技術に研究の余地あり。
版納古樹熟餅2010年プーアル茶

益木堂那カ古樹純料茶10年 その2.

益木堂那カ古樹純料茶10年プーアル茶
製造 : 2010年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県孟宗山那カ寨古茶樹小葉種
茶廠 : 農家+益木堂
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納景洪市乾倉
茶水 : メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの 
コーヒー用のグラスポットでたっぷり。
ほんとうは蓋碗でキッチリ淹れた方がよいお茶。

お茶の感想:
前回に引き続き那カのお茶。
このお茶が急に人気が出たのは、わかりやすさにあると思う。
茶山の生態環境といい、古樹の大きさといい古さといい、飲んだ時にパッとわかる味の輪郭やボリュームといい、後味の余韻といい、耐泡(煎の続くこと)といい、申し分ない。
3煎めくらいからクリーミーな舌触りがある。それだけ密度が濃いのだろう。
ほんの3年前まで製茶技術が悪かっただけで素質はあった。
しかし、こんなに良いのがなぜ清代のときに有名茶山として発掘されなかったのか?
これもわかる。
わかりやすいのはつまらないからだ。
今、茶荘も茶商もお客様もみんな急いでいる。この環境だからこそ再評価されたのだと思う。厳しい言い方になるが、このお茶に高値が付いたら茶商の仕事は楽だ。

ひとりごと:
お茶の味の鑑賞について過去のブログの記事を整理中。
例えば、ゴッホのひまわりには萎びたのや枯れかけたのが混ざっている。その味わい、お茶の味にもあると思う。茶商には美術商と同じ類の鑑賞力が問われる。
ソムタム
この数日毎朝ソムタム(パパイヤサラダ)。
最近レストランのソムタムには無い塩漬け蟹も塩漬け貝も入っているホンモノ。朝だけやってる屋台で買える。

益木堂那カ古樹純料茶10年 その1.

益木堂那カ古樹純料茶10年
製造 : 2010年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県孟宗山那カ寨古茶樹小葉種
茶廠 : 農家+益木堂
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納景洪市乾倉
茶水 : メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの 
コーヒー用のグラスポットでたっぷり。
ほんとうは蓋碗でキッチリ淹れた方がよいお茶。

お茶の感想:
那カの(カ)は、「上」と「下」の字を上下重ねたような文字。
海抜1900メートル。早春いちばんの収茶で茶気がとくべつ強い。
マスカット系の香り。全面的に濃厚で密度の高い味。余韻に残る煙草香。
孟海県のお茶の煙草香は、甘い果実のような香りの影に多かれ少なかれあるからセットなのだろう。
この2年で高騰した那カのお茶。
最近流行りの老班章を先頭に味の主張の強いのは、美術品に真っ赤っかや真っ黄っきを好む大陸の人にはウケるかもしれないが、奥ゆかしさを好む人にはどうなのだろう?飽きるような気がする。
那カは孟海県には珍しい小葉種の古茶樹。
小葉種は緑茶にするか紅茶にするかどちらかがよいと思う。

ひとりごと:
メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの
メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの。
やや不安定。お茶にアクが浮くが、不味くはならない。
どっちにしても水選びは面白い。

昼過ぎにスコール
昼過ぎにスコール。ヤシの葉の表情。

南糯山夏の薫る散茶2012年 その1.

南糯山夏の薫る散茶2012年
製造 : 2012年5月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県南糯山生態茶
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納景洪市乾倉
茶水 : メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの 
コーヒー用のグラスポットでたっぷり。
タイの北部は4月から5月がいちばん暑いときで、じっとしていても汗をかく。
水分とミネラルの補給にあっさり淹れて一日じゅう飲む。汗をかいたら茶酔いは少ないので生茶もたくさん飲める。

お茶の感想:
「夏の薫る散茶」と名付けたように暑い日に飲みたいお茶。
半発酵で桃のような甘い香りが暑苦しくないのは、渋味・苦味で清涼感を保っているからだろう。南糯山の渋味・苦味は舌にしばらく残るが、嫌な感じはしない。
半発酵度で渋味はより強くなっているが、他の風味とのバランスでかえって目立たない。
春の2番摘みの割に密度の濃い味。2012年は雨が少なかったせいか5月の2番摘みもよかったが、もしかしたら半発酵は2番摘みくらいのヌケた風味のほうが飲みやすいのかもしれない。

ひとりごと:
マンゴーは飽きるがマンゴスチンは飽きない。
同じことをしながらもサザエさんみたいな飽きないブログにしたい。
お茶も飽きないのがよい。
マンゴスチン

官能評価

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
子供の頃、
納豆は藁(わら)に包まれていた。
たしかそれはちょっと臭かったり苦かったりして不安定だった。納豆菌の白い斑点が出たり、古くなるとアンモニア臭が強くなったりした。
でも美味しかった。
あの臭みがあって葱のツンとした薬味が生きる。
あの苦味と醤油とご飯とが混然一体となった味わいに奥ゆきがある。

