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蚊も生きています

チェンライ
タイの東北部のチェンライというところは年中温かくて、
蚊が多くて、宿でもカフェでもレストランでも、常に悩まされる。
昨年はこの辺りの蚊が媒介するデング熱の症状が出て、何日か高熱に苦しんだ。
ところが、現地の人はぜんぜん気にしない様子で、刺されない体質なのかな?と思っていたら、やはりそれも個人によるみたいで、刺される人はよく刺されている。

そんなよく刺される体質の現地人とある日カフェでお茶していたら、蚊が飛んできて腕に止まった。パチッ!と叩いて殺してやったら、「凶暴な人です。」と言うので、こう言い返した。
「タイの人はなぜ蚊を放っておくのですか?気持ち悪いでしょ。みんな家の軒先なんかに水盆を置いて、町じゅうで蚊を飼っているようなものです。」
そしたらひとこと、
「蚊も生きています。」と言われた。

目眩がしたのを覚えている。
いろいろなことがいっぺんにわかって脳が追いつかない。
そうだったのだ。
あらゆる生き物と共存共栄。
タイの東北部の料理は、美味しさを追求することを嫌っている。
たいして美味しくないほうが人の生き方として賢明だから。

西双版納からメコン川を下る方向へラオスを抜けてタイの東北部の町にくると、バスに乗ってたった一日で行ける距離なのに、料理が不味くなる。西双版納のダイ族はランナータイの先祖となる同じ系統の民族で、その料理は特別に美味しいのに、本場であるはずのタイの東北部の料理はそれほどでもない。
手間のかからない料理ばかりで工夫が凝らされていない。
美味しいものの追求に意欲が無いようにも見える。
料理に凝らないだけでなく、食材にもひと手間がない。
例えば、青菜は日が昇る前の芽の柔らかいうちに摘むというようなこだわりはないし、肉にハーブの香りがするように家畜を野山に放つというような付加価値を求めない。
そんなふうにやる気のない人々だから経済発展が遅れるのだ。
と、思っていた。

そうじゃなかった。
おそらく古い仏教の教えなのだろう。
殺生を避けたり質素倹約であろうとする仏教の基本思想は、古い農業から来ていると何かの本で読んだことがある。
メコン川流域で稲作文化をつくった人々。
すべての生き物といっしょに人間も生きていることを忘れないための道徳において、生理的欲求を過剰に刺激して食を欲するのは、つつしむべき下品な行為なのだろう。
美味しすぎない素朴な味を愛するのは、他の生き物にちょっと道を譲って生きる、賢明な生活態度なのだ。

西双版納のダイ族は、経済を追いかける社会となったこの50年くらいの変化に合わせて、料理の技術を向上させ、必要以上に美味しくしてしまったのだろうか。

美味しさは普遍的な価値ではない。
生理的欲求だから古今東西に通用するなんてことはない。
人はサルではない。

今年はお茶の美味しさをちがう角度からみてみる。

灯篭流し

灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し灯篭流し

砂遊び

砂遊び
メコン川で砂遊び
砂遊び
メコン川で砂遊び
メコン川で砂遊び
砂遊び
11月にお茶の季節が終わり、
西双版納からメコン川を下ったタイの東北部へと移った。
今回はそこで時間を取って、スタッフの親子を招待した。
社員旅行みたいなものだけれど、3歳になったばかりの上海の坊と砂遊びをするのがいちばんの目的だった。

チベット高原の夏が終わり、
雪解け水が減ると、
そこを源流とする大河は日に日に水位を下げていたるところに砂州をつくる。
川の水はちょっと冷たいので、朝の太陽が砂を焼くのを待つ。
砂は流れの中にもあって水を濁らせているけれど、砂金を含むので角度によっては黄金の水に見える。

上海の坊はまだ幼くて、ここがどこなのかわからない様子。
それでも砂州に着いたとたんに裸足になって駆けだした。
小さな手で砂をつかんでは落したり、掘ったり、積み上げたり、踏みつぶしたり、水をかけたり、寝転がったり、水際に池をつくったり、川に飛び込んで太陽に焼けた肌を冷やしながら、足の裏に流れる砂を感じたりした。
5日間ほどそうやって過ごした。

