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南糯山夏の薫る散茶2012年 その1.

南糯山夏の薫る散茶2012年
製造 : 2012年5月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県南糯山生態茶
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納景洪市乾倉
茶水 : メコン川の水道水を浄水器に通して甕に溜めたもの 
コーヒー用のグラスポットでたっぷり。
タイの北部は4月から5月がいちばん暑いときで、じっとしていても汗をかく。
水分とミネラルの補給にあっさり淹れて一日じゅう飲む。汗をかいたら茶酔いは少ないので生茶もたくさん飲める。

お茶の感想:
「夏の薫る散茶」と名付けたように暑い日に飲みたいお茶。
半発酵で桃のような甘い香りが暑苦しくないのは、渋味・苦味で清涼感を保っているからだろう。南糯山の渋味・苦味は舌にしばらく残るが、嫌な感じはしない。
半発酵度で渋味はより強くなっているが、他の風味とのバランスでかえって目立たない。
春の2番摘みの割に密度の濃い味。2012年は雨が少なかったせいか5月の2番摘みもよかったが、もしかしたら半発酵は2番摘みくらいのヌケた風味のほうが飲みやすいのかもしれない。

ひとりごと:
マンゴーは飽きるがマンゴスチンは飽きない。
同じことをしながらもサザエさんみたいな飽きないブログにしたい。
お茶も飽きないのがよい。
マンゴスチン

官能評価

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
子供の頃、
納豆は藁(わら)に包まれていた。
たしかそれはちょっと臭かったり苦かったりして不安定だった。納豆菌の白い斑点が出たり、古くなるとアンモニア臭が強くなったりした。
でも美味しかった。
あの臭みがあって葱のツンとした薬味が生きる。
あの苦味と醤油とご飯とが混然一体となった味わいに奥ゆきがある。

石油製品のパック入り納豆は「衛生的」と言われ、藁包みの印象を悪くした。
今は「臭くない納豆」まであるくらいだから、納豆にわざわざあの個性の味を求める人は少ないのかもしれない。
お茶はどうだろ。

今年のお茶づくりでは、
製茶が思うようにゆかなかった。
だから評価を下げて価格も下げてみた。
わかりやすい。
けれど、ほんとうにそれでよいのかどうかわからない。

このお茶は甘い。
失敗のマイナスな味を撥ね返す甘さがある。
この甘さは、製茶がうまくいってもあったのだろうか?
かすかな嫌味がスパイスになっているのじゃないのか?
全体として心をくすぐるものがあるのじゃないのか?
本当は失敗ではなかったのでは・・・。

技術に注目して評価するのは簡単。
もしも成功した場合はこういうことになる。
「うまく製茶できましたからこれは良いお茶です。だからこの価格です。」
つくり手の仕事を正当化しやすく、
飲む人は買うという行為を肯定できる。
「製茶時の囲炉裏の煙りによる煙味があるとダメで・・・」
「樹齢何百年の古茶樹で、海抜1800メートルの高地で・・・」
「有名な茶師の○○氏が一年にたった1キロだけつくるお茶で・・・」
いずれもあらかじめなにかが決まっていて、自ら味の評価をする手間をなくしている。
楽なのだ。このほうが。売るほうも飲むほうも。

当店がしている飲み比べだって怪しい。
同時に2つを飲めばどちらのほうが甘いか苦いかはっきりする。
「こっちのほうが甘いから優れています」と、断定できるほうがやっぱり楽なのだ。
香り、喉越し、余韻、その部分的な違いをはっきりさせたからどうだっていうのだろう。
全体の印象となると、どちらが?というのはすぐに評価しかねることのほうが多い。

ものの見方というのは、
自分あってのことだから、お茶の味わいを探るうちに自分を探ることになる。
他人が見つけようが見つけまいが自分で見つけるしかない。
だからこそ、お茶の味はいろいろになったのかもしれない。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その6】

