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砂遊び

砂遊び
メコン川で砂遊び
砂遊び
メコン川で砂遊び
メコン川で砂遊び
砂遊び
11月にお茶の季節が終わり、
西双版納からメコン川を下ったタイの東北部へと移った。
今回はそこで時間を取って、スタッフの親子を招待した。
社員旅行みたいなものだけれど、3歳になったばかりの上海の坊と砂遊びをするのがいちばんの目的だった。

チベット高原の夏が終わり、
雪解け水が減ると、
そこを源流とする大河は日に日に水位を下げていたるところに砂州をつくる。
川の水はちょっと冷たいので、朝の太陽が砂を焼くのを待つ。
砂は流れの中にもあって水を濁らせているけれど、砂金を含むので角度によっては黄金の水に見える。

上海の坊はまだ幼くて、ここがどこなのかわからない様子。
それでも砂州に着いたとたんに裸足になって駆けだした。
小さな手で砂をつかんでは落したり、掘ったり、積み上げたり、踏みつぶしたり、水をかけたり、寝転がったり、水際に池をつくったり、川に飛び込んで太陽に焼けた肌を冷やしながら、足の裏に流れる砂を感じたりした。
5日間ほどそうやって過ごした。

2日目くらいから遊びが高度になって、砂でなにかつくるとかするのかな?と思っていたけれど、結局最後まで体当たりで砂と戯れるだけだった。
それでよかった。
太陽と砂。水と砂。流れと砂。肌で宇宙を感じた。
僕は幼い子供の眼を借りて久しぶりに砂を見て、幼い子供の手や足を借りて砂にさわった。子供の頃みたいに夢中になった。その夜は砂で遊んでいるシーンが夢にまで出てきた。

まあね、
砂遊びなんて社会ではなにの役にも立たないだろう。
「川は危ないからあの叔父さんとはもう遊ぶな」なんて教育パパやママは言い出すだろう。
他人に自慢するほどのことでもないから、キミも成人する頃には忘れるだろう。
でもね、
いつか砂遊びのことが懐かしくなってきたら、お茶の良さがわかりだす。

タイの精進料理
昨年のこと、
タイの東北部の町にいたときに「素食週間」というのがあって、10日間くらい(だったかな?)は精進料理を食べましょうということで、あちこちで「齋」(ものいみ)と書かれた目印の黄色い旗を見た。

中国の精進料理の流れをくんでいるみたいだが、見ても食べても肉や魚であるかのような模倣料理のそれよりは、例えば肉のかわりに揚げ豆腐を入れたグリーンカレーみたいに、素材だけを置き換えた家庭料理が多かったと思う。
それがあんがい美味しくて、
グリーンカレーは肉が無くてもよかったのか・・・と、ちょっと騙されていたような気がするくらいタイ風味の精進料理は特別な感じのしない美味しさだった。
そこで試しに精進料理三昧で過ごしてみることにした。
肉を断って、ついでに酒も断ってみた。

すぐにわかるのは食後感。
野菜ばかりだからけっこう腹いっぱい食べても胸やけしないでいられる。
そして3日目くらいから明らかに身体が軽くなり、気持が穏やかになる。あまり重たく考えなくなる。まるで生まれ変わったみたいなのだが、実際に生まれ変わっているのだ。細胞のレベルで。
毎日肉を食べて酒を飲んでいるときの自分と、精進料理を食べてお茶だけを飲んでいるときの自分。おそらく他人から見ても印象が変わっているにちがいない。

そうすると、
ハンバーガーにステーキにドーナッツにコーラーにコーヒーに砂糖入りオレンジジュースの国の人々が、容姿だけでなく性格や思考パターンにもある種の傾向が現れていてもおかしくない。
炭水化物とタンパク質のボリュームでお得感をつけて、水栽培で育ったかのような貧相な野菜が彩りのためだけに添えてあるオフィス街のランチを毎日食べている人たちもしかり。

僕が若い頃ならこう思っただろう。
精進料理みたいな力の出ないものを食べていたら、チベットの坊主みたいに穏やかになってしまって、社会についてゆけなくなる。
でも今ならこう思う。
川に飛び込んで集団自殺するネズミの大群みたいな社会についてゆかないためにも、彼らと同じものは食べない。

静かな朝のお茶

メコン川メコン川メコン川メコン川メコン川
静かな朝に温かいお茶を飲んで5回息を吐いたら見えてくる。
それが答えだ。

ふたたび川を見ている

メコン川
美しい景色を見る。

大河をわたる風に吹かれる。

太陽が昇って沈んで星がでるのをずっと追いかける。

そこに時間をかけると、お茶は美味しくなる。

山の夢

山の夢
数日山に入って農家のところで過ごした。
【易武山丁家老寨 秋天 写真】
帰って来てしばらくぼーっとしていて、ようやく眼が覚めてきた。

例えば、
冷たい水に入るときはいつもちょっと思い切りがいるみたいに、
山に入るときにも思い切りがいる。
すべてを支配する威圧感たっぷりの緑。
容赦ない雨風と太陽の光線。
チクチク刺してくる虫やザワザワさわるかゆい草。
灯りのない真っ暗な夜の闇。
農家の家畜の臭いやけたたましい鳴き声。