2日目くらいから遊びが高度になって、砂でなにかつくるとかするのかな?と思っていたけれど、結局最後まで体当たりで砂と戯れるだけだった。
それでよかった。
太陽と砂。水と砂。流れと砂。肌で宇宙を感じた。
僕は幼い子供の眼を借りて久しぶりに砂を見て、幼い子供の手や足を借りて砂にさわった。子供の頃みたいに夢中になった。その夜は砂で遊んでいるシーンが夢にまで出てきた。

まあね、
砂遊びなんて社会ではなにの役にも立たないだろう。
「川は危ないからあの叔父さんとはもう遊ぶな」なんて教育パパやママは言い出すだろう。
他人に自慢するほどのことでもないから、キミも成人する頃には忘れるだろう。
でもね、
いつか砂遊びのことが懐かしくなってきたら、お茶の良さがわかりだす。

タイの精進料理
昨年のこと、
タイの東北部の町にいたときに「素食週間」というのがあって、10日間くらい(だったかな?)は精進料理を食べましょうということで、あちこちで「齋」(ものいみ)と書かれた目印の黄色い旗を見た。

中国の精進料理の流れをくんでいるみたいだが、見ても食べても肉や魚であるかのような模倣料理のそれよりは、例えば肉のかわりに揚げ豆腐を入れたグリーンカレーみたいに、素材だけを置き換えた家庭料理が多かったと思う。
それがあんがい美味しくて、
グリーンカレーは肉が無くてもよかったのか・・・と、ちょっと騙されていたような気がするくらいタイ風味の精進料理は特別な感じのしない美味しさだった。
そこで試しに精進料理三昧で過ごしてみることにした。
肉を断って、ついでに酒も断ってみた。

すぐにわかるのは食後感。
野菜ばかりだからけっこう腹いっぱい食べても胸やけしないでいられる。
そして3日目くらいから明らかに身体が軽くなり、気持が穏やかになる。あまり重たく考えなくなる。まるで生まれ変わったみたいなのだが、実際に生まれ変わっているのだ。細胞のレベルで。
毎日肉を食べて酒を飲んでいるときの自分と、精進料理を食べてお茶だけを飲んでいるときの自分。おそらく他人から見ても印象が変わっているにちがいない。

そうすると、
ハンバーガーにステーキにドーナッツにコーラーにコーヒーに砂糖入りオレンジジュースの国の人々が、容姿だけでなく性格や思考パターンにもある種の傾向が現れていてもおかしくない。
炭水化物とタンパク質のボリュームでお得感をつけて、水栽培で育ったかのような貧相な野菜が彩りのためだけに添えてあるオフィス街のランチを毎日食べている人たちもしかり。

僕が若い頃ならこう思っただろう。
精進料理みたいな力の出ないものを食べていたら、チベットの坊主みたいに穏やかになってしまって、社会についてゆけなくなる。
でも今ならこう思う。
川に飛び込んで集団自殺するネズミの大群みたいな社会についてゆかないためにも、彼らと同じものは食べない。

静かな朝のお茶

メコン川メコン川メコン川メコン川メコン川
静かな朝に温かいお茶を飲んで5回息を吐いたら見えてくる。
それが答えだ。

ふたたび川を見ている

メコン川
美しい景色を見る。

大河をわたる風に吹かれる。

太陽が昇って沈んで星がでるのをずっと追いかける。

そこに時間をかけると、お茶は美味しくなる。

山の夢

山の夢
数日山に入って農家のところで過ごした。
【易武山丁家老寨 秋天 写真】
帰って来てしばらくぼーっとしていて、ようやく眼が覚めてきた。

例えば、
冷たい水に入るときはいつもちょっと思い切りがいるみたいに、
山に入るときにも思い切りがいる。
すべてを支配する威圧感たっぷりの緑。
容赦ない雨風と太陽の光線。
チクチク刺してくる虫やザワザワさわるかゆい草。
灯りのない真っ暗な夜の闇。
農家の家畜の臭いやけたたましい鳴き声。