森の蟹

森の蟹
「子供の頃はすぐそこまで原生林でね、
森に蟹がいたんだ。
熱帯雨林だからそこらじゅうに水があったでしょ。だから生きられた。」
と、西双版納の町の人が言った。

タイの東北部で「ソムタム」という青いパパイヤのサラダに使われる塩漬け蟹。
あの蟹は、川でもなく海でもなく森にいたのだ。
そういえば、タイのレストランでもわざわざ言わないと塩漬け蟹を入れてくれないようになっている・・・。

都市に生活していたほうが、生き物たちの滅びゆく痛々しい姿を見ないで済む。
しかし、この蟹は都市生活の天然ゴムの需要によって殺された。
熱帯雨林が伐採されて、ゴムの樹畑になって、車のタイやとか、靴の底とかになる。

写真の蟹は、
国有林となっている易武山「弯弓」で、
山の人がとつぜん石をひっくり返して捕まえたやつ。
+【弯弓 瑶族の山】

幻のお茶

易武山のお茶
そのお茶は、
過去にすごい銘茶となって姿を現したことがあった。
その味を再現させようと、
茶師たちはやれるだけのことをすべてやった。
ところがなぜか二度と姿を現さないままでいる。

そのお茶はまた、
何度淹れてもピタッと決まらない気がする。
美味しさのどこかが満足できないのでいつも可能性を残す。
それもそのはずで、
そもそもそのお茶づくりは完成していなかった。
偶然の要素が多すぎる。

完成しないということは、
どこにも頂点をもたないということで、
これからも極められることのないまま、
人の想像力のかぎり追いかけられ、
いつまでも可能性を持ち続ける。

そういう話。
+【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶 その5】

根を育てる

漫撒古樹青餅2013年プーアル茶
熟した枝をつくる。
漫撒茶山の「丁家老寨」の特殊な栽培方法は、
かんたんに言えば、根を育てる技術である。
忍耐のいる仕事なのだ。
【漫撒古樹青餅2013年プーアル茶】

根は交互に育つ。
地上部の葉や茎が育っている時は、根の成長は止まっている。
地上部の葉や茎が育たない冬の間に、根は成長している。
収穫を急いで、
葉をつけすぎたり、茎や枝を増やすと、根は痩せてしまう。

これ、お茶の樹だけじゃないよな。

ゴールデントライアングル

ゴールデントライアングル
春のお茶づくりに沸くこの季節。
ラオスの山がすぐそこの丁家老寨には出稼ぎの人が山を越えて来て、小さな村の人口は2倍になる。国境のゲートもパスポートも無い。山を歩いてくるだけのゴールデントライアングルの人々。
もともとこの地でお茶づくりをしていた瑶族やダイ族の人々で、話す言葉はダイ族語(西双版納州はダイ族自治州。タイ国の北部の人々とつながりがある。)と漢語。だから話はわかるし、そもそもお茶に詳しいから仕事場でなにをするべきかわかっている。

毎年知った顔が来るが、ときどき新顔も混じる。
新顔を見つけた農家はどんなに忙しくても食事に誘って交流する。
たっぷりご飯を食べさせて、まず飢えた人をなくす。
「ラオスのどの村から来たの?」
「だれと親戚?」
「今晩寝る場所はある?」
そんな話をすることで、知らない人から知った人になる。
知らない人のままではモノを盗んで逃げるかもしれないけれど、いったん知った人になると見えない力が働く。それでお互いに逃げにくくなる。
こうして派出所もなにもない辺境地の村の治安が維持されるのだろう。
そして、お茶づくりというひとつの目標に向かってゆるい連帯感が生まれてゆく。

農家が茶摘みに山に上がって、
ひとりで残って作業していたときに、
瑶族おばあちゃんがふらっと近づいて話しかけてきた。
(上の写真の人で、ダイ族風の服を着ているが瑶族の人。)
方言の強い中国語でほとんど聞きとれないけれど、なにを言っているのかわかった。
「この茶葉はね、ちょっと火入れが足りないね・・・」
「殺青の後の茶葉をこうやって冷やすんだよ。」
しばらく一緒に作業をしてから、元来た道を戻って行った。
おばあちゃんにとっては新顔の僕を、危険な人物じゃないかどうか確かめたのかもしれない。出稼ぎに来ている中には年頃のかわいい女の子もいるから。