石油製品のパック入り納豆は「衛生的」と言われ、藁包みの印象を悪くした。
今は「臭くない納豆」まであるくらいだから、納豆にわざわざあの個性の味を求める人は少ないのかもしれない。
お茶はどうだろ。

今年のお茶づくりでは、
製茶が思うようにゆかなかった。
だから評価を下げて価格も下げてみた。
わかりやすい。
けれど、ほんとうにそれでよいのかどうかわからない。

このお茶は甘い。
失敗のマイナスな味を撥ね返す甘さがある。
この甘さは、製茶がうまくいってもあったのだろうか?
かすかな嫌味がスパイスになっているのじゃないのか?
全体として心をくすぐるものがあるのじゃないのか?
本当は失敗ではなかったのでは・・・。

技術に注目して評価するのは簡単。
もしも成功した場合はこういうことになる。
「うまく製茶できましたからこれは良いお茶です。だからこの価格です。」
つくり手の仕事を正当化しやすく、
飲む人は買うという行為を肯定できる。
「製茶時の囲炉裏の煙りによる煙味があるとダメで・・・」
「樹齢何百年の古茶樹で、海抜1800メートルの高地で・・・」
「有名な茶師の○○氏が一年にたった1キロだけつくるお茶で・・・」
いずれもあらかじめなにかが決まっていて、自ら味の評価をする手間をなくしている。
楽なのだ。このほうが。売るほうも飲むほうも。

当店がしている飲み比べだって怪しい。
同時に2つを飲めばどちらのほうが甘いか苦いかはっきりする。
「こっちのほうが甘いから優れています」と、断定できるほうがやっぱり楽なのだ。
香り、喉越し、余韻、その部分的な違いをはっきりさせたからどうだっていうのだろう。
全体の印象となると、どちらが?というのはすぐに評価しかねることのほうが多い。

ものの見方というのは、
自分あってのことだから、お茶の味わいを探るうちに自分を探ることになる。
他人が見つけようが見つけまいが自分で見つけるしかない。
だからこそ、お茶の味はいろいろになったのかもしれない。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その6】

森の蟹

森の蟹
「子供の頃はすぐそこまで原生林でね、
森に蟹がいたんだ。
熱帯雨林だからそこらじゅうに水があったでしょ。だから生きられた。」
と、西双版納の町の人が言った。

タイの東北部で「ソムタム」という青いパパイヤのサラダに使われる塩漬け蟹。
あの蟹は、川でもなく海でもなく森にいたのだ。
そういえば、タイのレストランでもわざわざ言わないと塩漬け蟹を入れてくれないようになっている・・・。

都市に生活していたほうが、生き物たちの滅びゆく痛々しい姿を見ないで済む。
しかし、この蟹は都市生活の天然ゴムの需要によって殺された。
熱帯雨林が伐採されて、ゴムの樹畑になって、車のタイやとか、靴の底とかになる。

写真の蟹は、
国有林となっている易武山「弯弓」で、
山の人がとつぜん石をひっくり返して捕まえたやつ。
+【弯弓 瑶族の山】

幻のお茶

易武山のお茶
そのお茶は、
過去にすごい銘茶となって姿を現したことがあった。
その味を再現させようと、
茶師たちはやれるだけのことをすべてやった。
ところがなぜか二度と姿を現さないままでいる。

そのお茶はまた、
何度淹れてもピタッと決まらない気がする。
美味しさのどこかが満足できないのでいつも可能性を残す。
それもそのはずで、
そもそもそのお茶づくりは完成していなかった。
偶然の要素が多すぎる。

完成しないということは、
どこにも頂点をもたないということで、
これからも極められることのないまま、
人の想像力のかぎり追いかけられ、
いつまでも可能性を持ち続ける。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その5】

根を育てる

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
熟した枝をつくる。
漫撒茶山の「丁家老寨」の特殊な栽培方法は、
かんたんに言えば、根を育てる技術である。
忍耐のいる仕事なのだ。
【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶】

根は交互に育つ。
地上部の葉や茎が育っている時は、根の成長は止まっている。
地上部の葉や茎が育たない冬の間に、根は成長している。
収穫を急いで、
葉をつけすぎたり、茎や枝を増やすと、根は痩せてしまう。

これ、お茶の樹だけじゃないよな。

ゴールデントライアングル

ゴールデントライアングル
春のお茶づくりに沸くこの季節。
ラオスの山がすぐそこの丁家老寨には出稼ぎの人が山を越えて来て、小さな村の人口は2倍になる。国境のゲートもパスポートも無い。山を歩いてくるだけのゴールデントライアングルの人々。
もともとこの地でお茶づくりをしていた瑶族やダイ族の人々で、話す言葉はダイ族語(西双版納州はダイ族自治州。タイ国の北部の人々とつながりがある。)と漢語。だから話はわかるし、そもそもお茶に詳しいから仕事場でなにをするべきかわかっている。