それらは、
水が肌になじんできたら冷たさもまた心地良くなるみたいに、
山の空気が肌になじんできたら気にならなくなって、いつのまにか夢の世界に入る。
川のせせらぎ。
小鳥や虫の鳴き声。
遠くの山の稜線。
大きな樹の枝ぶり。
沸き上がる霧の光と影。
喉をいやす冷たい山水。
峰に吹くそよ風。
谷いっぱいに咲く花の息吹。
夜空に降ってきそうな星の群れ。
バイクで走って流れる景色。
まるで温かい布団の中でこのまま眠っていたいような心地よさ。

幼い頃に過ごした故郷の山の記憶があるからそう感じるのかもしれないけれど、
たぶんお茶の味にもこういうものを求めていて、
実はその「山の夢」をもういちど見たくてこんなことをしているような気がする。

巴達大黒山茶王樹

巴達大黒山茶王樹巴達大黒山茶王樹
巴達大黒山の茶王樹が折れたと連絡があった。
つまり、枯れ死したらしい。
推定1700歳。

幹のあたりが空洞化していて、
蜂が巣をつくったりして、かなり危うい状態だった。

天を覆う葉や枝がなくなり、
太陽の光がやっと地面にとどいて、新しい命が生まれてくる。
かつて王様もそのひとつだったわけだ。

どっちが遠いか

易武古樹青餅2010年プーアル茶易武古樹青餅2010年プーアル茶

どっちが濃いとか、
どっちが甘いとか、
どっちが喉越しが良いかとか、
どっちが薫るとか、
そういうのを抜きにして、どっちが遠い景色を見せるか?
という印象で比べると、
易武山のお茶はやっぱりキングだ。

世界農業遺産

南糯山古茶樹南糯山の古茶樹
世界農業遺産(GIAHS)に、
雲南のお茶どころが選ばれた。

世界農業遺産に定義されているような昔から続いている農業はすごい。
なにがすごいかというと、
地球上の人類の存在が肯定できること。
すべての生き物と共に生きて世界をつくる仲間であると、胸を張って言えること。
そこがすごい。
どんなに金を稼げても、速い乗り物で移動できても、多くの人々と情報を共有できても、国が集まって会議を重ねても、自然界でどんどん孤独になってゆく人類の営みに歯止めがかけられない。
けれど、昔の農業はそうじゃなかった。

学校では昔の農業のことを教わらなかった。
田んぼで米をつくる農家があるので、ご飯が食べられることは教わったが、
田んぼに生きる田螺や泥鰌や蛙やそれにつながる川や山からなる小宇宙と、
完全に調和した稲作農家の四季おりおりの生活システムと、
システムの一部であるハエやゴキブリやネズミなど家付き小動物まで含めて、
そのすべてがあって機能しているということは教わらなかった。

昔の農業はすべてであって、なにかの一分野ではない。
週末のアウドアでキノコや山菜の名前が当てられるというのと、農業を理解しているというのとはちがう。
旬の食べものの美味しさを知ったり、家庭菜園をしているというのともちがう。
もっと身の周りのすべてとつながっていて、その一部に成って生きてゆくことを求められる。物理的なことから思想にまで学問の分野がおよび、それぞれが複雑につながっているから、大学では学べない。

例えば、工業や商業は、経済の仕組みを僕に教えてくれた。
農業は、経済の道徳を教えてくれる。草や虫や動物たちと食べものをどう分けるか、利害を調整しながらどうしたらたくさんの生命がいっしょに営めるのかを教えてくれる。
学問や芸術は、人生の意味を僕に教えてくれた。
農業は、食べたり寝たりする毎日の生活に愛があることを教えてくれる。あらゆることに因果関係があり、人間の知恵は生活をとおしてそれを理解できることを教えてくれる。

もちろん、昔の農業はエリアが限られていて、現在のような広範囲に複雑にこんがらがった社会や世界ではないだろう。けれど、その成功事例は、できるということを証明している。


茶想

試飲の記録です。

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