昨年の2012年の領土問題勃発で、
雲南省西双版納の長期滞在は危ないと思って、
バスで1日で移動できるタイの東北部に生活拠点をつくろうとしている。中国、タイ、日本と、3つの国での生活がはじまって、そうすると、外と内との2局という感覚がだんだん薄れてきた。
日本に住んでいた時は、「海外」という言葉に特別ななにかがあった。上海に住んだ時は、内と外の2つの違いをうまく使い分けようとした。しかしそれが3つになると、どこが外で内なのか?ということになる。
僕の中から領土問題は消えた。

遠い国の問題などを考えている暇はない。
今生きている、ここの状況、ここの生活、ここのしきたり、ここの人間関係、ここの治安、ここの経済。
ゴールデントライアングルの人々が妙に老練な感じがするのは、この自律した感覚を持っているためかもしれない。国は外側にではなく内側にちゃんとある。たとえそれが国連で認められていなくてもかまわない。

日本人の国の意識ってどうなのだろう。
福島の原発が怖いことになった2011年に、日本の実家に帰ったときに母に言った。
「僕は西双版納やタイの東北部で、気候も良くて食べ物も安くて過ごしやすいところを見つけたから、もしも日本がダメになっても老後の心配はない。」
そしたら母はきっぱりと言った。
「外国なんて行かない。あんたみたいにひとりだけで逃げるようなことはしない。近所の人たちが飢えて死ぬなら私も飢えて死ぬ。」
立派だ。
しかし、それはつまり、もしも近所の人たちが大挙して逃げることになったら一緒に逃げるということであって、最後のひとりになる決意じゃないよな・・・。

ゴールデントライアングルの人になりかけている僕は今、ちょっと冷めた目でそう見ている。

静かな脳

上海の坊。
君はタイのゲストハウスの庭でひとり静かになっていた。
ガサガサするか寝るかのONとOFFしかない3歳の君にしてはめずらしかった。
あのとき小鳥の声が聞えた。
叔叔も気付いていた。
5〜6種の小鳥がいた。
縄張り争いしているような声。愛を囁くような声。時を告げるような声。ここに食べ物があったぞ!と知らせるような声。いろいろあった。遠くから聞こえてくるのもあれば、頭の上からも聞こえた。
上海には少ない声だった。うるさくしたら聞こえなくなる。足音や服のスレる音や、自分の呼吸や心音すら邪魔になるくらいだ。だから君は静かにじっとしてみた。
そうだろ。
上海の坊
お茶もそういうときがある。
かすかな味を見つけるとき。山の空気を感じるとき。木々の緑を観察するとき。鮮葉がじわじわ変化してお茶になるとき。静かにしないと聞こえない。
そして、外の世界だけではない。自分の中にも静かにしないと聞こえない声がある。
どういうわけか、
社会は脳を興奮させようとしている。
情報とか、学習とか、交流とか、娯楽とか、仕事とか、消費とか、それらに充実感を味わっているとき。そのとき脳は興奮してやかましくなっている。自分の声のささやきが聞こえにくくなっている。
もしかしたら、そうして自分の声を聞かないほうが、やりやすい社会なのかもしれない。
君は大きくなって、
湯を沸かして自分で淹れるタイプの叔叔のお茶が古臭くて面倒で、今の時代に合っていないと考えるだろう。他人が淹れてくれる便利な飲料を提供する企業のめざましい成功にあこがれるだろう。
でも、もしもなにかがおかしいと感じたら、叔叔のお茶。
君はひとり静かに、外にも内にもいろんな声を聞くことになる。