毎年知った顔が来るが、ときどき新顔も混じる。
新顔を見つけた農家はどんなに忙しくても食事に誘って交流する。
たっぷりご飯を食べさせて、まず飢えた人をなくす。
「ラオスのどの村から来たの?」
「だれと親戚?」
「今晩寝る場所はある?」
そんな話をすることで、知らない人から知った人になる。
知らない人のままではモノを盗んで逃げるかもしれないけれど、いったん知った人になると見えない力が働く。それでお互いに逃げにくくなる。
こうして派出所もなにもない辺境地の村の治安が維持されるのだろう。
そして、お茶づくりというひとつの目標に向かってゆるい連帯感が生まれてゆく。

農家が茶摘みに山に上がって、
ひとりで残って作業していたときに、
瑶族おばあちゃんがふらっと近づいて話しかけてきた。
(上の写真の人で、ダイ族風の服を着ているが瑶族の人。)
方言の強い中国語でほとんど聞きとれないけれど、なにを言っているのかわかった。
「この茶葉はね、ちょっと火入れが足りないね・・・」
「殺青の後の茶葉をこうやって冷やすんだよ。」
しばらく一緒に作業をしてから、元来た道を戻って行った。
おばあちゃんにとっては新顔の僕を、危険な人物じゃないかどうか確かめたのかもしれない。出稼ぎに来ている中には年頃のかわいい女の子もいるから。

昨年の2012年の領土問題勃発で、
雲南省西双版納の長期滞在は危ないと思って、
バスで1日で移動できるタイの東北部に生活拠点をつくろうとしている。中国、タイ、日本と、3つの国での生活がはじまって、そうすると、外と内との2局という感覚がだんだん薄れてきた。
日本に住んでいた時は、「海外」という言葉に特別ななにかがあった。上海に住んだ時は、内と外の2つの違いをうまく使い分けようとした。しかしそれが3つになると、どこが外で内なのか?ということになる。
僕の中から領土問題は消えた。

遠い国の問題などを考えている暇はない。
今生きている、ここの状況、ここの生活、ここのしきたり、ここの人間関係、ここの治安、ここの経済。
ゴールデントライアングルの人々が妙に老練な感じがするのは、この自律した感覚を持っているためかもしれない。国は外側にではなく内側にちゃんとある。たとえそれが国連で認められていなくてもかまわない。

日本人の国の意識ってどうなのだろう。
福島の原発が怖いことになった2011年に、日本の実家に帰ったときに母に言った。
「僕は西双版納やタイの東北部で、気候も良くて食べ物も安くて過ごしやすいところを見つけたから、もしも日本がダメになっても老後の心配はない。」
そしたら母はきっぱりと言った。
「外国なんて行かない。あんたみたいにひとりだけで逃げるようなことはしない。近所の人たちが飢えて死ぬなら私も飢えて死ぬ。」
立派だ。
しかし、それはつまり、もしも近所の人たちが大挙して逃げることになったら一緒に逃げるということであって、最後のひとりになる決意じゃないよな・・・。

ゴールデントライアングルの人になりかけている僕は今、ちょっと冷めた目でそう見ている。

静かな脳

上海の坊。
君はタイのゲストハウスの庭でひとり静かになっていた。
ガサガサするか寝るかのONとOFFしかない3歳の君にしてはめずらしかった。
あのとき小鳥の声が聞えた。
叔叔も気付いていた。
5〜6種の小鳥がいた。
縄張り争いしているような声。愛を囁くような声。時を告げるような声。ここに食べ物があったぞ!と知らせるような声。いろいろあった。遠くから聞こえてくるのもあれば、頭の上からも聞こえた。
上海には少ない声だった。うるさくしたら聞こえなくなる。足音や服のスレる音や、自分の呼吸や心音すら邪魔になるくらいだ。だから君は静かにじっとしてみた。
そうだろ。
上海の坊
お茶もそういうときがある。
かすかな味を見つけるとき。山の空気を感じるとき。木々の緑を観察するとき。鮮葉がじわじわ変化してお茶になるとき。静かにしないと聞こえない。
そして、外の世界だけではない。自分の中にも静かにしないと聞こえない声がある。
どういうわけか、
社会は脳を興奮させようとしている。
情報とか、学習とか、交流とか、娯楽とか、仕事とか、消費とか、それらに充実感を味わっているとき。そのとき脳は興奮してやかましくなっている。自分の声のささやきが聞こえにくくなっている。
もしかしたら、そうして自分の声を聞かないほうが、やりやすい社会なのかもしれない。
君は大きくなって、
湯を沸かして自分で淹れるタイプの叔叔のお茶が古臭くて面倒で、今の時代に合っていないと考えるだろう。他人が淹れてくれる便利な飲料を提供する企業のめざましい成功にあこがれるだろう。
でも、もしもなにかがおかしいと感じたら、叔叔のお茶。
君はひとり静かに、外にも内にもいろんな声を聞くことになる。


茶想

試飲の記録です。

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