それらは、
水が肌になじんできたら冷たさもまた心地良くなるみたいに、
山の空気が肌になじんできたら気にならなくなって、いつのまにか夢の世界に入る。
川のせせらぎ。
小鳥や虫の鳴き声。
遠くの山の稜線。
大きな樹の枝ぶり。
沸き上がる霧の光と影。
喉をいやす冷たい山水。
峰に吹くそよ風。
谷いっぱいに咲く花の息吹。
夜空に降ってきそうな星の群れ。
バイクで走って流れる景色。
まるで温かい布団の中でこのまま眠っていたいような心地よさ。

幼い頃に過ごした故郷の山の記憶があるからそう感じるのかもしれないけれど、
たぶんお茶の味にもこういうものを求めていて、
実はその「山の夢」をもういちど見たくてこんなことをしているような気がする。

巴達大黒山茶王樹

巴達大黒山茶王樹巴達大黒山茶王樹
巴達大黒山の茶王樹が折れたと連絡があった。
つまり、枯れ死したらしい。
推定1700歳。

幹のあたりが空洞化していて、
蜂が巣をつくったりして、かなり危うい状態だった。

天を覆う葉や枝がなくなり、
太陽の光がやっと地面にとどいて、新しい命が生まれてくる。
かつて王様もそのひとつだったわけだ。

どっちが遠いか

易武古樹青餅2010年プーアル茶易武古樹青餅2010年プーアル茶

どっちが濃いとか、
どっちが甘いとか、
どっちが喉越しが良いかとか、
どっちが薫るとか、
そういうのを抜きにして、どっちが遠い景色を見せるか?
という印象で比べると、
易武山のお茶はやっぱりキングだ。

世界農業遺産

南糯山古茶樹南糯山の古茶樹
世界農業遺産(GIAHS)に、
雲南のお茶どころが選ばれた。

世界農業遺産に定義されているような昔から続いている農業はすごい。
なにがすごいかというと、
地球上の人類の存在が肯定できること。
すべての生き物と共に生きて世界をつくる仲間であると、胸を張って言えること。
そこがすごい。
どんなに金を稼げても、速い乗り物で移動できても、多くの人々と情報を共有できても、国が集まって会議を重ねても、自然界でどんどん孤独になってゆく人類の営みに歯止めがかけられない。
けれど、昔の農業はそうじゃなかった。

学校では昔の農業のことを教わらなかった。
田んぼで米をつくる農家があるので、ご飯が食べられることは教わったが、
田んぼに生きる田螺や泥鰌や蛙やそれにつながる川や山からなる小宇宙と、
完全に調和した稲作農家の四季おりおりの生活システムと、
システムの一部であるハエやゴキブリやネズミなど家付き小動物まで含めて、
そのすべてがあって機能しているということは教わらなかった。

昔の農業はすべてであって、なにかの一分野ではない。
週末のアウドアでキノコや山菜の名前が当てられるというのと、農業を理解しているというのとはちがう。
旬の食べものの美味しさを知ったり、家庭菜園をしているというのともちがう。
もっと身の周りのすべてとつながっていて、その一部に成って生きてゆくことを求められる。物理的なことから思想にまで学問の分野がおよび、それぞれが複雑につながっているから、大学では学べない。

例えば、工業や商業は、経済の仕組みを僕に教えてくれた。
農業は、経済の道徳を教えてくれる。草や虫や動物たちと食べものをどう分けるか、利害を調整しながらどうしたらたくさんの生命がいっしょに営めるのかを教えてくれる。
学問や芸術は、人生の意味を僕に教えてくれた。
農業は、食べたり寝たりする毎日の生活に愛があることを教えてくれる。あらゆることに因果関係があり、人間の知恵は生活をとおしてそれを理解できることを教えてくれる。

もちろん、昔の農業はエリアが限られていて、現在のような広範囲に複雑にこんがらがった社会や世界ではないだろう。けれど、その成功事例は、できるということを証明している。

山に生きるふたつの世界

山岳少数民族
西双版納にいる山岳少数民族にもいろいろな生き方がある。
お茶づくりをするのは定住型の生活をしている人々だけれど、同じ民族においても定住型を選ばずに、移動型の生活を続けている人々がいる。定住型を選ばせる「米」や「茶」の栽培との出会いが、過去になかったのかどうなのか、理由は僕にはわからない。でも、とにかく少なからずいる。