銘茶は美人

易武山のプーアル茶
上海でお客様と交流させてもらった時に、
「なぜ易武山のお茶なのですか?」
という質問に、
「歴史があるから・・・」とか、
「やわらかい風味だから・・・」とか、
「年代モノの実績はすべて易武山・・・」とか、
なんだか歯切れの悪い答えをしてしまった。

「銘茶は美人。」
ずばりこれだった。
美人のどこが良いか、なんて言っても仕方がなかったのだ。
美人は美人。
その価値は、みんなが知っている。

うちの美人姉妹。
【易武古樹青餅2010年プーアル茶】
【丁家老寨青餅2012年プーアル茶】

グリホサート

雲南省南部の茶山除草剤
雲南省南部の古茶樹は無農薬無肥料の自然栽培。
と、言うけれど、そんなのウソだ。
農家によっては除草剤を使っているところがある。
中国名「草甘燐」はグリホサート(glyphosate)という成分の除草剤。
日本でもホームセンターで手に入るくらいだから、毒性は低いとされているが・・・
「グリホサート」で検索してみたら、いろいろわかる。

写真はあまり有名になっていない茶山を見学したときのもの。
交通の便の悪い村で茶商人があまり来ないのか、雲南の古茶樹に我々が期待していることが農家には理解できていない様子なのだ。もちろん有名茶山でも農家によっては使っている。
除草剤を使っていない農家もあるので、もしも自然栽培を謳うなら農家を選ばないといけないだろう。茶摘みの現場に立ち会って、他所の農家の茶葉が混じらないように監視するべきだろう。

農家:「草がひどいのです」
私:「その生態系全体が古茶樹の個性です。草のあるときの茶の香りを大事にしてください。」

農家:「安全だと書いてあります」
私:「大きな会社や国の言うことを信じないでください。地下水を汚染するとして禁止した国もあります。茶の農地は村の上に位置するので、飲み水が汚染される可能性があります。」

さて、こうなると、
業者はどうするだろうか?
グリホサートは安全という見解で、無農薬を保証しないことにするだろうか?
あるいは、現地に張り付いて管理するだろうか?
それとも、プーアール茶はもう扱わないだろうか?
お客様はどうだろうか?
このようなマイナスイメージのことを書くと買い控えするだるか?
たぶん、
業者もお客様も、引いてしまうだろう。

農家や当店のような小さな店よりも、やっぱり大きな会社や国に「安全」と保証されたもののほうが安心ということになるだろう。しかし、大きな会社や国がどういうプロセスを経て「安全」を保証しているのか?ということについてはあまり考えたくないだろう。面倒だから。その人々の態度がグリホサートの問題でもあるのだ。

難しい問題はさておき、
当店の商品は中国産なので、何度も風評被害による減収を経験してきた。
鳥インフルエンザ、中国野菜の残留農薬、ダイエット食品で死者、緑茶の残留農薬、毒入り冷凍餃子、領土問題、そして今(2013年3月)は北京や上海の空気汚染で注文が減っている。
関係ないはずの当店にとっては迷惑だが、
お客様も、自分自身も、こういうことを嫌う気持を大事にしたほうが良いと思っている。
そうやって、
いろんな角度から叩いて、無農薬無肥料の自然栽培の本当の価値が問われる。

人もお金も集まっている中国には、人類が取り組むべき最先端の課題も集まっている。正面から行くか、背を向けるか、どっちかしかない。
あなたはどうする?

弯弓

弯弓
弯弓へ行ってきた。
現在は国有林となっている旧易武山の奥地の弯弓。
お茶の歴史に大きくかかわる山の民族、瑶族(ヤオ族)」だけに茶の採集が許されている。
山は誰の土地でもない。
そんな遠い昔のお茶の栽培がまだ弯弓には残っているはず。
それを確かめてきた。

お茶の樹と人との関係は、今はと違った方向へ成熟していた可能性がある。
お茶の味もまた、今とは違ったものが求められていたと思う。

+【弯弓 瑶族の山 写真】


茶想

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