移動型の生活をする人々は、焼き畑で一時的に農作物をつくったり、季節の山菜や野生茶を採集したり、狩猟をしたり、それを交換したり売ったりして生計を立てている。
何年か何十年先かはわからないけれど、いつかその山の環境が変化して住みにくくなったら、また別の山へ移って暮らす。雲南・ラオス・ミャンマー・タイの国境をまたぐ広大な山岳地帯のいたるところで、そんな生き方をしている人々が今もいるのだ。

この人々は、移動先の山がどの国に属しているとか、誰かの土地であることにあまり関心がないかもしれない。もちろん教育や情報の発達で変わってきているだろうけれど、実感としては薄いと思う。なぜなら土地に所有の概念がないから。
山は地球のもの。
そもそも人間のものじゃない。
それを、うちの領土だとか言って国と国で争っている姿は、さぞかし滑稽に見えることだろう。
山にひろがる自然林は誰のものでもないし、そこを開拓して住むことになっても、それを所有するつもりはなくて、いつかまた出てゆく仮住まいにすぎない。

定住型の生き方をする人々と、移動型の生き方をする人々。
ひとつの地域に、ふたつの異なる世界を持ちこんで、人々が共存している。
これをひとつの国のひとつのルールでどうやって縛れる?

国はいろんな形で努力した。
ルールを合わせてもらう代わりに、山に学校をつくり宿舎をつくり、村を整備し、農地を与え、作物の栽培を指導し・・・、ところがうまくゆかない。補助を頼りにするばかりで、自立できなくなってしまう。
教育や貧富の格差が生まれる。
そもそも移動の生活をしている人々に、学校教育や経済の概念なんてないのだ。いきなり一方的なモノサシを当てたら、当然ながら弱者になってしまう。弱者どころか、競争社会では敗者ということになる。敗者をつくっておいてから、それに手を差し伸べる慈善活動は、どこかつじつまが合わない。

例えばの話、一生懸命勉強して一生懸命働いて、やっと手に入れた土地の権利があったとする。それは定住型の生き方をする人々がその国のルールにのっとって得た、正当な権利だ。そこへ移住の人々が入ってきて暮らしだしたらどうする?移住の人々はその土地に権利があることなどわからない。
ルールの違うふたつの世界が摩擦することはたくさんある。

それでもこれは、白黒をはっきりさせるべき問題じゃない。
どちらかのルールに沿うと、どちらかの立場をなくすことになる。
たとえお互いに譲り合ったとしても、どちらにも胸につかえるものは残るだろう。だから国が決まりごとをつくって解決しちゃいけないのかもしれない。実際にどの国も、国境付近の山の民族の人たちにはゆるい管理をしている。
トラブルは民間のレベルで、村長同士が話し合って、「ま、お互い喰うに困らないように、まるく収めましょう」という具合に臨機応変にしているからこそ、この山岳地帯にはいろんな民族が共存できているのではないかと思う。

貧困は、われわれから見た姿のことで、所有しない豊かさというのがあるのかもしれない。
われわれと話す言葉の教育は無くても、山と話す言葉を学んでいるのかもしれない。
それは彼らの選んだ生き方なのだから、その存在をありのままに受け入れるのが優しい態度というものだろう。
定住型の生き方をして、ひとつの世界しか知らない者がこれを見て、教育や貧富の差をとやかく言うのはお門ちがいだ。

薬味

易武春風青餅2011年プーアル茶 
ちょと古いプーアール茶ファン向けの、マニアックな話になる。

『丁家老寨青餅2012年』の紹介文で、その特殊な栽培方法による大ぶりの茶葉は「大葉青餅」ではないか?そうすると麻黒一帯の小ぶりの茶葉は「小葉青餅」ではないか?と推測していたが、それを裏付けるような風味が『易武春風青餅2011年』のほうから出てきている。

当初は「無い味」を意識して春一番の新芽と若葉に執着したこのお茶は、1年と4カ月経った今、無い味とは言い難いほど薬味が強くなり、一言でいうと苦い。そしてお茶というより葛根湯や、あるいは花火の火薬のようなちょっと異質な香りが混じる。
この風味はずばり『92紅帯青餅プーアル茶』に似ている。

三級単一茶葉で仕上げるという実験的な試みのある『92紅帯青餅プーアル茶』は、1992年製なのでざっと20年経っているが、いまだに風味に鮮烈なところが残っている。春一番の小さな若葉の成分は熟成変化が遅いということだろう。
このお茶を美味しく淹れるのは難しい。とくにはじめの三煎めくらいまでは、蓋碗でたくみに湯加減を調整するのを楽しめる人はよいけれど、一瞬たりとも気の抜けない勝負となる。『易武春風青餅2011年』も、今まさにそんな感じなのだ。

『易武春風青餅2011年』の熟成の試飲報告はもう少し先送りにするけれど、この方向でさらなる高級を求めるというのは、自分の中では無いとはっきりした。
名作と言われながら、『92紅帯青餅プーアル茶』や『七子紅帯青餅プーアル茶』が毎年つくられる定番にならかなった理由が、今わかる気がする。


茶想

試飲の記録です。

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